第53話 想いは仲間に通じてます

 アマルとロザリンドちゃんに試練を与えた俺は、その後少しばかり二人の訓練に付き合った。


 アマルには奥義や戦法は教えず基礎の基礎を。

 ロザリンドちゃんにはアマルへ教える戦法の詰めの特訓を。

 ここから先は本当に二人で探ってもらう。

 俺が示すのは方向性であって、型に嵌った一つのスタイルではない。ロザリンドには念のためにこの戦法の根底にある思想を中心に細かいところを詰めておいた。ただしこれはあくまで模型のパーツみたいなもので、どう完成させるかはアマル次第だとも言っておいた。


「明日以降は二人に会いに来ない。次に会った日に結果を聞かせてくれ」


 俺はそう言い残し、本部に戻り、適当に事のあらましを報告書形式でルガー団長の部屋――本人が不在な事が多く、机に書類が溜まっている――に置いておき、財布の中身にため息をつきながら寝床に就いた。


 そして三日目、俺は毎日の習慣でトレーニングに勤しみながら今日は何をしようかと考え事をしていた。結局やる事ないんだもん。

 なお、朝に耳にしたのだが、明後日には次の任務が告げられるらしい。


 北行きという噂なので俺も防寒具を一通り自室のタンスから引っ張り出しているので備えはいいとして、やはり今日明日は時間がある。はて、どうしたものか――と考えていると、弓矢訓練場からスカンッ!! と小気味のいい音が聞こえた。

 こんな時間帯に使用頻度の低い遠距離武器の練習をする人間。

 一人だけ心当たりがあるな、と思った俺はそちらに向かってみた。


 そこには予想通りの人間――騎士団一の射的の名手、カルメの姿があった。


 カルメは普段のおどおどした態度からは想像もできないほど静かに、細身の身の丈と不釣り合いな無骨なクロスボウを構える。微塵の手のブレもなく、まるでカルメそのものもクロスボウの一部であるかのようだ。


「………」


 クロスボウの先端が向かう的を片目で覗き込んだカルメは、無言でクロスボウのトリガーを引いた。バヒュッと音を立ててしなる弓から放たれた一線の矢は、射的の的のほぼ中心部をスカンッ!! と撃ち抜いた。

 クロスボウから手を下したカルメは一息つき、次の矢を番えながら呟く。


「ちょっと下にブレる……でも射速と飛距離はいいな。流石は最新モデルだ」


 カシャリ、と矢を番えた金具を引き、カルメは再び先程と全く同じ態勢で構え、無言で発射。今度は先ほどとは違って正真正銘、的の中央を矢が貫いた。


 騎士団の的はだいたい中央付近の十センチほどの赤い円に当たれば合格点とされているが、カルメが撃ち込み続けていた的はその赤い部分が埋め尽くされんばかりに串刺しになっている。

 いや、それだけではない。五つある訓練場の的の全てが同じ状態になっていた。しかも矢の角度を見るに、レーンを移動せず中央から全て赤枠の中に命中させている。


 ――控えめに言って、人間業ではないな。


 士官学校で多少は弓を学んだが、俺では十回に一回赤枠の内に当てるのが関の山。アストラエはそこそこに上手かったが、この光景を見た後では流石のあいつもお手上げだろう。あの恐ろしい精度には百年練習しても辿り着ける気がしない。

 それなりに長く練習をしていたのだろう、彼の足元には殆ど中身がなくなった矢筒と丁寧に置かれた複数のクロスボウが置かれている。どうやら試射を兼ねていたようだ。


 ――というかこいつ、自主練習ではミスらないのか。


 衝撃の事実発覚である。

 いつだったか彼のクロスボウの腕前について「褒めて欲しい人が近くにいないと集中力を発揮できない」と称したが、正確にはそれには他人と一緒に行動している時や誰かに見られている時、という限定条件があるらしい。

 つまり、誰も見ていない場所で勝手に矢を放つ分には見ての通り全く問題がないようだ。


 だったら単独行動をとらせれば最強……かもしれないが、安全重視の騎士団で単独行動を取らせることはまずない。いつどんな不意打ちを受けるかも分からない任務では最低でもツーマンセルが大原則だ。

 溢れんばかりの才能を持っているのに、イマイチ発揮しきれていない後輩。

 アマルとは違った意味で、こいつも難儀な後輩である。


「おはようさん。朝から随分気合が入ってるな?」

「へっ? わわっ、ヴァルナ先輩!! い、いいいいいつから見ていらしたので!?」

「心配すんな、今来たところだ」


 わたわたと慌てて放り出しそうになったクロスボウをなんとか空中でキャッチしてホッとするカルメ。相変わらず仕草が乙女寄りだが、ふとアマルなら落っことした果てに矢を暴発させてしまいそうだと思った。同じドジでもあっちは命懸けになりそうだ。


「お前のアガり症も改善した方がいいかな……このままじゃ来年度に来る後輩たちに示しがつかんし」

「急に!? いえ、確かにこのままじゃいけないなぁとは思ってますけど!!」

「急な話でもないだろ。来年度になったらお前の後輩が騎士団に入ってくるんだぞ? しかも嵐を呼ぶであろう問題児が。お前もいつまでも新人気分じゃいられないんだから、しゃんとしな」

「うう……そうかぁ、僕ってば来年から先輩になるんだ……というか問題児なのは確定なんですか!?」

「一昨日と昨日に顔ぶれを見てきた。どっちも中々の問題児いつざいだ」

「聞きたくなかったぁ……!! そんな不安材料聞きたくなかったぁ……!!」


 嫌なニュースもあったものである。ついでに言うと俺が見たのは五人の確定枠の一人ともしかしたら来るかもしれないもう一人なので、全員が問題児という訳ではないのだろうが。


「……先輩、その問題児たちってどんな子でした?」


 ふと、カルメが上目遣いにそんな質問をしてきた。

 本人なりに、やはり後輩の様子が気になっていると見える。


「ン……片方はとんでもないアホだ。勉強も剣もまるで駄目。だけど、足りないところを補うために今は必死で訓練してる筈だ」

「……僕も訓練生時代は駄目な奴だってよく言われてたっけ。なんだか他人事の気がしません。いや、もうすぐ他人事でもなくなるのか……」

「もう一人はもっと厄介だぞ。このまま行けば主席卒業間違いなし、ただしプライドが高いから放っておいたらトンでもない事言いだしそうだ。男を尻に敷くタイプだぞ、あれは」


 なんとなくだがロザリンドとカルメが会ったら「わたくしの先輩が情けない態度を取るな!!」とか怒鳴ってカルメがタジタジになる光景が目に浮かぶ。本人も嫌な予感はしているのか、情けない顔で唸っている。


「うう、気の強い女の子ってニガテです。早くも未来が心配になってきました。不安で眠れなくなったらどうしよう……」

「まぁお前が苦手そうなタイプではあるが、そうだな。あんまり上司先輩が情けないと後輩まで情けなくなってくるもんだ。後輩に失望されないように前向きな。お前が手本を見せてやる側なんだから」

「失望させないように? あ……もしかして父さんは……」


 カルメは持っているクロスボウに目を落とし、おもむろに込められた矢を的に放った。矢は寸分の狂いなく的の中央――既に刺さっている矢の底部を割って中央に叩きこまれた。


「先輩。僕、父さんに強い男になれって言われて騎士団に入ったんです」


 再び矢を番えながら、カルメは思い出話を語るように自らのルーツを語り始めた。


「父さんは僕にとっては強くて格好良くて、スーパーヒーローみたいな人でした。弓の腕も父さんに褒めてほしかったから磨いて、賢くあれと言われれば勉強して……でも十五歳の誕生日の日、父さんは急にこんな事を言ったんです」


 ――お前が憧れの父になれるような強さを身に着けてきなさい。


「僕は正直意味が分からなくて……でもなんとなく、このまま父さんの背中だけ見ていていいのかって……」

「それで、思い切って士官学校の門を叩いたと?」

「はい」


 カルメがまたクロスボウの矢を放つ。隣の的の中心を矢は正確に貫いた。


「キャリバンとかベビオンとか、友達と一緒に強みを目指すのは新鮮で、でも僕が目指す目標は結局父さん。距離は離れても、やっぱり僕にとって父さんはそれだけ大きな存在で……気が付いたら結局父さんの背中を追いかけてて。ファザコンってやつですかね?」


 カルメはすこし恥ずかしそうにはにかむ。

 薄目で見たら女と言われても納得する程度には女っぽい。


「でもですね……騎士団に入ってから、僕の目の前に父さんに匹敵する大きな背中を見つけたんですよ。強くて格好良くて、でも僕と殆ど年齢は離れていなくて……僕は初めて、父さん以外の人に憧れました」

「それは、その……もしかして俺――」

「そこから先を言うのは野暮ですよ?」


 言いかけた口がカルメの人差し指で塞がれる。

 俺が押し黙ったのを確認すると、カルメは指を離してクロスボウにもう一本弓を番えて構えた。


「さっき先輩に言われた言葉が、なんとなく父さんの言った言葉と繋がった気がします。きっと父さんはもとから強かったんじゃなくて、僕がいるから強くなったんだ。だから僕も背中を追いかけたくなるような強い男になって、自分の後に続く人間が先人を誇れるように――」


 先ほど射た的とは反対側の的に向け、カルメは躊躇いなく矢を放つ。


「僕も先立つ者として、大きな背中を見せる男になります。今すぐは無理かもしれないし、新人たちが来てからもまだなれていないかもしれませんが、必ず――必ずなります」


 矢は、予想通り的の中央を貫いた。

 それはまるで、強くなると決意したその意志を貫き通す覚悟を乗せたような、必ずその域にたどり着くと言わんばかりの迷いのない一撃だった。


 ――この日から、カルメは少しずつだが俺以外の人間を付合わせて訓練をするようになった。精度は未だに酷いものだが、以前は失敗を恐れて消極的だったカルメは一言も泣き言を言わなかった。


 憧れる者。

 追う者。

 そして、進む者。


 理由は様々だが、皆が皆、前を向いて進み続ける。

 その先に望む未来、得られる答えがあるのかを俺はまだ知らない。


 ただ一つ俺に分かるのは、王立外来危険種対策騎士団の歩みは最低でもオークを全滅させなければ止まらないということだ。さてはて、もしも王国内のオーク駆逐に成功した暁には、俺はどこへ向かうのだろう。


 幸い、周囲に変わった友人や同僚がたくさんいる。

 歩みが止まった時は相談でもしてみよう。

 なんとはなしに、俺はそう思った。




 ◇ ◆



 数日後――出陣の日。


「静粛に!!」


 年季の入った威厳ある声が王立外来危険種対策騎士団のエントランスに響き渡ると、ざわざわと騒がしかった団員たちの私語がピタリと止まる……ことなくざわざわし続ける。


「あー、んー、うぉっほん……静粛にぃッ!!!」


 再度、先ほどよりも大きな声が響き渡り、今度こそ団員たちの私語が止ま……らずに意にも介さぬと声の主を見向きもしない。


「ふっふっふっ……この日の為に手に入れたマゼランブランドの皮手袋だぞ!本当は三十万するところを値切りに値切って五万!! 凄くね?超凄くね?」

「……おい、それロゴよく見てみろ。Mageloonマゼルーンになってんぞ。偽物掴まされたんじゃねえのか?」

「結局ベビオンは休みの間どこ行ってたんだ? ハァハァしながら幼女探しでもしてたん?」

「人を不審者みたいに言うな!! 墓参りしてたんだよッ!!」

「う~ん、ヴァルナ、だよなぁ。でもそれじゃ昨日のあれは誰だったんだ……?」

「つまりヴァルナは分身出来るようになったんだよ!!」

「出来ませんのであしからず」

「はいこれ、知り合いの伝手で仕入れたハンドクリーム。一人一個までよ~!」

「雪山ともなると肌荒れやあかぎれが気になるものねぇ……」

「まったく、ハンドクリームも霜焼けの薬も治療室に用意してるんだから後になさい!!」

「さすがフィーレス先生!! 私たちの為にそこまで用意してくれているなんて、感激です!!」

「も、もう! こんなのは治癒師として当たり前なんだから……ってドサマギで抱き着こうとするなぁ!!」

「……田夫野人の集まり也」

「人の話聞かねぇ粗野な田舎者共め恥を知れ……と申しています」

「……今回の意訳は大筋で合致する也」


 割とフリーダムながらも統率が取れている筈の騎士団の秩序が壊滅状態である。

 というか学級崩壊と言った方が適切か。これぞ噂に聞く幼稚園騎士団の実態である。

 なお、騎士団がこれほどカオスな状況にあるのは主に壇上に立って威厳ありげな声を出した人間に問題があるからである。ルガー団長の指揮の下で一丸となっている筈の騎士団の統率を乱すとは、いったいどんな駄目な奴なのだろうか。


「……おいコラお前ら!! いくら冬に雪山出陣がイヤだからって騎士団長の号令に対してその態度はないんじゃねーの!? 減給したろかコラぁッ!! このルガー団長直々に給与査定を操作したろかぁッ!?」


 その正体は、ナマズのようなヒゲを振り回す七十近いハッスルジジイ、ルガー団長であった。

 そう、騎士団はこのジジイを敵視する方向性である意味一丸となっているのである。いくら威厳ありげな声を出したところで、出してるのがルガー団長ではさもありなん。上司の立場を利用した大胆な脅しに返ってきたのは大胆な言葉の暴力の嵐だ。


「ふざけんなヒゲ!! ボイコットされてーのかぁ!! ヒゲ抜いてただのジジイにしたろか!!」

「サイテー!! 人間の屑!! 老害!! セクハラスケベハゲじじい!!」

「ハゲてねーし!! ちょっと薄いけどハゲてねーし!! セクハラもしてねーしぃ!?」

「そうっすよ、団長はパワハラの名手っすもんね! いっぺん死ね!!」

「こっ、こんの……誰のおかげで騎士団が存続してると思っとるんじゃこの無礼者ども!! まったく上司の顔が見てみたいわい!!」

「副団長に罪を擦り付ける最低の屑が!! 十ステーラ硬貨型のハゲ出来ろ!!」

「副団長に罪を擦り付ける最低の屑ね!! いぼ痔になりなさい!!」

「地味に辛いのをチョイスすんな!! いいから聞けって、話が始まんねーだろーがよぉ!!」


 台をバンバン叩いて叫ぶひげジジイに周囲が「チッ、しゃーねーなぁ」「おらとっとと喋れ!!」と勝手すぎる発言を連発する。言っておくがこれは老人虐待とか職場内イジメではなく、このジジイに溜まった鬱憤を晴らす一種のガス抜きみたいなもんである。

 最初から任務に困難が予想されるときにジジイがよくやるパフォーマンスで、こうすることによって「またあのジジイだよ!」とヘイトを集中させて他の細かい不満を誤魔化す非常にセコい方法だ。


 ……まぁ、あんなのでもいざというときは見事な指揮能力とリーダーシップを発揮するのだから食えないジジイである。嫌われる事と指導者に向いていないことがイコールではないことを証明するジジイは途中で事態の収束を諦めてざっくり話を端折り始めた。


「あー! 今回の遠征はー!! 我が王国でも一番デカくて豪雪地帯で有名なイスバーグ山周辺の針葉樹林だ!! 防寒着用意し忘れてるマヌケはいないと思うので行ってこい!! なお、任務の目的は――ってコラ、人の話聞けやガキ共ぉぉぉーーーーッ!!!」


 非常に緊張感に欠けるままに、騎士団は次の戦いへと飛び立つ。

 深々と雪降る巨大雪山イスバーグ、そこにはどんな苦難が待っているのだろうか。


(騎道車の改装に数日掛かったってこたぁその分任務も押すかもな。帰ってくる頃には士官学校の冬季試験が終わってる頃、だといいが……ヘタすると冬が明けるぜ)


 王都ともあの変わった後輩たちとも、暫くお別れだ。

 ほんの少しばかり二人の将来を心配しつながら、俺たち王立外来危険種対策騎士団は新たな任務に着手した。その胸に、同じ志を抱きつつ――。


(((寒いのイヤだなぁ……騎道車が事故らないといいけど)))


 ……まぁ、仕事とはいえイヤなものはイヤなので大目に見てほしい。


 こらそこ、フラグだとか不吉な事言うな。今回は個人レベルまで万全装備だからな。

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