第60話 技術力は確かです

「――結論から言うとですねぇ、少なくとも外来種であることは確定しました!」


 騎士団恒例、朝食の場での経過報告において、ノノカさんの馬鹿でも分かる生物分析口座が始まる。なお、内容を理解できなくても最後に結論だけ端的に説明してくれるので成績のよろしくない騎士にも優しい内容になっている。


 ノノカさんの説明曰く、昨日に回収した檻に付着していた白い毛を調べたところ、毛の内部が空洞になっていたらしい。つまり毛の中に空気が詰まっているということだ。この構造の毛は断熱、保温効果が高く、一部の極北や極南の生物にしか見られない特徴だとノノカさんは語る。


「そりゃこの王国も冬の北端は寒いとはいえ数値では摂氏マイナス十度程度ですし、寒波が来ない時の降雪量はそこまででもありません。よって、そんな極寒の場所に住む生物は元々いないんですよ」

「つまり、どういうことだ?」

「えっ、今ので理解できんかったのか……?」

「おう分からん」

「誇らしげに言うな!」


 周囲の呆れた目線が理解できてない騎士――ではなくその騎士にツッコんだ方に向く。何故かというと、どーせ理解できてない奴が出てくることは予想済みだったので「今更なにをムキになってんだか」と辟易しているのだ。

 そんな眼を向けなくたっていいじゃない。同僚がとうとう一定以上の知能を身に着けた……そんな些細な人の夢を見てもいいじゃない。叶うかどうかは別だけど。


 ちなみに、我が方の騎士団の大体三分の一くらいが該当する『話の内容を理解できてない勢』は一斉に動きを止めて耳を欹てている。分からないことを聞くのは格好悪いが、聞けずに知ったかぶりをしつつも情報を集めようとする連中はそれ以上に格好悪いと思うのだが。

 とはいえノノカさんもこれには慣れたもの。


「ニワトリさんやペンギンさんが空を自由に飛んでるって聞いたら、どう思います?」

「ハッハッハッハ! ノノカさんそりゃあり得ないよ!!」

「そういうことです。こんな所にいる訳ないのです」

「……おお! そういうことか!!」


 微妙に違う例えだが、馬鹿はこんな手で引っ掛かるので楽な話だ。


「ところでペンギンってなんだ?」

「ベビオンくん、彼の口を塞いでおいてね?はい、では続き行きますよ~」


 ノノカさん、付き合い始めたらキリがないと見たか、こに来てまさかの口封じ敢行である。何もそこまでしなくとも、と思うかもしれないが、馬鹿は一度脱線すると本筋に戻らないから仕方ない。

 ベビオンに猿轡を噛まされて「んー! んー!」と小さく唸ることしかできなくなった彼を哀れと思うか自業自得と切り捨てるかは人による。もしかしたら彼も平等に勉強できない格差社会の犠牲者だったのかもしれない……。


 と、それはさておき俺は隣の席の非常に興味深い光景を流し見する。


「うわぁ、ノノカさんってボクと同じくらいの年なのにすっごく生き物にお詳しいんですね!」


 そこにおわすお方は昨日のブッセ君である。そしてその隣にはブッセくんを泣かせかけたアキナ班長が低血圧と不機嫌の二重しかめっ面で着席。どうにか仲直りしたいオーラ全開のブッセくんは控えめに上目遣いでアキナ班長をチラチラ見ているが、当の班長は知らんとばかりに目をそらしている。

 と、ブッセ君の隣にいた(彼にとっては)親切なセネガ先輩がニコニコ不審な笑みを浮かべながら班長の肩をつついた。


「アキナ班長、話しかけられてますよ?」

「……ノノカは体が小っせぇだけでもう成人越えてんだよ」

「そうなんですか!? それはなんというか、人体の神秘ですね……都会の人は謎だらけです。教えてくれてありがとうございます、アキナさん!」

「ちぇっ、正式に辞令が来てなきゃ無視してるとこなんだからな……あんまり馴れ馴れしくすんな」

「慣れ慣れしくするのが仕事ですよ、アキナ班長。ほら、笑顔笑顔!」

「お前もしかしなくとも面白がってんだろ!!」


 もしかしなくとも完全に煽っているセネガ先輩は今日も平常運航だ。しかし部外協力者相手にあの仏頂面は酷いのは確かなので、普段はセネガ先輩に苦言を呈すンジャ先輩も今回は黙している。


 実は、セネガ先輩の手回しによってブッセくんはアキナ班長と行動を共にすることがあの後決定したらしい。おかげでブッセくんはなんとかアキナ班長と打ち解けようと必死になっているのだが……まぁ、ご覧の通りアキナ班長の機嫌は下り坂を転げ落ちている真っ最中で、話しかけても殆ど梨のつぶて

 子供心に自分が歓迎されていないことを感じ取ったブッセ君の目が加速度的に潤んでいく。


「アキナさん、やっぱりボクの事キライなの……?」

「アキナ班長、泣かせたらこのセネガの申告によって減給確定ですよ」

「アキナ班長、泣かせたら料理班の総意によってしばらく減食です!」

「アキナ班長、泣かせたらこのヤガラ、倫理を持った一個人の大人として貴方の騎士適正を疑わなければいけませんねぇ。いえ、ホント階級や立場とかは関係なく一人の人間としてですよ? 他意は全然まぁぁぁあったくないですよ?」

「んだとォ!? 何で俺がそんな……ええい、くそっ!」


 そしてこの四面楚歌の集中砲火である。

 料理班は予想通り少年を援護。どこから話を嗅ぎつけたのか既にヤガラまでもが少年の側に回っているが、あれは単に騎士団の内申点を下げたいだけだろう。毒も使いようによっては薬になるといういい例である。

 ……あれ、ヤガラが他人の役に立ってるとかこの一年で初めての快挙じゃね?


「聞けガキ!! 別にお前の事なんぞ好きでも嫌いじゃねえよ!! ただあんまりしつこいと鬱陶しいから大人しくしてろって事だ!! ほら、泣くな男だろ!!」

「えっぐ……ほ、本当? 嫌いじゃないの、本当なの……?」

「……っ、おお本当だよ! 今日はその、たまたま機嫌が悪りぃだけだよ!!」


 腫物を扱うようでいて割と雑な励ましだが、純真無垢なブッセくんはアキナ班長の言葉を額面通り受け取ってパァっと顔をほころばせる。うおっ、俺に向けられたわけでもないのに眩しい!?


「良かった……ボク、昨日からずっとアキナさんを怒らせちゃったんじゃないかって不安で! ボク、いつもは山に一人でいるんで人との関わり方とかってよく分からない所があって……」

「お前が悪いなんて思ってねぇから無駄に喋んな!! くっそぉ……ガキの扱い方なんて俺が知るわけないだろうに何で……!」

「?」


 1人で勝手に懊悩する班長を不思議そうな目で見るブッセ君と、愉悦だと言わんばかりに嫌らしい笑みでニヤニヤするセネガさん。

 成程、この光景が見たいがために班長に役割を押し付けたのか。

 控えめに見ても最低だこの人。いつか絶対しっぺ返しを食らえ。




 ◇ ◆




 さて、白い未確認生物の話に戻るのだが――。


「工作班は今日から本格的に偵察を開始するだろうとは思ってたが、まさかもう道具作成班の出番になるとは思わなかったなぁ」

「まぁ……仕方ない、ね……想定外の事態……には、付き物だし……むにゃ」


 正直二度と戻りたくなかった道具作成の工作部屋でため息を吐きながら、俺は眠そうなトマと一緒に金具を弄っていた。遊撃班なのに何故道具作りをしているのかというと、単に俺を含めて数名の道具作成適正のある騎士が集まって作業させられているだけの話だ。


 色々とあった結果、白い生物の調査と捕獲を同時に行うということで今後の方針が決定した。

 白い生物は獣用の罠に限らず人工物を破壊している事から非常に攻撃的、或いは好奇心が旺盛で怖いもの知らずな生物だと予測される。そのため生態が詳しく判明していないとしても、罠による捕獲が可能なのではないかという話が挙がったのだそうだ。


 幸か不幸かここは雪山。人間の臭いと罠の痕跡はある程度雪が覆い隠してしまうので多少雑でも引っかかるかもしれない。一応調査をしつつ、罠に相手が掛かったら儲けものといった所だ。


「しかし、オスマンたち三兄弟と別部屋で正直助かったよ。よくあの3人と日常的に同じ部屋で過ごせるな、トマは」

「別に……聞く必要のない言葉は、耳に入ってこないから……」


 横で作業する道具作成班のトマは、常日頃から寝てるかもしくは眠そうにしているかという睡眠大好き人間だ。ただし必ず睡眠と労働量を両立させるという病的なポリシーから寝ていても単純作業が出来るようになったある意味凄い人でもある。

 先輩ではあるが年齢も近く、本人も上下関係にあまり拘らない為に今ではタメ口で話す仲になっている。本当、この人がいなかったら俺は道具作成班に回された一年目で騎士団を脱退したかもしれないぐらいには、話してみると真面目な人だ。


「それにしても初めて見る罠だな、これ。括り罠って言うらしいぞ」

「僕らは、もっぱら……落とし穴か、手動で網を吊るし上げる方法……だからね。流石は、代々罠猟をしてる……ノウハウが、違うね」


 眠そうながら決して鈍らない手つきで初めての罠を作り上げていくトマの声色には、微かに尊敬の念が込められていた。この括り罠というのは敷き板を踏むだけで相手の足を強力に拘束出来て、しかも虎バサミより遥かに小型なのだ。その狩猟技術はもしかしなくとも王都付近の猟師のそれを凌駕している。

 しかも、驚くべきところはそれだけではない。


「これだけの技術、十歳足らずの少年が……マスターして、いるとは……むにゃ。ここ、すごい村……かもね」

「ああ、本当に凄いよ。騎士団の協力者としてやってきただけの事はあるよ、ブッセ君は」


 ――そう、この罠の作成監修はあのブッセくんが全てやっている。


 作成班とその助っ人の前で罠の材質や構造、設置や発動に関する諸注意など、彼は実に細々とした説明を語ってくれた。俺が十歳そこいらの頃なんてアホなことばっかりしていたのに、彼は村で最年少の立派なトラップマスターだったのだ。


 そのブッセくんは、さっきまでの年相応な態度とは打って変わって静かな目で黙々とアキナ班長に罠作成を教えている。心なしかアキナ班長はブッセくんから少しだけ距離を取っている気もするが。


「ここの留め具に引っかけます。そう、出来るだけ縄を張って。緩いと上手く縛れません」

「獣に千切られないのか、この紐?」

「伝統の編み方で編んだ紐なので、基本的にはきちんとかかれば熊でも逃げ出せません。ただし無理やり自分の足を引き千切って逃げる獣もいます」


 王都の子供なら、獣の足が千切れるなんて言葉を聞けば「残酷だ」と泣き出すか顔を顰めるだろう。しかし、この雪山で獣相手に本物の命のやりとりをしてきたブッセくんはその言葉を語ることに何の躊躇いもない。

 彼はそういった光景を――動物が生きるために己の体の一部を諦める壮絶な光景を見たことがあるのだ。それは生半可な騎士さえ味わったことのない、濃密な生命の授業。

 俺が保障するならば、彼は立派な戦士に相違ない。


「……おい」


 ふいに、作業しながらアキナ班長が声を上げる。朝の不機嫌そうな眉間の皺はなくなり、代わりに真面目な表情でブッセを見た。


「はい、何か質問ですか?」

「――ガキ扱いして悪かった」

「……え?」

「俺がお前ぐらいの年の頃なんて、もっとしょうもないことばかりしてた。それに比べるとお前は立派だって、そういう話だよ……そんだけだ。聞き返すな」


 ふいっと顔を逸らすアキナ班長の態度は、どことなく照れ隠しのようにも見える。しかし今、班長は初めて誰かに言われたからそうしたのではなく、本心からブッセという少年の存在を認めたのだ。言い方はぶきっちょだったが。

 まるでツンデレのような態度に思わず苦笑いして横を見ると、トマと目が合う。


(素直なんだかそうじゃないんだか。ああいう上司、大変じゃないか?)

(良くも悪くも、正直すぎる……人だ……嘘つきよりは、いいものさ)


 道具作成班として、騎士として、トマはどこか嬉しそうに頬を緩めた。


 が――次の瞬間、その静かな空気がブッセ君によって盛大に押しのけられる。


「それって、もしかして……ぼ、ボクを褒めてくれてますか!? わぁぁ、嬉しいです、すごく!! アキナさんみたいな立派な人に褒められちゃうなんて……それにアキナさんの褒め方、なんかボクのおじいちゃんに似てます!」

「聞き返すなっつっただろ!! しかも言うに事欠いてジジイに似てるだとぉ!? お前デリカシーってモンがねえのかッ!!」

「いえいえ違うんですって!! ウチのおじいちゃんってお母さんとすごく似てたらしくて……」

「言い訳なんぞ聞きたくねぇ!! 前言撤回、お前なんてまだガキで十分だッ!!」

「そ、そんなぁ~~~!!」

(……あれは流石にブッセ君も悪いかな)

(班長が……むにゅ、性別的ジェンダーな話題で……怒るなんて、珍しいな……)


 ブッセくんは、もしかしたら少々場の空気が読めないタイプの子なのかもしれない。すぐにでもブッセくんを殴りそうな班長の襟首を掴んで引き離しながら、俺は内心でそう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る