第112話 一方的な絆です

 社交辞令とは大切なものだ。

 たとえ腹の底ではそんなこと微塵も考えていなかったとしても、表向き良い顔をしておけば相手に与える印象は大きく変わるものだ。


 ただし、それは初対面において最も大きく効果を発揮するのであって、後になってから態度を変えても最初に与えた印象を拭うのは難しいかもしれない。


「ようこそ、遠路はるばる王国へ! お久しぶりですね、マドモアゼル?」

「まぁ、マドモアゼルなんて他人行儀な呼び方はお止しになって! フロルとお呼びくださいな、アストラエ様?」


 冗談めかして笑った二人は挨拶代わりに軽くハグをする。

 少し離れた場所からはフロレンティーナ嬢の来訪を歓迎しに来た人々が色めき立っている。皆、我が国の王子がどのような女性と結婚するのか興味津々であるようだ。最前列で食い入るようにその姿を見つめる少女など、今に飛び出してきそうな勢いである。

 顔に浮かぶのは歓迎じゃなくて渋面だが。


「ぐぐぐぐぐ……悔しいくらいに美人じゃない、あの女」

(ああ、アストラエのファンクラブの子か……)


 アストラエは超がつくほどの美形なので、当然国民――それも女性からは絶大な人気がある。しかも第一王子のイクシオンより外部への露出が多いため、今では追っかけもいる程だ。彼女たちにとってフロレンティーナ嬢の登場は複雑な所だろうが、民衆を見る限りでは反応は上々。


 スマートな正装を着こなす美男子の王子と、美しいドレスに劣らぬ美貌で優雅に歩み寄るご令嬢。一緒にいるだけで絵画から抜け出してきたような二人は、まさに民衆からすればお似合いのカップルに見えるだろう。聞くところによると正式に婚姻した暁には彼女は王国に住むことになるそうなので、今度は彼女のファンクラブが出来るかもしれない。


 ちなみにヴァルナファンクラブもあるが、圧倒的に低年齢層が多いのと殆どの子供が俺の顔を知らないのもあって噂でしか存在を知らないクラブである。

 ある意味謎の組織だ。

 会費徴収したら幾らになるんだろう。


 しかし、表向きは優雅なアストラエも内心は冷や汗と震えでガクガクなんだろうなぁ、と遠い目になる。あれはアストラエの心にある仮面、公務用ペルソナによって半ば自分自身を洗脳しているからボロが出ないのだ。自らをトランス状態にしてまで会いたくない婚約者とラブラブっぷりを見せつけるなど精神的な負担が計り知れない。

 この三日でアストラエが精神崩壊を起こさないか早速不安になってきた。


(不安と言えば、他にも気になる事があるんだけど……あれって護衛、だよな?)


 フロレンティーナ嬢の後ろを秘書っぽい女性と鎧の兵士風の男たちが付いて回っているのだが、その護衛達が……なんというか、俺の気のせいではなければ微かにやつれている気がするのだ。顔色や隈を隠す為なのか、一見すると分からない程度に顔に化粧をしているようだし。


 護衛というのは弱々しい所を見せてはならない。

 頼りない護衛など論外だからだ。

 護衛はその実力は勿論の事、出で立ち一つで護衛対象側の安心度も段違いに高まる肉体と精神両方の頼りがいなのだ。それなのにフロレンティーナ嬢の護衛は、体格と態度は何でもない風を装っているがどこか疲れを隠せていない。


 もしやフロレンティーナ嬢は見た目にそぐわず護衛を振り回す程のアグレッシブな御仁なのだろうか。あんな見た目で実は高飛車で無茶ぶりしまくるとかだったらイメージ崩れるな。どうか俺の前ではずっと取り繕っていて欲しいものである。


 と、色々考えているうちにアストラエ達二名が控えていた俺たちの目の前にやってきていた。


「フロル、まずは船旅の疲れを癒すといい。王家の別荘地に部屋を用意してあるよ。観光はそれからでも遅くはあるまいて」

「アストラエ様のお心遣いに感謝を」

「他人行儀はよしてくれ。僕と君の関係だろう、フロル?」


 純白の歯がキラリと光りそうなくらいにいい笑顔で心にもないことを吐きだすアストラエ。このまま演技を続けさせているとそのうち性格や言動が逆転したまま戻らなくなるんじゃないかと疑いたくなるほどに完璧な演技である。

 アストラエは不審の欠片も感じられない自然な流れで彼女を王国より派遣された護衛の連中の前に連れてきて、御付きの面々もそれに追従する。と、ここで秘書風の女性が俺とロマニー、ノマの三人を一瞥した。ほんの一瞬だったが、予定になかった人物の存在を見つけて誰だコイツって思ったんだろう。


 ともかく、一日目はアストラエとフロレンティーナ嬢が共に行動していたため、護衛も共に行動していて特に何事もなく夜を迎えた。こんなんで一日約三十三万ステーラの給料貰ってるっていうんだから、これやっぱりおかしいよなぁ。






 ◇ ◆




 

 ロマニーのスケジュールによると、翌日は別荘内でのイベントが中心になるそうだ。そしてアストラエによる姑息な時間稼ぎなのか、歓待の為という名目でアストラエは一日の半分ほどはフロレンティーナ嬢と離れて行動するらしい。


「という訳でフロレンティーナ様は町の観光です。観光時の護衛役にはヴァルナさんをねじ込んでおきました。こちら、町の観覧ルートと御覧になられる名所や景観、施設のリストになります」

「サンキュ。えーと、北はひたすら海岸線が続いてて東は平野か。オークを迎え撃つなら被害が少ないポイントは……で、物資搬入ルートと仮設拠点は川沿いで大丈夫そうだな……後は……」

「町の外ではなく中を見てください、ヴァルナ様」

「う、すまん。職業病だなこいつは……」


 オーク殺すマンの悪い癖が出てしまい、ロマニーに軽く窘められつつ俺は改めて地図を見る。王立外来危険種対策騎士団としては、地図を見たらまずオークが攻め込んでくる場所と攻め込まれると困る場所を割り出すのが基本なので、思考がそっちに持っていかれてしまっていた。


 現在、俺はロマニーと共に護衛や御付きにあてがわれた部屋の一つで明日の準備をしている。御付き用の部屋とはいえ流石は金持ちの屋敷、清潔感と快適度は騎道車内の酔っ払い付き小部屋とは比べ物にならないほど素晴らしい。賄いの食事もタマエさんには及ばずとも素晴らしいものだった。

 どうしよう、騎士人生の中で一番優遇されてるかもしれん。


「アストラエの様子はどうだった?」

「フロレンティーナ様との会食後はおひとりで部屋に籠っておられます。ノマと交代しながら時々様子をみていますが、布団の中でガタガタ震えていました。あのままだと三日後には髪がすべて白髪になってしまいそうですわ」

「あいつめ……何をどうしたらあそこまでフロレンティーナ嬢を怖がれるんだ?」


 短い間しか見ていないが、彼女は確かにアストラエが認めた程に完璧な立ち振る舞いを見せ、下々の者にも一定の敬意と優しさを込めた言葉で接する、まさに完璧な女性である。

 疑うべきところなどどこにも見当たらない。


「隙がないからこそ、王子は怖いのかもしれません」

「え?」


 ぽつりと、ロマニーは呟く。


「こんなことは言いたくありませんが、王子が普段接する上流階級の人々の大半は、表面を綺麗に取り繕って自分の欲望を覆い隠しています。その面の皮の厚みは、不思議と欲望の大きさと比例する」

「つまり、腹の底が真っ黒だからこそ、それを悟られないように表面上いい人をするってことか? それはまるで、公務の時のアストラエみたいだな」


 そう不敬大解放な事を呟き、はたと思う。

 公務の際のアストラエは、まさに完璧な王子を演じている。まさかあれを見て、裏では平民騎士とつるんで「騎士など信用できん!」などと叫んでいるとは国民の誰もが思うまい。だからこそ、アストラエは同じく表面上完璧な彼女の事を信用しきれないのではないか。


「ヴァルナ様。正直な所、わたくしもノマもフロレンティーナ様の態度が本音を隠すペルソナなのかどうか、判別がつきません。もしかすれば、本当の本当に良いお方なのかもしれない。さりとてアストラエ様の過去のやんちゃを鑑みれば、そうではない可能性もある」

「俺なら絶対許さんけどな。マジで酷過ぎるから」


 特にカメムシの煮汁飲ませた辺り。

 想像するだけで吐き気がするわ。

 仕返しとして生カメムシを口に詰めたら許すかもしれないけど。


「その辺を断言できるお方だから、アストラエ様はヴァルナ様を信用できるのです。アストラエ様は王宮で育ち、上っ面と本音の温度差を見抜く力は人一倍です。その眼力を以てしても彼女の本音がどちらなのか分からないからこそ、あそこまで苦しんでいるのだとわたくしは愚考します」

「人を信じなさすぎるんだよあいつは」

「毎度ルガー団長に騙されているヴァルナ様は信じすぎかと存じます」

「ぐう……!」


 痛い所を突かれて思わずぐうの音が出た。

 俺だってそれなりに疑ってかかっているつもりなのだが、あのジジイが人を騙すのが上手過ぎるのが悪いのだ。そんな俺を見てロマニーは「素直ですね」とおかしそうにころころ笑っている。


「……多分、ヴァルナ様は悪意ではなく害意を感じ取ってしまうから騙されてしまうのだと思います。団長様は最終的にその行動がヴァルナ様の為になると思っているから、淀みなくヴァルナ様を誘導できるのですね」

「……褒められている気分じゃないぞ」

「しかしヴァルナ様の人物像評価はいつも的を射ています。なので……どうか王子の為、その眼でフロレンティーナ様の本質を暴き、王子をご安心させてくださいませ」


 ロマニーは王宮メイド長だ。

 俺の知る限り、完璧という言葉にかなり近い位置にいて、アストラエへの忠誠心も同じくだ。そんな彼女に頭を下げられるということは、それだけフロレンティーナという人物が完璧に近いという事なのだろう。

 そんな人のボロなんて、仮にあったとして俺に見抜けるのか。


 俺は探偵でも密偵でもない。

 勉強だってアストラエとセドナがいなきゃよくはなかった程度の男だ。

 でも、そうだな。敢えて長所を言うなら――。


「震える友達を見捨てるほど薄情な人間じゃないよ、俺は。出来るだけやってみる」

「その言葉が聞けただけで、わたくしも安心できます。貴方がやるというと、どうしてか全てやりきってしまうような予感がしますから」

「なんだそりゃ? 猪突猛進ってこと?」

「どうなのでしょう? ただ、わたくしがそう思うだけですので……」


 まぁ確かに、やると言ってやりきれなかったことは一度もない。

 先輩方が軒並み流行り風邪でダウンして一人でオーク百匹を殺さなくちゃならなかった時もなんやかんやで夜明けまでに全滅させたし。その後のぶちまけられた血肉を回収する作業の方が地獄だったけどね。

 思えば俺が『首狩り』と呼ばれ始めたのもあの頃だったか……?


「とにかく、明日からが本番ですわ。今日は休みましょう」

「そだな。ロマニーもそろそろロマに戻ったら?」

「そうですわね。ではお言葉に甘えて……」


 と言うや否や、ロマニーは被っていたカツラを放り出した。


「っあ゛あ゛~~~……この女をやめて寝る時の解放感クセになるわ~~~……はひぇ~~」


 そのまんまベッドに寝転がったロマニーもといロマは、寝転びながらメイド服の中に手を突っ込み、胸パッドやらなんやらを一気に引き抜いて大の字で伸びをする。

 ちなみにパンツは丸見えである。

 ムダ毛処理も完璧な生足の脚線美が妙に腹が立つのは何故だろう。


 これまで一度でもロマニーにドキっとさせられた全王国民の皆さん、これが真実の味です。

 公開すれば恐らく王都の推しメイド勢力図が一変する衝撃の真実を視界の端に捉えながら、俺は「あんま大声出すと外に聞こえるからやめとけよ」と念のために釘を刺した。


「……あ、いまノマが知らない男に声かけられてる気がする。ヴァルナさん二階の東階段に向かいましょう!」

「お前超能力者か何かなの?」


 本人曰く、妹限定だそうだ。率直に言ってそこまでいくと気色悪い。

 ちなみに、行ってみたらノマは本当にそこで口説かれてオドオドしてた。

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