第51話 水と油は混ざりません
騎士の物語では、大人向けのものになると不仲や裏切りといった生々しい描写も増えてくる。
騎士の社会は勇猛さや格好良さが目立つが、その反面で非常にシビアな事情を内包している。子供の頃はそれほど実感が湧かずにその手の話をイマイチ好きになれなかったが、今になって思えばあれは安易に騎士に憧れてはいけないという教訓だったのだと思う。
とはいえ、人間関係が悪くなるというのは他人と接する限り絶対に避けるという事は難しい。問題は仲が悪くなった原因とその後の経過――つまり、どういう形で関係に決着をつけるかにあると俺は思っている。
という訳で、話を聞こうではないか。
「さっきから仏頂面でマズそうにご飯を食べているロザリンド。そして苛立ちをぶつけるようにご飯をかっ喰らっているヤケ食いアマル」
「……はい」
「……何ですか?」
最早不機嫌を隠そうともしない二人に内心めんどくさ、とごちる。
あの後、言い合いが止まらない二人を半ば強引に学校の外に連れ出して知り合いのいる飲食店に連れ込んだ俺は、自腹を切って飯を奢ることでいったん二人の口を閉じた。もちろん閉じただけであり腹の底に渦巻くピリピリした敵対感はまるで消えていないが、とにかく時間を置くことで僅かぐらいは考えを纏める時間が出来たと思われる。
改めて、俺は二人の顔を交互に見た。
「昨日の今日でここまで人間関係が悪化した理由を伺おうじゃないか」
「「あっちが悪い」」
(ダメだこりゃ)
二人同時に互いの顔に指を突き付け合い、視線が火花を散らす。
まるで子供の喧嘩――いや、二人とも若い部類なのでまんま子供の喧嘩だ。互いに一歩でも譲ったら負けとばかりに敵意剥き出しなところが、どことなく猫同士の縄張り争いみたいで非常にスケールの小ささを感じる。
「ようし、まずはアマルから事情聴取しようか。悪いけどアマルの話が終わるまでロザリンドちゃんは口出ししないでね? 忍耐強い君なら約束を守れると信じてるよ」
「ええ勿論。そこの知能が低く学習能力に乏しい田舎者と違い、私は良識をわきまえております故」
「ふーん。本当は私の話に重箱の隅をつつくようにチマチマグチグチ口出しする気満々だったんじゃないの~?」
「根拠のない憶測ですわね。いえ、憶測どころか妄想かしら?」
「お・れ・に・聞・か・れ・た・こ・と・だ・け・喋れッ!! ……いいな?」
「……失礼しました」
「……はぁーい」
ちょっと油断するとすぐこの調子なので思いっきりドスを利かせて怒鳴ると、二人は流石にそれ以上続ける気にはなれなかったのか大人しくなる。互いを睨み合ったままだけど。早速だが家に帰って寝たい気分である。援軍は来ないのか。
(ちょっとチビるかと思ったよぉ……でもロザリンドさんにカッコ悪い所は見せないんだから!)
(お父様を怒らせた時に匹敵する冷や汗が背中から……し、しかしこの恐怖をアマルさんには悟らせません!)
(くっそー二人とも全然俺の注意が頭に入ってないと言わんばかりにメンチ切ってやがる……! 俺の顔って脅しに向いてないのかなぁ)
――ものの見事に思惑がすれ違いまくる三人であった。
◇ ◆
『アマルテアの証言』
昨日はね、確かに「ロザリンドさんってちょっと雲の上っぽい雰囲気あったけど意外と話せるじゃん!」って思ってたんですよ。ええ、だから翌日より私はセンパイに言われた通りいろいろとロザリンドさんに勉強教えてもらったりしようと思って!
でもね、ダメですロザリンドさんは。
ケッペキ? いや違うな……そう、カンペキ主義なんですよ!!
私に笑いかけたりはしてくれるんですけど、温もりがないんです!! 相手の気持ちを考えるとか、人情というものが足りませんよ!!
朝ごはんを食べるときに横にいるとですね、ロザリンドさんは私の動きにそれはもうカンペキなテーブルマナーを要求してくるんです! やれスープの掬い方が悪い、やれナプキンの使い方が間違っているだの!
そんなの知らないって言ったら「ならここで覚えなさい」って!!
何様ですか!? 公爵家のご息女ってそんなに偉いんですか!?
いえ、別にそこまでは我慢できたんですよ! ホラ、上品な食べ方が出来たらちょっとはモテ度が上がるかもと思って甘んじて受けました! でもそれはほんの序章でしかなかったんです! 何の序章かって? ロザリンドさんの止まらない口出しですよ!
授業が始まったら私がよそ見した瞬間に肩をツンツンして「前を見なさい」! 前を見ながら退屈な話を聞いてるとまた肩をツンツンして「メモを取りなさい」! 別に重要そうな話じゃないからイイじゃんと思いつつも書き始めたら今度は「書き忘れや誤字があります」、「字が汚くて読み返しにくいです」、「そこは前回の授業でやりました」と指摘の嵐!!
あのね、私には私のペースがありますし!? 誤字は見返せば誤字だって分かるし前回やった内容でも改めて書けば復習になるし別にいいじゃないかと!! それで疲れてきて欠伸が漏れたら「授業中に欠伸はおよしなさい。周囲が不快に思いますわ」って!! そんな事気にしてるロザリンドさんがむしろ私にとって生活の妨げだっての!!
集中力が切れちゃって落書きしてたら横からバッテンつけられるし、ちょっと手遊びしたらやんわり指を引き剥がされるし、貧乏ゆすりしたら小突かれるし! もうね、わたしゃ奴隷かと!! 自由はないのかと!! 人間眠くなったら欠伸の一つや二つしますよ!!
そりゃ授業を真面目に受けた方がいいってのは正しいことだって私も分かりますよ!? でもね、分かるからって限度ってモノがあるじゃないですか!! そこまで授業に対してカンペキ超人であることを要求するのはおかしいんですよ!!
剣術の勉強に至っては「何でこんなに教えているのに出来ないのですか?」なーんて自分がちょっと人より奥義いっぱい使えるからってお高くとまっちゃって!
本人は真面目に指導してるとか言ってますけどね! ぶっちゃけロザリンドさんは奥義の使い方を私に教える気があるのかと思うぐらい不親切なんですよ! 質問してもあんまり詳しく教えてくれないと思ったら、今度は実践だって言いながら「いいですか、股関節を中心に背筋から伸びるラインが三つ目の支柱となっている事をイメージして足の接地面を……」なーんて言葉で説明されて分かるかいッ!! 実践は実践で奥義を放つところは見せてくれますけど、見せるだけ! わかんない所を聞いたら「自分で気づきなさい」って……それで済むならこの世界に教官はいらんわ~~~~ッ!!
結論的に!! ロザリンドさんは口では色々と言いながら私の事を下に見て、どーでもいいと思ってるに違いないんですよ!! 自分が出来てるから他人がどうなってもいいやって空気がヒシヒシ伝わってきます!!
センパイ!! これってロザリンドさんの態度が悪いと思うんですがッ!!
『ロザリンドの証言――もとい、反論』
昨日、アマルテアさんは逞しい方なのだと感じました。また、騎士になるための方法として他人を頼るというのも合理的な判断です。正直私は彼女の普段の素行を見て「本当はやる気がないのではないか」と感じ、志が低いと思って会話を避けてきました。しかしそれでも彼女は学友であり見るべき所もあると思い、私は誠心誠意を込めてアマルさんに勉学と剣を教えようと努力いたしました。
そして確信しました。
彼女は合理的というより怠惰な存在で、何でもかんでも他人任せのいい加減な人物でしかなかったのです。自分の能力が低いのは自分に教える人間が悪い。自分が才能を開花できないのは自分のいる環境が悪いと言い訳して、実行力というものがまるで伴っていません。
本人は朝食がどうとかおっしゃっていましたが、彼女の食事は正直女性として付き合いを考えざるを得ない程マナーのマの字もない下品な食事でした。スープはずびずび喧しく音を立てて啜りますし、今時ナプキンを首に着ける人など聞いたこともありません。本人は気付いていなかったようですが、周囲もなんだこいつと珍獣を見る目でしたわ。
マナーとは自分の為ではなく他人を不快にさせないために身に着けるのが大原則。彼女はそれを理解せずに自分がよければいいという図々しさを隠そうともしません。
いえ、それでも一応話は聞いてくれたのでわたくしもアマルさんは指摘されれば直せる人だと思っていました。いっそ思いたかった。しかし、彼女がその怠惰極まりない本性を発揮したのはそれからだったのです!
まず、勉強の成績が悪いとか以前に開いた教科書のページが間違っていることにも気づかず窓の外の鳥を凝視! 教官が顔をしかめているにも拘わらず気付いていないのか無視!
あまりの酷さにきちんと板書くらい取るように教えましたが、これがまた酷いのです! もう聞こえた話をそのまんまノートに殴り書きしているだけで、話の筋道や連続している筈の語順が逆転していたり! 耳で聞きいれているだけで、授業の筋道というものを全然考えていないのですよ!
挙句は特大の欠伸をして眠りに入ろうとするし、阻止したら今度は盛大な貧乏ゆすりで近くの椅子やテーブルもろともゆらゆらゆらゆら……この人はもう少し周囲を気遣うとかそういった思想が出来ないのかと内心怒りを堪え切れませんでした!
そして剣術! ええ、問題だらけでしたとも!
訓練を始めるなり「構えってどんなだっけ?」などと聞いてくるなら分かりますが、どうして数分後になる『ごとに』構えを忘れて「ゴメンもう一回教えて?」と言ってくるのですか!? 私は教えた筈なのにどうして忘れているのです!? 覚える気があるんですか!!
しかも少しでも分からない理論や動きがあると教本や指導で散々っぱら口を酸っぱくして忠告されたような基本中の基本の動きを聞きまくり! 剣を学ぶ気がある癖にどうしてそんな初歩的な事を把握していないのです!! これまでアマルさんは一体士官学校で何を聞いて、何を見てきたのですかと私は憤怒を覚えました!!
余りにも酷いものですから少しは自主的に考えさせようと口出しを減らしたら、この人は何と言ったと思います!? 「ロザリンドちゃん、教えるの下手だね」……私は確かに教えることに関しては素人ですが、そもそも教わる本人が覚える気を出していなければ覚えられるものも覚えられないに決まっているでしょう!!
なりたい目標というのは、自らその場に留まってだらだら無為に時間を過ごしてるだけで転がり込んでくるほど容易いものではないのです!! アマルさんは楽して目標を達成したいからわたくしに甘えているだけです!! 志というものが足りません!!
交互に二人の主張を聞き出した俺はメモを取り、そして店のテーブルにズベーンと突っ伏した。当の二人はと言えば、ロザリンドの反論にアマルが猛反発して第三次口論対戦の口火を切っているのか俺の態度に気付きもしねぇ。それはそれで先輩(おれ)はちょっと寂しいぞ。
(まさかお前らがそこまで相性最悪だったとは。まさに水と油……俺の節穴アイズではここまで反発しあう結果になることは見抜くことができなんだ……)
二人の主張でだいたいの人間性が見えてきた。
昨日にそれなりに確かめたつもりだったが、やはり人間の性格など一日そこらで見抜けるものではないことを痛感させられる。どこぞの兄弟もずいぶんこじれた関係をしていたが、今回のこれは単純であるがゆえに余計に克服が難しい。
(例えるならば怠け者のカメと努力家のウサギかぁ……)
ウサギとカメの競争、という有名な童話がある。
童話ではウサギは足が速いが怠け者、亀は足は遅いが努力家となっており、二人は競争をする。ウサギは圧倒的にリードするものの慢心から居眠りをし、その間に着実に進んでいたカメに追い抜かれて競争に敗北した――という筋書きになっている。
ところがこの二人は、童話のカメとウサギの性格を入れ替えたような存在だ。
アマルは剣も勉強も才能に乏しく、ヤマカンと選択問題だけで点数を稼ぐ豪運と中途半端な享楽主義で人生を乗り切ろうとしている。あまりにも真面目すぎるロザリンドからすればまさに怠けるカメ。当人の無神経さも想像がつくし、何より「自分が現状にあるのは他人が悪い」と自分の態度を棚に上げた責任転嫁をしている節がある。
対してロザリンドは才能に溢れ、実力だけでなんでも手に届く優等生だが、その志が余りにも高すぎるきらいがある。アマルが怠け者なのは確かだが、怠け者には怠け者のペースがあるのも確か。ロザリンドの生き方というのは理想に近くはあるが、その理想に近い位置にあるためには並大抵を越える努力を重ねる必要がある。
真面目なウサギの生き方というのは、今までそれほどの環境に身を置いていなかった人にはついていけない。それを他人に無理やり当て嵌めようとしても上手くはいかないし、はっきり言って押しつけがましい価値観は拒絶されるものだ。
また、恐らくロザリンドは無意識に「自分が出来ることは他人も頑張ればできる」と考えている節があり、地力や才能の差というものを正しく理解できていない可能性が高い。
世の中には物覚えがどうしても悪い人間がいるが、彼女はそれを見て「真面目でないか、努力が足りないから物覚えが悪いのだ」と決めつけてしまう。実際には教え方を変えることである程度改善できるのに、自分の指導方法が最善だと信じるあまりに態度を変えることが出来ないのだ。
そして、その態度を加速させるのがアマルの図々しくて能天気な態度である。言っては何だが彼女は自分の物覚えの悪さや状況を楽観視しすぎており、ほとんどロザリンドのいう怠惰と紙一重のラインでタップダンスを踊って彼女を煽っているくせに自分では煽っている自覚がないという最悪なタイプだ。
「私が悪いみたいに言わないでくれる!? 自分のやり方をグイグイ押し付けてくるロザリンドさんの態度が原因なんだけど!!」
「貴方の享楽的で他人に寄りかかりっきりの態度では教え方を変えたところで結果は明白!! 人にものを説く前に自分を省みなさい!!」
「まるで断面の合わないパズルのピースだな……」
互いに互いの主張をグイグイ押し付けあっては反発しあってキャーキャー騒ぐ約二名の独りよがりを前に、俺は呆れると同時に「これは本気で説教してやらねばならない」と慣れない作業に身を投じる覚悟を決めた。
騎士団は集団行動。団結と信頼なくしてオーク戦略は成り立たない。
この二人には、「仲が良くなくても協力する」という事を覚えてもらわなければならない。
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