第82話 二人でならやれます
衛兵は、平民が公職に就ける数少ない役職である。
その仕事は専ら治安維持であるが、彼らの手に負えない重大な事件が起きると聖盾をはじめとする騎士団の出番になる。簡単に言えば衛兵は普通の警察で、聖盾騎士団は特殊部隊。ただし構成人員の大多数が平民で占められる衛兵は行動に制約が多く、更に衛兵の司令官は聖盾騎士団の人間が就くことになっているため、事実上は聖盾騎士団の下部組織という事になる。
以前にも述べたように衛兵は王国の主要都市にしか存在せず、特権階級のいない自治都市や辺境の地にはいない。これには諸々の理由があるが、一番は、特権階級のいない町村に特権階級の人間――しかも衛兵という戦力を操れる人間が居座れば、最終的にはその人物による自治権の侵害が発生する可能性が高いからだと言われている。
さて、随分話が遠回りしたが、つまり王都以外の町で平和を守っているのは衛兵なので、彼らは町内で発生するトラブルや厄介ごとをある程度把握していなければならない。当然、数日前から現れた剣皇(偽)の情報も持っている筈だ。
という訳でコルカさんたちと別れた後、俺はオルクスの名前使ってバレないか若干ドキドキしながら詰所で情報を集めることにした。そこで……。
「堪忍しておくんなまし」
(急に訛ったな。勘弁してくれ、って意味でいいのか?)
自分より年上のいい大人に土下座された。最近周囲にあんまりにも脈絡のない行動をする輩が多いので、そんなに驚かなかった自分が悲しかった。俺、着実にハートが冷たくなっている。
それはさておき話を聞くと、衛兵は確かにその件を知っていたらしい。
しかし衛兵は公職ではあるがあくまで騎士団の下部組織。
独断で騎士に手を出す訳にはいかないし、しかも相手が悪かったと言う。
「だって騎士団最強で王宮でも大人気のヴァルナ様ですよ? 通報したら逆に俺たちの立場危うくないですか?」
つまるところ、名誉を守る為に不祥事の目撃者の首を飛ばして不祥事そのものを揉み消す可能性が怖くて手が出せなかったらしい。汚い本人を変えるのではなく、やらかしたことを無かったことにすることで名誉を守るという根本的な解決にならない手段だ。
誠に遺憾ながら、腐敗した特権階級が割とよくやる手段なので忖度した衛兵を責められない。彼らからすれば上司に真っ向から逆らうぐらいには恐ろしい案件だ。
ついでに偽の俺の目撃証言は、あからさまに詰所や町長の周辺を避けた場所に偏っていた。流石の偽物もバレる可能性は考慮していたようだが、そんなリスク犯してまでやるなよというのが客観的な感想である。
「……あい分かった。この件は騎士オルクスが、その名に懸けて預かろう。この不埒な騎士に関する事案はもう卿(けい)らの手を離れたが故、上への報告も記録も不要である」
「り、了解しました……それで、あの。我々がこの話を貴方にしたという話は……その、政治的なアレコレで飛び火しかねないので……」
もごもごと歯切れ悪く喋る衛兵が言いたいことは大体分かる。騎士の不祥事を暴いた平民と言えば平民側からすれば聞こえはいいが、特権階級から見れば厄介者と目を付けられるには十分な面倒ごとだ。
正しい事をすれば得られるものもあるが、上下の厳しい社会では失うものの方が大きいのも良くある話だ。特別な力を持っていないのに周囲や上司に注目されるというのは、相応のリスクが付きまとう。日常を大事にしたいのだろう。
俺も同感なので今回の件は全部オルクスに押し付ける予定だ。
「俺は詰所に来ていない。故に卿らの名前も顔も知らない。そういう事でよろしいか?」
「有難い。オルクス殿が聡明なお方で助かります。それにしても、オルクス殿は一体どこの所属の……?」
「こらこら、それを伝えては先程の言葉の意味がないだろう?我々は、出会っていないのだ」
「あ……。これはしたり、今のは忘れてください」
こうして衛兵君にさりげなく口止めしつつ、俺は詰所を離れて大きなため息をついた。特権階級っぽい喋り方に徹したつもりだったが、やはりこういった喋り方は性に合わない。
だが、これで情報は得られたし、逆にこっちに都合の悪い情報はある程度遮断できたからあの男が偽騎士で大罪人である事実は暫く発覚しない筈だ。この時間稼ぎを元にうちの騎士団に速やかに事実を報告し、あれの罪が発覚する前に速やかに処理しよう。
『……ゥオーイ……ゥオーイ……』
「……ん、この声はファミリヤか?」
空を見上げれば、町中故に控えめな声で俺を呼びながら羽ばたく見慣れた九官鳥がいた。もしや、あちら側の騎士団メンバーにも俺(偽)の悪行が耳に届いたのだろうか。そう思いながら、俺はファミリヤを手招きした。
結論から言うと、とんでもない情報が送られてきた訳だが。
「……は? 聖盾騎士団が来た? 数日前からこの町に潜伏してる犯罪者を生死問わずで探してる!?」
『ラシイゼェ。皆ノ話ジャ、例ノ偽ヴァルナノ噂ヲ聞キツケタンジャネエカッテ話ダ』
「ぐぅ、もう王都に情報が回ってたのか……!」
人の口には戸が立てられず、とはよく言ったものだが、まさか既に事がそんなに大きくなっているとは思わなかった。なにせ今回のターゲットは国の代表を騙る偽物だ。騎士団が動くには十分な理由だし、生死問わずということは先に見つけた者勝ちの大レースの開幕だ。
「もう時間がねぇ……」
「そうだねー。一刻の猶予もないよねー」
「人相手の捜査のノウハウで聖盾騎士団の右に出る組織は国内にねぇ。アドバンテージがあるとすればファミリヤの情報伝達速度と数くらいか……!」
「そんなに褒められるとちょっぴりテレちゃうよね!」
「聖盾騎士団の中に都合よくセドナでも混ざってれば色々と問題は解決するんだが……」
「おお、混ざってる! どっこい混ざってるよヴァルナくんっ!!」
「そうか、いるのか……ん? んー……」
さっきから聞き覚えのある声が背後から聞こえてくる。余りにもその声が近くにあるのが普通過ぎて違和感なく受け入れていたが、冷静に考えればもしアイツがこの町に来たのなら俺を探さない方がおかしい。俺は意を決して背後を振り返った。
「何奴っ!」
「ばぁ!」
「うおぉぉ!? 背後に姫君と見紛う程の美少女がッ!!」
「えへへ、久しぶりヴァルナくんっ!」
見覚えのあるオレンジ髪の少女がそこにいた。見間違える筈もなく、予想通りセドナだった。今日は任務なだけあって装飾の少ない控えめな服を着ているが、肝心の顔から育ちの良さが出ているせいで逆に良家のご令嬢感が増している。
こいつ、十七歳にもなっておいて何が「ばぁ!」だ。滅茶苦茶可愛いじゃな……もとい、いい年して子供っぽいことするんじゃない。彼女のパパ上は一体どんな教育を彼女に施したんだ。こんな事されたらいると分かっててもちょっと胸がドキドキするわ。
もちろん俺が叫んだのは彼女相手の定型文みたいなものなのだが、気付いているのかいないのか、当人はこの反応を見てぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
「やったね! ドッキリ大成功~♪」
「確かに久しぶりだけど、お前なぁ……任務中に遊んでるんじゃねーよ!」
「えー、だってぇ……着いて来たはいいけどわたしだけ『どうせヴァルナくんの所に行くんだろうから自由行動でいい』って言われたんだよ!? 事実上の戦力外通告だよ!? じゃあ何で任務に連れてきたのさって話だよねっ!?」
「いや、現に来てるじゃん……」
「ちゃんと命令があればガマン出来るもんっ! そりゃイザ現場に着いたらヴァルナくんの騎士団が町に来てる事が分かってちょっとはしゃいじゃったけどさ……そんなにわたしって信頼ないの!?」
ぷりぷりと怒るセドナだが、実際彼女は任せられれば妥協無くこなせるだけの能力がある。なのに彼女が自由行動という曖昧過ぎる命令を受けてしまったのは、聖盾騎士団のお姫様である彼女に血腥(ちなまぐさ)い現場を見せたくないという本音の裏返しだろう。
或いは危険だから彼女に傷をつけまいという話なのかもしれない。
俺から言わせればそれこそセドナに失礼な話だとも思うが。
だって武器さえ選ばなければ彼女は――。
『オイ、ヴァルナ。イチオー伝エトクケド』
「ん?どしたファミリヤくん」
『アノネーチャン、ウチノ騎道車カラオレノコト尾ケテキテタゼ』
「……セドナ、説明」
「えー? 大したことじゃないよぉ。王立外来危険種対策騎士団の人を見かけたから後をコッソリ追いかけてぇ、コッソリ騎道車に入りこんでぇ、偶然ファミリヤくんをヴァルナくんの所に向かわせるって聞いたからこれ幸いと追いかけてきただけだよ?」
「……途中で誰にも気づかれなかったのか?」
「知らなーい。声はかけられなかったよ?」
あっけらかんと答えるセドナだが、こんな少女が勝手に騎道車に無断で入り込んだら誰かが必ず気付いて声をかける筈だ。それがなかったという事は、誰にも気付かれずに必要な情報だけ手に入れたという事でもある。
……やっぱりセドナは有能な騎士だ。
彼女ほど聖盾騎士団に向いた人間はいない気がする。
というか、これは俺にとっても思いがけないチャンスではないだろうか。
俺は王立外来危険種対策騎士団として仲間とコンタクト出来る。セドナは聖盾騎士団として仲間から情報を引き出せる。つまり二人で行動すれば互いに有利に捜査を進めることが出来るのだ。利害関係みたいな形で協力というのも少し胸中複雑だが、ここはセドナの力を借りるのが得策だろう。
「なぁセドナ。自由行動って事は、問題を解決する側に動いてもお咎めはなしって事だよな?」
「え? うーん……確かに! しかもヴァルナくんと一緒に捜査すれば王立外来危険種対策騎士団の力も借りられて一石二鳥だね!」
「既に俺が協力することは決定事項か!?」
「手伝って……くれないの?」
「上目遣いはやめろっ! 意味もなく罪悪感が湧く! いいよ協力するよ、俺も協力して欲しかったし!!」
うるうるとしたピュアなセドナの瞳に耐えられなくなった俺は速攻で根を上げた。提案しようとしたのにいつの間にかセドナにペースを取られるし、何より同じ事を考えていたのなら断る理由がない。俺の返事にセドナはいつもの花咲くような笑顔で手を振り上げた。
「やったぁ! 最強コンビ結成だぁ!!」
「ったく、お前には敵わんなぁ……セドナ、分かってると思うが俺は死人なんぞ絶対に出したくない。ここからはおふざけ無しだぞ」
「それは当たり前だよ。……やっぱりヴァルナくんはわたしと同じコト考えてた。なんか嬉しいなっ♪」
「……お、おう」
子犬が寄ってくるように俺に背中を押し付けて見上げてくるセドナ。
なんというか、ズルい女だと思う。そんな言い方をされたら普通に受け入れていた事実でも照れてしまうではないか。士官学校時代が終わって距離が離れたせいか、昔よりもセドナに意識が逸れてしまう自分を戒めた。
考えてみれば、まだ何の案件をどうするかも確認していないうちに少ない言葉で協力を決めてしまえるのも、俺たちが友達だからだ。今のこの距離感だからいい。だから、俺たちはこれからも今の関係で正しいんだと思う。
「……あ、それと今の俺は町じゃオルクスって名乗ってるから。間違っても人前でヴァルナって呼ぶなよ?」
「え? 何でよりにもよってオルクスくん?」
「いや、丁度いい偽名が思い浮かばなくて……」
「オルクスくんかぁ、ちょっとヘンな人だよね。近づくと急にハイテンションになって手を振り上げる所とか危ない人っぽいし」
唐突な流れ弾が俺の脳内のオルクスに直撃。彼はこの世の終わりのような顔をしながらゆっくりと倒れ伏し、二度と動くことはなかった。取り合えず、セドナには「本人には絶対に言わないように」と口を酸っぱくして忠告しておいた。
「了解だよ、ヴァルナく……じゃなくてオルクス君!」
「おう、暫くはオルクスで通してくれよな」
脳内オルクスが微かに息を吹き返したのは余談である。お前だけどお前じゃないから。
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