第六章 騎士団の転機
第104話 みんな変な人です
ひげジジイ曰く、どっちでもいい。
なんの事か分からない人の為に説明しておくとロザリンドをどうすべきかという投げっぱなし事案についてルガー団長が出した結論だ。曰く、話を聞いた限りではロザリンドは最終的には自分が納得のいく判断しかしないだろうから、小細工は無駄とのことだ。
納得できてしまったので俺もその意見に乗っておくことにした。
「さて、二人とも。二人が俺の試練を乗り越えたかどうか……実のところ、もう答えは決まっている」
王都の喫茶店で紅茶を楽しみながら、俺は向かい側の席に仲良く座るアマルとロザリンドに告げる。
もうずいぶん昔の事に思えるが、俺は当時いがみ合っていたこの二人に一つの試練を課した。その内容は、冬季試験までの間、仮に人間関係が最悪であろうとロザリンドはアマルに剣術を教え、アマルはロザリンドから剣術を習う。
そのうえで俺は「覚悟を見せてみろ」と言った。
単純に考えてこの覚悟とは、冬季試験の結果を見て判断するという文脈にも見える。実際にはそんなこと言っていないのだが、確かに試験に二人の関係の結果は浮き出るだろう。が、俺が直接見た訳でもない結果など判断しろと言われても困るので、俺は最初から決めていた。
次に会った時の二人の様子で決めるから、それでいいや――と。
そして、時々小言を言いながらも自然体で近い距離にいる二人を見れば、もう疑うべくもなかった。俺の提示したささやかな報酬も上乗せされているこの課題の合否を、今こそ告げよう。
「早速、結果発表していいか?」
「ダメでーす!」
「結構ですわ!」
「……あれ?」
ちょっと待って、俺の想像と真反対の回答なんですがこれはどういうことでしょう。
肩透かしを食らった俺の表情に二人はくすくす笑った。
「いえ、色々と考えて話し合ったのですが……わたくし、まだまだアマルは未熟で教え足らない事が多いと感じているのですよ。剣術は多少形になりましたが、勉学の面も期末に向けてまだ伸ばす余地があると思うのです」
「とまぁ、ロザリーはそう主張している訳ですよセンパイ!」
「仮にいま合格と告げられても、はたまた不合格と告げられても関係はございません。わたくしが、まだ納得できないのです。よって申し訳ございませんが――試験の話、報酬も含めてなかった事にしていただけませんか?」
ぺこり、と、ロザリンドは頭を下げた。
アマルもそれに倣うように頭を下げて、テーブルにおでこをぶつけ「あたっ」と小さな悲鳴を上げた。彼女には目測というものを学んでもらいたいものだ。
こう来るか、と思わず唸る。
しかし嬉しい悲鳴というやつかもしれない。
本来なら、仲良くさえできていればこんな試験も報酬も必要ないのだ。そして他人と仲良くするというのは、それが当然になってしまえば難しくもなんともない話なのである。出来て当たり前のことを、強制されなくても出来るようになった。ただそれだけだ。
が、敢えてここで意地悪をしてみる。
「ふーん、それじゃ報酬の件もきれいさっぱり白紙撤回だよ? ご家族の説得に、三十万ステーラ相当のご褒美。挑んでも手に入るかは分からないけど、挑まなかったら確率はゼロだよ? いいの?」
「いいんです。元々自力でやるべきだったことを、自力でやることになっただけですから」
そう言って微笑むロザリンドの表情には、後悔も躊躇もなく、ただ晴れやかな美しさだけがあった。貴族は汚い事をする側面もあるが、綺麗なものを綺麗なままにしておく、特有の奥ゆかしさを垣間見ることがある。彼女の笑顔は、そんな美しさを内包していた。
「私は欲しいんですケドね、報酬……」
「おお、正直者が一匹釣れた」
「ううう……でも、報酬受け取っちゃったらそれはそれで、物欲の為にロザリーを好きになったみたいでヤだから今回だけは不合格だったものと勝手に決めて納得します。納得します……うう、やっぱり欲しかったなぁ」
貧乏らしいアマルの表情には盛大な後悔と躊躇が滲み出ているが、そんな顔のどこかに既に決めた事を変えようとしない意志、信念に似た何かを感じる。これもまたロザリンドのそれとは違うが、彼女なりの美学を貫く言葉なのだろう。
未練たらたらな彼女の様子にロザリンドは少し意地の悪い笑みで囁く。
「あーら、欲しいんでしたらねだってもよろしいのではなくて?」
「でもぉ、ねだって貰うってなんか気持ち良くないっていうか……はしたない? 感じがするじゃん」
「あの試験で破れまくったシャツを後生大事に使い続けようとしたはしたない女が何を言い出すのやら……」
「ちょ、アレに関してはわたしまだ納得してないですからねー! あんなん縫えばいくらでも使えますもんねー! 服に困ったことがないから簡単に捨てろなんて言えるんだよ、成金ロザリーは!!」
思いっきり人を小馬鹿にした顔でやれやれと首を振るロザリンドに食って掛かるアマル。そんなガールズトークは出来ればガールズしかいない所でやるべきである。周りのお客さんの迷惑も考えてみなさい。
しかし、随分可愛らしいいがみ合いをするようになったものだ。
それでもきっとまた、何かの拍子に言いすぎて大喧嘩したり、数日口を聞かなくなったりするような事もあるだろう。
しかし、一度重ねた絆はそう簡単には吹き飛ばない。
協力する事を覚えたら、特にだ。
来年度から更に騒がしくなるな――そう思いながら喫茶店の伝票をちらっと見る。
「……うん、前よりはマシになったな」
今回のお代は紅茶と茶菓子、合わせて千八百ステーラ。
まぁ、安いと言える出費に収まっている。
何を隠そう今回も俺の奢りなので、お財布大打撃は避けたい所であった。
「あ、スイマセーン! 追加でシフォンケーキ! プレーンとココア、それとレーズンを一つずつで!」
「それとクリームスコーンを一皿、よろしくて? ふぅ、試験が終わって間もないなせいか甘いものが食べたくなりますわね、アマル?」
「それに賛成だよロザリー! 嗚呼、心の友よっ! ……あ、店員さん! この一日三十食限定のプレミアムホールチーズケーキあります!? あったらそれも!!」
……やっぱり今回も駄目かもしれないな、と俺は項垂れた。
結局、二人が満足して別れる頃にはお会計は四万二千ステーラにまで膨れ上がっていた。決して軽くはないお財布へのボディブローに俺は早くも泣きそうである。剣作るのにもっと飛ぶんだぞ、お金。
何でこの国の筆頭騎士が剣一本買うのに喘いでいるのか。
自分の力を過信する訳ではないが、もう少し報いるものが欲しくなってきた俺であった。
◇ ◆
騎士の仕事は色々とあるが、新人騎士や下級の騎士というのは大して重要な役目を背負う事はない。しかしながら、いくら新人でも国で一番になったような男は例外に含まれる訳であり、当然というか大きな話し合いの場に引きずり出される事もある訳で。
「後輩さんたちどうでした?」
「ええ、多分いい騎士になれますよ。二人とも、というか二人でならね」
「むふふー。そういうクサい台詞、ノノカちゃん的には断然アリですな!」
バッチグー、と親指を立てるノノカさんはいつものダボダボな白衣ではなく特注の子供用スーツでびしっと着飾っている。うーん、久しぶりのノノカさんはやっぱり癒される。
今回、俺は王立外来危険種対策騎士団として、またノノカさんの助手役として、王国議会の前でちょっとした発表をすることになっている。イスバーグの一件と前後して様子のおかしかったノノカさんが、準備を終えてとうとう重い腰を上げたという訳だ。この会議には他の騎士団の代表格も揃い踏みしており、今後の騎士団の活動において重要な意味を持つものである。
本日はお偉いさんの前に出る事もあってか、ノノカさんのソコアゲール靴も上品な黒塗りになっている。格式ある場に出るなら堂々と変な靴履かずにヒールでも履けよと思うかもしれないが、ベビオンの事前の調査により会場の講義台はノノカさんの身長の高さをオーバーしている事が判明している。
まさか俺が隣でみかん箱抱えて移動する訳にもいかないし。
「はっ、ノノカちゃん思いつきました! みかん箱に
「会議場三階ですよ。しかも螺旋階段。抱えて持っていったら余計に疲れて本末転倒でしょ」
「むぐぐぐ……ウワサでは帝国では上に登ったり下に降りたりする不思議な床を開発中と聞いていますが、開発中のものが王国にある訳ないですよね~……」
はぁぁ~~、と項垂れるノノカさん。
それにしても、なんですかその摩訶不思議な床は、と聞きたい。
どことなく楽しそうで好奇心を擽られるので今度ライに聞いてみよう。
「……まぁ不思議な床の話はさて置いて、今回の発表は今まで鉄壁の防壁だった王国議会の対オーク政策をひっくり返す可能性のある爆弾なのです。ルガーおじいちゃんもこれは外せないって急ピッチで動き回ってます。まぁ……実際の所、それだけヴァルナくんたち騎士団にとっても衝撃的なニュースではあるんですケド」
「そんな重要な情報、一部とはいえよく俺に教えましたね……」
「んん、ヴァルナくんが情報漏洩で失脚したら個人的に雇って手勢に加えてしまおうかという下心があったり! ……あ、モチロン冗談だよ?」
えへへと笑うノノカさんは天使だが、言ってる事は悪魔の狡知である。
ぜひともどこまでが冗談だったのか小一時間問い詰めたい。
「え? そりゃヴァルナくんが情報漏らしたらノノカも責任取って今の仕事辞めるもん。でぇ、一緒に大陸の方に行ってルガー団長と一緒に悪巧みしながらいっぱい魔物研究しよっ♪」
ふむ、どうしよう。割と楽しそうな計画が湧いて出た。
騎士団辞めて大陸か……騎士を辞めるなんて考えたこともなかったが、そういえば辞めさせられる可能性もゼロではないのか。ノノカさんは面白い人だし、何より部外者になることで企む側に回れるというのも意外にいいかもしれない。
だがしかし、その計画に敢えてケチをつけるとしたら。
「騎士としては情報漏洩とか以ての外ですし、そもそもノノカさん巻き込んでまで辞めるのはないですね、俺の中の騎士道的に」
「えー。ノノカとヴァルナくん、きっと最高のビジネスパートナーになれると思うんだけどなぁ……あーあ、フラれちゃった」
彼女なりのジョークだったのだろう。プイっと後ろを向いたと思ったらそのまま一回転し、「なんちゃって」と舌を出してテヘっと笑う。
そもそも王国はノノカさんにとってオーク三昧なフィールドなので自分から手放すという可能性は低い。子供みたいに好奇心を追いかけているけれど、大人のドライな部分や頑固な部分はしっかりと持ち合わせている人なのだ。
「ま、ヴァルナくんのそーゆー所があるからこそノノカもそんな事言えるんだけどね?」
「取りようによっては愛の告白みたいでしたねぇ、さっきの。俺がイエスと言ったらどうする気だったんですか?」
「俺は騎士より愛に生きる! そんな選択、アリだと思うの!」
「いや、そんなに目を輝かせて力説しなくとも……まぁ言わんとする事は分かりますけど」
騎士を捨ててまで得るのが愛ならば妥当なラインかもしれない。大よそ、大衆向けの物語の最後には愛が勝つか、愛で締めくくられるものだ。しかして今の俺たちの戦いに最後なんて都合のいい終着点はない訳で、物語は自力で切り開かねばならない。
「では緊張がほぐれたところで会場行ってみましょうか。さぁ、こっからが本番です。埃被ったジジイ共の重い腰を上げてやりましょうや。俺とノノカさん、今のままでも十分いいパートナーですよ」
「ですよねー! ……ノノカ、本当にこの国に来て良かったです」
ふと、ノノカさんの顔を郷愁にも似た陰が過った。
大陸にいた頃、ノノカさんのオーク研究は全くと言っていいほど注目されていなかったそうだ。実際にはその間に注目されるような論文も書いていたようだが、本人は「あんなものテキトーに作っただけ」と面白くもなさそうな顔をしていた。
研究者としての生き甲斐を求めてここに来たノノカさんの、普段は口にしないであろう本音。それを口にすること自体、先ほどまでのからかうような会話が緊張を紛らわすためのジョークだったことを感じさせる。指同士をつつき合わせ、ノノカさんは大切な思い出を一つ一つ確認するように思いに耽る。
「皇国と違って思う存分オークを研究できて、理解ある素晴らしい仕事仲間がいて、こんなに重大な発表する事に内心スリル感じちゃってます。これって変ですか?」
国を左右する大事を前に胸を高鳴らせる。見ようによっては不謹慎とも言えるだろう。
しかし人間は倫理と理屈だけで行動を決められるほど縛られちゃいない。
俺はノノカさんの問いに、笑ってこう答えた。
「何言ってんですかノノカさん。俺ら元から変人の類ですよ?」
「へ? ……ハッ、言われてみればそうでした! 騎士団から出向組含めてみーんな類友ですもんね!」
変な奴しかいないクセの塊で、いつも変な事ばかりしている型破りな騎士団。
それが俺たち、王立外来危険種対策騎士団である。
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