第119話 全ては倒錯します

 騎士たるもの、不徳を行うことなかれ。

 常に民の規範となり不徳を罰する騎士は、正義でなければならない。だからこそ民を守る騎士であり得るのであって、騎士さえも悪事を働くような国は末法である。

 鉾であり砦。騎士団の戦いを見れば国の行く末が分かる。


 さて、その基準で判別を付けるならば――。


「うおっ……こ、これは流石に関係ないよな? と、見せかけて時々パットの中に変な薬仕込んで持ち込もうとする奴いるんだよなぁ。一応調べておこう」

「王子、手袋越しかつ婚約者のものとはいえ女性の下着を入念に触っている光景は犯罪そのものですよ」

「そんなこと言われたって本当にあった事だし。おや、こっちはアマンダの……い、意外と下着は大胆なんだな……」

「王子、発言が犯罪です」


 ――騎士な上に王子がこれであるから、末法待ったなしである。


 なお、この頃のヴァルナは王子の婚約者に干からびたゴキブリを見せて「王子に飲ませる」とか言っている事を鑑みるに、本当に末法が足音を立てて近づいている感が凄い。ここは二人の共通の友人で騎士でもあるセドナに世界を救って貰いたいところだ。




 同刻、王都の王宮――。


「ええっ! 私に内緒で二人で婚約者に会いに行ったぁ!? 何で!? 何でヴァルナくんには教えて私には教えてくれないの!? あっそう! ふーん! そうなんだそうなんだ、仲間外れにするんだー! いいもんねーそういう事するんなら私だって考えがあるもんねー! ふんだっ、二人なんて知らなーい!!」

「ああ、セドナ様! 王子とて何か考えがあったに違いありませんから! ここはお気をお鎮めください! よしんば考えがなかったとしてもきっと騎士ヴァルナはいつものように王子に引き摺られていっただけですよきっと!」

「ダーメ! 許さないもん! 二人で隠し事して女の子に会いに行って、私の事……わ゛だじのごどな゛い゛がじろ゛に゛じだんだぁぁぁ~~~~~ッ!! うえぇぇぇ~~~~~んッ!!」


 聖盾騎士団の「無傷の聖盾」セドナの大泣きはその後3時間にわたって続き、王宮中の人々が彼女をあやすために骨を折ったという。なお、その後に今回の件をセドナに黙っていた理由がアストラエの最低過ぎる罪隠しであったことが判明して更なる大爆発が発生するのだが、それは少し先の話である。


 結論を言うと、既に王国騎士団は末法のようだ。




 所は戻ってヴェネタイル。


「くっ、フロレンティーナの荷物から不審物は見つからなかったか……!!」

「いえ、フロレンティーナ嬢が敵であることを前提に話を進めるのは如何なものかと」

「しかし僕は騙されない! カバンの底の二重構造に隠されていたこの手紙は僕が形式上送った手紙たち……これは僕への恨みを絶対に忘れないよう肌身離さず持ち歩いてる復讐の誓いに違いないんだ……!!」

「王子、人はそれを被害妄想と言います」


 わなわな震えながら自分の書いた手紙を脅迫文を見たかのように蒼白な顔色で見つめる馬鹿王子に、ロマニーはいい加減この人を自室に戻した方がいいのではないかと思い始めていた。ヴァルナの言った通り重篤な精神の病気に罹りかけているようにしか見えない。


 誓って言うと、普段の彼はもっと愉快犯的な存在である。

 じゃあ普段の方が面倒臭いんじゃないかと思われるかもしれないが、普段は悪戯好きではあるが良くも悪くもサッパリした言動をする男なのだ。冷めたところは冷めたまま流すし、物事の一つ一つに長く頓着しないスマートさがある。

 それが今はあの有様。

 控えめに言ってポンコツである。


「ところでアマンダの荷物はどうなっている?」

「書面が多いのでチェックに時間がかかっています。カバンの類も複数ありますのでご協力を」

「今度こそ彼女とフロレンティーナの黒い繋がりが浮上する……!!」

「王子の止まらない被害妄想はさておき、何故護衛全滅という事態に陥ったのかはハッキリさせておきたいものですね」


 そこがロマニーにとっての最大の謎だ。

 護衛の治癒も進んではいるが、軽症の者からかかっても今日の護衛には間に合わなかった。すなわち、確実に護衛に間に合わない程度の死なない怪我を彼らは負わせられたのだ。


 そうまでして彼女の護衛『だけ』を全滅させる意図は何だ?

 彼女に対する警告、或いは襲撃の為の下準備?

 だとすれば敵は海外。国内の人間にはフロレンティーナ嬢を狙うメリットも、繋がりのあるアストラエ王子を狙うメリットもない。それどころか王国に対して友好的であるモルガーニ卿の不興を買えば国交にも影響が出て、王国側には損しかない。


 深読みすれば何のメリットもない訳ではないが、それを望む思想を持った人間が王国内にいるとも思えない。だから外部の人間なのはほぼ確定だ。問題は政敵の多いモルガーニ卿関連なのか、それとも皇国の内部分裂を望む一派が存在するのか。


 一縷の望みを託しながら書類を調べるが、今のところは今回の来訪に関係のある書類しかない。いくつかは抜き取られているようだったが、それは恐らく執務の為に必要だったから持って行ったのだろう。最悪ノマと交代して自分で調べるしかない。


「お、ロマニー。この鞄に透明な糸束が入ってるぞ? こいつは蜘蛛の魔物から採ったものだろうな」

「申し訳ございませんが書類の整理に集中させてくださいまし」

「おいおいロマニー、屋敷の見取り図と美術品の固定金具を外す工具もあるぞ?」

「重ね重ね申し訳ございませんが、書類の整理に……ん?」

「こいつは凄いな……部下にどうやって重傷を負わせるかの方法が各護衛の性格・生活習慣別にずらりと揃えてある」

「――見せてください!!」


 一瞬判断が遅れたことは一生の恥かもしれないが、それにしたって予想外に過ぎる。鞄に飛びついたロマニーを待っていたのは、全く以てアストラエの言葉通りに犯行に使えそうな糸と犯行に使ったであろう工具、更には明らかにアマンダの筆跡で書かれた犯行計画としか考えられない紙だった。


 何か手掛かりが手に入ればと思っていたのに、まさか全て綺麗に揃っているとは予想外にも程がある。これで下手人の正体は判明したも同然ではないか。鋭そうな彼女に限ってそれはないと思っていたが、これでは呆気ないにも程がある。


「では護衛を全滅させたのはアマンダ女史……」


 呆然と漏らしたその言葉にアストラエは自信を取り戻したような笑みで頷いた。


「そう、犯人はアマンダ女史―――では、ないッ!!」


 そして、あっさりとロマニーの結論を覆した。


「彼女を犯人に仕立てたいがあまりに欲をかいたな! 下手をすれば犯行に使われてすらないぞ、この証拠品!」

「な、何故断定出来るのですか、王子?」

「ふふん、らしくもない質問だなロマニー。だがしかし、理由を聞けばすぐに理解出来るだろう!」


 自慢げなまでの笑みを浮かべて右手の人差し指を立てたアストラエは、それを左右にちっちっと振って持論を披露した。


「紙を燃やすと煙や煤、悪臭が出るし灰も残るから迂闊に捨てられないのは分かるよ? だが、この蜘蛛の糸はそうじゃない。燃えるのはあっという間だし痕跡も遥かに少なくなり、残った灰もトイレに捨ててしまえば怪しまれずに容易に処分できる。仮にこれから使うにしても、束で残しておく理由がないだろう?」

「確かに……糸の保存方法として束というのは不自然ですね。もっと不自然のない形で仕込まれれば、私とて発見に少々の時間を要すでしょう」

「次に工具だが、こいつもおかしい。工具を渡してくれる協力者がいるんならそいつに返して元の場所に戻してもらえば怪しまれないし、自分で取りに行けたのなら自分で返しておくことも出来るだろう。彼女が工具を手に入れる手段を確かなものとしていたのなら、出来ないとは考えにくい」


 少し前まで被害妄想で震えていた男とは思えない理性的な言葉が並び、思わず内心で唸る。時々馬鹿王子呼ばわりで忘れそうになるのだが、アストラエという男は幼少期から王族の高度な教育を受け、士官学校では座学で次席、チェスでは敵なしと呼ばれる程度には頭のキレる男なのである。

 しかし無論、その論理に穴がない訳ではない。


「協力者との関係を悟られない為に敢えて、という可能性はありますが?」

「まぁ、そこはきかな。しかし最後に残ったこの紙はいただけないな……ちぐはぐなんだよ」

「と、いいますと?」

「彼女が書いて用意したんなら、それは分かるさ。でも、だとしたら紙を用意するまでもなく書いた本人は内容を暗記してるだろう。普段から秘書をやっている優秀な彼女なら余計に朝飯前だ。だからこいつは自分用ということはあり得ない」


 言われて、確かにと思った。

 証拠という目に見える真実の裏に隠された情報にたどり着けずに踊らされてしまった自身をロマニーは恥じる。自分だって速読暗記は基本なのに、他人にそれが出来ないと思い込むのは無理がある。まして彼女はフロレンティーナ嬢の秘書。優秀でない訳がない。


「で、そうなると実行犯に渡す為の物になる。だったら何故彼女がそれを持ってるんだ? 紙なしでも事件を実行できるレベルの工作員なら紙そのものの処分も容易だったろう。そういった情報を総合的に鑑みるに、導き出される結論はシンプル!」


 普段通り不遜なまでに自信に満ち満ちた出で立ちで、アストラエは断言した。


「彼女はスケープゴートだ! それも、自らそれを志願したか、そうせざるを得なかったとみて間違いない! そして、それ自体が真犯人へとロジックを導く活路となる!!」

「で、では犯人は!?」

「そう犯人は! 彼女がどうしても守らなければいけない存在で、逆らえない存在……堕天使の堕とし子、諸悪の根源にして恐怖と狂気の源泉、フロレンティーナを置いて他になしッ!!」

「成程、完璧なロジックですね……」


 この名推理に、思わずロマニーは固唾を込んだ。

 まさかこの段階にきてこの結論とは、やはり予想は間違っていなかったのだ。


「自分で連れてきた護衛を秘書に頼んで自分の命令で全滅させて、彼女に何の得があるんだという致命的なまでの謎を度外視すれば、確かに完璧なロジックです」

「……、……あれ? いや、ええと。実はドSとか」

「そんなものわざわざ遠回しに秘書に責任をスケープゴートなんて婉曲な真似をせずとも可能でしょうよ。スケープゴート辺りまでは冴えた推理だったのですが、結論に願望が滲み出すぎです」

「くぁぁぁ! ふ、フロレンティーナが黒幕じゃない結論なんて意味ないじゃないか……!!」

「王子、結論とロジックが倒錯しています」


 ……彼女の予想通り、アストラエは馬鹿――もとい、今日は本調子ではなかったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る