第50話 近過ぎるのはよくないです

 次の任務がオークのいない筈の寒冷地で行われる……かもしれない。


 そんな情報に驚きを隠せない俺であったが、まぁ不可能な任務とかはないだろうと考え直したので詮索は後にする。あくまで機関士であるライは任務の内容まで知らないだろう。気を取り直してライとの話をすぐに騎道車の話に戻そう。


「寒冷地向けにするだけでこれほど大規模な改修が必要なのか?」

「ええ、今回は間に合わせの改造だと厳しいのが目に見えてますし。ほら、ウチの愛車たちは寒い所が苦手でしょ?」

「うん……そういやそうだったな。去年の大雪の時は地獄を見たし」


 ライと二人揃って当時を思い出し、思わずぶるると肩を震わせる。

 あれはそう、俺が騎士団に入って初の冬の任務の時の事だった。


 その時の俺たちは比較的北方で厄介なオークの討伐任務に当たっていた。

 北方といっても雪はめったに降らない程度の場所だったのでオークは生息していたのだが、相手は冬であるにも拘わらず冬眠に失敗したはぐれオーク……いわゆる『穴持たず』。冬も餌を探しては根こそぎ齧り続けた結果、その体はなんと四メートルサイズにまで成長し、あのノノカさんさえ度肝を抜かれた。


 四メートル級のオークなど、大型種のトロールと殆ど大差がないレベルの大きさだ。大陸では所謂『主』クラスとしてそれぐらいの大きさのオークが僅かに確認されているが、王国が栄養状態がよく大陸より温暖であるために短期間であんなサイズに成長してしまったのだろう。


 さて、オークの件に関しては別にして、ここで重要な事実確認がある。

 我ら騎士団が寝泊りを騎道車で過ごしている訳だが、この車は夏は凄まじく暑くて冬は死ぬほど寒いという最悪な性質を備えていたりする。夏はともかく冬は魔導機関とエンジンさえ動いていれば排熱の関係で多少はマシになるが、それでも万全とは言えない。


 しかも魔道機関はともかくエンジンを動かし続けるには燃料が必要であり、長くエンジンを動かせば動かすほどに出費がかさむ。よって出費がギリギリになりそうだと考えたローニー副団長はやむを得ず、一日だけエンジンを切って夜を乗り切ろうという決断を下した。


 結果、よりにもよってその日の夜に百年に一度あるかないかの大寒波が王国を直撃した。


『副団長ー!! 外がものすごい豪雪でヤバイです!! 一メートルぐらい雪が積もってて窓もハッチも出入り口も凍り付いて外に出られません!! 扉を溶かす為にストーブと、あとは雪かき人員を!! このままじゃ車が動きませんぜ!!』

『副団長ー!! 余りの寒さに凍死しかけの団員で食堂が埋め尽くされてるということで、タマエ料理長が献立外料理の許可を求めてます!! なお、ニンニクとショウガ、唐辛子の備蓄は底をつきかけているとの事!!』

『副団長ー!! エンジンが凍り付いて再起動出来ません!! メンテの為にストーブを四台機関室に回してください!! でないと工具も凍り付いて本格的に騎道車が死にます!!』


 もしエンジンを止めなければ、寒波も乗り切れたのだ。なのにエンジンを止めてしまったばかりに寒波の直撃でエンジンは凍り、エンジンが動かないことには車が温まらず、車が温まらないことには歯をガチガチ震わせて凍える団員が使い物にならない。

 そう、ローニー副団長は「やっちまった」のである。


『悪夢だ……悪夢だぁぁぁーーーッ!!!』


 ……結果として穴持たずオークも凍死したため任務は成功したが、食材は尽きかけるわエンジン修理に手間取って団員が寒さ対策に食堂に寿司詰めになるわ、食堂のない別の車両が更なる地獄に見舞われるわで本当に散々な目に遭ったものである。


 なお、ノノカさんのみほぼ傷一つない穴持たずオークの死体を手に入れたことに鼻水を垂らしながら喜んでいたが、そのまま風邪をひいてフィーレス先生のお世話になった。


 閑話休題。

 とにかくその際に被った大きすぎる痛手はルガー団長にとっても誤算だったらしく、判断を下した責任者のローニー副団長は三日の自宅謹慎を命ぜられるに留まった。ぶっちゃけ三日間確実に自宅にいられるのでローニー副団長はちょっと喜んでいたが、団長的には最初からいたわりのつもりだったのかもしれない。

 ……あのジジイは自分に非があるときはアッサリ誠意のようなものを見せてくる。そうして甘い飴に群がってきた連中の人心を掌握している気がするのは俺だけか。かくいう俺も釣られてるが。


「流石のひげジジイも冬対策に乗り出したか……タイヤも変わってるな。やけにゴツくなった」

「凍結した地面で滑らないためのタイヤです。ちなみに俺の発案ですよ! こっちの道路では必要ないかとも思いましたが『帝国』では路面凍結なんてザラですからね!」

「スリップかぁ……確かに道なき道を爆走することが多いこの車とはいえ、備えはあった方がいいわな」


 それにしても、ライの話によると件の『帝国』――大陸にある国家で、彼の出身国――は魔道機関の発達と同時に王国とは比べ物にならない量と質の道路が布かれたらしい。一度お目にかかるついでに嘗てライが愛用したという「バイク」というものに乗ってみたいものだ。


「ちなみに暖房面も改善され、配管が部屋の真下を通ることで床から温める画期的なシステムや、低燃料で熱を発生させるエコロジー・モードなど様々な試みが為されています! 上手くいけばこの技術は海外にも輸出できますよ!」

「この車もどんどん高性能化していくなぁ……試作品っていう不安はあるが、こういうのってなんとなくワクワクすると思わないか?」

「全く以て同感です。流石はヴァルナさん、男の子ですね~!」

「ったり前だろ。言わせんなよそんな当たり前の事!」


 ニヤニヤ笑うライにつられてこっちもニヤニヤする。古往今来、どの物語でもパワーアップというのはそれだけでロマンが詰まっていると相場が決まっているのだ。ライはそういうお約束を良く分かっている。


「……さて、邪魔して悪かったな。そういうことなら作業頑張ってくれよ!」

「心配ご無用!! 技術班の連中も『何を於いてもヴィーラちゃんの温室水槽だけは機能が死なないように作れ!!』って意気込んでますしね」

「お、おう。気持ちは分かるが人間も大事にしてくれよな……」


 言い忘れていたが、王都に帰還してからヴィーラことみゅんみゅんの人気が止まることを知らない。あまり外に情報が出ないよう箝口令は敷かれているが、研究院には流石に誤魔化しが利かないのでバッチリ伝わっている。

 更に言うとどうやら道具作成班が開発したという撮影機キャメラによって撮影されたみゅんみゅんの無防備な寝姿の写真が出回っているらしく、もう男女問わずメロメロにされる人続出だそうだ。


「彼女は癒しですよ……道具作成班との共同作業で心が死にかけた俺を救ってくれたあの子には、恩で報いたいじゃないですか……ふ、ふふふ」

「おい大丈夫か!? なんとなく何があったか察しはつくがよく壁に話しかけてるあの霊感先輩みたいな目になってるぞ!?」


 虚ろでやけに陰の濃い笑みを浮かべるライは果たして正気を保っているのだろうか。

 ちなみに当のみゅんみゅんはキャリバンと一緒に研究院のファミリヤ研究教授のところに遊びに行っているので生で見た人は殆どいないのだが、写真越しでも他人を魅了するとは恐ろしい子である。




 ◇ ◆




 翌日の朝――どうやら数日程は休暇が続きそうだと悟った俺は、今日こそ何かすることを見つけようとベッドの上で胡坐をかいた。


 後輩のカルメ辺りと一緒に遊ぼうかと思ったのだが、肝心の後輩たちが休日にどこにいるのか知らない。事前に休暇があると分かっていれば計画を練ることもできるのだが、本当に急な休暇というのは都合が悪い。

 ノノカさんのところに遊びに行こうかとも思ったのだが、彼女はクリフィアで討伐したオーク解剖を早くしたいと研究院に行ったまま帰ってこない。研究院まで行けば多分丸一日オーク解剖に付き合わされるので行かない方がいいだろう。


 学校は授業中なので邪魔になるので行けないし。

 昔に一時期やっていたテニスでも再開しようかと思ったが、よくサーブとスマッシュが暴発して周囲が巻き添えになるためテニス場を出禁になったことを思い出して諦める。全然上達しないし、もうテニス諦めようかな。


 という訳で、久しぶりに鍛冶屋に向かってみた。


「大分酷使して来たからな……変な歪みとか出てないといいけど」


 今から向かうのは王都で一番の鍛冶屋、ゲノン爺さんの工房だ。数人の弟子と一緒に工房を回しており、騎士が最初に賜る剣は必ずゲノン爺さんが仕上げている由緒正しい鍛冶屋である。

 古めかしく埃臭いといった事は全くなく、むしろ騎士団御用達ということで外観もそれなりに立派だ。ここの建築にもクリフィア産の石材が使われていたりするのだろう。


 工房内に客として入り、偶然来ていたらしい貴族だのにギョッとされ、店員に屋敷一つ買えそうな値段の剣を勧められるのを懇切丁寧に断り、やっと辿り着いたゲノンさんの仕事場にたどり着く。


 ちりりん、と呼び鈴を鳴らすと絵に書いたような鍛冶屋の爺さんが現れた。身長は低めだが四肢が野太く、白い髭を蓄えた顔面は子供が見たら泣き出してしまいそうなほど鋭い。

 ゲノン爺さんは相変わらず老いは感じるが老衰というものを感じさせない風貌で俺の顔を見て、不機嫌そうに鼻を鳴らした。いつもこんな態度なので特段不機嫌でもないのだろうが。


「フン、若造か。今や押しも押されぬ騎士様が何の用だ?」

「ちょっとばかし剣の具合が気になりまして。見てもらうついでに研いでくれます?」

「見せてみろ……」


 不愛想なのは慣れているので愛剣を差し出すと、剣を見分したゲノンさんがこちらの顔を見て特大のため息を吐く。慣れているとはいえ滅茶苦茶失礼な人である。年老いた人だから許されるのかもしれないが、新人の若造がやったら相当叩かれるだろう。年上のズルい所である。


「何ですかそのため息……」

「オメェよぉ、一体どんな使い方したらこうなるよ?」

「え? どんなってそりゃ斬ったり弾いたり無茶なこと、を……もしかして折れかけですかぁー!?」


 だとすれば大ピンチである。思い入れのある愛剣はもう二年間死線を共にした間柄なのだ。

 正直、折れかけでもおかしくはない。あんだけオークの首を骨ごと切り落としていれば知らないうちに金属の疲れが増大しているかもしれないし、何より今年は御前試合より前から長らく鍛冶屋に剣を見せていない。素人目には見えない剣の寿命が近づいていたのか。


「爺さん! うちの子は……うちの子は助かるんですか!? もう手遅れなんてことは……!!」

「阿呆、逆だ。本当に使ったのか疑いたくなるぐれぇに歪みも刃毀れもねぇ。これで御前試合こなしてオークの首切ってただと? 去年に見たときはもっと酷かったってのに、オメェは剣の腕に飽き足らず砥ぎ師でも目指してんのか?」

「……へい?」


 詳しく聞いたところ、ゲノンさん曰く俺の剣は嫌味なまでにピッカピカで使う分には全然問題がなかったらしい。俺も少しは剣の扱いが上手くなったということだろうか。入念な手入れが実を結んで嬉しい限りだが、紛らわしい言い方はやめてほしい。


「随分な手入れだな。曇り一つありゃしねぇ」

「去年の御前試合後に持ち込んだ時はえらい剣幕で怒られましたからね。やれ剣と体が統一されてないだの腕力だけの目立ちたがり小僧だの半人前のなりそこないだのと……あんだけボロクソ言われたら扱いもマシにはなるでしょうよ」

「よく覚えてんな、そんな細けぇ事。俺ぁもうそんな昔のことは忘れた」


 ワザとらしく小指で鼻をほじるゲノンさんだが、俺は今でも一言一句忘れず覚えている。社会に出てからあそこまで罵倒されたのは元教官――今は行方不明――とこの人ぐらいのものだ。別にだから嫌いって訳でもないが、いつか撤回させたいので覚えている。

 そんな俺のじとっとした視線に耐え切れなくなったゲノンさんが居心地悪そうに身じろぎする。なんか知らんが勝った気分だ。


「ったく、変な剣士だぜオメェはよぉ……素人は剣をボロボロにし、剣が悪いと放り捨てる。中堅どころは折れた剣を惜しみ、次こそは折らせまいと誓う。そして上級騎士は剣が戦いに耐え切れない。普通はそうして最初の剣を手放していくものだ。正直オメェは去年までその上級の方だったが――」


 そう言って俺の剣の切っ先を片目で覗き込むゲノンさんはぼやくように語る。


「剣を接待しつつ、剣が発揮できるギリギリの能力を引き出してやがるな。普通ならそんなもん、盾を守るために生身で攻撃を受けるようなモンだ。何故それで上手くいってるのか不思議だぜ」

「そりゃゲノンさんの剣がそれだけ優秀だって事なんじゃないんですか?」

「確かに手は抜いてねぇ。だが一度に同じ見てくれと機能の剣を毎年二十本……品質を上げることは出来ても拘り抜く事はできねぇ。売りモンとしては上質でも、職人から言わせりゃ精々が中の下だな」


 そう語って剣を鞘に仕舞うゲノンさんはどこか自嘲気味だ。

 ゲノンさんは元々大きな工房を持つ気のない古い気質の職人だったらしい。人を見て、人の剣を見て、オーダーメイドで最適な剣を生み出す。しかし彼には妻子がいて、妻子を食べさせる為には不本意な仕事でも受けざるを得なくなった……と聞いている。


 それは、ゲノンさんにとって真の職人であるという事を諦める事だったのではないだろうか。そんな自分が作った作品を中の下だと言っているのは、本当は剣に向けてではなくて自分に――。

 いや、よそう。俺が口を出せる問題でもなさそうだ。

 俺の視線に気付いたゲノンさんは、おどけた口調で暗い雰囲気を誤魔化した。


「オメェの剣の使い方はある意味鍛冶屋泣かせだな。あれだけ噂になるほど暴れておいてまるで壊さねぇとは……この調子じゃあどの剣渡しても活躍しちまうからオーダーメイドも作り甲斐がねぇな」

「そんな事言ってー、本当は俺の専用剣でも作りたいんじゃねえの? ……あ、でも流石に二メートル超える馬鹿デカイ剣とかは御免だけど」

「バカたれ。オーダーメイドの剣なんぞハナタレの若造には十年……いや、百年早いわ!!」


 こうして暗く湿っぽい話の空気はなくなり、俺はゲノンさんの工房を後にした。

 専用剣とか何とか口では言ってみたが、実際の所、俺はこの飾り気のない剣を手放す予定はない。


 別に戦術的優位性タクティカルアドバンテージを追及している訳でもなんでもなく、ただ単純に「初めて手に入れた武器」を大事にしたいだけ。本当にそれだけだ。国王から賜った時に刃が煌めいたあの瞬間から、この中の下の量産剣は俺にとっての神器なのだ。


(初めては特別、かぁ……)


 俺に憧れたロザリンドも、それと同じくらい強い気持ちを抱いたんだろうか。だとすれば、昨日のなぁなぁの妥協で済ませた展開では彼女の為にならない。ロザリンドが本気で王立外来危険種対策騎士団に足を踏み入れる気があるのなら、俺は彼女が憧れた人間としてもっと本気の試練を彼女に与えるべきなのかもしれない。


 そんな事を考えながら俺は町で適当に時間を潰し、士官学校の訓練終了時間を見計らってもう一度訓練場に足を運んでみた。すると何やら聞き覚えのある二人の声。やはりいたかと思い曲がり角を曲がると同時に――耳をつんざくような怒声が鼓膜をビリビリ震わせた。


「~~~~っ!! ロザリンドさんの分からず屋!! インテリ我儘姫!! 頭でっかちで石頭の冷徹人間!!」

「なっ……この、言わせておけば!! 貴方なんて脳髄空っぽで忍耐力がなくて三歩歩けば物を忘れる未開拓原生林の野蛮人ではないですかッ!!」

「はんッ!! 何よ性悪!! どーせ口先ばっかり達者で猫被って自分に嘘ばっかついて困ったら親に泣きつく七光りの卑怯姫のくせにー!! アンタなんかに騎士が勤まるもんですかッ! センパイだって貴方なんか騎士団に入れたくないに決まってますぅー!!」

「貴方にだけは言われたくありませんわね!! 訓練を始めたと思ったら途中で放り出し、勉強を教えてみれば数分と持たずにおねんね!! 弱音と言い訳と逃走計画だけはご立派な我儘お姫様の言うことは流石違いますわね!? 貴方こそ騎士団にとって唾棄すべき不適合者なのではッ!?」

「なにおうッ!? むぐぐぐぐ……」

「何ですかッ!! ぬぐぐぐぐ……」


 そこで、昨日まで仲良くしていたように見えた二人が怒りに顔を真っ赤にして互いを罵り合う非常に見苦しい光景が繰り広げられていた。予想外の光景に俺は現実逃避して騎士団に帰るかどうか数分迷ったが、俺が見ていることにさえ気付かないアマルとロザリンドがいよいよ掴み合いを始めそうになったので俺は慌てて二人に駆け寄った。


 昨日は微妙に団結したように見えたのに、何がどうしてこうなった。

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