第五章 増える王国最強

第79話 意外と見分けがつきません

 腹が減っては戦は出来ぬ。古来より語り継がれる戦いの大原則である。


 イスバーグ村は冬であったため、騎士団に売ることのできる食料は少なかった。つまるところ、騎士団の食料の備蓄がかなり危ないことになっている。とはいえ常時金欠の王立外来危険種対策騎士団では金欠と食糧不足は悪友のようなものなので別段焦ることでもない。


 ――そう、普段なら焦らずとも良い話だったのだ。


 しかし今回はそうはいかない。

 何故か? それは一つの制約が現在の騎士団を苦しめているからだ。

 ではその制約とは何か?

 それを語る前に、騎士団に古来より語り継がれるもう一つの大原則を思い出してほしい。


 ……そんなもの知らない? いいや、知ってる筈だ。

 何故なら諸君は既にそれを幾度となく耳にしているのだから。

 それでも思い至らないというのならば、敢えてもう一度言おう。


「俺たちを苦しめるのはいつだってオークなんだよ……!!」

「まぁ否定はできないけどねぃ。やっぱり冬とはいえ雪を詰めただけじゃ厳しいよねぃ……」


 項垂れる俺と珍しく酒を手にしていないロック先輩が見つめる先には、イスバーグで回収された超大型オークが雪と共に詰められたコンテナがあった。その中には今もあのカチコチオークが入っている訳なのだが、現在、このコンテナが大問題になっているのだ。


「いやぁノノカとしたことが大失敗ですよ。浄化場の倉庫に収まりきらない事なんて予め予測してから現場に向かうんでした……」

「あ、ノノカさんお疲れです。どうですか、雪の中身は?」

「まだ溶けてません。でも正直あと何日保つか……あの死体だけは出来るだけ綺麗な形で王都まで持ち帰りたいんですけど」


 そう言って頭を悩ませるノノカさん。一応ながら俺はあのオークに纏わるとある事情を聞いているので気持ちは分かるが、今になって思えばこの問題が浮上するのは当然の話だ。


 そう、問題というのは、今のペースで王都に向かっていたのではせっかく確保した冷凍オークが途中で解凍されてしまうというものだ。

 浄化場の設備で分解する分を除く解剖用オークを納める保管庫は、積載数がおおよそ六匹分しかない。これは単純にそれ以上の死体を保存するペイロードが存在しなかったことと、ノノカさんが持ち帰って解剖したいと言うオークの頭数が通常3匹程度であることに起因する。

 この保管庫は魔法によって簡易な冷蔵機能と腐敗防止機能が備わった冷蔵庫のようなもので、長期間の出張でも安心して死体を保管できるとても便利な倉庫なのだ。


 しかし、既に四匹分の死体が詰められた保管庫に五メートル級のオークの死体を入れるのはなかなかに難儀で、しかもカチンコチンのオークを無理に詰めれば割れるのが怖い。なので急遽として整備士兼技術者のライを馬車馬の如く働かせて作ったのが浄化場背部に取り付けられたコンテナだ。内部に藁やおがくずの層を作ったりと思い付きで色々と衝撃吸収と断熱効果を図ってはみたが、数日後に補給のために町で車を止めてみれば、案の定雪が湿り気を帯びていた。


「という訳で、ノノカはいつぞやの御前試合と同じようにお先に王都に急行する事になりました!食料の積み込みが終わり次第、最低限のメンバーを連れて魔法研究院に直行します! ヴァルナくん達はゆっくり休みながら戻ってきてくださいね!」

「なるへそ、今度は用のない俺たち騎士団が余裕を持って戻ることになるって訳ですね」

「団長のお達しで三日くらい遊んでいいってよ」

「なるほど、団長が留まれと言ったということは確定的に罠ですね」

「俺もそう思うねん♪ 後で新人クンたちに忠告しに行こ~っと!」


 だってあの団長だもの。今回の任務はハードと言えばハードだし、冬だから急がなくてもいいという大義名分はあるけれど、それなら日にちの指定なんてしないし王都に戻ってからの休暇でも問題ない筈。つまり俺たちがこの町で三日遊ぶことによってあのひげジジイは何かを手に入れて高笑いするのである。自分だけ労せずして。天誅下ればいいのに。


「ノノカ、二人の団長さんに対する理解度が色々怖いナ……」

「ま、ヴァルナ君は年の割に理解度高すぎな気もするけど、来年度から副団長だしそれぐらいはねぇ?」

「そういえばそんな話あったの忘れてた!?」


 俺は来年度からどうなってしまうんだろうか。ローニー副団長の進退も何気に謎だし、周囲の大人たちは俺に無責任に仕事を押し付けてくる人でなしばかり。苦笑いしながら「困ったら頼ってもいいよっ♪」と背中をさするノノカさんの小さな手が妙に頼もしくなってきて俺はもう泣きそうだ。




 ◇ ◆




 帰りの騎道車に揺られながら、車を運転するライの隣の席でノノカは思考にふける。


 騎士団のあの様子を見るに、ヴァルナはお行儀よく今回のオークの秘密を周囲に黙っているようだ。別に疑ってはいないし、むしろ彼を信頼した自分の目が捨てたものではないと再確認できた。持つべきは友達だ。二人の関係を友達と呼ぶかどうかはちょっぴり疑問だが。どちらかというとノノカにとってのヴァルナは生徒か弟子に近い。


 あんな弟子が居れば、大陸での調査も捗ったのになぁ、と思う。一緒に調査する人に求める条件のほぼ全てを持っているヴァルナと出会ったのがこの王国だったのは、果たして不幸か幸運か。どちらかと言えば、やはり幸運なのだろう。

 そんなとりとめのない事を考えていると、運転するライから声がかかった。


「しかしヴァルナさんもちょっとヌケてるんですね。剣の切れ味が悪いから自力で仕留めきれなかったらしいじゃないですか」

「今回のオーク討伐の話ですか? うーん、でもヴァルナくんの剣って別に周囲の方々のと比べて特別に悪い剣とかではないですし……相手が悪かったんだと思いますよ?」

「そーいうもんですか? うーん、俺としてはそろそろヴァルナさんに新しい剣を手に入れてパワーアップとかして欲しい所ですけどね。勇者系の物語の定番でしょ!」


 自分の事のように楽しそうに語るライは、ヴァルナを「物語から飛び出してきたような男」だと憧れていつも応援している。確かにヴァルナの戦闘能力は規格外だ。大陸で冒険者をすればものの数か月で一流と呼ばれる域に辿り着けるだろう。


 でも、同時にヴァルナは「今」という状態を大切にしている。今の騎士団内でのポジション、今の役割、今の人間関係、そして今の装備。騎士としての心構えには並々ならぬ熱意を感じることもあるが、ヴァルナは色々と文句をいいつつも「今」を大切に思っている。ヴァルナのそういう所も、ノノカ的には好印象だった。


「あーあ、この島に魔王でもいればヴァルナさんの大冒険の始まりなのになぁ」

「いやー、流石に出ないでしょう魔王は。五年位前に自称魔王の動乱はあったけど、なんやかんやで冒険者が鎮圧しましたし。結局勇者って誰だったんでしょうね?」


 王国の皆さんにとっては割とどうでもいい大陸トークが繰り広げられる。ちなみに魔王の動乱は割と大規模な事件だったのだが、気が付いたら大した被害もなく終わっていたので詳細を知る人間はあんまりいない。

 一応ながら魔王を拘束した冒険者に「勇者」の称号が与えられたらしいのだが、勇者の証として用意された勇者服が羞恥プレイと見紛うほどダサかったために勇者に任命された人はギルドを脱退して逃走したらしい。


「俺、モノホンの勇者服見た事あるんですけど……あれ着て凱旋するぐらいなら投獄された方がまだマシだと思います」

「そんなレベルですか!? 逆によくぞそこまで恥ずかしいモノ作れましたね……って、あれ? ライくん、向かい側から何か来てます」

「ホントですね。しかもなんかデカイ……貴族用の馬車かな?」


 現在車が走っている道は王都から通じる舗装された大きな道なのだが、その向かい側から豪華な装飾を施された馬車らしきものが近づく。純白を貴重とした高貴な色合いに、掲げられている旗には王国の紋章である星に囲まれた獅子の文様。大きさもデザインも明らかに商人のものではない。

 接近するにつれて、ノノカは気付く。あの車、馬に引かれていない。それどころかこの騎道車に似た駆動音のようなものさえ聞こえる。近くに迫る車の正体に気付いたライの目が驚愕で見開かれた。


「あれ……騎道車の正式量産型一号機だ! まだ静振機能の出来がイマイチだからロールアウトは来年だって聞いてたのに、もう動いてるのか!?」

「正式量産型?」

「豚狩り騎士団の使ってる試作型の騎道車のノウハウを基に作られた新型です! 大きさと馬力はこっちが上ですけど、向こうは乗り心地重視で小回りが利くのと装飾類が無駄にオサレなのが特徴です!」

「つまりお金持ちのボンボン専用の道楽騎道車?」

「身も蓋もない言い方するとそんな感じですね……しっかし誰が使ってるんだ?」


 整備士のライすら知らないというのは少し驚きだが、せっかくなのでノノカは道楽騎道車をまじまじと見つめる。貴族用の馬車ほど凝ってはいないが、それでも貴族の好きそうな文様や金の装飾などが散りばめられているため決して安っぽくはなっていない。乗り心地はよさそうだけど無駄な空気抵抗も多そうだな、と学者脳的な感想を抱く。


 と――車同士で十分に距離を取ったすれ違いの瞬間、あるものが目に入って今度は二人同時に驚く。


「今、側面に描かれてた紋章って……聖盾騎士団の紋章ですよね?」

「た、確かにそう見えましたけど……聖盾騎士団って犯罪者の調査や追跡以外は基本的に王都にいるんでしょ? つーか、どこに向かってるんだろ。この先の道であの車を埃塗れにせず進めるのってヴァルナさんたちのいる町ぐらい、じゃ……」

「あ……そういうこと?」


 瞬間、二人の頭の中で「三日ほど町で休めというルガー団長の伝言」と「急に動き出した聖盾騎士団の行先」がカチリと噛み合った。




 ◇ ◆




 王立外来危険種対策騎士団の到着した町は、その名をカリプソーと言う。

 比較的王都に近い場所にあり、規模は王都には及ばずとも国内では指で数えるほど。王都に近いだけあって治安は良く、大都市の中では嫌味な特権階級がそれほどいない、かなり住み良い土地と言えるだろう。


 しかし、そのカリプソーにある一つの酒場で、その住みやすさを害する下品な声が響き渡っていた。


「でははははははッ!! おら酒ぇ!! 次の酒もってこいやぁぁぁーーーッ!!」

「お、お客さん! アンタさっきから高い酒ばっかり飲んでるけどよぉ、本当に代金払って貰えるんだろうなぁ!?」

「あー大丈夫だってぇ! 俺騎士だしぃ、金ぐらいパーっと出してやるって!」


 赤ら顔でげらげらと笑う男の顔に酒場の店主は不安を更に増大させるが、その男は関係ないと言わんばかりに酒場のテーブルに足を上げてソファに凭れ掛かる。その隣には店で偶然出会った女性がいるのだが、いるというより肩を掴まれて無理矢理いさせられていると表現した方が適切だ。

 愛想笑いをなんとか浮かべてお酒のグラスを持ってはいるが、明らかに元気がないし、肩を触る男の指の感触に時折顔を顰めている。しかし、女性にはそれを簡単に振り払う勇気はなかった。単に彼女が押しの弱い性格だという訳ではなく、原因は男の方にある。


「しかしキミ可愛いねぇー! この町に住んでんの? カレシいる?」

「い、いないです……」

「ワオ! 俺も彼女いないんだよね~! これって偶然? それとも運命の女神の気まぐれ? ……俺の言ってる意味、分かる?」

「わ、分かりません……」


 ずい、と男の顔が女性に近づく。女性は努めて笑顔を崩さないようにしていたが、グラスを持つ手は微かに震えている。それも無理らしからぬことだろう。男の表情は口元こそ笑っていたが、目だけは獲物を探す獣のように異様な光を湛えているのだから。


「本当に分からない?」

「あ、あの……」

「はいって言え。もう住所も名前も聞いたんだ。今更逃げたって、一途な俺は追いかけちゃうよ……?」

「……っ! は、はい!!」

「よーし!! いいんだよそれで! 俺は素直な女の子が好きだから、ちゃんと優しく愛してあげるよぉ!」

「あ、ありがとうございます……は、ははは……」


 周囲の目は隣に座らされた女性への哀れみと、脅迫染みた真似をする男への苛立ちに満たされている。だが、その視線と男の視線がぶつかった瞬間、男が急にテーブルにかけた足を踏み鳴らして立ち上がった。衝撃でテーブルに乗っていた酒がガラガラと床に落ち、その幾つかが割れて無為になる。


「おいテメェ、今の目はなんだ? 俺に対する挑発か?お?」

「そ、そんな滅相もない! 私は何も……!」

「騎士に対して嘘を吐いたら大事おおごとだぞ? しかも唯の騎士じゃねえからなぁ俺は……俺様の剣の錆びってやつに、お前さんなってみるかい?」

「あ……あ……!!」


 騎士を名乗る男が、ゆっくりと柄の剣を引き抜いていく。明らかに下っ端の騎士が持てるような代物ではない精緻で美麗な剣の切っ先が、いちゃもんに近い理屈を押し付けられた男の首筋を腹でなぞった。男の表情が死への恐怖に青ざめ――ズボンの股間部分に、おおきな染みが浮かび上がった。

 それを見た騎士を名乗る男は、あっさりと剣を鞘に納め、心底愉快そうに、そしてどこまでも歪んだ優越感に満ちた顔で男の肩を叩き、「冗談だよ」と囁いた。


「心優しい俺には無礼討ちなんて残酷なことは、とてもとても……なんたって俺は騎士の模範にして憧れとなった男――剣皇けんおうヴァルナ様なんだからなぁぁーーッ!!」


 結局――ヴァルナを名乗ったその男は、漏らした男性に料金の全てを押し付けて、嫌がる女性の手を半ば強引に引いて店を出て行った。最高に上機嫌な男は――その日が人生でも最高に楽しい日だと嗤っていた。


 ……言わずもがな、それはこれから全くの勘違いとなってしまう訳だが。しかも二重三重の意味で。

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