第92話 自覚がないのが厄介です

 コルカさんに一通り説明をし終えてやる気に溢れた彼女に渡すモノ渡した俺は、騎道車に帰還した。


 料理班に入るにはまずタマエ料理長が個人的にやっている女性限定の弟子入り入門試験を突破する必要があり、その試験は夏頃に行われる事になっている。タマエ料理長はあれで海外でも宮廷料理人をしたことのある超有名料理人の為、毎年百人以上は押し寄せるのに弟子入りを認められるのは毎年十人以下の狭き門だ。


 試験内容は毎年変更されるがその内容は過酷そのもので、料理よりもむしろサバイバル知識が必要とか獣を素手で倒すとか迷宮を突破してもらうとか、etc……とさながら冒険者か狩猟者でも育てるのかという内容らしい。

 なお、弟子入り後はそのまま『王国護身蹴拳術習得・強化合宿』に参加しなければならないという冒険者も真っ青のスケジュールであり、この試練に挑んだ乙女たちは『料理人とは一体なんだったのか』という根源的な疑問に立ち返ると言われている――とはスージー副料理長の談である。


 なお、この試験内容だといっそ騎士になる方が楽なのでは? と思うかもしれないが、平民トップクラスの学力が求められる上に枠が五つしかない騎士団と、根性さえあれば十人くらい受かることもある弟子入り試験では倍率が全く違う。

 あと騎士ルートは虐めがキツイので単純にお勧めしない。


 後は……そうそう、料理以外のスキルの方が求められるせいで本格的な料理人の方が試験で心が折れやすいという話を伝えた。これは俺が合宿に参加した時に一緒に修業した子から聞いた経験談である。

 俺に出来るのはここまでだ。後は本人の恋の本気度次第だろう。分からない部分や試験の申込は王立外来危険種対策騎士団でも承っているため、その辺の資料も含めて既に渡してある。しかしまぁ……なんとなく彼女なら大丈夫な気もする。


「それに、コルカさんなら案外コロっと目当ての男を落とせそうな気もするし」


 こちらより年上ではあったが、お喋り上手で気立てがよく年の差を感じさせない気安さのある人だった。それに、時々見せる仕草やスキンシップには正直ちょっとドキっとさせられた。街中でも人気者だった彼女の活発さと人懐こさがあれば大抵の男は落とせるだろう。


 そんな事を考えながら食堂に入った俺は、そこでやけに食堂内部がキャピキャピしてる事に気付く。普段から暇になった料理班がお喋りしていることはあるが、心なしかいつもより盛り上がっているのは何かあったのだろうか。


「ただいまーっす。何か盛り上がってるけどどうし……」

「――でねでね! ヴァルナくんったらもう戦いが面倒になっちゃって『アー、テガスベッター』って事故を装ってコロニスくんの顔面にラケットをブン投げちゃったの! それで顔に網目状の痕を残してひっくり返るコロニスくんに審判やってたアストラエくんが笑い転げちゃって、それを聞きつけて教官たちが押し寄せてきてもう大変!!」

「ヤダぁ、ヴァルナくんったらそういういい加減な所あるよね~!」

「でもめんどくさいのも本当だし、ボールはコートに収まらないのにラケットは当てちゃう所がヴァルナくんらしいかも~!」

「……で、結局のところコロニスくんのトロフィーが壊れたのは彼の浮気癖が許せなかった同級生のイシスちゃんが粉砕したせいだって事が発覚してぇ、今度はコロニスくんが女性陣から総スカン! 以来コロニスくんはヴァルナくんに二度とテニス勝負を挑まなくなったのでありました!」

「ちなみに事件の真相はどこで発覚したの?」

「あの時イシスちゃんの様子がおかしかったからこっそり聞いてみたら、愚痴聞くついでに真相もぽろっと漏れてきたんだ~」


 ――そこにはなぜか、人の恥ずかしい過去話で盛り上がっている我が親友の姿があった。


 件の親友は俺の存在に気付いて「あっ、ヴァルナくんこっちこっち~!」と満面の笑みで手を振っているのだが、ちょっと待ちなさい。


「セドナ、お前何でここにいる!? 聖盾騎士団の騎道車に乗って帰ったんじゃなかったのか!?」

「いやぁ、どうせ帰り道は一緒だから普段のヴァルナくんの話聞きたくて、副団長さんに無理言って乗せて貰っちゃった♪」

「……取り合えず、次回以降はやめてくれ。副団長の胃はあんまり丈夫じゃないんだぞ」

「心配するところ過去話の暴露じゃなくてソコなんだ……」


 当たり前である。唯でさえ心労の多いローニー副団長にこれ以上負担をかけて倒れられたら誰がこのアクの強い騎士団連中を纏め上げられるというのだ。だいたいそうなると副団長の代わりに騎士団上層部から鼻つまみ者が送られてきてローニー副団長とトレードされる可能性もあり、そうなると団員が副団長を教育しなければならないという色々な悪夢が待っている。俺の予想によると着任後二年はセネガ先輩の助力なしにはまともに指揮権を振るえないと見ている。


「色々と予想以上の労働環境だね……ヴィーラちゃんも大変なんだ?」

「みゅーん? みゅんみゅん」

「あ、首を横に振ってるって事はそうでもないんだ?」

「まぁヴィーラちゃんにはキャリバンくんが付いてるからねー。ゴハンにも困ってないし」

「みゅん♪」

「はぁぁぁぁ、同じ魔物でもヴィーラちゃんはとことん癒しだよねぇぇ~……♪」


 魅了されたようにみゅんみゅんの喉元を指でこしょこしょするセドナ。

 いつの間にか既に我が騎士団の秘密の一つであるみゅんみゅんともご対面を済ませているという馴染みっぷりに俺は戦慄した。というかみゅんみゅんの水槽って浄化場にしかないからてっきりノノカさんと一緒に行ったと思っていたのだが、実は整備班がこんなこともあろうかと調理場近くに予備水槽を作っていたらしい。


 現在は木製バケツに移って食堂にいるヴィーラの頭には、昨日ブッセくんが作った花冠が置かれている。ヴィーラの水の魔法のお陰か花はまだ瑞々しいようだ。……あれが一瞬でもアキナ班長の頭の上にあったと思うと想像するだけで笑えるな。似合わなすぎて。


 料理班の面々はセドナに喋り喋られ大満足のご様子なのか、彼女たちの座るテーブルには空になったティーカップと殆ど中身のなくなったお菓子の皿があった。せっかくなので余りを一つ拝借すると、ほんのり蜂蜜の香りがした。さては町で買ったな?


「いやぁ、ヴァルナくんっていつも任務でオークの首飛ばしてるから士官学校時代とかどんな修羅だったんだろうと思ったら、意外に愉快な生活送ってたんだね!」

「うんうん! オークを串刺しとかオークを生き埋めとかえげつないことばっかりしてるから昔はどんな悪鬼羅刹だったのかと思ってたけど、割といい加減な人だったんだー!」

「皆して俺のことそんな風に思ってたのか!?」

「ヴァル坊にも青春があったんだねぇ……セドナちゃんみたいな可愛い友達もいて、あたしゃ何だか安心したよ」

「タマエさんまで……!」


 普段はこの手の話にはあまり参加しないタマエ料理長まで椅子に腰かけてハンカチで涙を拭っている。どう考えても泣くほどの話ではないだろうに、貴方の中での俺はどんな人間なんですかと問いただしたい。甘酸っぱい恋こそなかったものの、俺にだって青春ぐらいある。


「あ、そうだタマエさん。今年の試験にコルカさんっていう活きのいい人が参加しそうです」

「へぇ? そりゃまた何で?」

「ウチの騎士の誰かに惚れたそうで、落とす為に来るとか」


 直後、セドナのみゅんみゅんを撫でる指が突然喉にドスっと命中し「み゛ゅんッ!?」と苦悶の悲鳴が上がった。


「……ああっ!? ご、ごめんなさいヴィーラちゃん! ちょっと手元が狂っちゃって!」

「何やってんだセドナ? ……えっと、まぁ伝えたいのはそれだけですわ」

「へぇぇ、あたしゃそういう単純な娘っ子は好きだよ? もちろんだからって試験で贔屓目にする事はないけどね」

「大丈夫ですよ。なんだかやる気満々って感じだったし、贔屓しなくても自力で突破しそうな気がしますもん」

「そりゃ結構! しかし何だねぇ、勧誘関係とはいえヴァル坊が女の話なんて珍しい。何だいもしかして惚れちゃったかい?」


 直後、みゅんみゅんの喉元を撫でるセドナの手がギュっと締まり「み゛ゅう゛ッ!?」と苦悶の悲鳴が上がった。


「……きゃあああ!? ご、ごめんなさいヴィーラちゃん! 力加減間違えちゃって!」

「おいセドナ、お前ちょっとみゅんみゅんから離れとけよ? ……ええと、コルカさんは確かに魅力的な人でしたけど、別に惚れた訳じゃあ……」

「ホントかい~? 実はちょっと胸が高鳴ったりしちゃったんじゃないのかーい?」

「お? ヴァルナくんにも恋の季節がやってきたのかな!? 実は彼女の意中の人もヴァルナくんだったとかそういう展開あると思います!」

「おおー! 惚れた男の為に単身料理班に殴り込み!? イイじゃない、そういうアツくて情熱的な恋!! ん~、あたしもしたいッ!!」


 直後、セドナの目の前にあるティーカップが何の前触れもなくビキリとひび割れ「み゛ゅッ!?」とみゅんみゅんが恐怖の悲鳴を上げた。


「……ひゃわぁ!? な、何で割れるの!? わたし何もしてないよ!?」

「あれー? おかしいなぁ、別に罅が入るほど古くもなければ傷もなかった筈なんだけど……」

「おいセドナ、お前なんかよくないモノに憑かれてるんじゃないか? 後で魔除けアイテム分けてやるから大人しくしてろよ」

「う、うん……ありがと、ヴァルナくん」


 怪奇現象に怯えていたセドナだったが、俺の声を聞くと不安が解けたようにはにかんだ。本当に……こういう不意打ちをされると見惚れないようにするのが大変なのだ、こいつと友達でいると。これで隣にアストラエが居ようものなら「もっと笑顔を見つめなくていいのか、ん?」と肘で脇腹を突いてきてなんやかんやで笑い話にまで持っていけるのだが。


(ねぇ、もしかしてセドナちゃんってさ……ヴァルナくんにアレなんじゃない?)

(あ、やっぱりそう思う? というかヴァルナくんよく今までセドナちゃんを押し倒さなかったよね。私が男だったら今の笑顔、迷いなくテイクアウト決定だよ?)

(でも件のコルカちゃんって子も、なんだよね?)

(ヤダ、三角関係秒読み? そういうの、興味ありますとも!)


 結局、セドナはお客さん扱いで俺たちと共に王都に戻った。

 その間ずっとセドナは俺の近くにいるか食堂で喋りまくり、俺は一部の狭量な先輩男女問わずから「同級生のお嬢様とイチャイチャしやがって、くたばれ!」と罵倒された。途中で面倒臭くなって「アー、テガスベッター」と言いながら鬱陶しい先輩を片っ端から腹パンしたら言われなくなったけど。

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