第81話 程よい罰を求めます

「――という訳で、このオルクスさんが私の危機を救ってくれたんです! やっぱり本物の志を持った騎士は違いますねぇ!」

「よかった……無事で帰ってきて本当に良かったよ、コルカちゃん! そして感謝します、オルクス様! この子は私にとっては娘みたいなもんで、お客さんたちからも人気のある本当にいい娘なんです! これで皆も安心しますよ!」

「……え? ああ、騎士としては当然だからそんなに気にしなくていいですよ」

「謙虚だなぁ。本当の騎士は驕らない、という事なのかもなぁ」


 人の好さそうな酒場のマスターとコルカさんに煽てられながら、俺は注文したベーコンとチーズのハニーピザを食べて一旦冷静さを取り戻していた。そして、内心で呻いていた。


(素直に名乗り出ればよかった……俺のバカバカ!)


 他人の名前を使っているせいで、オルクスと呼ばれてもすぐに自分だと気付けない。というかそもそも偽の俺を止めるのならばあっちが偽物だと言いふらしてもらった方が効果的だった。昔にタマエ料理長が作ってくれたトーフなる純白な食べ物のように柔らかい俺の心の弱さが恨めしい。

 だが、一度自分から言い出したものはしょうがない。取り合えず不都合らしい不都合もないし、暫くは俺もオルクスの偽物になりきろう。


 それにしても気になるのは、偽物の俺が登場したタイミングとひげジジイの指示に関係があるのかだ。確かに俺の偽物が登場して騎士団の評判が落ちているとなれば対応しなければならないが、正直それなら本部常駐の予備戦力や休暇中の騎士を呼び戻して対応した方が効率がいい気がする。

 ともすれば、俺たちが足を止められているのは別件なのかもしれない。


「ところでオルクスさん、ピザのお味はどうですか?」

「……え? うん、美味しいよ。ピザに蜂蜜かけるなんて初めて見たけど、食べてみたらいいもんだね」

「でしょでしょ? カリプソーは街の近くで養蜂をしてるから蜂蜜が美味しいのよ! 生産量は少ないからそこまで有名じゃないけどね」

「そうなのか……後でお土産に蜂蜜買っておこっと」


 王立外来危険種対策騎士団名物のお土産選定である。

 伊達に全国津々浦々を回っていないので、俺たちはお土産や地域の特産品に目がないのだ。というかそれぐらいしか楽しみがない――という話は置いといて。


「ところでオルクスさん、さっきからお返事が遅れているような気がしますけど、何か考え事してます?」

「……あ、ああそうなんだよ! さっきからどうしても気になることがあってさ!」


 コルカさんが少し不安げな顔をする。もしかしたら機嫌を損ねたと思っているのかもしれないが、俺は内心でボロを出したかとかなり焦った。バレる要素もないのにこういう所で焦る辺り、俺は嘘つきに向いていないと思う。

 しかしこの時、俺に天啓が舞い降りた。

 そうだ、あれが俺の偽物だと言うならこのタイミングしかない!


「俺って実はヴァルナの同級生なんだけどさ! さっき出くわしたあいつ、ヴァルナとは似ても似つかない厳つい面をしてたから偽物なんじゃないかな、って思ったんだ!」

「偽物!? で、でもあの人は剣を持っているから騎士さんでしょ!? それに一人で働きもせずに街を歩き回れるのは王国最優秀騎士の特権だって……」

「いやいや、そんな特権ないから。いっそ清貧に近い生活してるからね?」

「……オルクスさん、なんだかご自分の事を語っているみたいです。もしかして!」

(しまった、素のトーンになったせいでバレたか!?)

「実はヴァルナと友人か、もしくはオルクスさんも脅されているからわざと庇ってるのでは!!」

「そう来たか!? いや、俺が脅されてたらさっきのアイツが俺相手に引き下がらないから!!」


 はっ! と今しがた矛盾に気付いたコルカさんの顔が羞恥で赤く染まる。もしかしてこの人は意外に天然なのではないかと思って店長さんに目配せすると、親指をグっと立てて「可愛いでしょ」とドヤ顔で言われた。否定はしないけど何なんだそのアピールは。俺にどう反応して欲しいのだ。


「ともかく、あれは偽者だと思う。そもそも骨格からして違うし、だいたいあいつは――そう、あいつはセドナにも手を出してないからな……」

「セドナ? どなたですか?」

「同級生だ。士官学校のマドンナで……悔しいが、あいつが色欲野郎だったら絶対にセドナに手を出している。でもあいつはそういうことはしないんだ。だからセドナとあいつは今も友達なんだと思う。俺はその間に入り込めないから……」

「オルクスさん、もしかしてセドナさんの事が……」


 ――と、ダメ押しにセドナを用いた人間関係をチラ見せする。

 セドナがオルクスの片思いの相手であることを敏感に察したコルカが口元を抑える。今度こそ俺の言う事を信じてくれたようだ。後ろの店主は逆に更なる好奇心に駆られた目をしているが。あんた野次馬気質だろ。


 しかしアレだな。こうやってみると他人のフリをするのって意外と楽しいかもしれん。オルクス本人がどう思っているのかは知らんが、俺の中でのアイツはこんなこと考えてそうだ。よし、何か知らんがノってきた。


「ヴァルナはセドナの認めた男なんだ。無論だから全て正しいなんてことを言うつもりもない。いつかは俺もあいつを超える。だから……あいつの名前を勝手に語るような奴がいると思うと、俺の好敵手を馬鹿にされたようで気に入らないんだ!」

 

 当人がそんなロマンチックで熱血な事を言うかどうかは定かではないが、せっかくだし悪い奴のフリをするよりはいい奴っぽい感じにした方がいいだろう。少なくともあいつは恋愛に関しては小細工なしの馬鹿正直だし。

 よし、行けるぞ。今日の俺はオルクスだ。

 この偽俺事件はこのオルクスが解決するのだ。


「となれば食べ終わったら情報収集だ。偽物め……王国筆頭騎士の名を騙った罪は重いぞ!」

「実際にはどれぐらい重いんですか?」

「王国筆頭騎士は国の看板の一つ。ある意味では任命した国王の顔に泥を塗る行為でもある。その罪の重さたるや、国家反逆罪にも比類するな」


 自分で言いながら、俺は内心「あれ?」と思う事があった。


 あの男は王立外来危険種対策騎士団の内部では見たことがないし、俺の顔を知らなかった。つまりうちの騎士団ではないことは確定として、聖騎士団全員が見ていた筈の御前試合とその表彰式すら見ていなかった可能性が高い。そんな奴が本当に騎士団内にいるのだろうか。

 それに、今になって思えばあの男はヤガラの名前を出した時も困惑していた。騎士団内でに悪名轟くヤガラ記録官を知らないというのも妙だ。あの男は若く見積もっても二十代後半、ヤガラを最低でも数度は見る年齢だ。


 俺の顔も知らない、ヤガラの名前も知らない。しかも格好は特権階級のそれより随分粗末で、挙句こんな時期にたった一人で勤務地以外をブラブラしている。

 本当に、この王国にそんな騎士がいるものか?


「あいつ……まさか騎士のフリをしてる平民なんじゃ」

「え? まっさかぁ! だって騎士へのなりすましと言えば場合によっては何十年も牢屋から出られなくなる罪状ですよ!? そんな馬鹿な事をする人がないじゃないですか。ねぇ、マスター?」

「だねぇ。子供ならまだ騎士のフリぐらい可愛い遊びで許されるけど、大人で本物の剣を持ってとなると衛兵に連れていかれちゃう話だよ?」


 そう、二人の言うように騎士のなりすましはとんでもない重罪だ。

 この王国では槍や斧、ナイフや弓矢は建築や狩猟でも使う為に平民でも購入できるが、剣だけは剣たりうる条件や持てる人間が法律によって細かく定められている。だから剣を持っている=騎士という単純な構図が成り立つのだ。


 騎士は事と次第によっては無礼討ちも許され、国民の規範となる特権的な役職。その権威を無断で借りるというのは『冗談でした』では済まされない重大犯罪なのだ。騎士も特権階級も王宮も、その名誉に泥を塗る行為をした人間は決して許さない。

 しかし、王国全土を行き来する俺だから断言できるが、あの偽物が法律を知らない可能性はある。


「コルカさんたちは都会の人だから知ってるけど、この国って特権階級の治めてない――いわば自治都市みたいなものは沢山あるから、意外と国の法律を知らない所も多いんだ」


 そう、クリフィア辺りなら町長に教養があって王都とも取引をしているから知っているかもしれないが、イスバーグみたいな僻地や本島の外の島々になると古くからの慣習の中で生きている。そういった土地には衛兵がいない場合が多いので、自分の行為が重罪であることを知らない可能性は大いにある。

 もしも俺の推測が本当に正しいんだとしたら、あの男の罪状はこうだ。


「王国侮辱罪と公職偽装罪のダブルセットに加えて脅迫などの犯罪多数。どんなに低く見積もっても打首獄門は免れないな……」

「えぇ……」

「あいつ、死ぬんですか」

「まぁ、多分」


 二人ともあの偽物が嫌いな事に変わりはないが、流石に死ぬとなると素直にわぁいと喜べないらしい。痛い目に遭ってしまえとは思ったが、人間だれしも殺すとなったら「何もそこまでしなくても」という倫理のリミッターが働くものである。

 俺だって自分の名前を騙った奴が死刑になったら、なんとなく他人事の気がしない。俺が有名になったせいで死人が出たみたいで嫌だし、殺すくらいなら赦す人になりたい。

 いくら最低な男でも、簡単に死んでいいという事にはならない筈だ。


「……仕方ない。あいつが他の騎士や衛兵に捕縛される前に捕まえて騎士のマネをやめさせよう。それで解決だ」

「えっ!? で、でもあの男が罪を犯したのは確かですし、無条件で逃がしたらまた同じ事をするかもしれませんよ!?」

「そっちの罪はきっちり償ってもらうさ。ただ、わざわざ死なせてやることもないだろ?」

「ライバルの名を騙った犯罪者にこの対応! 悪を憎んで人を憎まず、命の重さを知る素晴らしい騎士だ……!」


 何やら二人が感動しているが、死刑を免れる代わりに他では容赦する気はない。どう取り繕おうが罪は罪だ。取り調べ等の際にはロック先輩をはじめ、裏の方面に明るい先輩方に大いに手伝ってもらう予定である。

 煮るのも焼くのもカンベンしてやるが、代わりに軽く炒る。

 死ぬのに比べれば大分楽な筈なのできっと泣いて喜んでくれるだろう。


 かくして俺の休暇は急速に忙しい方面へ路線変更を強いられるのであった。自分で選んだ道だからいいけど。




 ◇ ◆




 ヴァルナが酒場で何やら覚悟を決めていたその頃、他の騎士団メンバーも事態に気付き始めていた。


「ヴァルナ先輩がそんな事する筈ないのに、何でみんな騙されちゃうんですかッ!!」

「ほらほら、ヴァルナが大好きなのは分かるけどそんなにカッカしないの! あの子の顔も知らない人たちなんだから無理もないでしょ?」

「でも! 先輩は王国で最も栄誉ある騎士なんですよ!? もう、直接本人を連れてきて説得します!」


 肩を怒らせてぷんすかしているのはヴァルナの後輩であるカルメで、そのカルメの肩を抑えて諫めているのは治癒士のフィーレス。カルメはフィーレスの買い物に付き合わされる形で街に繰り出し、その過程で偽ヴァルナの噂を耳にしたのだ。

 カルメにとって誰よりも尊敬するヴァルナを侮辱されるのは耐えがたい事なのだが、普段は弱気な方である彼が諫められるというのはレアな光景である。


「全く先輩大好きっ子なんだから……とにかく一度騎道車に戻るわよ? 騎士の偽物をどうするにせよまずは他の騎士が混乱しないよう情報を共有! 使い魔飛ばして本人と連絡! 後は衛兵に任せるなり自分たちでどうにかするなり手段を決めればいいの!」

「でも!」

「ワガママ言わないっ!!」

「……はぁい」


 目の前の過ちを否定できないことに我慢ならない感情を抱えたカルメだったが、フィーレスの一喝に圧されてすごすごと引き下がる。まるでしっかり者の姉に叱られた弟――いや妹のような光景である。

 普通なら一言怒られただけでは引き下がれないのが人間だが、フィーレスの喝は別格。彼女に怒られたら、怒れる若人も泣き喚く子供も一様に母親に怒られた子供のように大人しくなるというのが周囲の談だ。

 そして彼女はその後のフォローも忘れない。


「誰だってあんなの聞かされていい気持ちはしないのよ? でも、そこでやみくもに突っかかるのは子供のやる事。貴方も立派な騎士なんだから、我慢するところは我慢しなさい?」

「……分かってますよぅ」

「あら、どう分かってるの?」

「僕だって来年度から騎士団二年目、先輩の立場になるんです。だから僕は止める側で導く側にならなきゃいけないんです……それは分かってるんです」

「ならそうしなさい。大丈夫、貴方も随分成長してるわ。それは私も、ヴァルナくんだってよく知ってるから。ね?」

 

 フィーレスが優しく微笑み、彼女の白い手が優しくカルメを撫でる。

 彼女は基本的には厳しい人だが、同じだけの優しさを他人に注げる女性だ。お世辞ではない心からの期待――それを感じ取れてしまったカルメは何も言えなくなってしまった。

 この二十代前半とは思えない圧倒的な母性こそ、彼女が騎士団三大母神の一角とされる所以ゆえんである。


 こうして二人は騎道車に戻るのだが、その途中にふと町に似つかわしくない集団を見かけて立ち止まる。それは約二十名ほどの男女の集団で、見た感じでは都会の金持ちがちょっとした集団旅行に来たような雰囲気を醸し出している

 だが、カルメはそれを見て直感的に彼らの正体を察した。


「あれ、騎士団だ……」

「騎士団? その割には剣を持ってないように見えるけど」

「聖盾騎士団だと思います。ほら、ぱっと見には見えにくいですけど聖盾騎士団って服の内側に特殊な仕込み籠手をしてるんです」


 あまり怪しがられないようにさりげなく路地の陰に入りながら、カルメが指を指す。リーダーらしい男性が地図を見せている手を良く見ると、確かに内側に何が仕込んでいるのが見える。目敏いカルメにフィーレスは少し驚いた。


「あんな小さな隙間から良く見えたわね……」

「目には自信がありますから。聖盾騎士団は犯罪者の取り締まりを行う関係で、捜査や捜索の際には正装をしなくていいし剣も持たなくともいいという取り決めのある特殊な騎士団なんです。仕込み籠手も服の下にあっても目立たない形に改良されています」

「詳しいのね。同じ騎士団のことは勉強してるってこと?」

「そういうことです。でも、何でこの町に……?」


 疑問の答えは不明だが、そういえば自由行動前にヴァルナが「ひげジジイが何か企んでいるようなので気を抜きすぎないこと」と釘を刺されたことを二人は思い出す。となれば、あの集団とルガー団長の企みには何か関係があるのかもしれない。

 周囲にはそれほど人の通りもない。

 気を張って耳を欹てると、微かだが声が耳に届く。


「いいかお前たち……ターゲットはこの町に潜伏……極秘裏に捜査を……」

「……数日前に町に……我らの威信をかけて……最悪殺しても……」

「……豚狩り騎士団……借りは作らせるな……」

「あと姫は……だろうから……自由行動で……」


 聞こえたのはそこまでだった。彼らは物騒なワードを含んでいるようには到底見えない軽い足取りで解散し、町に散らばっていく。彼らが解散した時点でこれ以上の盗み聞きは無理だと判断した二人は、路地裏をくぐって足早に騎道車へと向かった。


「数日前から潜伏している『誰か』を、最悪の場合は殺してもいいから捕まえる……って事なんでしょうか?」

「分からないことが多すぎるわね。これは思ったより急を要するかも! あ、それと」

「はい、何ですか?」


 フィーレスは歩きながらカルメの肩をぽんと叩き、そのまま彼を追い越して走り出した。


「さっきあの人たちが騎士団だって気付いたところ! きちんと騎士出来てるじゃないっ♪」

「あ、あれは何というか先輩が観察眼を養えって……偶然ですよ、えへへ……って、ちょっと!? 置いていかないでくださいよぉ~~~!!」


 他の騎士たち曰く「そういう子供っぽい事をするのが先生のズルいけど可愛い所」なイタズラに簡単に振り回されながら、カルメは予想以上に速い彼女の走りに追従した。


「……ああんもう、そんなに急がなくてもいいのにぃ。でもラッキーだね、あの二人を追いかければヴァルナくんに確実に会えそうだし!」


 ――そんな二人を追いかける小柄で可憐な人影があることに気付かず。

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