第68話 確認できれば安心です

 俺の見ていないところで、世界は目まぐるしく動いていたりする。


 例えば先日、雪掻き時間を確認せずにふらふら外に出た騎士が上方より落とされた雪に埋まって死にかける事件があったらしい。ほかにも料理班に同行した緊張でガクブルのカルメの放った弓が奇跡的にも獲物まであと一メートルの所に命中したとか、なんとあのロック先輩が遂にヤガラ記録官の物凄い弱みを発見して一転攻勢に出たとか、王都の方にいるひげジジイことルガー団長が近々大きな動きを見せると別の同僚からタレコミが届いたりもしている。


 で、そんな中でも一番大きかった事件こそ、アキナ班長が純朴な少年をかどわかして騎士団にテイクアウトしたという強烈な事件である。無論、俺としては九割七分ほど誇張だろうと思っていたが。


「ぶっちゃけ一緒に風呂入ったってマジなん?」

「え、ええ……うちのお風呂はサウナ式で、アキナさんは使い方が分からなかったみたいで……」


 熊狩りの翌日の食堂で、俺はブッセくんにぶっちゃけトークを試みていた。とはいえ食事中は班長ともども質問攻めにされていたので、食事が終わってからの質問になったが。

 普通に質問に肯定しかけたブッセくんは、途中で自分の迂闊な言葉にはっとする。


「あっ、ああっ、違うんです! 教えた後はもちろん僕は外に出たし、ちゃんとタオルで隠してましたし! だから皆さんが想像してるそれとはちょっとというか大分違うっていうか!!」

「じゃ、一緒に寝て慰めたってのは?」

「それはその……や、やっぱり一時的とはいえ村を出るのって色々ワケ分からないこと考えちゃいまして。アキナさんなりに色々励ましてくれたんだと思います……」

「なるほどねぇ。色々教えてくれてありがとな。俺ってば昨日いろいろと精神的に参っちゃってたから聞きそびれてさ」


 一緒に寝た部分に関して否定が入らなかったのが気になるが、詮索しすぎるとアキナ班長の怒りの鉄拳が飛来する可能性があるので適当なところで質問を切り上げる。もう一人の当事者のアキナ班長はすっかりへそを曲げて自室に籠ってしまっているし、何より今日から捜索が更に拡大されるのでウォーミングアップしたい。


「しかし同棲って言い方はそりゃ誤解されるわなぁ。あの人恋愛関係の話には興味なかったけど、興味を通り越して知識もないとは意外だ。そういうの箱入り娘にしか起きない現象だと思ってた」


 俺の脳内に、赤ちゃんはコウノトリが連れてくるのだと保健の講義を受けるまで信じていた何某セドナの涙ぐんだ顔が思い出される。授業中に崩れた夢を抱えて外に飛び出してしまったという珍事件は、もちろん当人にとっては黒歴史である。


「ぼ、僕も知りませんでした……」

「知らなくても無理はないんじゃない? 俺もガキの頃は言葉は知ってても意味までは詳しくわかってなかったし」

「そもそもイスバーグだと一般的には結婚してから男女が同じ家に住むんで、結婚する前からというのは思いもしなかったです。ああ、僕が余計な事を言ったせいで……!」

「ま、一応謝ってきんしゃい。あの人の事だから怒りつつも最終的には有耶無耶な感じになると思うから」

「そこは嘘でも許してくれるって言って欲しかったです!」


 そうは言ってもあの人は謝罪とかを素直に出来ないタイプの面倒な人なので、いつも喧嘩の類があるとしれっと無かったことにしようとするのだ。弟を貶める卑怯な姉みたいな性質のある存在だ。


「はぁ……ヴァルナさんって何だかよく分からない人ですね。こうして喋っていると、とてもじゃないけどヴァルナさんがあんなに大きな熊を剣で仕留めたなんて信じられません。あんなオバケ熊、下手したら大勢でかかっても死人が出るんですよ? どうして戦おうなんて思ったんです?」

「何言ってんの。魔物と戦うことが前提の俺らが熊一匹仕留めきれないんじゃ沽券に関わるだろ?俺の剣は団だけじゃなくて一応国の威信もかかってるんでね?」

「国を……? ヴァルナさんがですか?」

「そりゃそうだろ? 俺はいわばこの国の筆頭騎士、騎士の頂点なんだぞ?」


 騎士は基本的に国の威信を左右する存在ではあるが、俺はその中でも一番目立つ看板だ。今の所そういう経験はないが、海外で「これがウチの最強騎士だ」と国王に紹介される可能性だってある。

 俺はその時、紹介に恥じない存在でなくてはならない。


「国の最強を名乗るすげー奴が熊相手に苦戦したなんて、騎士に憧れる子供が聞いたら悲しくなるだろ? 王様や国民だって他国に行ったときに素直に自慢できない。だから俺は熊が狂暴だろうが足場が悪かろうが、戦いになったら――絶対に勝つ」


 この重圧は結構なキツさがある。今後俺がずっと最強騎士の座に座り続けるなら、海外の騎士と武を競うこともあるだろう。そんな時、王国の万人が許してくれる結果というのは、勝利しかないのだ。


「本気で俺を倒したければ最低でも大竜ぐらいは持ってきてもらう。勿論『首狩り』の名に懸けて、そいつの首も貰うけどな」

「………」


 冗談めかしてそう言うと、ブッセくんはぽかんと口を空けて固まっていた。

 ついでに周囲で駄弁っていた先輩方や後片付け中の料理班も俺を見ている。


「お前、そういうの真面目に考えてたんだな……」

「……ヴァルナ、不覚にもお前が格好いいと思ったぞ、うん」

「堂々と竜の撃破予告かよ。あーあ、俺とかが言ったら虚勢にしか聞こえないのに、お前が言うと本気で出来そうな感じするのがズルイと思うわー!!」

「ヴァルナくんって普段格好付けないくせに、こういう時はええかっこしいだよねー。そういうとこ、男の子って感じで結構好きだよ」


 言えば笑われるようなしょうもない話に、周囲が送ったのは賛美だった。いや、いやいや。ここは鼻で笑う所だと思ったのだが、違うの? 俺だけか笑う準備してたの? アストラエなら笑うぞ? 「なんか似合わないこと言ってるけどそれ何? 自分で考えたの?」とかニヤニヤ笑うぞ?


「御免なさいヴァルナさん。やっぱりヴァルナさんはすごい騎士でした!」

「そういうリアクションされると逆に恥ずかしいからやめてくんない?」

「よしみんな、ヴァルナをもっともっと褒め倒して崇め奉ろうか!!」

「だからやめろって!! どーせ途中から褒めてんだか貶してんだか分からなくなるパターンだから!! そういうの読めてるから!!」


 ちなみに後で知ったことだが、キャリバンが昨日疲労困憊で寝ていたのは、プロの協力を得る為の帰還要請が入ったからブッセ邸に泊まる訳にもいかずにもう一度雪を突っ切ったのが理由らしい。

 一緒に探しに行ったセネガ先輩とベビオンはちゃっかり班長と一緒に一泊している辺り、つくづく割を食う男である。


 と、食堂で起きたしょうもない話はさて置いて。


 予定通り、あの紛らわ白熊を仕留めた方角の調査が本日より開始された。今までの人員をフル動員し、プロにも臭いを覚えさせてとまさに万全の布陣。肝心の俺はというと、工作班が作った仮設陣営で予備戦力として待機中だ。


「いよいよですね、ヴァルナくん。はい、ココア。いつ出動か分からないんだから、今のうちにあっためておかないと」

「あざっす、ノノカさん」


 ファミリヤの連絡を待つ俺に、ノノカさんがココアを手渡してくれる。

 今回、珍しくノノカさんは現場への同行を強く希望していた。

 普段は現場にいても邪魔になるからと浄化場に籠ったままの彼女が外に出てくるのは本当に珍しい。モッコモコな上着を着こんで雪の妖精みたく可愛いのはいいのだが、どうにも出発前からノノカさんの今回の任務に対する関心の高さが異常に思える。


 普段なら語尾に『♪』とかいう模様が見えそうなほどご機嫌なノノカさんがそうまでして気にする白い未確認生物の正体とはいったい何なのだろうか。さりげなく、期待しないで聞いてみる。


「今回の件に入れ込んでる事情、まだ教えてはくれませんか?」

「教えてあげたい気持ちはありますが、ノノカにも王立魔法研究院の人間としての立場があります。こればっかりは例え恋人でも口は割れませんよ?」


 薄く微笑んだノノカさんの決意のなんと硬い事か。柔らかいはずのその表情に、俺はそびえ立つ岩のような重さを感じた。仕事に生き、仕事のために生きられる女。自分の仕事に誇りを持っているからこそ、本当に恋人が相手でもきっと黙っているのだろうな、と思わせられる。

 それだけ真面目に黙っておきたいとなると余計に内容が気になるが、聞いても答えは返ってこないだろう。だったらやるべきことをしよう。


「今回の任務、獲物は生け捕りですか? それとも生死問わずですか?」

「え? ああ、そういえばまだ言ってなかったですけど、急にどうしたんです?」

「とりあえずノノカさんの隠し事は今回のターゲットを退治すれば明かすことが出来るっぽいじゃないですか。事実確認が出来てないから言えないんでしょ?」

「まぁそうなんですけど……そうですね。ここでクヨクヨしてても物事が解決するわけでもないですし、無駄に緊張するぐらいなら急いで真相を確かめてソッコー解剖したいですし……よぉし、今回は生死問わずでお願いしちゃうゾっ!」


 まだ少し無理をしている感はあるが、とりあえずノノカさんの方針はこれでしっかりと定まったようだ。同じ遊撃班の待機組も呑気に「了解ー!」などと叫んでいる。

 しかし、その和気あいあいとした空気はすぐさま鋭い声に切り裂かれる。


「――皆さん!! 伝令が来ました!!」

「とうとう来たか。ターゲットの場所は!?」


 転がり込んできた連絡に、遊撃班の全員が得物を片手に立ち上がる。偵察に出ていた集団からファミリヤの伝令が来たことの意味など一つしかない。


「巣らしき場所を発見とのこと! 周囲に血痕も残っており、一瞬ながらそれらしき影を確認したとの事! 出動要請が出てます!」


 俺は遊撃班の皆と同時に陣営を飛び出した。


「今度も熊だったらどうする?」

「フラグ立てるようなこと言わんでください!!」


 今度もまた白い熊でしたとかいうしょうもないオチではありませんように、と願いながら。




 ◇ ◆




 遊雪部隊DDの迅速なルート確保によって雪の抵抗を減らしながら進行した騎士団メンバーは、極寒の地を疾走する。本日は昨日までと違って少しばかり雪風が強いのが気になる所だが、今日この先でケリがつけばこの寒さともおさらば出来る筈である。

 先頭を走るガーモン先輩が後方に向けて声を張り上げる。


「全員、武器の凍結対策は済ませてありますね!? 既に工作班と別働の遊撃班が現場を包囲している筈です! 到着と同時に全員抜刀、速やかに目標を制圧します!」

「場所の広さは!? というかどこにいんの!?」

「ターゲットの入り込んでいるのはそれほど大きくもない洞穴です! 地形から考えて別の出入り口があるとも考えにくい! 袋小路ならば数がどうであれやりようはある!」


 どうやら今回のターゲットの住処は非常にシンプルな構造らしい。

 本来野生生物というのは、もっと目立たない場所か相手の接近しにくい場所に巣を作るものだ。オークなんかは基本的に複数の通路がある場所を好んで巣にする傾向がある。だからこそ毎度オーク退治では苦労させられるのだが、今回はそうでもないようだ。


 手負いで狭い洞穴に逃げ込んだ白い生物。発煙筒や催涙爆竹でも投げ込めば我慢できずに出てくるだろうから、そこを仕留めてハイおしまい。サルでもできそうな簡単な包囲作戦である。

 ただ、懸念事項もあるにはある。

 俺の考え過ぎならそれでいいが、と思いながらガーモン先輩に確認を取る。


「数が不明なのが気になりますけど、その辺どうなんですか!? もし別働してる仲間がいた場合、警戒されて更に捕獲が遠のきますよ!!」

「正直その辺ははっきり確認が取れません! しかしどちらにせよプロくんの追跡と罠の破壊時期及び場所で活動区域は割れていますので、討伐出来るものから確実に行きます!」


 以前から破壊されていた獣用の罠だが、騎士団が本格的に調査し始めてから実は罠が破壊されるエリアにはバラつきがあったことが判明している。そして罠の設置時期と破壊時期を照らし合わせると、おおよそ今回捜索範囲となったエリアを中心に大雑把な直線を辿るように壊されていた。

 万一別働の白い未確認生物がいたとして、罠を破壊するという行動によって自分の痕跡を残している上にプロに臭いまで覚えられた相手ならば追い詰める事は可能と判断されたのだろう。


「現場までおよそ一キロだ! 気を引き締めて、今回も怪我人ゼロで行こうか!!」

「おぉぉッ!!」


 声高らかに腕を振り上げる団員に交じりながら、俺は道案内をするDDの一人、昨日共に行動したピッケルトが手招きしていることに気付き、近寄った。並走しながらピッケルトは口早に話す。


「俺にできるのは道案内だけだから、村の為に、後の事は頼んだぞ!」

「任せとけ。きっちり終わらせるまで俺たちは帰らねぇからな」

「それと、あれだ。ブッセが荷物纏めて出ていくってマジか?」

「――……」


 俺は直感的に、この言葉は後の方の質問が本音だと思った。

 ピッケルトはもう熊を仕留めた俺が仕損じるとは考えていない。彼の関心はそちらから、騎士団に大荷物を抱えて向かったブッセくんの方にシフトしているらしい。


「出てって欲しいのか?」

「ッ!?」


 ピッケルトが息を呑む声が聞こえた。

 俺だってブッセくんに対する村の反応の話ぐらいは人づてに聞いている。そしてピッケルトがそれにあまり関わりたくないことも。だから、つい相手の気持ちも考えずに言ってしまった。我ながら馬鹿丸出しの返事だと自己嫌悪を抱く。


「いや、何でもない。あくまで職場体験みたいなもんで暫く離れるだけで、帰ってくる予定だってよ」

「そうか……いや、すまんこんな忙しい時に」

「いいよ。村は守るから」


 それを最後にピッケルトとの会話は中断された。

 離れていく彼を見送りながら、一人ごちる。


「……聞き方が露骨なんだよ。ちぇっ、あんまり見たくない一面を見せてくれるぜ」


 俺は今、白い生物の正体そっちのけで少しばかり嫌な事を考えている。


 もしもあそこでピッケルトが俺の問いに対して「そうだ」と肯定し――いずれは帰ってくると告げた瞬間に彼の顔に分かりやすいまでの失望が浮かんだとき、俺はイスバーグという村を守りたくなくなってしまうのではないだろうか。

 もちろんそんなガキみたいな理由で任務を放棄する気など毛頭ありはしないが、それでもやはり、一度抱いた不信感は消し損ないの焚き木から登る煙のように、なかなか消えてはくれなかった。

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