第91話 希望はまだあります

 今更ながら、報告書の作成がてら事件の顛末を語ろう。


 まず、聖盾騎士団の事だ。

 彼らは国内に入り込む密輸品の調査をしている中で偶然にも国内に蜂の魔物が入り込んだ可能性がある事を知り、それを追跡することで密輸ルートを特定しようと動いていたらしい。カリプソーに来ていた面々はその密輸された蜂の魔物を抑える係だったという訳だ。


 とはいえ、取引の為に檻に閉じ込めていることは事前に分かっていたため、危険は殆どないと考えられていたようだ。恐らくはセドナに華を持たせて聖盾騎士団のイメージアップを図る腹積もりでもあったのではないだろうか。一応現場発見などに同行していたので、その辺は多少目的達成されたと言えなくもない。


 その聖盾騎士団だが、デッドホーネットへの対応が遅れたのは王立外来危険種対策騎士団が妨害したせいだと後で難癖をつけられた。しかし俺たちが動いていたのはあくまで別件でしかなく、ついでにいうと公式文書において聖盾騎士団から情報提供がなかったので、その件でウチを責めるのは材料不足だった。しかも偽ヴァルナというスーパー不敬者の存在を事前に掴み損ねていたというヘマがあって、偽の俺の身元預かりは王立外来危険種対策騎士団となった。


 なお、密輸品であり既に死体になったデッドホーネットとその檻だけは回収しようとした聖盾騎士団だったが、国内に入った外来危険種の取り扱いはウチの騎士団と王立魔法研究院の優先事項であるため歯ぎしりしながら帰っていった。ざまぁ。


 デッドホーネットの遺体は、このままノノカさんに引き渡す予定である。檻は死体運搬にも使われるタイプの為か死体保存に適した魔法の術式が組み込まれていたので、現在はウチの騎士団でも数少ない魔法の使い手であるフィーレス先生が管理している。本人はものすごく嫌そうに「規定外労働だわ」とぼやいていたが。


 偽の俺は大人しく騎道車の中に拘束されている。

 俺がデッドホーネットをぶった斬ったのを見て逃げられないと悟ったとかで、簡易的な取り調べにも素直に応じている。どうも名前はモクサンで、裏社会では相当に有名な運び屋だったらしい。意外な事にアキナ班長がその名前を知っていたことで発覚した事実だ。


「運び屋のモクサンと言やぁ、裏の運び屋の中じゃあ有名だぞ? いや、運びの腕じゃなくて別の所が有名なんだがな……鬼のような逃げ足の速さで依頼が失敗しても絶対に逃げ帰ってくることで有名だったんだ」

「へーぇ。ところでアキナさん! ウラシャカイって何ですか?」

「ガキが知るには十年……いや、五年早い話だブッセ。まぁアレだな。ソイツが負けを認めたって事はヴァルナ、お前裏社会でもやっていけるぞ?」

「ウラシャカイ……一体どんな所なんだろう。ヴァルナさんがやっていけるって事は凄く格式の高い所だったり!?」


 ブッセくんはそのままの純真さでいていいと思う。

 俺は知らなかったけど、ブッセくんは今回アキナ班長の付き添いで街を堪能したらしく、花畑では人生で初めて作ったという花冠をアキナ班長に被らせようとして「絶対似合いますよ!」「似合う訳あるかこの馬鹿ッ!?」と死闘を繰り広げたらしい。何それ超見たかった。

 結局数秒しか被ってくれなかったらしく、その花冠は後でみゅんみゅんに贈呈されたらしい。キャリバンに「ブッセくんに渡されて被るシーンは全てが癒しでした」と真面目な顔で言われたのだが、なんか魅了悪化してんじゃないのかお前。俺は先輩としてお前の行く末が心配です。


 なお、ひげジジイことルガー団長は偽の俺に関しては本当に知らなかったと主張している。本当のような気もするが、心のどこかでやっぱあのジジイ嘘ついてるんじゃないかという疑心が消えないのが不思議だ。ジジイとしては今回の件で聖盾騎士団にちょっかい掛けつつ犯人と積み荷の手柄をかすめ取るのが目的だったらしい。


 ……あのジジイの利権の為だけに戦ってた気は欠片もないのに、事実を知るとそういう気分にさせられる。それでいて俺が事を為した事実は認めつつも自分の欲しいものだけ抱えてほくほく顔をしやがるから俺はあのひげジジイが嫌いなのだ。なんというか、達成感とか余韻みたいなものを蹴散らされる感覚、分かるだろうか。


 さて、こうして事件としてのカリプソー密輸生物事件は幕を閉じた訳なのだが――俺個人の事件はまだ微妙に続いていたりする。その事件のケリをつける為、一旦ここで筆を置く事を許してもらいたい。




 ◇ ◆




「――どこから嘘だったんですか?」


 酒場の一角での再会は、当然と言うか、猜疑心から始まった。

 セドナのあの発言ののち、もう偽装は不要だろうと考えたセドナは俺の偽名をあっさりバラして「ごめんネっ☆」と謝ったらしい。これが予想以上に彼女の不興を買ったのか、俺の横で酒を飲むコルカさんは既に酒瓶を一本空けている。


「とりあえず名前は嘘です。俺の同級生から借りてます」

「背中ムキムキって本当!?」

「まぁ、平均的な成人男性よりは……というかそれ何の確認ですか?」

「得意料理は香草焼き!?」

「本当に何の確認!?」


 後で知ったが、セドナから聞いた俺の情報だったらしい。

 どんな会話したら背中ムキムキなんて情報が出てくるんだろうか。

 というか騎士団に入っている人間なんて多かれ少なかれ筋肉はあると思うのだが。しかし、捲し立てるコルカさんの勢いに逆らえずに俺は水草みたいに激流に身を任せるしかない。


「せ、セドナちゃんに惚れてるっていうのは!?」

「それは本物のオルクスの設定を拝借しました。若干想像入ってるけど」

「じゃあ!! ヴァルナくん本人は!! セドナちゃんとチューしたいとか思わない訳ね!?」

「は、はい……その、友達であってそういう関係ではないですからね」


 赤らんだコルカさんの顔がチューしそうなほど接近するが、吐息の酒臭さでロマンチックの欠片も介在してない。俺が待ち合わせ場所に来る前から既に飲んでいたようだが、正直そこまでショックを受けられるとは思っていなかった。

 ぶっちゃけチューに関しては気の迷い的に思ったことはあるかもしれないがそれはノーカンでいいだろう。俺の返答に一応納得したらしいコルカさんは、糸が切れたようにふっと離れて自分の席にどっかり座り、手に持ったグラスを置いて地の底を這うようなため息をついた。


「ヴァルナくんのばか。裏切者。何でイジワルしたの? ヴァルナくんが本物だって知ってたら! 知ってたらぁ……」

「コルカちゃん、その辺にしておきなよ。本名を名乗って余計に混乱する可能性もあった訳だし、ね?」


 呻くコルカさんの肩を、酒場の店主が優しく叩く。

 恐らく今回の事件で一番俺を信用してくれて便宜を図ったのはコルカさんだ。貴重な情報だって色々と耳に入れてくれた。そんな人に信頼を仇で返すような真似をしたのは紛れもなく俺だ。あそこで名乗ったら必ずしも今回のように丸く収まったと断言できるものでもない以上、俺の行動に正当性などない。


「マスター、これは俺が悪いです。俺の名前を出しつつ物凄い勢いで悪口言われて足踏みしちゃった俺が……」

「え? あ、あれ……そういえば私、出会い頭に偽者をヴァルナさん本人だと思い込んで……ぃいい、色々と罵詈雑言を吐きだしたような!?ということはヴァルナさん、もしかして私が傷つかないようにと嘘を……!?」


 違いますヘタレただけです。と言おうとしたが、店長さんが俺の分の酒を出してきたので言うタイミングを逸してしまう。


 まぁ、そういう気持ちもなかった訳ではない。しかし、事態がこんなにも複雑化すると分かっていたのならば、俺はそうは思わなかったかもしれない。考えれば考える程、さっきから曖昧なもしも話だらけで生産性がない。もうこの話止めよう。

 思えば今回の事件、確認不足に勘違い、加えて嘘に隠し事と物事の本質が見事にすれ違いまくっていた。ここいらで自分のミスをハッキリ認めて有耶無耶になった部分を清算しよう。


「ともかく、俺が妙な嘘をついたせいで貴方を傷つけてしまって申し訳ない。王国の筆頭騎士としてあるまじき背徳行為に手を染めた事を……王立外来危険種対策騎士団遊撃班所属、騎士ヴァルナとしてお詫びする」


 騎士たるもの清廉で潔くあるべし。俺は素直に頭を下げた。

 



 ◇ ◆




 私、最低だ。


 自分が悪い訳ではないと言う自分とそうではない自分が競り合った結果、勝ったのは自分のせいと主張する自分だった。酒で全て紛らわそうとしても、芯の部分は決して酔えない。


 もしもヴァルナさんが本物だと知っていたら? 知っていたからと言ってたかが花嫁修業してるだけの町娘に何か出来ただろうか? むしろ本名を知らせることで余計な邪魔を呼んだかもしれない。悪いのは我儘を言った自分だ。


 しかも文句は言う癖、自分の勝手な恋心の都合は気が付けば優先させられている。結局のところ、私は自分が好きになった男の名前すらちゃんと知らなかった自分が一番腹立たしいのだ。たった1日少しで彼の事を分かった気になって、張り切って協力していた厚顔無恥な自分が嫌いで、そんな自分なんかよりよっぽどヴァルナさんの事を知っているセドナちゃんに嫉妬して……。


 挙句、私はとうとう私の我儘のせいでヴァルナさんに頭を下げさせてしまった。騎士は、平民より上の身分だ。そんな偉い身分の人を困らせて謝らせて、自己嫌悪が溢れ出る。

 そんな最低な自分と、騎士の頂点に立つ人。

 釣り合わない、とも思ってしまう。


 いっそ、盛大にフラれてしまおうか。


 ここで告白するのだ。貴方が好きだと。

 嘘をつかれたからと言って、騎士として格好良かったオルクスという虚像は演技ではない。好きな気持ちは今だってある。でも、身分違いの恋ならいっそ玉砕して次に進んだ方がいい。

 でないと、私の心はヴァルナさんにずっと囚われっぱなしになってしまう。


 ヴァルナさんは王国中を動き回る騎士。

 よくて現地妻程度にしかなれない間柄だ。

 その現実を私自身に叩きこんでしまえば、きっとヴァルナさんの事を忘れられると思うから。


「ヴァルナさん、ヴァルナさんがもし女の人とお付き合いするとしたら、どんな条件があります」

「へ? いや、あんまり考えたことないけど……そうだなぁ、騎士団の忙しさを考えたら最低でも騎士団関係者くらいの役職じゃないと恋愛する時間なんて絶対取れないしなぁ」

「――です、か」


 一瞬、息が止まった。

 そして、心のどこかで現地妻でも無理かと思った。

 ほら確定。はい確定。これで私は見事に恋人候補から除外だ。

 どうしたコルカ、目出た過ぎて目頭熱くしちゃって、しゃくりあげそうな息を必死で引っ込めちゃって。騎士団がカリプソーに定期的にやってくる用事なんてないし、私みたいな学のない人間が騎士団関係者になるなんて無理に決まってるんだから。

 だから、悲しくない。悔しくない。そうでしょ、コルカ。

 心に刺さる痛みはそのうち慣れて、いつか無くなる。喉が締め付けられるような悲しみも、終わってしまえばすっと消える。だから諦めなさい、コルカ。


「つまり、頭の悪い私じゃ条件にすら乗れないかぁ~~! ちょっと気になる騎士さんとお近づきになんて思って参考にと聞きましたけど、やっぱ無理でしたねっ!!」


 鼻の詰まりを、喉のえずきを無理やり抑えるように、私は無理に明るく振舞った。

 大丈夫、後できっと大泣きするけど――泣き終わったら次の私になれるから。

 だから――そう思っていた矢先、ヴァルナさんが急に口を開いた。


「コルカさんでも関係者になれる方法は一つあるけどね」

「……はぁぁぁぁああああああああああーーーーーッ!?!?」


 サラっと言われたその一言で、虚勢も胸の苦しさも全部吹き飛んだ。


「どどどどどどっどどういう事ですかぁ!?」

「ええ!? そんなに驚かなくても……えーとね、うちの騎士団って出向組と呼ばれる人たちがいるんだよね。主に王立魔法研究院と料理班の人達が。で、学力がなくて女性だったら料理班の公募に募集すれば騎士団に同行する事は出来るよ?実際それで何人か騎士とくっついた人もいるらしいし」

「料理班! すなわち料理が出来ればよいと!?」

「公募はメチャ厳しいから絶対とは言えないけど、料理班長のタマエさんに着いていくガッツさえあれば面倒は見てくれる筈だよ」


 はい取り消し。さあ取り消し。

 さっき諦めるって言ったの全部取り消しです。


 まだチャンスある。全然チャンスあるよ。

 大丈夫だよコルカ、諦めるにはまだ早かったよ。

 そもそも虎穴に入らずんばヴァルナを得ず。涙は引っ込んだ? 声はしゃくりあげてない? 胸の痛みと喉の調子は蜂蜜でも舐めて整えなさい。そして目の前にある憧れをコネに立ち上がるのよ。


「店長!!」

「挑戦するのは君の自由じゃないかな?」

「ヴァルナさん、そのタマエさんをぜひ私に紹介していただきたくッ!!」


 こうして、コルカの恋物語はもうちょっとだけ続く事になったのであった。 どさくさに紛れて握ったヴァルナさんの手の感触を確かめて「あ、意外と柔らかい」とか思いながら。


 なお、ヴァルナがコルカにこのような説明をしたのは、ひとえに新人勧誘を怠ることなかれと叩きこまれた勧誘の極意が目覚めたせいである。当のヴァルナは「お近づきになりたい騎士……俺だとは言わなかったしカルメ辺りだな」と乙女心を理解せずに明後日の方向に予測を飛ばしていたりするのであった。

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