第103話 クエッションです

 剣術二十位が剣術三位を撃破する、士官学校始まって以来の大物喰らいジャイアントキル

 その偉業を成し遂げた満身創痍の女、アマルはあっけらかんとした笑顔で不機嫌なロザリンドと唖然とするコーニアの下に歩み寄ってきた。


「いやー、ロザリーの剣と全然キレとか速さが違うからタイミングが全然合わなくてさー!」

「は? ……まさか、ロザリンドさんとの剣技との速度差に苦しんでいたのか?」

「そーなのよ! 来た、って思って反応しようとしたら一拍遅く来るっていうか! それでリズムがガッタガタになっちゃった!」


 やはりアマルは馬鹿だった、とコーニアは頭を抱えた。

 まさか遅すぎて困っていたなどという馬鹿なことがあるだろうか。

 相手が遅いならもっと余裕をもって回避するのが普通だろう。


「要するに、わたくしの速度としか回避練習をしていなかったが故に、自分より遅い相手への対処が分からずにずっと混乱して無様に服を破られ続けたという事ですね?」

「うん!」

「お間抜け」

「イギあり! ロザリーがちゃんと相手が遅かった時の事を教えてくれなかったのが悪いんじゃん!」

「だからお間抜けだと言うのです。相手の方が遅いなら、相手より速く攻撃を叩きこんでしまえばおしまいでしょう。まったく、先入観に囚われるとまっしぐらなその視野の狭さはどうにかならないのですか……」


 ロザリンドには分かっていたのだ。

 ゴートが試合を一度で終わらせないのなら必然的に長期戦になり、そうなればいくら剣術の腕が良い彼でも部分的にはアマルの攻撃で優勢に出られるタイミングが出来ると。

 なにせ、ロザリンドが合格点を出すまで練習した奥義だ。彼女の基準で合格しているなら、例え剣術三位だろうと上手く扱えば競り勝つ事は可能だ。勝算はあったのである。それをものにできなかったのはただ単純にアマルがアンポンタンだったからだ。


「しかもあんな、女の服を破って喜ぶ変態ゴートが下らないプライドから同じ奥義を使ったからカウンターが成立したものを……あぁもう、試験が終わったら回避行動の鍛錬を一からやり直しですわッ!! あんなものはヴァルナ様の伝授してくださった戦法とかけ離れていますッ!!」

「えー、いーじゃん勝ったんだし! 結果こそが全てだ! って言ってくれるよ、ヴァルナセンパイも!」

「言う訳ないでしょう! オーク狩りはむしろ過程と結果を綺麗に揃えなければいけませんのよ!?」


 ゴートに関してちょっとした自業自得な風評被害が発生している事はさて置いて、久しぶりにガミガミと怒るロザリンドと「ちょ、そんなに怒らなくたっていいじゃんかさー!」と非難の声を上げるアマルの言葉の応酬は、次の試合時間が訪れるまでずっと続いた。


 なお、蚊帳の外に置かれたコーニアは、目が点になるような顔で現在聞いた情報を反芻していた。


「え? アマルが? あの剣皇ヴァルナから、戦術を伝授された? ……はぁぁぁッ!? ンだそりゃずりぃ!! というか不公平にも程があんだろッ!? 道理で強くなってる訳だよふざけんな畜生ぉぉぉぉーーーーッ!!!」


 ……まぁ、多少の誤解や考えすぎはあるが、概ねこれが平均的な反応である。なんならロザリンド程ではないにしろ、特権階級の間でもヴァルナに憧れて騎士になりたいと言い出した子供も少なくない。


 ヴァルナは特別な家の出ではない平民出身騎士でありながら、騎士就任一年目から王国中に武勇を轟かせる超人にして平民の憧れの的である。もちろん平民出身のコーニアもそれは例外ではない。騎士団内では割とぞんざい、或いは困った時のお助けマンとして扱われているが、本当は本当に凄い奴なのである。

 ……当人は周囲の讃辞や羨望を煙たがっているのが何とも言えないが。




 ◇ ◆




 その後の顛末を、簡潔に伝えよう。


 アマルはゴートを破ったことで更なる躍進をするかと思われたが、三回戦の相手が彼女の命綱である「紅雀」を徹底的に警戒した動きを取ったために試合は長期戦になった末、決め手のないアマルは敗北を喫した。一方のロザリンドは予定調和とばかりにすべての対戦相手を圧倒して堂々の一位に輝いた。


 コーニアは敗者同士の試合の中でアマルが憧れの騎士に訓練を受けていたという嫉妬心を爆発させて、剣術五位である対戦相手に善戦。それでも技量差を埋められずにこの試合を落とすが、次の試合で気迫勝ちした。

 覆したランク差はそれなりだったので、中々の評価が望めるだろう。


 逆にゴートは今回の試験でいまいち見せ場がないままの退場となったため、剣術三位から大きく順位を落としての七位となった。更にアマルの訓練服を破きまくったせいで女性からは「そういう趣味が……」と、そして男性の一分から「もしかして同志?」と鼻息粗く詰め寄られたりと踏んだり蹴ったりであった。

 ただ、三人の平民子分は何だかんだで今も彼に付き従っている。

 特にシモーヌは何故か忠誠心が上昇したか、少し積極的になってきたとかなんとか。


 不正を持ち掛けるも失敗したロッソ教官の表情は憔悴していた反面、どこか肩の荷が下りたような解放感も持ち合わせていた。彼にも思う事が様々あったのか、或いはアマルという劣等生が一皮むけた事で心境の変化があったのかもしれない。約五割の確率で「後はヴァルナに任せるから知ーらね」な気分かもしれないが。


 それとこれは未確認情報だが、士官学校から出た生ごみを漁っていた野犬や鳥たちが猛烈に放屁するという現象が数日間発生したという噂が流れている。噂は噂なので真偽の程は定かではないが、士官学校はこの件との関係を否定している。


 試験はあっという間に終了し、冬季試験を終えた後のつかの間の休息が生徒たちの下に舞い降りる。その日を鍛錬に使う者、遊びに使う者、ただ無為に骨を休める者……十人十色の時間の運用が行われる。

 そんな中、王都を歩く二人の少女がいた。


「あと二、三日もすれば王立外来危険種対策騎士団が王都に到着いたしますわね」

「そっかぁ、もうそんなに時間が経ってたんだねぇ。でもロザリー、そんな時に私たち街をぶらぶらしてていいの? こーいう時こそロザリーってビシバシ鍛えるぞー! って言うと思ってたんだけど?」

「まぁ、偶にはよいでしょう。わたくしも『ふんたぁクン奮闘記』の最新刊を買いたかった事ですし」

「なにその本面白そう! 貸してよ!」

「小説ですので文字だらけですけれど、宜しいので?」

「やっぱやめます」


 例え子供から大人まで好きな作品であろうと、文章という名の延々と続く文字の羅列に価値を見いだせない人種はいる。アマルは例えそれほど複雑ではない文章でも四行以上視界に入ると苦しみだす不幸な病を抱えているため、遠慮するほかなかった。


「まったく……結局筆記試験は三十五点しか取れていませんし、もう少し本を読んでは如何? またあの変態ゴートに嫌がらせを受けても知りませんことよ?」

「そういえばさ、ゴートって何でわたしのこと恨んでるんだろ? お金くれたからいい人だと思ってたのに次に会ったときには凄い怒ってたし、ジョーチョフアンテーって奴なのかなぁ?」

(本人が聞いていれば余計に怒り狂う事でしょうね……変態の分際で)


 彼の情緒を不安定にさせている張本人は、まるでその自覚がない。

 そもそも彼の手によって平民組の多数派からハブられていたことにも気付いていない。 

 アマルの剣技が上達しなかった要因として周囲に見捨てられたという出来事があったのは、半分はアマルの所為だがもう半分はゴートの仕業なのだ。勉強に関しても一、二割程度はゴートのせいである。残り八割強はアマルの自業自得なので軽く濡れ衣だが。


 ともかく、ゴートは色々と策謀を巡らせて今回の試験でアマルを貶めようとしていた。好きな子ほどちょっかいをかけたくなると言うあれだろうか、とポジティブシンキングしたアマルは、ゴートは顔が好みじゃないなぁと勝手に振った。

 アマルの好みはスマートでイケメンな人である。


 ちなみに彼女の辛口採点ではヴァルナは六十点、コーニアは四十点、ゴートは性格がマイナスで三十九点、ヨコヲヲは小太りなので-百点だ。デブは論外である。おまけに付け加えると、アストラエ王子は九十点とのこと。-十点の理由は身長が理想に少し足りないからだそうだが、文句なしの美形で足も長いアストラエで百点に届かないのは夢を見過ぎである。

 アマルは基本的に身の程を弁えない女だった。


「まぁ、女の敵の事はどうでもよいですから買い物に――」


 言いかけたその時、町の中心部からおお、と歓声のような声が上がる。


「……? 何の声でしょうか」

「大通りで凄い大道芸人でも来てるのかなぁ? ね、ね。行ってみようよロザリー!」

「そうですわね。どうせラジエーラ書店までの道に通りすがりますし」


 遠目に見ても、中心部には普段の繁盛ぶりを上回る人が集まっており、中からは歓声や黄色い声が聞こえてくる。と――その人混みを掻き分けて、一人の人影が現れた。その手に何処で手に入れたのか鉄パイプを持ち、あまり王国では見慣れない服を着たその人物は――。


「え、センパイ? あの顔ってセンパイだよね? え、もう王都に来てたの!?」

「本当ですわ。微かに肌が日焼けしている気もしますが、あれはヴァルナ様……!」


 上中下で言えば大目に見積もって中の上くらいの顔立ち。

 パっと見にはそうは見えないが剣士には分かる、理想的なまでに絞り込まれた肉体。そして何より圧倒的な強者であるのに非常に控えめなオーラ。走行速度が馬に追いつくのではないかという速度然り、どこを取ってもそれはヴァルナだった。


「ちょ、どうしよう! 今日は約束の日じゃないから色々と言う事考えてないんだけど!」

「そ、それはわたくしもですわ! しかし会ったからには挨拶をせねば不義理でしょう! え、ええとヴァルナ様ご機嫌麗しゅう……」

「え? や、悪いけど人違いだから! じゃあな!」


 突然挨拶されたとばかりに戸惑いの表情を浮かべたヴァルナは、それだけ告げて踏み込んだ瞬間一気に加速。疾風のような速さで二人の間を通り抜けて王都の町並みに消えていった。彼の移動で発生した巻き込み風に髪を煽られながら、ロザリンドが感嘆する。


「あの速度はまさか、『裏伝八の型・踊鳳』!? 凄い、わたくしも裏伝はまだ勉学が間に合っていないのに……!」

「ほえー、よく分かんないけどスゴいね。本人違うって言ってたけど、あんなスピードで走れる時点でセンパイだってバレバレだよねー! 逆にセンパイじゃなかったら誰? って感じ!」

「しかし何故王都に……? それに他人のフリだなんて、なんだかあの人らしくない気が……」

「言われてみれば確かにそうかな。しかも何で剣持ってないんだろ?」

「謎ですわね」

「謎だねぇ」


 後に人だかりに話を聞いたところによると、あのヴァルナは恋人に振られて自暴自棄になり、包丁を持って暴れていた男性の下に颯爽と現れ鉄パイプで一撃にて昏倒させたらしい。そしてヒーロー扱いされていたのだが、急いでいるからと周囲の引く手を振りほどき、名乗りもせずに逃げ出したのだという。

 目立ちたがり屋ではないし、そういう事もあるのか? と二人は首を傾げた。


 しかしその後、ロザリンドがどんな伝手を使ってもヴァルナが王都に戻ってきているなどという情報は得られず、逆にカリプソーの街で何やら手柄を挙げたという話が入って来た。王都にいたヴァルナが何故また遠くの街にいるのか或いは逆だろうか。率直に言って訳の分からなかった二人は、再会した時にまず本人に事実確認を取った。

 果たしてその返答は、余計な謎を呼ぶことになる。


「俺はずっと騎士団本隊と一緒だったぞ?」


 不思議そうな顔をするヴァルナに、二人は思わず目を見合わせる。

 あの日、二人が見たのは格好と肌の色こそ少し違えど声も顔も完全にヴァルナだった。直接出会ったことのある二人が、全く疑わずヴァルナだと思った上に本人を前にしてもその印象が崩れない以上、見間違いとも思えない。


「ウソじゃない、よね?」

「ええ、わたくしもそう思います。しかし――」

「じゃあ――」

「「あの人は一体誰だったのかなぁ(でしょうか)?」」

「……???」


 ヴァルナより試練を与えられてから二人の歩んだ軌跡。

 その最後を締めくくったのは、まさかのクエッションであった。

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