第124話 終着点に待つものです
暗殺者捕縛後の話を、少しばかり語らせてもらう。
あの後、暗殺未遂犯は見事に身柄を拘束されて、結局スパルバクスの暗殺は今回も未遂に終わった。フロル嬢は惚れ直したとばかりにアストラエに赤ら顔でべったり張り付き、アストラエはといえば震える夜は過ごさなくて良くなったもののまだ現実に感情が追い付いていないのが本音のようだ。
勘違い王子改め、勘違われ王子の誕生である。
何故だろうか、あの二人は微妙に噛み合わないままずっと末永く過ごしてしまう気がする。なのでこれからは気遣って余計なフォローをせずに二人の将来を見物しようと思う。
(おい……おいヴァルナ! 何をするにも過剰なまでにフロルが離れてくれないんだが!?)
「そうだ、次は皇国にぜひ一度お越しになってくださいな! あちらで歓待いたしますわ!」
ううむ、視線で助けを求めるアストラエを無視して食べる食事は絶品である。
そうでなくとも一流シェフの料理なので美味いが。
高級料理嫌いの治療に成功したようだ。
アマンダさんは無事で帰ってきたフロル嬢に涙を流して抱き着いたが、周囲の生暖かい目線に気付いてコホン、と咳払いして元の態度に戻った。存外可愛げのある人だなぁ。しかし、感謝もそこそこに暗殺事件の扱いについての話に移ると、やはり仕事をする人の顔であった。
フロル嬢は暗殺者を差し向けられていた事自体を父上に隠したいが為、この暗殺事件を公にしたくないというのは俺も知っている所である。よって、今回のこれはあくまで表向き「警備中に発見した不審者を騎士権限で拘束したら、魔物を違法に持ち込んでいた」という感じの方向で処理する事になった。
というか、またしても魔物かよ。アストラエ、入国管理をもうちょい密にするよう聖艇騎士団のジルベーサ団長に言っておいてくれ。高い税金払ってんだから。
「全く、無茶を言わないでくれ。蜂の魔物の騒動で既に散々叩かれて腹を探られまくったんだ。任務内容も全面見直しだってんで幹部格をかき集めて一から推敲してるっていうのに、あれ以上圧力などかけようものならあの人は沈没してしまうよ」
「ちっ、軟弱な……ウチの騎士団なんぞ不祥事がなくとも叩かれ腹を探られてるっつーの」
「そりゃ君の所がおかしいんだよ。というか半分くらいは君の所のおヒゲの爺様のせいだと思うがね」
「残り半分はオーク共だな。やろう撃滅してやる」
結論、諸悪の根源はオークとひげジジイ。
異議は認めないものとする。
ところで魔物を持ち込んだ暗殺者スパルバクスなのだが――意外な事実が判明した。
「離せこのッ! 俺はじぃじの仇を取るんだぁーッ!!」
「……あれがスパルバクスの本当の姿なのか? 十五歳くらいに見えるんだけど」
「言葉通りなら、彼の言う『じぃじ』というのがスパルバクス当人の事なのだろう。いやはや、道理で暗殺を防げた訳だ。若さゆえの詰めの甘さだったのだね」
どうにも暗殺未遂でしょっ引いた彼はスパルバクスの孫――血縁関係があるかは不明だが――だったらしい。取り調べ後すぐに顔に違和感を感じた取調官が調べてみると、なんと特殊魔法メイクによる変装で顔の形まで誤魔化していたようだ。
中から出てきたのは目つきも口も悪い青年で、目を覚ました瞬間から全力で暴れたのち、スタミナ切れでぐったりするなど裏社会歴がいかにも短そうである。下手すると初犯もあり得るんじゃなかろうか。
考えてみればスパルバクスは暗殺歴三十年プラス活動停止期間七年、加えて暗殺者になる前の時期も加味すれば軽く齢六十を超えていても全く不自然ではない。詳細はこれからの取り調べで判明しようが、どうにも彼が初代スパルバクスの任務失敗の汚名を雪ごうと今回の暗殺を仕向けたのは間違いなさそうだ。
……なんか、「じぃじ」なんて可愛い呼び名を使っていることも含めて憎み切れないなぁ。魔物はファミリヤ魔法で操ってたみたいだし色々と聞きたいことがあるから、気は進まないけどジジイに一筆送っておこう。
こんな時だけうちのジジイも役に立つ。
利権に食いつくハイエナ的な意味で。
あとこれは完全にどうでもいい話だが、どうもこの孫ルバクス、暗殺任務中にノマに惚れて口説いていたらしい。ロマニーを見て「あの時邪魔した女!」と指を指して叫んでいた。お前は呑気か。
結局、そんなこんなでフロル嬢の歓待は大成功のうちに幕を閉じた。
ただ、本当は王都も巡る予定だったものの、流石に暗殺未遂後に護衛全滅状態で行かせるのは無理があったのか、予定を変更してこのまま帰路に就くことになったようだ。そこは少しばかり本人も残念がっていたが、こればかりは次の機会にとっておくしかないだろう。
アストラエの後顧の憂いも断った。新たな憂いが誕生したとも言うが、ひとまず奴の当面の問題を解決した以上、俺の仕事も十分だろう。アフターサービスではないがその後何かとフロル嬢にアストラエのちょっとした小話を聞かせたりして奴への好感度を上げておいたし。
長きに亘ると言うには少々短いながらも濃厚な任務は終わり、ヴェネタイル名物のタイルクッキーとかお使いで頼まれた香辛料の類も買い、後は帰るだけになりそうである。
◇ ◆
濃密な歓待の日々の中で奇妙な絆の出来たフロル嬢とアマンダ女史とは少しばかり他愛もない会話をした訳だが、どうもフロル嬢は俺への態度が妙にフランクだ。アマンダ女史にも甘えたような態度を取る事があるが、俺にはしない。それは滞在最終日になって、別れの挨拶をするときもそんな感じだった。
「貴方のような破天荒な護衛と共にいられたことは良い思い出になったと言えなくもない気がします。ええ、何かと言いたいことは数多ありましたが、まぁ命の恩と王子の顔を立てて敢えて言及は避けてゆきたいと心掛ける次第です」
「俺そんなに悪い事したっけ?」
「言いません。敢えて言いません」
「それものすごく根に持ってる言い方だろ! それをネタに暫く弄ってくるのだろ!」
「冗句ですわ?」
「表情筋を一ミリくらい動かせよ!?」
いや、これは少々フランクすぎる気もする。
というか、ある意味婚約者のアストラエより馴れ馴れしい。
それでいいのかと聞いたことがあるが、それはそれ、これはこれとの事。心なしかストレス解消に使われている気がしないでもないが、どうもフロル嬢は口が達者で言いくるめられることも多いのだ。
一応この後、彼女が船に乗る際に盛大な見送りがあるのだが、屋敷内でこうしてゆっくり喋る分にはこれが最後の機会。隣ではすっかり仲良くなったロマノマ兄妹と、未だにロマニーが男(ロマ)であることは知らないアマンダ女史が別れの握手をしている。
「これでも貴方には感謝してますのよ? 護衛として暗殺を未然に防いだ事然り、わたくしの知らない王子のお茶目な一面を教えてくれた事然り……わたくし自身、こんな接し方をする相手は恐らく世界で貴方だけです。無論アストラエ様にはアストラエ様への、アマンダにはアマンダへの接し方はあるのですけれども。貴方風に言えば――普通の人に対するそれとは違った理屈、です」
「まぁ、単純に考えればそれが人と人の付き合い方なんだけどね。それでも、顔色伺ったり隠し事をし続けるような付き合いよりはこっちの方がいいだろ?」
「そうですわね。これまで少し、わたくしは自分というものを見せてはいけないものだと思っている節があったようです。もっと早くアストラエ様に甘える事ができれば……はぅ……」
悩まし気に色気のあるため息を吐く色ボケ嬢。
彼女は俺の想像とまるで違う甘え方と自分の見せ方を覚えている気がするが、既に悟りの境地に達した俺としては特に言う事はない。幸せならばそれでいいではないか。俺の財布も潤ったし、あいつの不安も軽減したし、誰も損しないって素晴らしい。
本音を言い合えばすぐに解決出来る問題を、互いに全く別の方向性に不安を覚えて問題を長期化させた不器用な男と女。どうして人間はいつも単純な話をややこしく変貌させてしまうのだろう。その拗れを解決する筈が、予想だにしない方向に拗れた挙句に奇跡的な絡まり方で結ばれてしまった運命の糸は、これからもさぞ愉快に拗れて解けなくなってゆくのだろう。
「ま、これから婚約者としてアストラエと向き合い、今まで知らなかった事を沢山知っていくといいよ。また何かあったら俺も力になるから」
「ええ、よしなに。こういう関係を、ええと……協力者、でいいのかしら?」
「堅苦しいな。友達とかじゃダメなの?」
「トモダチ……友達、ですか。ふふっ、なんだか貴方の言う友達はわたくしの今まで知っていた友達とは違う気がしますね。それで行きましょう」
差し出された手を握り、握手を交わす。
暖かくやわらかなその掌を握るのは、互いの関係からすればむしろ無作法に当たる。本当ならば跪いて手の甲に口でも付けるのが正しいのだろう。しかし、彼女の態度にそのような身分を気にする様子は感じられない。
これからフロル嬢とアストラエの共通の友人として面倒ごとに巻き込まれる事もあろうが、その面倒ごとに付き合うのも友達というもの。
友達として、騎士として、最低限の義理は果たす。
あわや国際問題に発展しようかという大問題は、これにてやっと終結のようだ。
「あ、ところでこれだけは聞きたかったのですが……貴方、どうして王国最強の騎士である事をご自分から名乗らなかったのかしら? 貴方がそれほどの騎士だと知っていればわたくしたちも余計な気を揉まずに済みましたのに」
「それについては同感ですよ、ヴァルナ様。唯人ではない事はなんとなく察しておりましたが、まさか国レベルでの鬼札だったとは……流石に真実を耳にしたときは驚愕しましたよ」
と、隣にいたアマンダ女史も疑問を呈す。
確かに最初から事情を告げていれば余計な説明は省けたかもしれない。
しかしこれは、まことに申し訳ない事ではあるのだが、極めて個人的な事情でしかない。それを口にするのはばつが悪い気分にさせられるのだが、質問されて黙っているのもそれはそれでばつが悪いか。
俺が王子の親友で、なおかつ王国最強の騎士である事を告げなかった理由。
それはただ単純に――。
「自慢話みたいで嫌なんだよ、そういう名乗り。それに自分で自分を最強とか、口にすると安っぽくなるだろ? 騎士たるもの驕らず謙虚であれ、ってね」
合理性などない、俺なりの騎士道に則った。それだけだ。
その言葉を聞いた二人は一瞬唖然として、そしてフロル嬢から先に可笑しそうにくすくすと笑った。
「もしかしたら、アストラエ様が貴方を友人としているのは……そういうところ、なのかもしれませんね?」
「そういうって、どういう――?」
「――おっと、そろそろ時間ですわフロレンティーナ様。ヴァルナ様方も持ち場にお急ぎを! ほらノマ、貴方もよ」
「うん、おに……お姉ちゃん。えっと、アマンダさん! いつかまたご一緒にお仕事しましょうね!」
「正式にフロルが結婚した暁には私も家族を連れてこちらに引っ越してくる予定だから、その時は王国の先輩としてよろしくね? それとヴァルナ様も、いずれこの大恩はお返ししますので!」
「え、ああ……まぁ機会があればね?」
「では王国のお友達の皆、ご機嫌麗しゅう!」
何か言われる事だけ一方的に言われた形になったまま、俺たちは自分の役割を果たす為にあっという間に別れた。顔は後でも合わせたが、既にそこではもてなす側ともてなされる側。精々笑顔を見せあうのが出来る唯一のコミュニケーションだ。
さっぱりした別れだが、どうせ有難みもなくあっさり再会するのだろうなぁ。アストラエに呼び出し食らって。
こうして、第二王子の婚約者とその御付きたちは絢爛な船と共に水平線の向こう側へと消えていった。
そして、残された者たちに待っていたのは。
「お、おいヴァルナ。王宮の真ん前に仁王立ちして腕を組んだセドナの姿が見えるんだが? なんだ、この東方に伝わる仁王像のような圧倒的な覇気は……あんな華奢な体のどこにこんな……ッ!?」
「九割九分婚約者の件が王宮からバレたんだろ。あー、これは俺も全力で怒られるパターンかぁ……ハラ決めろアストラエ。こりゃご機嫌直るまで二日はかかるぞ……ッ!!」
「アストラエくぅ~~~ん♪ ヴァルナくぅ~~~ん♪ オネエサン怒ってないからちょーっとこちらにオ・イ・デ?」
「良かったなアストラエ、怒ってないってよ」
「怒ってない人は怒ってないなんて言わない。女性ならば殊更に……
「そういうスキャンダル情報マジいらないから」
乙女心を弁えぬ愚者と金に釣られたその付き添いへの、最終試練であった。
人間は愉快な時に笑顔を浮かべるが、怒れる時にも怒りを取り繕う笑顔を作るものなり。
但し、其の怒りを隠し通せし笑顔は稀なりしかな。
――アストラエが盗み見た国王の日記より抜粋。
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