第87話 確認は大事です

 結果オーライとは、当たり前だが結果が伴った時だけに言える言葉だ。


 結果的に上手くいったからといって、過程に問題があれば失敗の確率だって生まれる。そして過程の問題とは、得てして日々の妥協の中に隠されているものである。その理論から行くと、俺もなかなかに妥協人間なのかもしれない。


「オルクスくん、ターゲットを追いかけてたんだよね?」

「正確にはプロがだけど、俺としてはそのつもりだったよ」

「でもさ。ここ……ただの空き家じゃないの?」

「それはない! 多分アジトだ。きっと、おそらく、そうだといいナ……」


 周囲を見渡したセドナの言葉に、俺は確認不足と言う妥協をした自分の間の抜け方に項垂れた。


 プロはあの後、臭いを頼りに町のはずれ――養蜂場に比較的近い場所まで移動して、古びた一軒家の前で停止した。余り人通りのない、空家らしき場所の多い地域のようだ。俺は最初、そこに例の偽者がいるものだと思い、コルカさんを下がらせて相手を取り押さえる為の臨戦態勢に入った。

 しかし、念のためにと使い慣れない氣の力で内部の気配を探ってみると、何故か何も感じない。建物は一階建てで裏口もない小さな家なので氣の効果範囲外とは思えないのだが、どういう事かと思って扉に手をかける。当然というか、鍵がかかっていた。


 そこで俺は自分のミスに気付いてしまった。


 プロが手掛かりとして渡されたのは鍵束だ。

 その鍵束の臭いを追ってプロはここに俺たちを案内した。

 つまり、プロはこの鍵を使う場所の方を追跡したのだ。


 プロが人語を解する高度な知能を持つがゆえに発生したすれ違いと言えるだろう。いざ鍵を使って突入してみると、そこは少しばかり汚い服やごみが散らかった空家だった。

 一つおかしな所があるとすれば、散らかった品々がやけに壁際に念入りに押しやられていることくらいか。真ん中だけでも綺麗にしたいという変わった美意識を持っているのかもしれない。


 部屋は外から見た以上にやたら狭く雑然としており、生活感はあまり感じない。試しに適当な紙を拾い上げてみると、馬車と馬の貸出証明書だった。契約期間は二ヵ月。普通の商人なら基本的には一年契約だと聞いたことがあるが、それと比べれば随分と短い。

 念のため名前を確認すると、俺の名前で契約していた。流石に騎士団の名前は使っていないので、貸す側は偶然同じ名前だと相手も思ったのかもしれない。そこは余り重要ではなかった。


「馬の契約書、ね。ただの空き家に転がってる物じゃないな。多分、蜂蜜樽を運ぶのに使ったか? 後でこの馬車も特定しないとな」

「こっちには袋の中にお金や装飾品が詰まっている。盗品っぽいけど……犯人特定に直接的に繋がるものとは言えないかなぁ」

「ん、こっちは新聞か? それに、これは海外渡航のためのチケットだな」

「見せて見せて! ……これ、期限が明日までだ。もしかして、これで逃げるつもりだったのかなぁ?」

「そうかもしれんが……ちょ、押すなって!」

「いいじゃん別にぃ。テレてる?」

「うっさいわ」


 ぎゅうぎゅうと肩を押し付けながらチケットを確認するセドナ。

 そんなにくっつかなくても横から覗くか渡してもらえばいいだろうに、急にどうしたのだ。王都とかで一緒にいるときも距離は近めだが、ここまで近づかれると主人に擦り寄ってくる人懐こいワンコくらいの勢いだぞ。急接近されると俺もちょっと気まずいぞ。


「後はここに密輸入されたアレがいれば確定だったんだけど、流石にそう上手くはいかないかぁ……」

「そうだな、それだけ揃えば完璧だったのになー……ん?」


 ――今、俺の聞き間違いでは無ければ、全然脈絡の合わない話が飛び出た気がするのだが。


「ちょっと待ってくれ。密輸入の品って何のことだ!?」

「え!? ヴァルナ君、例のターゲットが聖艇騎士団の検査を潜り抜けて密輸入された激ヤバの品を国内に持ち込んだから捜査してたんじゃないの!? わたしたち騎士団は内偵調査でそれに気づいて王都から飛んで来たんだけど!?」

「聞いてねーよ!! こっちはどこぞのバカが王国最強騎士ヴァルナを名乗って狼藉を働くっていう打ち首レベルの不敬を働いてるから追いかけてたんだよ!! え、気付いてなかったのか!?」

「なんかおかしいとは思ってたよ!? 特にさっき、偽のヴァルナくんなんて話は初耳だったけどスルーしてるし! でも蜂蜜持って行ったってことは追ってる人は一緒だから大丈夫な筈だって……!! 現に犯人の足取りを追うと、何故か行く先々で蜂蜜を購入したり強奪したりしてたから……! っていうか、ここまで来ておいて今更聞けないじゃん!?」

「と、いう事は……」

「………」


 俺とセドナは互いに変な汗をだらだら流して見つめ合った。


 言われてみれば、俺は阿吽の呼吸とばかりにセドナに対して俺の偽者の話を一度も詳細に話さなかった。俺が話さなくてもセドナが自分で質問してくるだろうし、そうでなくてもコルカさんとその話をするだろうと思っていた。


 しかし、結果としてその妥協はドでかい齟齬を生み出していたらしい。


 セドナもセドナで、なまじ付き合いの長い俺とだから詳細は敢えて語らなくてもいいかと説明を省いていたらしい。しかも騎道車で聞いたのはあくまで俺の行先の話だけであり、そもそも調査内容が違っている事には気付けなかったようだ。恐らく偽ヴァルナの件も、恒常的にやっている手口とは知らなかったのだろう。


 そもそも、偽ヴァルナは出現してからたった数日しか経過していない。

 つまり偽ヴァルナの情報が王都の偉い人の耳に届くまでの時間がやけに早いと、俺自身戸惑っていたではないか。

 これは考えてみれば当たり前の帰結なのだ。


「………」

「………」


 気まずい沈黙。互いの確認不足が招いた失態――これで互いに互いの探している人物が違った日には、俺は後悔のあまり自分の部屋に「旅に出ます。探さないでください」という置手紙を残して失踪するだろう。互いに何を言えばいいのか分からない現状で、俺は必死に何か言う事を探して視線を彷徨わせた。


「あ、床になんか引き摺った跡があるなー! ほら、家の入口! 途中で途切れてるけど、なんの痕なんだろー!」

「わ、わぁー! オルクスくんったらそんなことに気付くなんてすごーい! セドナ気になっちゃう~!」


 実に白々しい現実逃避である。

 恐らく外のコルカさんも家の中から騒がしい声が聞こえて盛大にいぶかしがっている所だろう。俺は半ばやけくそになりながらその傷の行先を追った。その痕は家の角まで続いて、ひときわ多く汚い服や布切れが押し込められた場所の下で止まっていた。率直に言って素手で触りたくなかったので、剣の鞘に「あとで磨くから」と平謝りしながら、それを使って払いのけた。

 そこに、思いっきり意味ありげな鍵穴があった。


「……何でこんなところに鍵穴が?」

「鍵……といえば、もしかしてターゲットの持っていた鍵束が対応してるんじゃ? 試してみようよオルクスくん!」


 言われるがまま試しに鍵束の鍵で試してみると、そのうちの一つが鍵穴に綺麗に収まる。俺はごくり、と生唾を飲み込む。その緊張は好奇心半分、これで意味なかったらどうしようという焦燥が半分だ。思わずセドナにアイコンタクトを送ると彼女も縋るような面持ちそれに頷いたため、鍵をがちゃり、と回した。


 かなり重い手ごたえとともに、ガコォン!! と大きな音を立てて家の奥の壁が開き、その奥に地下へと続く階段が現れた。何の変哲もなさそうな民家にこんな大掛かりな仕掛けがあるとは予想外だ。俺は念のために剣を片手に慎重に下に降り、セドナもそれに続いて忍び足で降りてくる。


「地下室にしてはなかなかの深さだな。四メートルはあるぞ。階段にも何か引きずった跡が残ってる」

「ターゲット本人が用意したとは考えにくいね。予め存在したものを再利用したか、協力者が存在したのか……その線でも調査しないと」

「ま、この部屋が本当にセドナたちの探してる人間のアジトだったらの話になるけど」

「言わないでヴァルナくんッ!!」

「す、すまん」


 恐ろしい事に、もし万が一ターゲットが人違いだった場合、彼女は今回の任務中ただ友達と遊んでいただけという結果になる。ホテルに泊まって枕投げしてお土産を物色。完全に旅行である。しかも俺が勘違いさせたせいで、だ。焦りが言葉に出たか、コルカさんの近くでは決してやらなかった本名呼びまで飛び出たあたり、彼女の焦り具合がうかがえる。

 かくいう俺は「そういえば俺ってヴァルナだった」と偽名に慣れ過ぎた自分に軽い焦りを感じていたのだが。騎士団に戻った時に名前を呼ばれて一発で反応できるか不安になってきた。


 やがて階段の下に引っかけられたランタンに火が地下室を照らし上げた時、俺たちの目に飛び込んできたのは無造作に並べられた大きな木樽だった。その樽には花をあしらった見覚えのある焼き印の下には、『ロージー養蜂場の蜂蜜』と小さく彫られていた。

 更に詳しく調べてみると、店から盗まれた蜂蜜とここにある蜂蜜樽は数が一致していた。そして更に、決定的な代物が樽の奥に鎮座していた。それに気づいたセドナが決定的な代物に近づき、見分し、大きく頷く。


「これ、間違いない。今回わたしたちが追っていた密輸の品だ」

「この鉄の箱が……か?」


 それは階段の幅ギリギリといった大きさの、寝させられた長方形の鉄の箱だった。上部と下部に空気穴のような小さな隙間が空いており、内部はほぼ暗闇で何も見えない。正面部には鍵穴が複数存在し、軽く叩いてみると金庫並の厚さを感じさせる鈍い音が返ってきた。


 はて、一度どこかで見たことがある気がする。

 随分前だったが、あれは確かノノカさんに連れられて王立魔法研究院に行った時だったろうか。ノノカさんはタンスとして扱っていたが、えらくゴツいタンスだなぁと感心した覚えがある。


「これはね、大陸にある研究大国の『皇国』で使われている特殊な代物なんだ。用途が用途なだけに、これを国内に持ち込もうとすれば絶対に一度はモメるの」

「え、収納タンスの用途に何の問題が? もしかして今度無能議会がタンス税の法案とか通すの?」

「タンスじゃないよ!? むしろどこをどう観察したらタンスになるの!? 四角いことと蓋があること以外に何一つ共通項がないよ!? しかもタンス税って何さ!? タンスの所持数で税金取っちゃうの!?」


 王国議会ならばやりかねないと思ったが、違うらしい。

 何にしてもそこは重要ではない。これで偽ヴァルナの正体は聖盾騎士団の追っていた密輸犯だったことがめでたく確定したわけだ。あとはこのブツを証拠に聖盾騎士団をこのアジトに呼び出し、その間に俺たち王立外来危険種対策騎士団が偽ヴァルナをとっ捕まえればこの事件は終了だ。


 とはいえ、密輸にまで関わっていたとなると、流石にうちの騎士団の独断で逃がす訳にはいかない。あの偽男は一度王都に連行し、あとはこれを狙っていたであろうひげジジイに判断を任せる事にする。あのジジイの事だ、司法取引だ何だとあの手この手で犯人を最大限に利用することだろう。「死んだ人間は労働力にならないし」とか真顔で言いそうだ。人間の屑め。


「ま、何にせよ結果オーライってことで!」

「そだね! 無事に証拠品も見つかったし、結果オーライだよね! あははははは……」

「説明不足で勘違いがあってちょっと胃が痛かったけどな! ははははははは……」


 今回、説明を省かずにしっかりと情報交換していれば後々になってここまで冷や汗をかく結果にはならなかった。まさしく結果オーライではあったが、結果ダメだった可能性があったことを考えれば未だに胃が痛い。

 次からは横着して説明を省かず、絶対に確認を取ろう――俺とセドナは心の中で同時に固く誓い合った。言葉にしないと伝わらない事って、あるよね。




 ◇ ◆




 ヴァルナの名を騙ったその男は、全力で走っていた。

 彼の行く先々で現れた騎士たちによって逃げ道を塞がれている事に気付いた彼は強引にその包囲網を突破して自分のアジトに向かっていた。その移動速度たるや上空から監視しているファミリヤも遅れをとる程の速度で、更に建物内を利用して追跡を撒くという手馴れた技術まで使うことでなんとか追っ手を振り切っていた。

 しかしその表情には欠片の安堵も存在せず、あるのは只管な焦燥のみ。


「畜生畜生畜生ッ!! 何で全部上手く行かねえッ!? 何で星の巡りが全部悪い方に向かうッ!? 町はいつの間にか騎士団に包囲されて出られねぇし、そこかしこを騎士がウロついてるし、ブツの受け渡し場所に三日も待たされやがるしッ!!」


 そもそもにおいて、彼は騎士ヴァルナの名を騙る手段を長期間使うつもりはなかった。ただ、この国において顔の知られていないのに名前だけが広がっているヴァルナという男を装うのは想像以上に旨味が大きかった為に嵌ってしまったことは否めない。

 それでも、あと少しで彼は目的を達して、晴れて大陸にとんぼ返りする筈だったのだ。


 なのに、最後の最後の受け渡しの段階になって次々に予想外の事態が舞い込んだ。ブツの受け取りに赴かない依頼主、騎士団の出現、鍵の紛失。

 特に今一番厄介なのが鍵の紛失だった。ピッキングの技術に優れた男はそれでも何とか鍵の開け閉めをしていたのだが、あの『檻』の鍵だけは別だった。


 あの鍵は、三つの鍵穴を同時に回さなければ開かない仕組みになっている。そのため、とある理由で定期的にあの檻の蓋を開けなければいけなかった男はまるまる一時間かけて昨日はどうにか鍵をこじ開けた。しかし、体力的にも集中力的にも限界近く消耗した彼は、そのまま鍵を閉めることを諦めて朝から蜂蜜の補充と同時に鍵探しに出ていたのだ。


 合鍵を用意していなかったのもまた痛恨だった。

 あの檻の鍵は特殊な工法で作成されるため、簡単に合鍵を作ることが出来なかったのだ。まさか鍵を無くすとは予想だにしなかった。致命的な慢心と言えるだろう。


 しかし、男には最後に残した切り札があった。

 最悪の場合、目的を放りだして自分だけが逃走する為の、最後の手段が。


「こうなったらもう、アイツを解き放つしかねぇ! へへっ……アレが暴れ始めれば、もう俺一人に構ってる暇なんざなくなるんだよォ、間抜け共がぁッ!!」


 アジトに到達する必要はない。場所さえある程度近ければ問題ない。男は懐から、ある意味では鍵よりも失ったら危険だったであろうものを取り出す。古い木製の小さな筒――木製の笛を取り出した男は、全力疾走で荒げた息を整えないままに息を吸い込み、それを吹き鳴らした。


 ピュイィィィィィィィィッ!! ――と、独特の掠れるようではっきりとした高音が町に響き渡る。その音は空気を伝播して遠くまで鳴り響き、彼のアジトの地下室まで届く。


「何だ、この音? 笛みたいな……」

「うーん、騎士団の合図で使ってるのとは違うっぽいけど。何だろうね?」


 戦勝ムードで犯人のアジトを出ようとしていたヴァルナとセドナの背後で、『何か』が静かに目を覚ました。

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