第61話 予期せぬ遭遇です
遊雪部隊DD――それは、イスバーグに存在する無駄に格好つけた集団。
自称雪遊びを極めた集団で、構成人員はおおよそ十代半ばから二十代後半。田舎特有の娯楽の少なさに耐え切れなくなった若者のフラストレーション発散を目的として構成された彼らは、要するに暇を持て余した
「嘘の説明をするな!! 俺らも暇なとき以外は猟師とか加工業とかしてらぁッ!!」
……DD隊長のピッケルトはそう反論しているが。
「いや、正直今でも信じられん。絶対プータロウだと思ってた。ほら、DDのメンバーって一人残らずショッキングピンクのだっさい帽子被ってるし」
「あれはDDのエンブレム、かつ雪山でもしもの事があった時に目立つためだ!! というか都会じゃあれダサイの!?」
どうも王都と物理的に距離の遠いイスバーグではファッションに対する価値観が根本的に異なるらしい。王都では無駄に目立つ上に目に痛いショッキングピンクは、「見て見て俺超目立ってるじゃんマジカッケー」という浅はかな思想を示す色とされている。中には「何故あんなファッションをしてしまったんだ!」と黒い歴史が刻まれてしまうこともある危険な色である。
半面、他人の評価を省みない人間もよく着用しており、格好いい解釈をすれば自分という存在を強く保っている証拠とも言える。
「そんな好意的解釈はいらない! そんな真実は永遠に知りたくなかった!!」
「海に果てがないことが確認されたのはいつだ? 俺たちの星が太陽の周囲を回っているという説が通説になったのは何年前だ? 固定観念とはいつ覆されるのか分からんものなんだよ。俺たちはそんな曖昧な世界で生きてるんだ」
「国際社会になったせいで世界が狭い……狭くなっちまった!!」
若人の悲しい慟哭が、虚しく山に響きわたった。
それはそれとして、現在俺たちは雪が降る山の中で罠を設置している。
道具作成班とトラップマスターブッセくんの共同作成で用意した三十個近い罠は、現地人の協力で着々と設置が続いている。山の広さを考えれば三十個でも全然足りない気もするが、この罠には別の野生生物が引っ掛かる可能性もあるし回収のし忘れがあると人間にも被害が出る。
設置すればするだけ他の手間が増えていくので、たくさん使えばいいというものではないのが困り所だ。
「というかお前さん罠の作成もさせられて罠設置もさせられてんのか? 噂のブラック職場って奴か? 嫌なら嫌って断るのも勇気だぞ?」
「いや、山での戦闘を想定して雪中での足の動きを確認したくてさ。雪の中で戦う可能性も十分あるからな」
「やめとけ、この雪に足を取られず獣と戦うなんて無理だ」
「……そうらしいな。雪って不便だよ」
ピッケルトの心からの忠告に頷きながら、俺は足を踏んだり横にずらしたりして感触を確かめる。ずぐっ、と軽い抵抗と共に足が雪を押しのけた。
結論から言うと、この雪山でオーク級の相手と戦うのは自殺行為だ。降雪が五十センチ近くあるこの雪山では歩くだけでも雪が引っ掛かって苦労するというのに、ここで剣を振るって跳ね回れというのは無謀としか言いようがない。
カウンター狙いか居合ならギリギリ戦えないでもないだろうが、雪山はつくづく騎士殺しの地形である。こうなるともはや頼りにできそうなのはボウガン使いと罠だけになってくる。
「――ところで、ブッセはどんな調子だ? 人付き合いが下手な奴だから失礼ぶっこいてないか?」
「あー、まぁ、約一名を除いては良好な関係だと思うぞ」
「そりゃ良かった……あいつは村の中じゃちとばかし浮いた存在だからな。
「……?」
ピッケルトの物言いに、俺は少し違和感を感じた。
ほっとしているものの、どこか他人事のような一枚隔てた空気を感じる言葉だ。一般論的な善意はあるが、親しいという訳ではない――なんというか、消極的な関わりという感じがする。
そういえば気になる部分はあった。村との橋渡しで技術もあるとはいえ、十歳前後の子供が親や大人の付き添いもなしにたった一人で騎士団に来たこと。彼がしっかりしているからだとその時は然程気にしなかったが、普通に考えたら子供に任せるには少々勝ちすぎた荷だ。
もしかしてブッセは一人で来たというより、一人で行かされた――?
どうにも気になった俺は、思い切ってピッケルトに質問してみた。
「なぁ、ピッケルト。ブッセってなんか訳アリなのか?」
「え? いや、まぁ……」
「内容、聞いても?」
「……お前さんには酒を奢ってもらった恩もあるか。あまり俺がバラしたとか言いふらさないでくれよ?」
酒の席を設けたのが幸いしたか、ピッケルトは気乗りこそしていないものの一応喋る気になってくれたらしい。罠を設置した場所の近くの木に印となる紐を結びつけながら、俺は彼の話に耳を傾けた。
「ブッセには――家族がいねぇんだよ」
◇ ◆
「去年まではおじいちゃんが居たんですけど……人間って突然ですよね」
過去を語るブッセは儚げで、まだ子供がするには早すぎる陰を感じさせる表情だった。
じいさんに似てるなどと言われた件でカンカンだった頭が段々と冷めていくのをアキナは感じた。同時に、こんなことを言わせるために駄々をこねたわけではないと自分に少しばかり苛立つ。
あの後、あまりにもブッセがしつこく言い訳をしに付いてくるので「これが他の連中に見られたら余計に面倒になる」と思ったアキナは彼を道具作成班の休憩室に連れ込んでいた。
ブッセが持ち込んだミルクの入ったカップを揺らし、苛立ちと共に飲み込む。嘘か本当かミルクには心を落ち着かせる作用があるというが、そういうものだと思い込めば確かに効果はあるのかもしれない。
「お前、そのじいさんに育てられたのか?」
子供との接し方が分からず苦心した結果、アキナは普通に同僚と話すように喋ることにする。敬語を使えとか馴れ馴れしいとかケチをつけられる喋り方だが、ブッセは特に違和感を覚えなかったのか素直に頷く。
「二歳くらいまでは両親に育てられてたみたいなんですけど、全然覚えてなくて。物心がついた頃にはもうお母さんはいないしお父さんも事故で死んでいて……あ、このゴーグルはお父さんのらしいです」
首から下げたゴーグルを指で撫でるブッセはまるで、親の名残を探しているようだ。
「おじいちゃんはおじいちゃんで村の離れに住んでたから、僕の周りにはおじいちゃんしかいなかったんです」
「何だそりゃ。村に遊びに行けばそのじいさん以外とも一緒にいられたろ?」
「僕もそう思ったんですけど、なんかおじいちゃんは村の人たちがあんまり好きじゃなかったみたいで、そのせいか村の人もちょっとよそよそしくて……理由は分かんないんですけど、お父さんが生きてた時になんだかよくない事があったがあったのかなぁ?」
一人蚊帳の外に置かれた少年には想像する事しかできない。口にした推測も、あくまで彼の想像でしかないのだろう。彼のおじいさんに問題があったのか、村に問題があったのか……歓迎されているとはいえ所詮は余所者である騎士団に教えてくれそうな内容ではない。
「おじいちゃんが死んじゃってからは僕も村に行く事が増えたんですけど、なんだか
「居心地が悪い所に居続けるぐらいなら一人の方が気が楽で、罠作りに夢中になった訳か」
「おじいちゃんから一人で生きる術は教えてもらってましたから」
その顔は寂しそうなものではなく、嬉しそうなもの。
悲しさや寂しさもあったのだろうが、家族から継げるものを継いだことがブッセにとっては一番大きなことで、村に溶け込めない孤独にはとっくに慣れてしまっていたのかもしれない。
狭い世界で、居心地のいい
だが、それはアキナが嘗て感じたそれとはどこか違う。
その理由が分からずにガラにもなく考え込み、アキナはふと一つの結論に至り、妙に納得してしまった。
「ああ、そういう……寂しかったんだろ、お前」
「え? そんな、別に誰にも会わない訳じゃないですし……」
ブッセは口ごもりながら否定したが、本当にそう思っていないなら断言するのではないか。彼が躊躇ったのは、村の人を庇うような気持ち――或いは、村の人間と共にいても楽しくないという潜在的な意識を抱いてる自分から目を逸らす行為に思える。
いい子でいたいけれど、本音と建前が乖離している。
アキナはなんとなく昔の自分と彼を重ねていた。
「寂しくなかったら騎士団の手伝いなんてやらねぇし、俺にベタベタくっつかないんじゃねーのか? 俺は俺のやりたいことだけ出来る場所に一人でいられるんなら、そこにいてぇ。それを止めてまで騎士団に来たってことは、やっぱり寂しかったんだよ」
「さ、寂しくなんかないですって!! ただ、オークとずっと戦ってる騎士団ってどんな罠を使ってるんだろうとか、どんな人がいるんだろうとか……!!」
「俺たちの使ってる罠のことなんて一度だって聞かれてねーけどな?」
「ぅあっ……!」
図星を突かれて狼狽えるブッセの顔を両手で包み、顔を近づける。
「寂しくちゃ駄目なのか? 周りに人がいるから寂しくないのか? 俺はそうは思わなかったぜ」
いい人に見られなければ雇ってもらえないけれど、心の拒絶反応が消えない――そんな歪みを埋められなくて世の中がいやになった自分を思い出す。
ブッセはそこまで後ろ暗いことになっているとまでは思わないが、居場所を見つけたアキナからすればその煮え切らないところは気に入らない。
「俺はな、この騎士団で自由を与えられた時に初めて気付いたことがある。仲が良くなくても、やりたいことをやる時に着いてきてくれるヤツがいるってのは滅茶苦茶嬉しいことなんだ。それまでいろんな奴と一緒に仕事をしたけど、騎士団のは全然違った。何でか分かるか?」
「……それは、作るのが楽しかったから」
「違う。俺が何をしたいのか、何を作りたいのかを理解して受け入れてくれる奴がいるからだ。それまで俺にそういうのはいなくて――俺は寂しい思いをしてた俺に初めて気付いた」
居場所には、それがいる。広い世界のどこかに存在するその場所は、楽園とはいかずともオアシスくらいには素晴らしいものだ。見つけられたら病みつきになり、離れられなくなる。
「俺は心はガキのままだってよく言われるけどよ。年上として一つだけ言うと……人間は開き直ってしまっていいんだよ」
「ぼ、僕に開き直るような理由なんてありませんよ! 悪いことしてるなんて思ってないし、村が嫌いだなんて――あっ」
「村が嫌いか、なーんて一言も聞いてねぇんだけどな。それが本音ってやつじゃねーの?」
――出した。出してしまった。
思っていないと出てこない本音の欠片を。
言って初めて、普段は決して口にしないような言葉を出してしまったことに気付いたブッセは思わず口を覆う。そういった所は所詮まだ子供だったということなのだろう。
余程認めたくなかったのか、それとも口にしてしまった自分が悔しかったのか、ブッセは大粒の涙を漏らして身を翻す。
あっ、と思ってアキナが手を伸ばした時には既に遅かった。
「うっ……うっ、うわぁぁぁあああああああああんッ!!」
ブッセは全てから逃げ出すように部屋の外に駆け出していく。
その両眼に大粒の涙を湛えながら、これ以上聞きたくないと言うかのように。
「お、おい!! ちくしょー、何が泣くことがあるってんだよ!! これだからガキは困るんだ!! 全然何考えてるか分かんなくてよぉー!!」
まだ大事な事を一つ伝えてないのに――内心でそう愚痴りながら、アキナは立ち上がって少年の後を追う。別に大人としての責務とかでは決してなく、ただ、「同類」として大事な事を伝えてやりたいから。
◇ ◆
寒空の下でピッケルトの語った物語は、残念なことに心さえ寂しくさせる内容だった。
「――ってな話だ。すまんね、嫌な話だったか?」
「……そんな気の使い方はしなくていいさ」
口では気遣いつつ、正直ピッケルトへの評価はちょっと揺らいだ。
つまり、じいさんとの諍いとやらの延長線上にあって、ブッセは家族もおらず村で半ば孤立している……らしい。正直に言わせてもらうと、意外だった。俺もまだ人を見る目は未熟ということか、ブッセは元々あんな態度の少年だと思っていた。
クリフィアと違って表面化していない人間関係の問題ともなると、正直任務に関係があるとは言い難いので無理に首を突っ込む必要はない。だが、ここで気にするなと言われて気にせずにいるのは逆に難しくないか、と俺は思う。
これからしばらく一緒に行動するであろう少年の闇から目を逸らすのは、大人として子供を助けきれないという一種の敗北宣言であると思うのだ。結果は別として、突っ込めるところまでは手を伸ばしたい。
「じいさんとの確執の原因とやらは、聞かない方がいい話?」
「……すまん、俺の一存で喋るのは駄目だと思う」
「何だよ、一人の事情を聴くのに村の許可が必要なのか? 分かんねぇ話だな」
「分かってくれなきゃ困るぜ……俺がバラしたなんて周りが知ったら気まずくなるんだよ!」
ピッケルトの表情に浮かぶのは微かな焦りと恐れ。
閉鎖的なコミュニティでは対人関係の重みが都会とはまるで違う場合もある。村八分のような前時代的な差別というのは、得てして本人たちも意識しないうちに起きているものだ。これ以上の追及も酷だと思った俺は追及を打ち切り――ふいに、異臭を感じて顔を上げる。
「ん? なんだこの臭い。牛舎か野良犬みたいな、獣臭さ?」
「確かに……どうも風上に獣がいるらしいな」
「しかしこれ、なんか臭いが濃ゆい……俺も獣を狩った事はあるが、ここまで濃い臭いは初めてだ」
体を頻繁に洗わない獣特有の体臭。ときどき風呂に入らず徹夜で作業してる道具作成班からも臭ってくるが、今感じるそれはその辺の野良犬を片っ端から捕まえて狭い部屋にぎゅうぎゅうに詰めた後の残り香のように濃ゆい。
どんだけ体臭がキツい獣がいるんだここは。
冬の山ってもっと無臭の空間を想像してたのに。
「体臭のキツい生き物って言えばヤマネコとか? 近づいてきただけで超臭いらしいな」
「ないな。住んでねぇ……うお、吹雪いて来たか!?」
即座に否定したピッケルトと共に、俺たちは急に吹き荒れた雪交じりの風に顔を覆う。一応ゴーグルは装備しているが、それでも氷点下の吹雪を浴びるとわずかに露出した肌が刺すように痛む。視界も急に悪くなったし、これは本格的に吹雪く前に撤退するが吉だろう。
「ったく、こんな天気にノンキに人前に現れる獣はどこのどいつだ? 狼か? 鹿か? 猪か? まさか熊じゃないだろうな!」
「熊? こんなに村に近い場所で、しかもこの時期にか?」
「たまーにいるんだよ、冬にも動いてるのが! ただ、ジジババが昔そういうのがいた程度でしか話してないくらいレアだから流石に熊はないかな――」
言葉の続きは、次の瞬間に耳に飛びこんできた音によって凍り付いた。
「ヴルルルルルル………!!」
低く、腹の底から唸るような重苦しい音。それは明らかに風の音ではなく吐息であり、唸り声。遅れて、先ほどから感じていた獣臭さが咽返りそうな程に濃密になる。そしてその声の主――こちらにふっと影を落とした巨体の正体が、風が弱まって開けた視界から異様な存在感を纏って現出する。
もう既に嫌な予感しかしなかったが、真実を確かめるために俺はそれを確認した。そこには大筋において予想通りとしか言えない光景が広がっており、
「フラグ立てやがったな、ピッケルト……」
「さらっと俺の所為にするのやめろや!? というか、なんだこの
そこにいたのは全身が純白の毛に覆われ、所々に赤黒い染みを作った巨人のような体躯。剥き出しの牙と爪が光を反射し、苛烈な殺意を剥き出しにした顔面はぎょろりと充血した眼光を両眼に携える。
騎道車で出会った狼のプロの顔さえ霞んで見えるほどの威圧感。
四メートルはあろうかというその白邪の獣の正体を、俺もピッケルトも正しく認識していた。
「真っ白な、熊……だと……!?」
そう、それはまさにピッケルトが「まさか」と可能性から除外したつもりで語った『熊』――いや、専門家ではないために断言はできないが、明らかに熊と近似種の生物だった。最悪のタイミングでの鉢合わせに悪態が出る。
「くそったれ、よりにもよってこの深い雪の中で鉢合わせかよ!?」
「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
「――ッ!! 来るぞ、構えろ!!」
耳を劈く咆哮が山に響き渡り、俺は自然と剣の柄に手を当てていた。
まさかこんなにも早く愛剣を抜く羽目に陥ろうとは――しかも、いきなり白い獣の正体を拝む羽目になるとは予想外もいい所だ。
視界悪し、足場悪し、援軍は来ず護衛対象一人。
考えうる限り最悪のシチュエーションでの戦いが、始まろうとしていた。
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