第127話 しれっと告げます

 結局のところ、昨日の夜に俺とセドナが何のための酒盛りを始めたのか、二人で話し合ったものの結論は出なかった。セドナ曰く自分から誘った筈だというのだが、「特に今相談したいことも思いつかないから、その程度の内容だったんじゃない?」と不思議そうな顔をしながらもひとりでに納得していた。


 俺も特に思い出すことはないので大したことではなかったと思うのだが、とりあえず記憶が飛ぶ程酒を飲むのは体に悪いからやめようという事で話がつき、俺はセドナと別れて騎士団本部に戻る事となった。


 その後ろに、その辺で借りた荷車に乗せた二人の後輩を引っ張りながら。

 がらがらと石畳の上で回る荷車のタイヤには申し訳程度にゴムが巻き付けてあるが、衝撃吸収機能も申し訳程度なので揺られる後輩たちは苦悶の表情で頭を押さえている。


「あたまいたいよぅ……揺れるたびにずきずきするよぅ……」

「せ、先輩……もっとゆっくりお願いするっす……」

「運んでやるだけありがたいと思え。これが先輩たちなら置いていかれるどころか飲み代全部擦り付けられるぞ? お前ら酒代五十万ステーラ今の安月給で払えんのか?」


 王立外来危険種対策騎士団の面々はその一部が金にがめつく割と最低な事をすることに定評がある。他の聖騎士団も人の事を下賤だなんだと好き放題言っているが、ある一側面に限定して言えば事実を知らないから「下賤といった程度」の言葉を使っている訳である。


 我が騎士団でも最底辺の騎士になると、他人にツケたりイカサマの賭けをしたり、トトカルチョもすれば同僚の財布もスる。そしてバレて乱痴気リンチで全員減俸を喰らって後輩にたかり、三大母神辺りにバレて更に絞られる。

 我らが先輩ながらどうしようもない人達である。

 何をどうしたらそんなに駄目な人になれるんだ。


「ブッセくんとヴィーラの教育に……悪い話っす……」

「今更だろ。特にブッセ少年は保護者がメスゴリラだし」

「いえ、アキナ班長もあれで意外と面倒見がいいというかなんというか……歯が抜けて泣きながら大騒ぎしてるブッセくんをなだめて、乳歯と永久歯の違いを説明したりするぐらいには面倒見てますよ」

「いま、ブッセくん前歯ないので……言わないであげて、くださいねぇ。年頃の子は、そういうの……気にしますからぁ……」

「はいよ」


 頭を抱えてフラフラしながらも人の心配が出来るカルメの優しさを思うと、先輩方のクズさとゲスさがより一層際立つ気がする。なんでこの騎士団いい人とゲスい人の落差が激しいんだろうか。後輩たちがゲスサイドに堕ちてしまわないかしっかり見張っておかねばなるまい。


「つーか、俺よか十倍は飲んで酔っ払ってたのに翌日ピンピンしてる先輩の肝臓ってなんで出来てるんっすか……あの同級生さんも先輩程じゃないけど軽症だし……」

「ハチャメチャ大三角は、お酒の癖も……ハチャメチャ……?」


 ちなみにアストラエは泣き上戸、セドナは笑い上戸である。

 この中だと一番酔いにくいのがアストラエなため、酒盛りのみいつも割を喰うのはあの男である。他人の不幸で酒が美味い。その酒の味さえ翌日には舌から飛んでいるわけだが。


 騎士団に戻った俺を待っていたのは、ローニー副団長のこんこんとした説教であった。


「浴びる程お酒を飲みたい夜も、お酒で全てを忘れたい夜も社会人にはあります。ですが、それに縋ってしまえば次に辛い夜が来たときも、同じようにお酒に手を伸ばしてしまう……そして次に辛い夜がきて、またお酒を飲んだ時、人は思うのです。こんなものでは足りないと。分かりますか、ヴァルナくん? お酒に頼れば、お酒なしでは生きていけない人間になるのです!」

「俺の相部屋のロクでなしみたいに?」

「アレは忘れたい過去などなくただお酒が好きなだけのロクでなしです。アルコール中毒患者と同列に語っては患者さんに失礼ですよ」

「まぁそれもそうですね。軽率な発言でした」


 ナチュラルに貶されるロック先輩。

 しかし、貶される理由は当人にあるのでしょうがない。

 事実は時として人を傷つけるが、あの人は心の痛覚も酒で麻痺してるからセーフということで。


「どうにも何故あんなに酒を飲んだのかさえ覚えがないんですが……以降、騎士団の知り合いがいない場面での酒には気を付けます。今回は心配をおかけして申し訳ございませんでした!」

「いえいえ、分かってくれればいいんですよ。分かってくれれば」


 どうも副団長は自分の見ていない所で俺に想像以上の負荷がかかっていたのではないかと心配していたようだった。顔色を見てそんなに深刻な悩みもないアホ面をしている事に気付いたのか、深く追求せずにいつもの笑みでお説教は終了した。

 アホ面も時々は役に立つな。

 欠点としては本当にアホだと思われる可能性があることか。


「まぁ、幸いにしてまだオークが冬眠から醒めるには早すぎる時期ですので緊急招集がかかる可能性は低いですが……それにしたって当初の予定期間から二日も過ぎているのは流石に不安を覚えましたよ?」

「すいません。ちょっとばかしセドナ嬢のご機嫌を損ねてしまいまして、これに付き合うこと丸二日」

「あぁ、うん。女性を怒らせると後が怖いですしね……これ以上は何も言わない事にしましょう」

(これはカミさん関連だな。恐妻という話は聞かないけど、それはそれか)


 女性の機嫌を損ねた男は大抵ロクな末路を迎えない。

 王国の国民性としては結構そんな感じである。

 ンジャ先輩の出身地域とかでは男性の社会的地位が高かったりもするそうだが、当人曰く「女へ気遣えぬ戦士など真なる男子おのことは呼べぬ也」だそうだ。よく分からないが、器のちっちゃい男はモテないという事かと聞いたら「概ね合致する也」だそうだ。誰かこの人に標準語教えてくれ。


「さて、君が酒盛りしているという情報を基に行かせた後輩二人がグロッキーになったのは些か予想外でしたが、ヴァルナくんが健勝なので良しとします」

「俺がいれば二人分の穴は補えるって訳ですか」

「指揮官として褒められた判断じゃありませんが、時と場合によっては頼らなければいけないのも事実ですしね……騎士ヴァルナ、それが組織として好ましくない判断である事は貴方もよく理解しているでしょう?」

「ええ、まぁ。際立った個人によって成功する組織は、個人の喪失によって烏合の衆と化す……なんというか、もどかしい話ですね」


 少しもどかしそうな副隊長の言わんとする事を、まだ騎士団に入って二年も経っていない程度の俺でも感じている。


 王国筆頭騎士というのは、騎士団という組織にとっては遠からず消えることが確定した力だ。騎士団に必要なのは一人の万能騎士ではなく、凡百の騎士で対外来種の体制を維持、発展させていくことなのだ。


 カリスマ的権威により指導者を持つ国家は輝かしい栄華を極めるが、カリスマとは悲しい事に当代限りの才覚でしかなく、後継者にそっくり受け継ぐ事が出来ない。王族に限れば王家の血筋そのものをカリスマとすることも出来るが、歴史を重ねれば名君と暗君という差は生まれる。


 俺のそれも同じだ。後輩や同級生に剣術を教える事は間々あるが、それで成長したところで相手が俺の領域に達したりそれに近づいてく事はなかった。もしかすればロザリンド辺りはいずれ並ぶかもしれないとは思っているものの、残酷な話、腕を磨いたからこそ多くの騎士たちが感じたのだという。

 決して追いつけない、隔絶した力の差を。


 しかし、それはある側面から見れば『役に立たない力』でもあるのが残酷な事実だ。

 例えばの話だが、もし副団長が将来の事を考えずに効率だけ考えてる人だったら、こんなことを考えるだろう。


 ヴァルナが騎士の中で抜きん出て強いから、突っ込ませれば他の騎士を怪我させずにオークを低リスクで倒せる。だからヴァルナをガンガン使ってオークを倒そう。

 しかし、はて。永遠の存在ならぬ騎士ヴァルナは体力の限界を感じて後に引退し、別の騎士たちが後を継いでオーク撃滅に動き出した時、どうなるか想像出来るだろうか。


 ひたすら最強の駒を突っ込ませ続けた現団員はオークの危険度を、オーク狩りの辛さを知らない。オークと碌に戦ったこともないし、最強騎士突撃戦法しかとってこなかったからそれが使用できない状況でどう作戦立案をすればいいか分からない。分からない先輩が更に分からない後輩に命令しなければならない。

 ひとりの騎士が抜けただけで、王立外来危険種対策騎士団は総崩れである。


 だから騎士団は俺という存在を本当に余裕のない時しか使わない。一つの少々性能がいいだけの駒としてしか運用しない。必要なのは「抜きんでた力がなくともオークを撃滅できる組織とノウハウ」だ。

 個人の力など、どの程度当てにできようか。


 ひげジジイことルガー団長もある意味では特別な存在だが、あのジジイは恐らく騎士団長の椅子に座った時から「自分が引退した後の騎士団」を考え続け、用意し続け、根回しし続けている筈だ。組織をよりよい形で後に継がせる為に、手間と労力を惜しんではいまい。


 すべては王立外来危険種対策騎士団が王国を守護する剣であり続ける為に。

 あれは、文字通り騎士団に全てを捧げているのだ。

 それはそれとして人間性が最低で全く信用できないジジイだけど。


「……まだ騎士になって間もない君にする話ではないのは分かっているのですけれど、ほら。貴方来期から副団長でしょう? ルガー団長の事だからいきなり私と同じ仕事をさせるなんて無茶は言い出さないと思いますけど、先輩としては後輩に一つでも心構えを継いで欲しいのですよ」

「これから幾らでも継ぎますとも。俺とて王立外来危険種対策騎士団に所属する護国の騎士。引退するその日まで役割を全うします」


 オークとの終わらない戦い。

 さらに増える外来危険種の脅威。

 王国内部に潜む謎の『敵』。


 そのすべてに可能な限り対処し、心技体の経験を語り継ぎ、解決しきれなかった問題を後世に託す。それが俺たちの戦いだ。

 オークが絶滅したところで、きっと終わらない人間の戦いだ。


「本当に君は……ああ、私みたいな落伍者には勿体ない後輩ですよ……」


 ローニー副団長は、どこか満ち足りたような、心底ほっとしたような笑みを浮かべ――ごく自然な動きでデスクから書類を取り出して俺の前に突き出した。


「じゃ、騎士団の将来を憂う幹部候補ヴァルナくんは出世前に事務仕事も覚えてね。これから一か月、君はセネガ君と共に副団長補佐としてややこしい書類仕事を手伝ってもらいます! これ指示書ね」

「……まぁ命令なら別にいいですけど、前振り長いですよ。正直途中から『なんか言いにくい事あるんだな』って察せるくらい長いです」

「いやぁ、こういう話ってしれっと言いにくくて……」


 こうして照れるローニー副団長から指示書を受け取った俺は、三月末までの間ずっと副団長とセネガ先輩に書類処理のあれこれを習い続ける事になったのだった。何が一番辛かったかと言うと、セネガ先輩がつらつら説明した後に「~というのは嘘ですけど、まさか信じました?」とかはた迷惑な悪戯を悪びれもせずしれっとかましてきた事である。


 数日後には「嘘というのも嘘ですよね?」「バレましたか。カンのいいガキです」「こらー、遊んでないで仕事しなさい!」みたいな会話が飛び交うようになっていた辺り、意外と楽しめていたのかもしれない。

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