第106話 まるで見世物です
議会外の休憩スペースで弁当をつついていた俺とノノカさんは、会場の扉が開いて人が出てきたことに気付いて食事の手を止めた。議員になったら会議に出席するたびに食べる事が許されるという高級弁当。カロリーが沢山必要な俺ら騎士団にこの弁当の費用の一割回せと言いたくなる腹立たしい美味さである。
「おお、出てきたよヴァルナくん。みんな生気のない顔だねぇ。アウトブレイク・ザ・ウォーキングデッドみたいな」
「まぁヒゲカーニバルに付き合わされたせいでしょう。あのひげジジイ貰えるものなら爪の垢まで持っていくと言わんばかりに張り切ってましたからね。様子から見て草案はねじ込んだみたいですし、これから忙しくなりそうですね」
「それはそれとして、議会弁当すっごい美味しい……流石は世界一食糧事情が安定してる王国の食材だよねぇ」
「オークがいるとはいえ作物を荒らす魔物がいないのは、海外からすれば羨ましいどころの話じゃないでしょうね」
弁当に入っていたハムサラダをしゃくっと頬張ったノノカさんは、ほう、とため息をつくようにうっとりとした表情だ。ノノカさんって意外と草食派なんだろうか。焼肉とか食べに行ってるからてっきり肉好きなのかと思ってた。
しかし確かにこのサラダは美味い。新鮮でいて青臭さやえぐみは少なく、甘酸っぱいドレッシングとの絡みも絶妙だ。それを包むハムも野菜の風味を消さず、さりとて存在感はある相性的に選ばれ抜いたように調和している。でもこのサラダ、どっかで食べたような……。
「あ、これタマエ料理長がたまに食料に余裕がある時に作るハムサラダと似てる……?」
「そういえばタマエさんお弟子さん沢山いますもんねぇ。じゃ、このお弁当を作ってるのもお弟子さんなんでしょうか?」
「うーん、ありえる……」
タマエ料理長の弟子は国内外問わず様々な場所で包丁を振るっている。王都ともなると主要な調理場には必ず最低一人はあの人の弟子がいると言っても過言ではない。と、そんな会話に割り込んでくる声。
「その通り。議会弁当を作っている厨房の料理長はタマエさんのお弟子さんでトギシ君と言うんだよ」
「あ、議会の前の方に座ってたジャガイモ議員……」
「じゃが……? 人違いではないかね? 始めまして、私は王立議会の議員を務めているシェパーだよ。そういう君たちは『あの』騎士ヴァルナに、ノノカ教授だね? いやぁ、まさかオーク研究の第一人者がこんなにも可憐な女性だったとは驚いたよ。その隣にしれっと騎士ヴァルナがいたのには更に驚いたがね、ははは」
「ノノカ教授と騎士兼助手のヴァルナくんです! うふふ、可憐だなんて煽て上手さんですね!」
「どうも、騎士ヴァルナです。以後、お見知りおきを」
「お見知りも何も、議会で君の顔を知らない人なんていないとは思うがね?」
一瞬ブチギレられるかと思う程の失礼発言が飛び出たが、ジャガイモ議員もといシェパー議員は人の好さそうな笑みで流してくれた。ジャガイモのようにぼこっとした癖のある顔の形だが、この人は議会から溢れ出るゾンビたちと違って顔色に変化はないようだ。
シェパー……どっかで聞いたような?
うーん、後で調べるか。
そういえば仲良さそうだったカブ議員の姿は見当たらない。
こちらの視線の意図を察したシェパー議員は苦笑いした。
「ああ、スミスは先に帰ってしまったよ。同期なのにノリの悪い奴だよなぁ。せっかくこの国を左右する若人との貴重な語らいの場だっていうのに……っとと、そんなことはどうでもいいか。私もお腹が減ってしまってね、隣の席よろしいかな?」
「どうぞどうぞ。むしろ議員でもない我々が席を譲らなきゃいけないくらいですよ」
「なに、普段の職務で言えば君たちの方が大変だろう。こんな時ぐらいいい思いしちゃくちゃ勿体ないぞ?」
冗談めかして隣の席に座ったシェパー議員は本当にお腹が減っていたのか、早速どこからともなく取り出した俺らのそれより二倍は大盛な弁当にマイスプーンとマイフォークを伸ばした。割と横に大柄な体型に見合って快食のお方のようだ。
「ああ~、美味しい……いやね、恥ずかしながら私は議員になる前は宮廷にいてね。宮仕えになって初めて食べた高級料理がタマエさんの料理だったんだよ! そりゃもう美味しくて美味しくて天地がひっくり返ったよ! これからずっとこの味が味わえると思うとそれだけで偉くなった甲斐があると思ったほどさ!」
「まだ料理長が宮廷料理人だった頃のお話ですかね?」
「そうそう。でも辞めちゃったでしょ? それからどうにもあの味をもう一度、と思っててねぇ……議員になった時に思い切って、タマエさんのお弟子さんの中でも一番の腕と言われるトギシくんを引っ張ってきたのさ! 当時のタマエさんの料理に勝るとも劣らぬこの腕前。思えば私が議員として初めて喝采を浴びたのは、彼を連れてきた時だったなぁ」
「それは分かります。俺が団長にしている最大の感謝はタマエ料理長を料理班長に据えた事ですし」
「はぁ……私も王立外来危険種対策騎士団に出向したいなぁ。せめて視察でもいいから行けたらなぁ……」
しんみりと過去を回顧するシェパー議員だが、その間にも息継ぎのように食材を口に放り込んでは恐るべき速度で咀嚼し飲み込んでいる。こんだけ食べながら会話に淀みが一切ないとは、相当鍛えてらっしゃるようだ。主に顎を。
「……うむ。今日も良き昼食であった。ごちそうさま!」
「ハッ!? もう弁当箱が空に!?」
「うっそぉ!? ノノカとヴァルナくんだってまだ半分も食べてないのに!?」
「ハハハ、これでも王国一のフードファイターですからな! フードファイトに敗北したのはスクーディア家のご令嬢とパフェ大食い勝負をした時ぐらいですぞ!」
(貴方も貴方だが、あいつもあいつで何やってんだ……)
特盛パフェを前にスプーン片手に挑んで「んまーい♪」とか言ってる満面の笑みの友達を想像しなんとなく頭が痛くなる。確かに甘いものは別腹な奴だったな、あいつは。前に太らない癖にダイエットをして、食欲の反動で王都の有名店一店舗の甘味を全て平らげたという衝撃的な事件もあったし。糖分を特殊なエネルギーに変換する能力でもあるのだろうか。
閑話休題。
「――とまぁ、その時には事なきを得たんですけどね。オーク討伐の為に襲撃現場にあるものを使わないといけないぐらいにはお金が足りないんですよ。しかも貨物積載量がそんなに大きくないから基本使い捨てですし」
「全部現場で設計から材料調達、組み立てまで……ルガー団長殿は人材発掘に積極的とは聞いてましたが、その陰にはのっぴきならないお財布事情があったのですねぇ」
シェパー議員は他愛もない世間話をしつつもついでに先程の議会であの後何があったかを語ってくれた。予想通りと言うか、ヒゲカーニバルだったようだ。
まず今回の報告を根拠にルガーは前々から懐で温めていたらしい王立外来危険種対策騎士団の実働部隊を二つに分ける案を提示。これは騎士団OBを海外に送り込んでオーク対策の人材確保と育成を進めていたらしく、一気に五十名もの外国人を騎士団に迎え入れるのだという。
その五十名の多くが冒険者ギルド所属で実戦経験あり。無論演習と実戦は違うだろうからその辺は追々調整していくとして、中にはギルド最高ランクたる『
「それってあの子じゃないですかね? ホラ、御前試合の二か月くらい前に……や、ノノカは人伝に聞いただけですけど」
「あー、あいつか。本当にそうなら頼もしい話ですよ」
その一名に若干の心当たりを覚えつつ、とにかくそれで部隊編成を二つにする案は、案の定かなり荒れた。王国民でもない存在を一挙に五十名も取り込む事、それによって王立外来危険種対策騎士団の総人員が全騎士団中トップになってしまう事、部隊運営の為に追加で三台もの騎道車が必要になるという吹っかけがあった事、諸々の費用を含めて少なくとも今年度は予算を例年の十倍に膨れ上がらせるであろう事。
どれも議会――しかも聖靴騎士団の一派が過半数――にとっては面白くない話のオンパレードである。
しかしジジイはへこたれない。
そもそも今回の魔物密輸からオークの品種改良までは議会の人間やその身内など高位の存在が関わっている可能性が極めて高く、王立外来危険種対策騎士団はその尻拭いをやる為にそれだけの予算が必要なのだ。
ジジイは聖盾騎士団の内部調査や第三者機関設立などの話や、この失態を国王にどう説明し、どうカタをつける気かという話を持ち出して議会に揺さぶりをかけた。更に実際問題として騎士団の行動範囲を広めなければ寒冷地オークが再発生した際に本当に取り返しがつかなくなる可能性を説いて良識派を唸らせる。果ては観光業や生産業、農業にオークが与える損害と今回の出費のどちらが高くつくかという話も持ち出し、それらを効果的に使って各議員の各派閥の痛いところにチクチクネチネチとマチ針のように刺しまくり、最終的に追及に耐えられなくなった議会はウンと言わざるを得なくなったのだと言う。
「前々から思ってたけど、君らの所の団長さんは食わせ物だよねぇ。『王国への忠誠心が試されておるのです!』なーんて立派なこと言ってる本人が一番胡散臭いんだもんねぇ」
「俺たち騎士団にとっても胡散臭いジジイなのでご心配なく」
「でも、そんな人でも騎士団の代表としてやっていけるんだね」
「部外者のノノカにとってはユカイで大らかなおじいちゃんなんですけどねぇ。胡散臭い所も面白くないですか?」
それはノノカさんだからである。ご機嫌取れば上手くいく奴にはご機嫌を取る男だし、外部協力者にはある程度低い姿勢で接するから白眼視されにくい。何より取引においてウィンウィンの関係を徹底しているから、単純に付き合う利益がある。そして騎士は馬車馬のように働かせるのだ。そんな上っ面だけの――もとい、強かなジジイだからこそ議会とも渡り合っている訳だが。
「ふむふむ………王立外来危険種対策騎士団の事が、少し分かったよ。さて、そろそろ仕事に行かねば秘書にどやされてしまいそうだな」
「あ、お疲れ様です」
「お仕事頑張ってくださいね~!」
うーん、王国議会の議員なんてどいつもこいつも贅沢する事しか考えてない偏屈爺の集団だと思ってたけど、シェパー議員の人当たりは普通に良かったなぁ。それともこれも仕事の顔で、裏ではそうでもないんだろうか。あんな人当たりがいいのに裏では秘書を怒鳴り散らして民から税金巻き上げるだけの銭ゲバだったら、俺はもう今後政治家を一切信用できなくなりそうだ。
「っとと、その前に! ヴァルナくん、実は私の孫が君の大ファンでね! サインくれないかサイン! きみ、王都のパーティーとかに一切顔出さないだろ!? かといって時々王宮でやってる王子とのお茶会に乱入する訳にもいかないからこういう機会なかなか来なくてさぁ!」
「うおおお!? いや、別にいいですけど近い近い近い顔が近い!!」
「えーっとサインするのにちょうどいい紙、紙……ないなぁ。さっきの会議の資料もスミスに押し付けちゃったし。しょうがない、今日の朝に王都の服屋でもらった限定十個のシルクネクタイに書いてくれたまえ!」
(ヴァルナくん、そのネクタイ多分ヴァルナくんのお給金二か月分くらいする)
(嫌味のつもりでなくとも嫌味に……これが歴然たる貧富の差……ッ)
――訂正、この人は多分見た目通りの人である。少なくとも性根は。
なお、シェパー議員がその場を去った後になってから数分おきに俺の下にサインを求める議員や職員がやってきた。ひげジジイにサイン会の料金は払ったからと言って。あのひげジジイ、人を商売の出汁に………。
サインは別に構わないが、そうやって陰で甘い汁を吸っているのは断固許せん。このままで済むと思うなよ。払った金額ノノカさんが全部リサーチして計算してんだからな。稼いだ分をぶん捕る代わりに「成功したら半額ちょーだい♪」と可愛くおねだりしてきたのを了承して。
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