第57話 手から手へと渡ります

 イスバーグに存在する唯一の飲み屋――そこで酒盛りする若者たちのうちの一人、遊雪部隊のリーダーにして不動の四番ピッケルトの叫び声が響き渡る。


「ハァ!? 左を狙うって言ったアレはハッタリ!?」

「おう。お前らの所からは見えなかったろうが、背中の後ろでこっそり右狙えってハンドサイン送ってたんだよ」

「でも雪玉は左に飛んできただろ! あれは何なんだよ!」

「ん、お前らが雪柱に張り付いて隠れてるからこれは当たらないなぁって思ってさ。だから俺がカルメより先に左に雪玉投げて、時間差でカルメが右を狙ったんだよ」

「うわっすい! 司会の子が言ってた『非常に姑息』ってそれかよ!」


 実際問題、DDが安全策に出た時の俺は結構焦っていた。咄嗟に雑なフェイントを仕掛けたが、それは決して確かな勝算があった訳ではない。とりあえず思いついたからやったら偶然うまくいっただけである。

 もちろん、そんな事実を口にしたら格好悪いことこの上ないので計画通りと言わんばかりに涼しい顔をする。他のDDメンバーも結構ショックを受けているが、奇策の類なのでネタが割れれば二度目は通用しないだろう。

 事の真相を知ったピッケルトは、怒るというよりは何か大切な事実に裏切られたような表情をしている。


「騎士団は正々堂々な連中だと思ってたのにプライドはねぇのか!?」

「余分なプライドは予算削減のためにオークに食わせた。プライドを捨ててオークを皆殺しに出来るなら、俺たちは喜んで廃棄処分しちゃうぞ?」

「もうやだこの人、顔がこの上なく本気だ……他の連中もそうなのか?」


 ピッケルトが周りを見渡すと、騎士団メンバーが揃って悟りを開いたような穏やかな表情で乾いた笑顔を浮かべた。


「うん、うちの騎士団は割とそんな感じかな。というか既に自由とか女とか色々と失ってる気がする……」

「戦っても戦っても戦局楽にならず、じっと掌に目を落と……」

「……」

「……」

「……飲むか」

「……飲もう。バーグウォッカまだ残ってるよな?」


 酒は不安や鬱憤を洗い流す。逆を言えば、酒で洗い流せない奴が騎士団をドロップアウトしていくのだが、悲しすぎるので言うのはやめた。俺の同級生もそういう奴らだったよ。同じ寒空の下、あいつらはどこで何をやっているのだろうか。まだ牢屋にいるのだとしたらお天道すら拝めないけど。


 ウォッカが好みじゃなかった連中や一杯ひっかけて満足してしまった連中がいるので、まだ高級品のバーグウォッカはそれなりに残っている。数人でショットグラスにウォッカを注ぎ、「乾杯」と一気に飲み干す。

 喉を熱い刺激が通り過ぎ、一気に体が熱を持った。

 ちなみに俺のショットグラスにはライム果汁を加えてあるが、人によってはロックアイスだけだったりジュースを混ぜたり色々な飲み方があるようだ。


「にしてもさぁ、お前ら騎士なんだろ? 今更だけど酒飲んでいい訳?」

「明日に響かないように厳命されてるし、その明日に動くであろう人員は酒を飲んでないぞ。その辺を弁えずに飲んだくれると明日の任務で死にかねないという、先人たちのありがたーい教訓があるのさ」


 と、俺が言うと同時に横をたらふく酒瓶抱えながらウォッカの小瓶をガブ飲みするロック先輩が通り過ぎる。また少ない給料を湯水の如く消費して酒を買い込んだようだ。カクテルを作る気なのかジュースを抱えているのは珍しくもある。


「いやぁ、北の酒はあんまり質のいいのが出回らないからねぃ♪ 大量大量~~っととぉ! へへっ、あぶねぇあぶねぇ。どうして俺の行く酒場はどこもかしこも床が跳ねるのかねぇ~♪」

「そりゃ床じゃなくて先輩の足に問題があるんだと思いますがね」

「ヒュウ♪ 言うねぇ……でも酒を持った俺が転んだことはないんだよねぃ♪ コケたら酒が割れちまう! 床に飲ませる酒はないぃ~~~♪」


 がちゃがちゃと瓶を鳴らしながら千鳥足で酒場を後にする騎士団の恥晒しを、ピッケルトたちは茫然と見送りながら指を指す。


「おいヴァルナ、あれどう見ても明日に響くレベルの飲酒だと思うんだが!?」

「ああ、あれは酒入ってても戦えるからいいのいいの。何を切り捨てても酒は切り捨てられなかったってだけだから」

「戦ってみれば騙し討ち、内情を見れば酔っ払い! この国の騎士団はどうかしてるんじゃないか!?」

「俺から言わせれば本国のほぼ全土に出没するオークと戦うのが俺たちだけだって方がどうかしてる。俺ら実働部隊の数はこの国の騎士の五分の一以下だぞ? 残りの連中は何やってんだって話だよ」

「安月給だし休暇ないし、明らかに労働の質に見合った対価が支払われてねぇのよ。もう俺たちやってらんない。ヴァルナが御前試合で優勝しないとマジでウチの騎士団滅ぶわ」

「というかさ、王国議会は現場を知らなすぎなんだよ。何がどうしたら一番ヒマな聖靴騎士団が一番予算ぶんどってるんだっつーの。その聖靴騎士団は議会にワイロをダバダバ垂れ流してるってんだから汚ねぇよなぁ」

「ああ成程、国庫から出された金を聖騎士団に回し、そこから自分たちに流れてくる蜜を狙ってたのか。うわぁ、騎士五年やってて今更気付いてしまった……ヴァルナ知ってた?」

「ロック先輩から聞いたことはありますね。あの人ああ見えて事情通だし」

「騎士団腐敗の現状が王国の隅っこで暴かれていく……なんだこの状況」


 段々と会話内容がカオスになっていく現状に、遊雪部隊DDのメンバーは酒とは違う理由でじんわり汗ばむのを感じた。

 王国の抱える闇は、深いようで浅い。




 ◇ ◆




「結局、なんなんでしょうね。雪山に現れた白い奴の正体って」


 酒の席の帰りに、カルメが白い吐息と共にぽつりと漏らす。

 途中から騎士団の愚痴がメインとなっていた酒の席でもそれとなく確認したが、イスバーグの住民でも例の白い未確認生物を見たのは圧倒的に少数らしい。ただ、山小屋や罠を破壊した痕跡がどう見ても人間業ではなかったらしいので、シロクマの毛皮を被った誰かさんとかいうしょうもないオチではないだろう。


「偵察の結果次第だけど、やっぱ魔物だろうなぁ。鉄製の檻をひん曲げるなんて熊にはちょっと厳しいだろ」

「となると、流氷に乗って大陸までやってきたとか?」

「うーん、でもなぁ……うちの王国に流氷が流れ着くのって滅茶苦茶稀な話なんだよ。聖艇騎士団の記録でも流氷が流れ着いたって記録は数回しかないんだぞ?」


 詳しくは知らないが、王都に戻った際にこっそり元同級生で騎士団の書類管理を任されている奴に聞いたところによると流氷は本当に稀らしい。

 観測する係の人がいる訳ではないので実際にはもっと流れ着いているのかもしれないが、流氷が王国にたどり着くであろう時期と白い魔物の出没時期は微妙に重ならないのでアテには出来ない。


「だいたい、流氷に乗るのは海獣だろ? 人型が乗ってくるってのは考えにくいぞ」

「うーん、そういうものですかね……あ、それじゃあ密輸された魔物が野生化した?」

「あり得なくはないか。今までにも何度かそういう騒ぎはあったものな」


 調教されて人間のいう事を聞く魔物をテイムドと呼ぶのだが、もともと魔物の住んでいない王国では万一野生化した際のリスクを考慮して大幅な制限がされている。それこそ公に許可されてるのは聖天騎士団のテイムドワイバーンぐらいのものであり、こと愛玩動物としてのテイムドは規制が非常に厳しい。


 去年なんか密輸された角付きウサギのような魔物、アルミラージが王都で怪我人を出して大事になったのは記憶に新しい。聖盾騎士団の決死の活躍によって事態は収束したものの、やはりテイムドでも魔物は魔物だという事を図らずも証明した。


 あれから更に規制や摘発は厳しくなったが、犯罪というのは一般社会の流れ以上に手口の巧妙化が早い。もしかすると、今もどこぞの好事家な特権階級がそういった魔物を密輸しているかもしれない。


「やっぱり、魔物だったら殺しちゃうんでしょうか」

「話し合いが通じるなら別の方法もあるけど、いま山に出没してる魔物がヴィーラ並みの知性を持ってるようには思えんしなぁ」

「人の都合で連れてこられ、人の都合で殺される。なんだか釈然としないですよ……」


 白い雪に覆われた道、雪を踏む音だけが響く道の上でカルメはどこか物悲しそうに俯く。

 オークを除けば、王国内での魔物問題は全て人間が持ち込んだ話だ。

 文化を持った人間の傲慢が招いた事態。命を弄ぶような決断。


 ある意味、この手の生物というのは人間の欲のとばっちりを受けたようなものだとも言える。外来危険種と言っても望んでこの土地に来た奴はオークぐらいのものだろう。


「理屈がどうあれ僕たちのやることは変わりません。力なき王国の民の為に矢面に立って戦う……でも、守られているだけの人間はまるで厄介ごとを僕たちに押し付けて対岸の火事のように眺めてる気がして……」

「自分の戦う意味を見失いそう?」

「いや、そんなんじゃないですよ! ただ、もう少し世間には僕らの戦いを知ってほしいなぁって……すいません、生意気言って」

「そんな顔すんなって。気持ちはなんとなくだが分かるよ」


 小さな声で謝るカルメの頭にそっと手を置き、軽くなでる。

 魔物の密輸などという無神経極まりない真似をするような人間の尻ぬぐいをさせられているという気持ちは、俺にだって少なからずある。自分でケリを着けない連中がのさばっているうちは何度でも同じ過ちが繰り返されるだろう。 


「……でもな、カルメ。そういう事態を憂いてるからルガー団長もイメージアップ戦略にこそこそ動き回ってる。俺たちが結果を出し続ければ――いや、違うな」


 世の中、確実にこうなるという見通しは少ないものだ。

 しかし、見通しが立たないからとやる前から戦意を喪失していては、先に進む足さえ鈍って余計に可能性が遠のいてしまう。可不可の結果というのは後から付いてくるものなのだから。


「俺らが諦めたら本気で駄目になっちゃう世の中だからさ。弱音も文句も言っていいが、自分の選択が正しいんだと信じた自分の心は疑うなよ」

「……はい」


 カルメは小さな声で、しかしはっきりと返事を返した。撫でた頭から手を放すと、カルメはほんの一瞬名残惜しそうな顔をしたが、すぐに顔を前に向けて歩き出した。やはりこの後輩は、本質的にはとても芯が強いのだと思い知らされる。

 入団一年目の俺も、こういった事情を考えてはナイーブになり、先輩に色々とアドバイスを貰ったものだ。二年目で早速その役割バトンを渡すことになるとは思わなかったが、しっかり渡せただろうか。


(クセの強いであろう後輩たちに託すものを託せるように、胸を張って歩けよ。余計なお世話かもしれんがな)


 いずれあいつもバトンを渡す側になる。

 或いは、来年度からいきなりなるかもしれない。

 その時に笑われないように、今回の任務もキッチリ解決させたいものである。

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