第125話 何かと後を引き摺ります
騎士物語には、時として傍迷惑な姫君が登場して騎士を困らせる事がある。
ピュアな愛情ならばまだいいが、この手の姫君は時として自分の立場や権力を総動員してまで堅物の騎士を手に入れようと躍起になり、結果としてトンでもない結末へ物語を導いていくものだから困ったものである。
しかしながら、この国に所謂「お姫様」――王家の血を継ぐご息女というのは今のところ存在せず、また海に囲まれたこの国では他国の姫君など目にする事はまずないので、そのようなややこしい事は発生していない。
アホだった幼少期の俺は他国の姫君と騎士の禁断のラブロマンスに少なからず興味があったが、今現在ではなくて良かったと心の底から安堵する。政治問題の臭いしかしないし、第三勢力ひげジジイにピエロにされる未来しか見えないからだ。
しかし、姫君というのは本来なにも王族の娘だけを指す言葉ではなく、年齢制限も割と緩かったりする。可愛い幼子を姫と形容する事もあれば、単に人気者な女性を姫と形容することもある。その点からして何故ノノカさんが姫ではなく母神扱いなのかという密かな疑問が浮かばないでもないのだが、それはさて置いて――俺の親しい間柄にある人物の中に、まさに姫と呼ぶにふさわしい可愛らしくも困った子が約一名。
「ふ~んふ~~ん♪ ふふ~ふ~~ん♪」
「上機嫌だな、お姫様?」
「だってだって! 三人で街だなんてすっごく久しぶりなんだもんっ!」
「はっはっは、それは何よりだ! 何よりなのだが……ついこの間婚約者を歓待した僕が王都に帰るなり別の女性と手を繋いで歩くというのは色々と問題があるんじゃあなかろうか?」
「しかも反対の腕で別の男の手を繋いでるというワガママっぷり。両手に華の逆バージョンでめっちゃ目立ってるんだけど……」
「なぁに? 隠し事したお詫びに言う事聞いてくれるって言ったのにもう約束破りたくなっちゃったの?」
「うっ」
「むっ」
「有無を言わせず! 言う事を聞いてもらうんだからね?」
押し黙った二人の情けない男の面を確認したセドナは、悪戯っぽい笑みを浮かべながらアストラエと俺の手をぎゅっと握りしめて再び歩き出す。その姿はまるで兄に甘える妹のようであり、久しぶりに彼氏を連れまわす乙女のようでもあった。この無邪気さを見ると、とてもじゃないが裏切る気分にならない我が心の弱さが憎い。
婚約者騒動を終えて王都に戻った俺とアストラエを待っていたのは、騒動の理由を知って激怒――とはいっても、彼女が怒っている所など傍から見れば可愛いだけだが――したセドナだった。
それはもう、ボロクソに言われた。
やれ乙女心を踏み躙っているだの、やれ知らせるのがヴァルナ優先なのが男女差別だの、あることないこと全部である。ないことを言われたのなら反論しろよと思うかもしれないが、意外とそういう反論は言い逃れにも聞こえるので説得には逆効果だったりするのだ。事実、反論したアストラエが二倍の怒りを買って更に腰が低くなっていた。だから逆らうなとあれほど言っておいたのに。
おかげで俺への圧まで1.5倍だったぞ。
そんなこんなで十数時間に亘って一通りの怒りを放出したセドナが最後に俺たちに突きつけたのが、翌日丸一日の間だけ
つまるところどういう事かと言えば、セドナは寂しかったのである。
セドナには対等、かつ遠慮なくものを言える友人というのが俺とアストラエくらいしかいない。そんな俺らが二人だけで事情も告げずにヴェネタイルへと旅立っていた事で、セドナは大きな疎外感を覚えて傷ついたのである。婚約者への扱いや男女差別などは、その本音を補強する為に引っ張り出したうわべだけの言葉でしかなかったのだ。
だから、傷ついた分を埋め合わせるためにセドナは俺たちに存分に甘えたい。
彼女が俺たちの腕を掴んでご満悦なのは、そういう事である。
……アストラエといいフロル嬢と言い、時の権力者の子息ってみんなこうなんだろうかと最近思い始めている自分がいる。
「私は別に他の人に本音を言ってない訳じゃ……ああ、でもヴァルナくんにちょっと甘えちゃうのはあるかも! だってヴァルナくん、遠慮しない人だし! ならこっちも遠慮しなくていいかなー、なんて!」
「むしろ権力者の子息と速攻で打ち解けてるヴァルナがおかしいのではと僕は常々思ってるんだけどね。人の事平気で馬鹿とかいうし、もうちょっと遠慮したまえよ」
「俺としては遠慮してるつもりなんだけど?」
「してると思うか、セドナ? 僕はノーだ」
「じゃあ私もノーで。わーい、多数決でヴァルナくんは遠慮しない人で決定~!」
きゃっきゃとはしゃぎながら人の腕をぶんぶん振り回すセドナと失笑しながらこちらを見ているアストラエに「遠慮しない人」扱いされるのは極めて納得しがたい感情があるのだが、悲しいかな割と思ったことが口と行動に出る方なので否定しきれない。
「よーし、じゃあ次は進路を南に! なんかね、あっちの方にバナナを扱う屋台が出来たんだって! バナナだよバナナ! 私、バナナってあんまり食べたことないの!」
「まぁ南方諸島じゃ主食らしいが、この辺りだと離島と南端の一部ぐらいでしかバナナ出回ってないもんなぁ。パン的なポジションだしあんまり需要ないだろ」
「ん、知らんのかヴァルナ? その手のバナナは最近は主流じゃないぞ。品種改良で甘いバナナが出回り始めてる。スイーツだな」
「と、いう事は……これから向かう屋台は甘い物系ってことか?」
「うーん、噂聞いただけだから知らないなぁ。でもそうだなぁ……甘い物系ならヴァルナくんの奢りで、主食系ならアストラエくんの奢り!どう?」
こうして、天真爛漫なセドナは俺たちとの休日を実に楽しそうに過ごしていった。
ちなみに、バナナ屋台のバナナは甘くないタイプの代物だったのでアストラエの奢りになった……が、「王子に食べていただけるんならお代なんて取れませんぜ!」と結局タダになった。まぁ、店主は裏で「へっへっへ……王子に食べてもらえたと来れば、宣伝効果とうたい文句で客足上々よぉ!」とか丸聞こえな大声で言ってたが。
◇ ◆
「ん~~! 楽しかったぁ!!」
たっぷり夕方まで続いた王都ぶらり旅は王宮前でやっと終わりを迎え、ついでとばかりにショッピングで大量の荷物を持たされた俺とアストラエは、セドナを待っていたスクーディア家の召使いの皆さんに荷物運搬を託してその場に崩れ落ちた。
「ぐぅ……これなら海賊と戦った方がまだ楽だったぞ……」
「オーク狩りの方が気が楽でいい……」
「……そんなに嫌だったの、わたしと買い物するの?」
あっ、と二人同時に自分の口を押さえた頃には時すでに遅し。俺たちがご機嫌を取りまくったことですっかり上機嫌になっていた筈のセドナの顔が今度は捨てられた子犬がクゥンと鳴くような……というか今にも泣きだしそうな程に切ない顔で目尻に大粒の涙を湛えている。
「い、いやいやそうじゃない! そうじゃないんだセドナ!これはなぁ、アレだ! ヴァルナ説明!」
「俺は説明じゃねぇ! あ、セドナ泣くな! 嫌だったことと楽できなかったことはイコールじゃないから! 疲れたっちゃ疲れたけど、こんな日も悪くないって!な!」
「ぐすっ……うぇ……」
同級生の女の子を泣かせまいと二人であたふたする男たち。
片や王国最強の騎士、片や王国の王位継承権者という普通ではない身分なのに、同級生の貴族の娘の涙にかかればこの有様である。
「な、何なら明日も休暇があるから付き合うぞう! ヴァルナだって俺の権限で都合をつけよう!」
「ワッフルだ! 今日は行けなかったワッフル食べに行こう! あの行列できてたワッフル屋! な! ワッフル甘いぞ!」
「うっぐ……ふぅ……ふ、ふふふ」
目元を抑えて蹲るセドナの小さな背中が、小刻みに震え出す。
それを見た俺とアストラエは、この小悪魔に踊らされたことを悟った。
「あはははは! ふ、二人とも慌てすぎだよぉ! あははっ! しかもヴァルナくんなんて食べ物で釣ろうとワッフルワッフル連呼してるし! ははっ……ふぅー。どう、この演技力! 騙されたでしょ!?」
「この小悪魔め。心配した僕の純情は大きく踏み躙られた。もう帰る」
「悪い子だセドナ。お前はたった今、王国中のいろんな人を敵に回した」
「え、ええっ!? ちょ……ジョーダンだよ!? ジョーダンだってばぁ!! そんな二人とも脇目もふらずに置いていかないでぇぇぇ~~~!?」
やられたらやり返せとばかりに仕返しをかます俺たちの手を掴んで今度は本当に涙目で引き留めるセドナを見て、気が済んだとばかりにアストラエは肩をすくめて微笑む。俺も踵を返し、セドナの肩をぽんぽんと叩いた。
「ふはは、僕の演技力に騙されたかな? なんちゃって」
「乙女の涙は最強の武器とは言うがなぁ、そういう使い方は良くないぞ? 俺らじゃなければ友達無くす」
「……むー。二人相手にしかやんないもん!」
むくれるセドナがそっぽを向く様子を見るに、とりあえず町に俺たちを引き摺り出した時の拗れた機嫌は元に戻ったようであった。まったく、友達でない相手にはここまでへそを曲げない癖に、友達となるとこうなのだからこのお嬢様の我儘っぷりは性質が悪い。
というか、他人から見ると婚約者のいる王子と王国最強騎士を手玉に取った悪女なんじゃなかろうかこの子は。士官学校時代もこんな事はあったが、大体そういう時は俺に対して辛辣なのにやけに突っかかってくる女子同級生と壮絶な喧嘩をしていたものだ。
今も元気に平民を罵っているのだろうか、あいつ。
確か聖天騎士団に行ったって聞いてるけど、その後の音沙汰は聞かない。
「ねぇ、二人とも」
俺とアストラエを掴む手が、きゅっと強くなる。
夕日に照らされて艶のある髪が輝くセドナの陰影ある物憂げな顔は、普段の子供っぽい姿とは違う神秘的なまでの雰囲気を纏っていた。
「私たち、これからも友達だよね……?」
「お前の友達出来る奴なんて俺らくらいしかいねーよ」
「士官学校卒業した時に誓ったろ? 一緒に騎士団を背負うって」
「それは、そうなんだけど……なんかね? ううん、なんて言えばいいか自分でも分かんなくなってきちゃった」
一瞬だけ垣間見えた感情は、不安、或いは怯えか。
それを振り払うように頭を振ったセドナは、どこか無理したような笑みを浮かべで元気な声をだす。
「ともかく! これからは今回みたいな隠し事禁止! いい!?」
「俺は隠し事してないんだけど……知らせる暇なかっただけだし」
「言い訳無用だよヴァルナくん! ねっ、アストラエくんも分かった!?」
今回の件に関して俺は全然悪くないと思うのだが、もはや反論したところで聞いてくれる気配もない。アストラエも堪忍したのかいつもの笑みを浮かべ――るかと思っていたのだが、俺の予想は少し違った。
「いや、悪いが僕にも……うん、『友達であるからこそ言いにくい事』というのはある。それに、男に言いにくいとか女に言いにくいとか、そういうのはある。だからこれからも隠し事はする。完全に隠しはしないが、片方だけ先に告げる事はする」
「え……何、それ」
セドナは一瞬、アストラエが何を言っているのか理解できないとばかりに茫然とした。しかし、俺は何となくアストラエの言わんとすることは理解できる気がする。
「むしろセドナにはないのか? 僕の方が先に告げやすいとか、まずヴァルナに判断を仰ぎたいとか。そういうのは、友達であってもやっぱりあると僕は思うのだ」
「それはまぁ……アストラエくんの誕生日を祝う時に、アストラエ君が誕生日計画に参加してたらサプライズ感なくなるもんね」
「アストラエのお気に入りのワイングラスを割ってしまった時は真っ先に俺の方に泣きついてきたしな」
「その話はぶり返さないって約束したのにぃ! ばかばか、ヴァルナくんのばかぁ!」
呪われた過去の事件をうっかり口走ってしまったせいでセドナがぽかぽかと人を殴ってくるが、これが結構痛い。セドナは剣術は弱いけど肉体が弱い訳ではないのだ。まぁ、悪い事したと思って甘んじて受けよう。そしてアストラエも事件のあらましを思い出したのか若干心にダメージを負ってふらつく。お前に関しては正直ざまぁと思う。
「あれか……あのクリスタルグラス……僕にも少々堪える事件だったので今後は起こらないで欲しいが、まぁ、そういう事だ。僕は少しばかり隠し事をするが、それならセドナも少しばかり僕に隠し事をしていい。対等というのは、全部包み隠さない事とは少し違うという事だな。ご納得していただけたかな、我らが姫君?」
ニヒルな笑みを浮かべで仰々しい礼をして見せるアストラエ。それに対してセドナは納得したような、でも心のどこかにまだ引っ掛かりを残したような曖昧な顔で頷く。
いくら親しいからと言っても、絶対的な相互関係なんてない。
まして親しき仲にも礼節は必要だし、デリカシーの問題だってある。
セドナはその辺の距離感を上手くつかめていないから、今回のようなちょっとした騒ぎを大騒ぎに変えてしまうのだ。しかし、理屈と感情はいつもぴったりついてくるものではないので、俺も少し補足をすることにした。
「だから今回は僕は悪くないんだー、と自己弁論でお茶を濁そうとするアストラエであった」
「ああ、確かに! うわぁ、アストラエくんそれっぽい事言って誤魔化そうとしたでしょ! 前からそういうところあると思ってたけどこの状況でするの!? もう信っじられない! 元々はアストラエくんの最低行為が原因だったし! ばか! 人でなし!」
「ヴァルナぁ!? 貴様友達を裏切ったなぁ!? はぁー、君って奴はそうと思えばあっさり切り捨てるんだから……あ、でも僕の言った事は本心だよ。だからセドナも、僕に直接言いにくい事があったらヴァルナに打ち明けてみなよ」
それだけ言い残したアストラエは、一瞬の隙を突くようにセドナの手からするりと抜け出して王宮へ走る。「逃げられたー!」と叫ぶセドナと俺の方に「ではまた今度!」と言い残したアストラエは、高笑いでドップラー効果を発生させながら王宮に消えていった。
やや間を置いて、いつの間にかこっそり傍に控えていたロマニーに「王子は後で我々がシメておきますのでご安心を。王宮はお二方いつでも歓迎しますわ?」と
「最後にアストラエくんのペースに全部持っていかれた……なんか悔しいー!」
「まーまー。あいつも煙に巻かず二日間お前の我儘に付き合ったんだから、そこは酌量してやんな」
「どっちの味方なのさ。えいっ、えいっ」
「あっ、ちょっ、そこつつくのやめろ!?」
不満げに頬を膨らませたセドナの指が俺の脇腹をつついて非常にこそばゆい。
お子様セドナがアストラエの言葉の意味、友達の在り方を考えるのは少し先の事になりそうだ。王宮の門をくぐった俺は、そんなことを考えながらセドナに別れの手を振り、そのまま騎士団本部へ戻ろうとして――服の裾を、小さな手で掴まれた。
「ヴァルナくん。アストラエくんには聞きにくい話……しない?」
俯いたセドナのか細い声に、俺は今日と言う日がもう少し長くなることを悟った。
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