第49話 防寒対策は必須です

 結論から言うと、ロザリンドちゃんは俺の大ファンだったらしい。

 正確には、個人的には非常にやらかした感のある今年度の御前試合を見て一目惚れして以降、何としても俺に師事したかったんだそうだ。ここまで真っ当な憧れの視線を向けられるのは何ともむず痒い。騎士団内だと褒められるどころか異常者呼ばわりなんだもの。


 そんな訳で、すっかりハイになり「世界一尊敬しているお人です!」とか「同じ時代に生まれることが出来て恐悦至極の至り!!」とか恥ずかしいことを言いまくる彼女の興奮を落ち着かせ、さっきまで繰り広げられていた剣技に触発されて下手くそな素振りを始めたアマルの頭を小突き、俺は二人を引き連れてその辺のベンチに座らせた。


「……じゃ、可愛い後輩たちが大人しくなってくれた所で総評と行こうかな?」

「はーい!」

「了解です」


 ただ単に俺が暴れただけで話が終了したら、二人を付き合わせた意味がない。さりとて昨今「技は盗め!」とか「自分の仕事は自分で探せ!」なんて偉そうな事を言っていると、気付けば厄介者扱いされてることもある世の中だ。新人二人に可能な限り丁寧に説明しよう。


「俺がロザリンド相手に見せたのは、水薙と紅雀だけを用いた戦法だ。ロザリンドちゃん、相手をしてみてどうだった?」

「そうですわね……」


 とにかく強かった、なんて面白みもない話はせず、ロザリンドちゃんは記憶を吟味するように顎に指を当てる。


「……攻撃が当たりませんでした。避けられる攻撃は避けられ、直線的な斬撃は当たっても水薙で受け流されました。そして隙を一突き……王国攻性抜剣術の戦い方とは趣が異なっていると感じましたわ」

「うん。王国攻性抜剣術はガンガン攻めてガンガン防御を剥ぎ取って相手を叩き潰すのが基本だ。対して俺が取った剣術は相手の出方を伺い、隙が出来たら一転攻勢という受けの剣術だな」

「地味ですねーセンパイ」

「身も蓋もない事を……アマルテアさん、貴方は仮にも教えられる側でしょう? 流石にもう少し礼節というものを……」

「えー、センパイって意外とノリいいからダイジョブだと思うよ! っていうかロザリンドさんがカタ過ぎるんじゃないかな?」

(はぁ、この人は……どうもこの呑気に過ぎる態度は苦手ですわ……)


 真面目なロザリンドちゃんと不真面目なアマルテア。まるで対極に位置する二人であるが、出来れば仲良くしてもらいたいものだ。同級生に友達が二人しかいなかったボッチ寄り人間としては、友達は多い方がいいと思う。


 さて、呑気に思いついたままのことを言っているアマルだが、彼女の「地味な戦術」という端的な意見はある意味的を射ているとも言える。この戦術には自分から攻め立てる派手さがないというのは事実だし、攻め手が突き一本なので相性によっては苦戦を強いられるかもしれない。

 だが、それはこの戦術が劣っている事とイコールではない。


「ロザリンドちゃんが戦う前に奥義二つだけなんてナメてるって言っていたがな。逆を言えば戦いに於いて様々な選択肢を考えずに二つの奥義だけに集中してればいい剣術なんだ。汎用性は低いが、こういう戦術を極めた奴が一番厄介なんだ」


 剣にとって突きというのはリーチが最も長い攻撃だ。その分捌かれれば隙も大きいが、一歩でも相手の反応が遅れればリカバリー不能の一撃で確実に仕留められる。

 新人のうちは奥義を数覚えることに心をとらわれがちだが、実戦においては覚えた奥義をどのように取捨選択するかが最大の鍵となる。戦術として完成さえしていれば、少ない奥義でも一線級の働きが出来るのだ。


「確実に当たる時だけ突きを放ち、確実に当てられないときはひたすら回避で凌ぐ。攻め込んでこない場合は相手はこちらを攻めざるを得ないし、いざ攻められたら水薙カウンター狙いに集中すればいい」

「完全なカウンター戦術……成程、自ら余計な隙を晒さないことを前提とすればむしろ多彩な攻め手は枷になると」

「そういうことだね。いつでも突きを放てる態勢を念頭に置いておけば、これほど嫌らしい戦術はない」

「ヴァルナ様がそのような戦術まで学ばれているとは驚きました。やはり教本や実際の手合わせの中で学ばれているのですか? 他にどんな戦術が?」

「い、いや、まぁ……」


 今にもメモを取り出しそうなほど食い気味な目で詰め寄るロザリンドちゃんの勢いと距離の近さが若干怖い。子供のころに特に理由もなく犬に追いかけまくられた時に近い恐怖である。逃げる相手を追いかけるのは犬の本能だろうが、彼女もその手の本能を持った肉食系女子な気がする。

 で、それは別にいいのだが――いやよくない気もするがそれは後回しにして、俺はもう一人の問題児の様子を見て嘆息した。


「……………あの、センパ――」

「要するに相手の攻撃を避けまくって、イケルと思ったらズバっと一突きというわけだ。分かったか、さっきから話についてこれていないアマルよ」

「まだ何も言ってないのに心が読まれた!?」

「顔に書いてある。箇条書きで丁寧にな。なかなかに達筆だ」

「いやーそれほどでも……って、もしかして遠回しに人をアンポンタン呼ばわりしてません?」


 もしかしなくてもそうだ。頭からプスプス煙を噴いておいて言い訳の余地があるとは言わせない。彼女のポンコツっぷりに気付いたロザリンドちゃんもどことなくげっそりした表情でアマルを見ている。そういう君も反省の必要があるわけだが。


「そういう訳でアマルよ。お前はこれから剣術を『振る』のは諦めて突き、捌き、回避の三つに絞って特訓すればなんとか使い物になるだろう。騎士になりたいんならよく覚えておけ」

「ああ、剣を振るのを諦めろって言ったのはそういう……リョーカイしました、センパイ!! いつか私も蝶のように舞い蜂のように刺す華麗な剣技を身に着けます!!」


 びしっ! と若干おふざけの入った敬礼で答えるアマルの笑顔は眩しいが、これから教え込んだとして本人が付いてこれるかが果てしなく心配である。というか今から始めても十中八九試験には間に合わない気もする。

 しかし彼女は気分の浮き沈みが激しいので、とりあえずその事実は黙っていた方が伸びそうだ。


「さて、アマルの事はそれでいいとして……問題はロザリンドちゃんの方だな」

「……わたくし、ですか」


 微かな不安も見せずに粛々と言葉を待つロザリンド。

 叱咤の類を受ける準備は万端だと告げているかのようだ。


 とはいえ別に怒る気はない。少々説教臭い話を聞かせて彼女の覚悟とやらの強度を確かめるだけだ。アマルには甘いことを言ったが、もし彼女が俺の質問に答えきれなかったら割と容赦のない言葉で斬るつもりである。


「君の剣の腕がいいのは分かった。同格以上の相手との戦闘経験が少ないせいか少々甘い所はあるが、今の君なら中堅クラスの騎士相手でも勝算がある」

「勿体なきお言葉でございます」


 ロザリンドちゃんは喜びの感情を見せずに静かに礼をする。お世辞だと思ったのかもしれないが、彼女の攻め口の鋭さと隙の少なさは予想を上回るものだった。もしかしたら現時点ですでにナギ辺りは超えてガーモン先輩ともいい勝負ができるかもしれない。


「だが、王立外来危険種対策騎士団はただ勉強が出来て強いだけの人間を欲してはない。君はウチの騎士団を志望しているようだが、果たして君がその進路を進んで本当に仕事から逃げ出さずにやっていけるか、俺は大いに疑問に思っている」

「……!」


 ぴくり、とロザリンドちゃんの瞼が動く。とうとう来たか、といった具合だろう。

 責めるようで気が引けるが、ここは圧迫面接のつもりで行かせてもらう。


「君は俺に弟子入りしたいから王立外来危険種対策騎士団に行きたいと思ったの?」

「いいえ。全くないとは言いませんが、対オーク戦闘の矢面に立たされる彼の騎士団の未来を憂いての――」

「本当に? 俺が豚狩り騎士団ではなく別の騎士団にいたら、それでも君はオークとの戦いに赴いたか? 俺はね……それはないだろうと思うよ」


 彼女の情熱は相当なものだが、情熱の向かう先は決まって一つだ。それ以外に目を奪われるほど彼女が気移りしやすい人間には見えない。彼女は仕事より先に、まず人物を見た筈だ。

 俺の問いに一瞬だけ息を呑んだロザリンドちゃんはしかし、淀みなく返事する。


「嘘ではありません。しかし、騎士団の未来を憂うきっかけは彼の騎士団に貴方がいたからであった事は否定しません。付け加えるなら、より実戦に近い場所においてこそ剣が磨かれるというイメージを持っていたのも遠因ですわ」


 堂々と嘘を言う輩も困るが、あまり正直すぎるのも考え物だ。本音を掘り出してやろうと思っていたが、隠し事は通用しないと見て自分から開示してきた。それも、マイナスの情報を。

 正直は美徳なんて言葉もあるが、正直が最良だった時代などありはしない。彼女は騎士団を見たというより、騎士団に所属する自分というイメージを先行させているように感じられる。


「なら言うけど、君が前線に立つかどうかは騎士団が決める事だ。君の決めることじゃない。実戦に参加するかも騎士団からすれば関係のないことだ。なにせ我が騎士団にはオークと戦う以外の仕事が山ほどあるんでね」

「わたくし程度の腕ではオークとの戦いは任せられないと?」

「任せられるかどうかなんてどうでもいい」


 そもそもにおいて彼女は、どこか致命的に思い違いをしてる。

 弱いからとか新人だからとか、そういった理屈はそもそもウチの騎士団にはないのだ。ルガー団長の絶妙な匙加減の元、皆平等に苦しい労働を強いられている。そこを理解できずにいれば、きっと嘗ての俺の同級生たちと同じ末路を辿るだろう。


「君はいざ騎士団に入ってみたら来る日も来る日も雑用に回されて、学校で学んだことが碌に活かされない環境になって、やりたいこともできない場所だったと思い知らされた時に、それでも騎士団でオーク討伐の使命感を燃やせるのか?」

「私は……私は――」


 そこで、ロザリンドは言葉を詰まらせた。

 本当に正直すぎる子だ。お世辞や世渡りが上手い人間なら即答でイエスと言っただろう。嘘が上手な上流階級に於いて、彼女はひときわ清い存在なのかもしれない。だからこそ、彼女はこれからの事を深く悩む必要が――。


「そんなのやってみれば分かるんだし、今気にしなくてもいいんじゃないですかぁ?」


 不意に、俺の圧迫面接空間をぶち壊す極めて呑気な声が割り込んできた。


「アマル、お前なぁ……」

「?」


 何が悪いのか分からないとばかりに頭にクエッションを浮かべるアマル。さっきから微妙に蚊帳の外に置かれていた彼女の無邪気な一言に、俺はどんだけ呑気なんだこいつはとため息を漏らした。自分にも当てはまる話だった筈なのだが、あんまりにも未来のヴィジョンがなさすぎる。


 俺の考えなどどこ吹く風とマイペースなアマルをロザリンドちゃんが信じられないものを見る目で見ている。彼女の発言が信じられないというよりは、その発想はなかったと言わんばかりだ。確かに真面目な彼女にさっきの答えは導き出せなかっただろう。

 ……いや、割とアンポンタンな回答だから見習う必要はないが。


「だってぇ、やってみないと分かんないことだって多いじゃないですか! 私が士官学校に入るときだって家族に無理だって言われたけど、実際は入れたしなんとかやっていけてますし?」

「今まさに追い詰められてんだろうが! 初対面の時は殺してくれとか懇願してなかったか!?」

「先輩のおかげで何とか立ち直りました! それでも無理そうならロザリンドさんに頼ろうかと思いますし!」

「ええっ、わたくしですの!?」


 大仰に驚いているロザリンドの手を取って期待いっぱいのキラキラした目を輝かせるアマル。ロザリンドは正直断りたそうだが、アマルに正面切って嫌ですとは言い出せない模様だ。


 しかし、思わぬ伏兵である。

 言われてみれば、俺も騎士に対して勝手なイメージを膨らませまくっていたが、いざ騎士になったらイメージと違うなぁと思いつつも何だかんだでやってこれた。同期の連中は全員いなくなったが、ダメなときはダメだったと諦めればいい。彼女は家柄もあるから騎士を辞めて路頭に迷うこともあるまい。


「ていうかさ! ロザリンドさんも困ったらセンパイを頼っちゃえばいいじゃん!? センパイなら……センパイなら何とかしてくれる!」

「無責任に期待を煽るな!! そりゃ後輩の面倒くらい見るけども!!」

「ほら見るって!! 見てくれるって!!」

「……ヴァルナ様! わたくしをからかいましたのね!? ふふん、そうと分かれば後は騎士団に入ってしまえばこちらのもの! 存分に頼らせていただきますわ、ヴァルナ様♪」

「しまった、言質を取られただと!?」


 王国最強騎士、若き後輩二人にあまりにも迂闊な事を口走ってあっさり敗北。

 若い女の子二人に口論で勝つというのは99%有罪の状況から無罪判決を取るより難しいことを思い知らされる今日この頃である。 




 ◇ ◆




 結局、途中から完全に結託した二人の後輩のキャピキャピした反撃に負けた俺は二人に剣の指南をした。アマルは流石にその日のうちに二つの奥義を完成とはいかなかったが、少しは形になっただろう。せめてもの仕返しに途中から見よう見まねでカウンター戦法をモノにしたロザリンドにアマルの指南を押し付けたが。


 俺は明日も休暇だろうが、士官学校は明日から訓練再開だ。恐らく明日以降はそれほど会う時間が取れない筈。だったら俺の代わりに誰かがアマルに教えてやらねばならない。ロザリンドちゃんは周囲と歩幅を合わせるのが苦手らしいし、意外と自分を見直すきっかけになるかもしれない。


「にしても、休暇なのにドッと疲れた……」


 嘗ての学び舎になんてフラっと行くものじゃないな、等と今日の出会いを全否定することを考えつつ、王都の端、王立魔法研究院に比較的近い場所にある我が騎士団の本部へと向かう。


 本部には騎士用に騎道車の部屋とは違う完全な個室が存在するのだが、生活のほとんどを騎道車の中で過ごす騎士団メンバーからすればそっちの部屋は物置みたいなものだ。かくいう俺も半ば物置き扱いしているので、俺の足は自然と普段から寝泊りしている騎道車格納庫へと向かう。


 しかし、本部にふらっと戻って格納庫にたどり着いた俺を待っていたのは大規模なメンテナンスを施されている騎道車と「改修中」の看板。普段は休暇でメンテナンス中でも構わず内部に足を踏み入れるのだが、今回は明らかに規模が違う。

 次々に運び込まれるパーツと外に担ぎ出されるパーツ。せわしなく行き来する研究院所属の技師たち。規模を見るに、内部の配線まで手を加えているようだ。

 慌ただしく行き来する人間の中に見覚えのある顔を見つけた俺は、悪いと思いつつも呼び止める。


「おーい、ライ! こいつは何の騒ぎだ?」

「あっ、ヴァルナさん!! ……おい、悪いけど先に行っててくれ。三分くらいで話は終わるから」


 近くの技師に断りを入れたライは嫌な顔一つせずに駆け足でこちらに寄って来る。もう日が傾いているというのにいつも以上に元気そうなのは、自分の腕を発揮できる現場だからだろうか。


「悪いな、仕事の邪魔して」

「いえいえ、事情の説明をするぐらいの余裕はありますって。なにせこの改修は早くとも後二日は掛かる大掛かりなものですからね!」

「ほう、そいつは……しかしまた何で急に?」

「いやね。実は次の任務が王国の北端になるらしくて、寒冷地に対応出来るように緊急改修ですよ」

「へぇー。寒冷地ねぇ……なに、寒冷地?」


 俺は、奇妙な違和感を覚えた。

 任務ということは、ほぼ100%の確率でオークの討伐任務なのだろう。

 しかし、それだと少々おかしな話になってくる。


 オークは何故か体毛が極端に少ない不思議な種族だ。故に寒冷地では目撃証言すら碌になく、大陸内でも雪が積もる北部には生息していないというのが定説だった筈だ。


(だとしたらもしや……次の任務はオーク討伐ではない?)


 ヴィーラの事もあるし、あり得ない話ではない。例年は仕事が少ない年末だが、今年の王立外来危険種対策騎士団は早速難題を突き付けられそうな気配が濃厚になってきた。

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