第108話 久しぶりの激戦です

 王宮から個人宛に使者が来るというのは領主や余程の重要人物でないとありえない。何せ王宮の使者だ。まず間違いなく政治的な絡みになる。ところがどっこい、俺は約一名王宮の使者をお使い感覚で俺の下へ派遣する傾奇者を約一名知っている。


 自由奔放で身勝手ながら、士官学校時代に最も長く苦楽を共にした男。

 そして、ある意味俺のライバルと言えなくもない一国の王子。

 豪放磊落の《ごうほうらいらく》の快男児アストラエは、今日も不敵な笑みで俺を待っていた。


「お前なぁ! 前から俺を呼ぶのにわざわざ国王直属の人を使者に使うなって言ってんだろぉ!?」

「王子が王国筆頭騎士を呼ぶんだぞ? しかも彼らは優秀! そんな使者を使って何が悪い!」

「俺の浴びる周囲からの目線が感じ悪いわッ! ああアイツまた王子に特別扱いされてんのかーみたいな世間体悪い奴!!」

「国でも指折りの有名人の癖して今更世間体など細かい事を気にするな! わーははははは!!」

「くぉんの放蕩馬鹿王子め……ッ!!」


 今回の王立外来危険種対策騎士団が持ち込んだ一大騒動は流石に他の騎士団も黙っていられなかったのか、国内の方々から指揮官クラスの騎士が王都に多く戻ってきているらしい。そしてそのどさくさに紛れて海から戻ってきた男が一人。

 海の任務を終えて王宮に戻って来ていたアストラエの快活な笑い声が王宮内に響き、俺は無性にこの男の頭を一発ひっぱたきたくなった。


 士官学校に入りアストラエと出会ってこの方、この馬鹿王子は俺を呼ぶのに王宮の使者を使うという王族パワーを平気な顔で連発してきている。どうせこの男のことだから、久々に王都に帰ってみたら俺が暇してるらしい事を聞いたので暇つぶしに呼んだに違いない。それが証拠に使者の伝えた要件も「いつもの」だった。毎度これでコキ使われる使者が可哀そうである。


 あの人たち王国の官僚クラスで超エリートだからな。だいたい伝える事は勅命なので、それに関連する考えうる限りの情報を収集して全部受け答えできるようになってから伝えに来るんだぞ。ただのメッセンジャーボーイとは訳が違うぐらい優秀な人達だからな。「いつもの」って子供の伝言みたいなの伝えるだけならせめて王宮の執事とかメイド使えよ。


「おいおい馬鹿を言わないでくれ。いいかいヴァルナ? メイドも執事も王宮を快適に過ごす為に必要不可欠な人材で育成にもそれなりに時間がかかるんだ。だが使者は官僚なので一人二人いなくなっても他の官僚が穴を埋めるしクビになっても次から次へと優秀な人材が送り込まれてくる。ほら、使者を使った方が合理的でしょ?」

「お前それ王宮暮らしで王宮育ちの王族だからぬかせる戯言だからな!? 官僚ナメんなよ!?」


 ヤガラを見てれば分かるのだが、官僚というのは絶対的にミスが許されない。相手が誰であっても自分の非によって追及を受ける可能性のある事に関しては鉄壁の防御を誇る。その防御とは、確かな知識と経験によって裏打ちされているのである。

 ……まぁ、悪く言えば自分に責任が飛び火するところだけはガードを怠らない超保身集団とも言えるのだが。

 自分が良ければ何でもいいのかお前らは。

 官僚制がなんぼのもんじゃい。


「いやしかし、確かに今回の使者には悪い事をしたかもね。なにせ議会に爆弾が放り込まれたとかで、役人たちはてんやわんやだ。君も一枚噛んでるんだろ?」

「馬鹿いえ、筋書き書いて荒らしまわったのはうちの騎士団のひげジジイだ。俺は巻き込まれただけだっつーの」

「いいからえばって自分がやったと顔に書いたような態度をしておきなよ。将来は騎士団長になるんだ。その程度の波は御してみせないとな」

「他人事だと思いやがって……まぁいい。今日は珍しく俺もお前に用事があったからな。」

「ほぉ、本当に珍しいな。いいだろう、友としてその程度の甲斐性は見せないと。要件を聞こうじゃないか!」


 この爽やかさ、フランクさ、そして威風堂々たる王族のオーラが奇跡的に混ざり合った態度こそが、アストラエという男の魅力なのかもしれない。普通なら一介の騎士と王子が王宮内でこんなやりとりしてる時点で他国の王族なら卒倒しているレベルの馴れ馴れしさである。


 多分俺はそれに対して遠慮すべき立場の人間なんだろう。だがこの男を馬鹿王子と呼ぶ俺には今更そんな七面倒な事をする気にもならず、結局友達として接している。気を遣わないでいい相手だから友達――アストラエ的にも、そう思っている筈だ。


 俺は簡単に事情を説明した。

 興味深そうにほう、と呟いたアストラエは俺に手招きして王宮内の訓練場に向かう。といっても外の訓練場ではなく『王子たちがよく訓練に使っていた王宮内の開けたフロア』なのだが。王宮に真剣持ち込んで王子と相対するとか普通暗殺者しかやらないであろうことを考えると俺って滅茶苦茶な経験してるんだなぁ、と思えてくる。


「そういう事ならば先に一戦やろう。僕もいい加減残す未修得奥義は『八咫烏』だけになってきたし、久々にヴァルナと腕試しも吝かじゃない。剣は本物、使う剣術も何でもいいね?」

「いいけど……お前はいいのか? なんなら先にお喋りでも構わないぞ?」

「今回はセドナがいないからそこまで盛り上がらないでしょ。適度に疲れてからだらだら喋って軽食でもつまむのが乙というものだよ」


 そう言って悪戯っぽく笑うアストラエは実にガキっぽく、そして心底楽しそうで毒気を抜かれる。こいつは王族で、俺のように気楽に肩を並べられる人間が極端に少ない。だから普通なら別段楽しくもない訓練も楽しくなるんだろう。

 まぁ、俺も変な気を遣うのは疲れるからこのノリが心地よくはある。

 そういうところ、案外俺とアストラエは波長が合っているのかもしれない。


「にしても、君が新しい剣とはねぇ。考えてみれば王国最強の騎士が名剣の一本も持っていないというのは由々しき問題だし、少し父上に話してみるか?」

「国王パワーまで持ち出すな馬鹿王子! それ作ったとしたら会議一つ開いて国家予算割くんだぞ!?」

「何を言うかね。王国最高の騎士に報いる物を作るんだぞ? 記念に業物の一本ぐらい賜るのが普通だろ? まったく君ときたら、騎士に憧れている割に妙なところで貧乏性だね? まぁいいさ、がめつい君など想像も出来ないし」


 快活に笑うアストラエの下にメイドがやってきて剣を恭しく差し出した。彼の手に握られたるは、鈍色の光を反射する独特の反った片刃剣カトラス。国王から賜るような標準的な直剣と根本的に異なる異国的な剣は、聖艇騎士団でも彼ぐらいしか使わない。

 何故ならカトラスは海賊なんかが好んで使う――騎士たちに言わせれば品のない剣だからだ。


 アストラエは変な所で不良っぽい所がある。彼がカトラスを好んで使うようになったのも、『王子が海賊なんて面白い』などという悪戯心だろう。だが、カトラスを華麗に扱うアストラエの剣術の実力は本物だ。


「お前が王都に戻って来てたのはある意味僥倖だよ、アストラエ。こうしてると士官学校時代の訓練を思い出す……慣らしに付き合ってもらうぞ!!」

「応ともさ、我が友よ。いつもと勝手が違うからと余裕をかましてくれるなよ、ヴァルナ!!」


 整った上品な顔に好戦的な笑みを浮かべたアストラエと、懐かしいやり取りに思わず笑みが漏れる俺。同時に構え、合図の一つもなく踏み込み、刃が交差する。

 二人の若き剣士が、王宮内の剣術訓練場で激突した。


 アストラエは相当な実力者だが、真っ当な剣術での戦いに於いては聖艇騎士団の御前試合選抜メンバーには一歩及ばない。だがアストラエという男は王族という上品な世界で生まれ育ちながらも、敢えてその型を破る事を好む傾奇者。

 その戦術は自由気ままにあらゆる角度から刃を飛ばす。


「せいッ!! ふッ!! はぁぁッ!!」


 王国攻性抜剣術のそれとも王宮護剣術のそれとも違った左右にぶれる独特のステップと共に、角度のついた素早い連撃が飛来する。恐らく船の揺れによって鍛えられた極上のバランス感覚を剣術に応用したものなのだろう。確かに動きに惑わされやすいが、落ち着いて捌けば所詮は唯の連撃だ。

 と、思わせるのがアストラエの怖い所だ。


「ぜやぁッ!!」

「……っと!?」


 連撃の為にステップを踏んでいたと思わせた刹那、突如として足が重心を捉えたように素早く踏み込み、お得意の剣術である刺突が飛来した。今までの連撃とまるで繋がならいような鋭い一撃の奇襲を剣戟の中に組み込むこの巧みさには、何度もヒヤリとさせられる。


 咄嗟に気付いて刺突を弾いて距離を取ろうとし――途中で移動を反転する。同時に全力で踏み込んできていたアストラエの剣と俺の剣が激突し、その勢いを左にいなすことで互いに距離を取りつつ体勢を立て直した。


「やっぱりバックステップに呼応して攻めてきたな……」

「思ったより綺麗に流されてしまったか。新しい剣、随分手に馴染んでるようじゃないか」

「鍛冶屋の目利きのお陰もあるさ。さて、次は俺からッ!!」


 俺は王国最強の騎士である自負がある。しかし、アストラエという男はその最強と切磋琢磨し、誰よりも俺の剣術を知る男。つまり「対ヴァルナ戦術」という一点に於いては、他のどの騎士より手強い存在と言える。

 下手に奥義など放とうものなら一転攻勢で押し返される。

 故にアストラエとぶつかる時はガチンコ勝負だ。

 剣を頭上に振り上げ、地面を強かに打ち付ける踏み込みと同時に刃を解き放つ。


「ぬぅんッ!!」


 ひゅごっ、と空気まで真っ二つに割く斬撃が一直線にアストラエに迫る。

 直撃すれば下手な剣はへし折れる重撃を避けきれないと判断したアストラエは瞬時に剣を上に掲げて防いだ。防がれてもなお俺は容赦なく真上から重圧をかけ、耐えるアストラエの腕が軋む。


「ぐおッ!! ぐぐぐ……君の唐竹割は、相変わらず踏み込みが深すぎて回避が間に合わん……!」

「ならどうする、アストラエ!」

「こうさッ! ぬおおおおおおおおッ!!」


 俺の斬撃を剣に渾身の力を込めて受け止めていたアストラエは、歯を食いしばって腹の底から咆哮をあげ、強引に俺の剣の腹に鍔を押し当てて無理矢理刃を逸らす。しかしこの場面、ただその場しのぎに攻撃を凌ぐだけではイニシアチブは取り戻せない。

 だから、アストラエはこんな時に思いもよらぬ事をしでかす。


「災い転じて隙ありだッ!!」


 刃を逸らす為の回転を利用して全身を独楽のように回したアストラエは、剣を逸らされたことでガードの開いた俺の横腹に向けて猛烈な回し蹴りを放ってきた。鞭のようにしなる足先がボッ、と空を貫いて迫る。


 技巧派かと思えば力業。

 剣術かと思えば手も足も出す。

 使えるものは何でも使うようになったのは俺という品のない剣士の悪影響もあったのだろうが、それを差し引いても判断の速さが流石だ。さりとて、俺も素直にやられてはやれない。剣を逸らされた瞬間に剣を片手持ちに替え、空いた手を振り抜いてアストラエの蹴りに合わせて腕で薙ぐ。


「横腹は取らせんッ!!」


 手と足の先が激突。

 凄まじい衝撃が腕に走るが、同時に攻撃の真芯を捉えたのはこちらの腕だった。足と手では足の筋力が大きく勝るが、攻撃の芯に合わせる事が出来れば相殺など容易い。攻撃の失敗を悟ったアストラエはそれ以上の追撃を諦め、低い体勢でバックステックしてすぐさま俺と距離を取った。


「くそ、いいタイミングだと思ったのにッ!」

「ハッ、格闘戦でそうそう俺を出し抜けるものかよ!!」


 互いに睨み合い、刃を突き付けあい、ゆっくりと間合いを図るように歩く。


「ああ、もう……こんなにも君に勝てないのに、こんなにも思い通りにいかないのに、何故いつも君との模擬戦はこんなにも血沸き肉躍る!! 楽しいなぁヴァルナ!! もっとやろうッ!!」

「全く、百回繰り返してもちっとも飽きないんだから困ったもんだよな。お前が次に何を仕掛けてくるのか、怖さと好奇心で半分半分だよアストラエ!!」


 いつしか俺とアストラエは剣の調整など忘れて夢中になって剣を交え続けた。


 激突する刃と舞い散る火花。

 幾重にも重なる駆け引きと床に落ちる玉の汗。

 伝わる刃からアストラエが前より強くなっている事を感じ、それに対向するように自分の経験も刃に上乗せされている実感がある。宮廷内の人間たちがこの手に汗握る剣舞に見とれていることなど気にも留めず、俺たちは時間が経つ事さえも忘れて久方ぶりに緊張感漂う激戦に没頭し続けた。


 戦いは三十分後、疲労から隙を見せたアストラエの剣を叩き落としたことで決着した。

 ちなみに、これでアストラエとの模擬戦結果は百五十八戦百二勝二十六敗三十引き分け。王国最強となった今でも時々負ける事を考えると、本当に剣術の世界もアストラエも面白いものだ。

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