第114話 下から上へです

 朝の鍛錬してたらいつの間にかフロレンティーナ嬢の護衛が自分一人になっていた。

 そんなドッキリ大成功とか言い出しそうな謎の事態が発生した理由を、ロマニーとノマは懇切丁寧に説明してくれた。


「まず、このヴェネタイルを治める貴族から一人、爵位持ちのお方が町の観光案内をする筈だったのですが、馬車の馬が突然暴れ出して車体が横転。足を骨折して案内できなくなったとのことです」

「予備とかの人はいないの?」

「殆どが同じ馬車に乗っていたらしく、他にも方々様々に事情がありまして、いないとのことです」


 王国最高峰のメイドであるロマニーが調べた結果いないと言ったのだ。本当にいないのだろう。というか貴族の馬車が横転とか、たとえ馬が暴れたとしてもそうそう起きる事じゃないぞ。一体馬に何があったんだ。


「それで護衛の方ですが……ノマ?」

「あ、あの。護衛の方の一人が昨日の夜に階段から足を踏み外して負傷されまして……更に別の護衛の方が私的に持っていた携帯食を食した結果、何故か食あたりに。後は庭園で足を取られて剪定前のバラの花園に頭から突っ込んだり、屋敷内の彫像が固定してあったはずなのに倒れてきて下敷きになったり、とにかくそれぞれの人がバラバラの理由で負傷して……」

「とても護衛できる状態じゃないと?」

「あぅぅ、そうです……ヴァルナ様だけになっちゃいましたぁ!」


 申し訳なさそうにノマが頭を下げる。


「別にノマの所為って訳じゃないから謝んなくても……」


 それにしても、護衛たちが護衛にあるまじき体たらくっぷりを発揮して任務本番前から勝手に全滅してしまうとは如何なるものか。運の悪い話と呆れたい所ではあるが、どう考えてもこれは運命の女神の気まぐれで済む話ではないだろう。

 今の話、随分と不自然な事故のオンパレードだ。


「なぁ。保存食で食あたりとか、普通なるか? 腐らず長持ちするから保存食だろ?」

「わたくしも件の保存食を少々検めさせて貰いましたが、ただの干し肉で特段問題があるようには見えませんでした。となれば……食あたりに見せかけた毒の可能性も否めないかと」

「他国の客が王家の屋敷で毒を盛られるなんて、例え死人が出ずとも外交問題に発展するレベルだぞ……」

「ええ、それが王国の手によって齎された毒であれば確かに。ですが、その保存食は護衛が私物として普段から食しているもののようで、王国側の人間が知る機会も触る機会もありませんでした」

「じゃあ犯人は皇国側って事か……いや、或いは皇国から船で出た時には既に仕込まれていたか?」

「そのどちらかと考えて間違いないかと」


 つまるところ、これは私情か或いは皇国内のゴタゴタと見ていいだろう。

 政治的な流れは分からないが、アストラエ曰く敵の多い一族だという事だし、嫌がらせから政治特有の陰湿なちょっかいなどは十分あり得る話である。ちなみに士官学校時代の俺は嫌がらせの嵐に身を置いていたが、アストラエとセドナが横で勝手に事態を深刻化させて大騒ぎになって「またあの三人か!」と言われるのが定例になっていた。だから俺は悪くないっての。


 しかし同時に分からない事もある。

 毒で護衛をどうにかしたいのなら、干し肉でなくともお茶に毒を混ぜるなどもっと効率的な方法があったのではないだろうか。他の全員が負傷している以上は犯人の狙いは護衛の全滅だったと思われるが、率直に言って全員別の理由で負傷など手間をかけすぎである。


「始末するなら安易で汎用性の高い方法で効率的に始末したらいいのに」

「ヴァルナ様、今絶対オーク殺しに思考がシフトしていますよ。物騒な発言はお控えください」

「はっ!? そ、そうだな……よく考えたらとんでもない事口走ってたな……」

(ヴァルナ様ってば圧倒的に目がマジだったよぅ……)


 ついオーク討伐感覚で物を語ってしまうとは、俺も頭が固くなったのかもしれない。尤も騎士団では柔軟な思考を持ちつつオーク撃滅は決定事項なのだが。

 言葉だけ聞くとカルト集団っぽささえあるな、俺たち騎士団。


「しかし、仮に犯人がいるとしてだ。屋敷中の彫像の固定を外すってのはそんなに簡単なのか? これだけ屋敷内に人がいるんだ。そんな仕込みをしてたら幾ら何でも誰かが見てるだろ」

「確かに、この屋敷の彫像の固定方法は素人が簡単に外せるものではありません。しかし、わたくしも確認しましたが、固定は破壊されずに綺麗に外されていました。となると、犯人は最初から彫像を計画的に利用したと考えるべきです」


 王族の屋敷にいる人間しか知り得ないであろう固定の外し方を、容易にトリックに組み込む手際の良さ。皇国に住み、ここに来るのが初めてな人間にそんな真似はできない。となると、選択肢はおのずと絞られてくる。


「王国内に協力者がいる。そいつと協力した誰かが護衛を全滅させた……?」

「ヴァルナ様だけが残られたのが一体何者のどのような思惑なのかは見当もつきませぬが、そう考えるのが自然かと。少なくともこの采配、フロレンティーナ様にとって優位になる事は何一つございませぬ」

「参ったなこりゃ……アストラエの懸念が全く別のベクトルで問題になってきたぞ?」


 国内に裏切り者がいたらどうすると気が狂ったように怒鳴り散らしていたアストラエだが、まさかそれが思いもしない角度から現実になるとは驚愕である。しかも狙いはどうやら我が国の王子様ではなく、その将来の花嫁たるフロレンティーナ嬢と来たものだ。


「お前たちは観光には同行できるか?」

「申し訳ございませんが、護衛の看病に人が割かれたせいで作業速度の低下が著しく、その分をカバーせねばならない為にこのロマニーは出向くことはできませぬ」

「その……私は人がごっそり少なくなった皇国側に補佐として行かなきゃいけないので、同行は出来ません。従者のアマンダさんは無事なのですが、護衛全滅の関係で仕事も儘ならないようでして……」

「アマンダさんか……」


 今朝の事を思い出す。

 アマンダさんは、恐らく護衛が全滅してフロレンティーナ嬢を護衛できるのが俺だけになったことを知っていたんだろう。だから俺を見定めようとしていたんだろう。

 ……と、思いたいところだが、これまた面倒なことにそうもいかない。


「こうなるとあの人も怪しいよなぁ。確か彼女、皇国側の責任者でもあるだろ? だったら王国とのコンタクトの機会も自然とできるし、皇国内でちょっとばかし変な動きをしてもそう怪しまれるもんじゃない。何より責任者だったら最悪自分だけでも同行するってなると思わないか?」

「……仕事に実直に見えるアマンダ様を余り疑いたくはありませんが、ともかく非常事態です。下手人が屋敷内にいるならば王子の護衛は密にせねばなりません」


 俺たちは形こそ違えど王家に仕える人間たちだ。

 王家にこれから連なろうという人も、王家同様に守る必要がある。

 ともすれば必然、安全確保の急務は犯人を探し出す事である。

 ロマニーは静かに、しかし異様なまでの迫力を伴って宣言した。


「王家に泥を塗らんとする下郎は必ず白日の下へ晒します。これは王宮メイド長としての決定事項です。いいわね、ノマ?」

「いいけど……私、裏切り者を見つけるとかそういうのは出来ないよ?」

「出来なくて結構。ノマはとにかく皇国側に赴き、気付いたことはつぶさに報告なさい。アマンダ女史が犯人の一人と決まったわけでもありません。犯人の判別はわたくしがいたします故、メイドの心得を忘れずいつも通り振舞いなさい」


 その肝っ玉、まさに女傑(男)である。直訳するとお兄ちゃん頑張っちゃうぞ、という事なのだが、このお兄ちゃん本当にハイスペックなので犯人捜しは全てロマニーに一任する方向でいいだろう。

 メイド長というのはパーフェクトに限りなく近い存在なのだ。

 ならば頭の働かない俺は、腕と足を働かせて騎士の本分を成すだけだ。


「ヴァルナ様、屋敷の方はわたくしたちにお任せください。ヴァルナ様は――」

「俺はフロレンティーナ様の護衛として、何があっても彼女の護衛をやり通す。あとついでに折を見てアストラエの事を本当はどう思ってんのか聞きだす。難易度は変わったけどやることはほぼ変わりないな」

「……流石ヴァルナ様、ブレませんね」


 そうと分かれば町の観光案内資料をもう一度見直そう。マジで初めての町なので迷子になったらシャレにならないもんね。あと観光名所スルーしたりとか。果てしなく騎士の仕事じゃないけど、他に出来る人いないし。


「あっ、あの!」

「?」


 部屋を出る直前、それまで話に上手く入り込めなかったノマが俺の服の裾を掴んだ。

 こちらを見上げる純朴な少女は、不安げながら力を振り絞るように、俺に告げる。


「お気をつけてくださいね……? 王子は今ご傷心ですが、ヴァルナ様がお怪我をされたと知ればもっと傷心してしまいますし、その……私も悲しいので」

「ノマちゃん……」

「ノマ……」


 一瞬言葉に詰まった俺は、ため息を吐く。


「あのさ、そういうのあんまり周りの男の人にしちゃ駄目だよ? 絶対変な勘違いされてこの子は俺が好きなんだーとか思われてお持ち帰りされるよ?」

「えっ」

「まったくノマときたら、どうしていつも自分に自信がない癖に危機感というものが足りないのか……相手がヴァルナ様だから良かったものの、そんな風だからしょっちゅう宮廷の男どもに言い寄られる羽目に陥るのよ?」

「えっ、えっ」


 考えてもみて欲しい。

 潤んだ目、プラス上目遣い、プラス年下で甲斐甲斐しいメイドで、しかも妹である。恋愛経験に乏しい男を完全に殺しにかかっているとしか思えない程の――なんというか、ライとかに言わせると『属性』というものを備えすぎているのだ。普段は内気なのにこう言う時だけ急に接近してくるあたりが実に天然の男誑しである。


 このテクニック、使いこなせたら恐らく稀代の悪女の誕生だ。

 まぁ、男の癖に男も女も魅了する君の兄に比べれば些か弱いが。

 そうか、こいつら魔性の兄妹だったのか。納得してしまった。


「……ところでヴァルナ様。貴方程のお方であれば勘違いしてもあねとして一向に困らないのですが?」

「お前もセットで付いてくるのが激しく嫌だから却下。あと年下趣味じゃないから」


 かといって年上趣味もないが。ひげジジイに騙されてマダムへの人身御供ひとみごくうにされた事件が俺の心に残した傷は深い。いや、まぁマダムは美人だったけどさ、肉食過ぎる女性ってどうかと思うの。

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