第45話 ゼロから二つです
「駄目なんですよ、まるで駄目……成績もドベ争いだし、剣術はドベだし。この前同級生がヒソヒソ話してたから何の話かなーと思って耳をそばだてたら何て言ってたと思います?」
「何て言ってたんだ?」
「アマルは落第生なのにいつまで学校に通う気なんだろー、って……思わずそっち見たら、その人たち私が話を聞いてるの知ってて喋ってたんですよ? もう心が砕けそう……」
「あるある。特に特権階級はそういうのする。平民は少数派だから事あるごとに嫌味や嫌がらせが飛んでくるんだわ」
「センパイもそういう経験あるんですか?」
「平民出身だとね。どうしてもその手の話は起きるもんだよ」
泣き止んでくれた後輩と一緒に訓練場のベンチに座りながら、俺は彼女の愚痴を聞いてあげていた。いわゆる士官学校あるあるだ。あるあるネタなのに盛り上がらないが。
彼女の名はアマルテア。縮めてアマルと呼ばれている平民出身の士官候補だ。
クセのあるベリーショートの髪は剣術に打ち込むためにバッサリ切った結果らしいが、当の本人がしょぼんとしてるせいか活発な印象は全くない。彼女も早速この特権階級優遇社会の洗礼を味わっているらしい。
しかも髪を切っても剣術は碌に強くならず、付き合ってた彼氏には「長い髪が好きだったのに」と振られ、もう半ばヤケクソになって木刀をブン投げたら俺に殺気を浴びせられてとまさに踏んだり蹴ったりのようだ。
「もうお終いです……士官学校は一応最後まで履修課程を修めれば成績に関係なく卒業は出来ますが、総合成績二十位の私が騎士団に行ったって末席がバッチくなるだけです……」
「心配すんな。成績どころが素行もやばくて騎士団に泥塗った人なんて王立外来危険種対策騎士団にはゴマンといる」
「……それはそれで聞きたくなかったです」
アマルちゃんが夢の崩れた顔でジトッとこちらを見てくる。気持ちは分かるが本当の事だ。同級生が汚職に手を染めた事のある俺の世代は一番ヒドかった訳だが、そもそも騎士団での不祥事と言うのはちょくちょくある。
例えばロック先輩は十年連れ添った友達が実は聖靴騎士団のスパイであることに気付いて告発したことがあるらしい。いつもヘラヘラ酔っ払いのロック先輩にとっても思い出したくない苦い事件らしく、話をしてすぐ「酔いが覚めちまった」と真顔で呟いていた。
ただ、確かにこのままだと彼女は騎士団に入ってからも長続きはしないかもしれない。
オーク討伐は過酷だし、討伐に参加しない人は本部で書類仕事の類なのである程度の頭脳も求められる。どっちも出来ないと騎士団内ですら出世できず、俺の同級生同様職場が厭になって辞めることになるかもしれない。
……彼女が諦めなければ未来の後輩になる訳で、つまり彼女の悩みは俺と関係がない訳でもない。それに案外こういう挫折寸前の人間こそ爆発的な追い上げを見せるかもしれない。
(辛い道だし辞めるのも手だけど……本当にこの子が駄目なのか確かめてみるか)
休みの日なのに結局仕事に絡む事になる自分に軽く自嘲しつつ、俺は立ち上がって訓練場の木刀を二本抜いて片方をアマルちゃんに差し出す。
「えっと……これは?」
「ここで会ったのも何かの縁だ。一人より二人で練習した方が色々と捗ると思うし、どうだい?」
「つ、付き合ってくれるんですかッ!? せ、センパァイ……!! 同級生や友達たちに次々に見捨てられた私なんかの為に、本当にいいんですか!?」
「いいよいいよ。袖振り合うも他生の縁って言うし」
「……どういう意味ですか?」
「……ここで会ったのも何かの縁だってコト」
「はぁ……センパイは難しい言葉を知ってますねぇ」
しきりに感心するアマルちゃんだが、俺はそんなに難しい言葉を使ってない。
そういえば勉強もドベ近いとは言っていたが、騎士団に入るには一定以上の学力がないと実技がよくても落とされる筈だ。このレベルの言葉を難しいと言っちゃう彼女は一体どうやって士官学校の入学試験を突破したんだろうか。聞いたら泣きそうな気がするので敢えて聞かないことにした。
「あ、そうだ! センパイなら冬季試験の出題範囲とか知ってるんじゃ!? お願いしますセンパイ、ヒントください! 私、一夜漬けと選択問題だけは得意なんです!!」
「一番知識が身につかないタイプだな君は!?」
「出題範囲の山カン当ても得意です! ただ、当たっても総合的な学力が追いつかなくて周りに抜かれちゃうんですけどね……」
「本格的にダメダメだな君は!?」
もしかしたら彼女は俺の想像以上にノンキで浮き沈みが激しい人間なのかもしれない。セドナも結構暢気だが、彼女は暢気というより能天気。さっそくこれからの訓練が身になる内容となるかが不安になってくるのであった。
◇ ◆
名選手、名監督に非ず――という言葉があるが、あれは名選手が名監督に「なれない」のではなく「なれるとは限らない」ということ。つまり場合による。そして俺にはセドナに剣術を教え込んで奥義を覚えさせた実績がある訳で、教える方にもそれなりに自信がある。
そんな俺は、彼女の剣術を見て一つの結論を下した。
「どうですかセンパイ、私の剣捌きは!!」
「うん。えーっとね……剣を振るのを諦めなさい」
「うわぁぁぁ~~~~~~んッ!! センパイにまで言われるほどヒドイなんてぇぇぇ~~~~~ッ!!」
「ああ、ゴメンゴメン言い方が悪かった!! ちゃんと強くなる方法見つけたから泣かないの!!」
びぇぇぇんと大泣きしながら蹲ってしまったアマルちゃんを再び慰めること約数分、やっと落ち着いた彼女に俺の伝えたいことをきちんと説明する。
「アマルちゃんはたぶん、根本的に王国攻性抜剣術と相性が良くないんだと思うな」
「相性が……ですかぁ?」
「うん。アマルちゃんって瞬発力はあるけど剣の重さを生かせてないんだよね。単純に筋力の問題もあるかもしれないけど、攻めより受けに向いてると思う」
王国攻性抜剣術は一見してバランスのいい剣術に見えるが、実は盾を廃して剣一本ですべての敵を打倒することをコンセプトにしている為、非常に攻め手を重視している。
例えば八の型・白鶴は斜め下から斬り上げる技だが、これは相手の持つ装備を無理やり弾き飛ばして懐に入る崩しの部分を主体にしている。防御も攻撃の中に組み込むことによって極限まで必要な装備品を排除している訳だ。
とすると、アマルちゃんに向いているのは機動力を生かし、かつ筋力がない人間でも戦える受けの剣術で、更に言うと筋力より瞬発力と正確性がモノを言う突き主体の闘い方。記憶に該当するものは一つだ。
「王宮護剣術とか向いてるとは思うんだけど、あれは士官学校じゃ習えないなぁ……」
「王宮護剣術。名前からして王宮に努める騎士にのみ使う事を許されそうな剣術ですね……!」
「まぁね。王宮騎士は聖騎士団の中でもエリート中のエリートと、後は王族に連なる血筋の人ぐらいしか習えないし。頼んでも教えて貰えないだろうな」
「じゃあ駄目じゃないですか……」
アストラエの猿真似でよければちょっとは使えるが、士官学校の試験で使う剣術は王国攻性抜剣術と決まっている。アストラエはズルしてたまに使っていたが、教官は王族相手では流石に指摘できずに減点を免れている。たまに王子の地位を乱用してセコイ所あるよな、あいつ。
などと考えていると、アマルちゃんがどこか諦めの入った表情首を振って自虐モードに突入する。そんなにネガティブにならんでもいいだろうに。
「やっぱり私には無理なんですかね……未だに一の型を覚えられてないですし。一番簡単な一の型を覚えられない私に二の型三の型なんて土台無理だったんです……」
「うーむ……うむ? 一の型が一番簡単だと?」
「え、違うんですか?」
「断固違う。誰からそんなホラ話聞いたんだ?」
「や、一の型って言うぐらいだからてっきりそういうものだと思ってたんですケド……そんなぁ、まさかそこからして勘違いだったの!?」
一瞬反応が遅れるほどしれっと間違った認識を口にするものだから驚いた。
王国攻性抜剣術は最終奥義を除けば他の奥義の習得難易度は物によってマチマチで、本人の適正次第で難しめと言われる奥義を先に覚えたり、逆に簡単な奥義を覚えるのに難儀したりするものだ。一の型は難易度としては中の下程度であり、一番簡単だとは言い難い。
まさか、と俺の脳裏にあるひらめきが走った。
「もしかしてアマルちゃん、一の型以外の型は碌に練習したことない?」
「しようと思ったことはあるんですけど、みんな訓練に付き合ってくれないし先生に見限られてるし私なんかダメダメで……」
「という事は別の型なら適正あるかもしれないってことだな……よし、試すぞ! 剣を握れ!!」
「ふえぇぇぇっ!? む、無理ですよ今日いきなりなんて!!」
「問答無用! 若いんだから多少無茶してでも強さを渇望しろ!!」
善は急げだ。俺の休暇だっていつまで続くか分からないんだから今は一秒でも早く確かめなければならない。なによりここまでダメダメだと逆に秘められた才能を一つでも多く掘り出したくなってくる。
で、数分後。
「成程なぁ……型の適正はあった!!」
「ホントですか!?」
「……二つだけ!!」
「うわぁぁぁ~~~~~~んッ!! たった二つしかないなんてぇぇぇ~~~~~」
「そう悲観することでもない。なにせ君の使えるこの二つの型があれば成績を残すには十分だしな」
「~~~~ええ!? たった二つで!?」
自分の絶望的な不器用さに崩れ落ちるアマルちゃんだが、問題は数ではない。
俺が思うに、適性のあるこの二つの奥義、極められればかなり強くなれる。
それを聞いたアマルちゃんはがばっと顔を上げたのだが……その表情がなんとも微妙だ。
「センパイ、それはいくら何でも話を盛り過ぎじゃ……」
「失礼な。大先輩たるこの俺の理論が信用できんと申すか!ようし、そうまで言うなら論より証拠! お前に適正がある型――二の型『水薙』と六の型『紅雀』があればどこまで出来るのか証明してやろうじゃないか! よーし、ちょっくら学校にいる教官なりなんなりをとっ捕まえて実践してやる!! 俺の背中に付いてこい!!」
「は、はいぃぃぃ!!」
俺の割とノリだけの気迫に圧されたアマルちゃんはあっさり折れた。
……のはいいのだが。
「アマルちゃん、君はなにやってんの?」
「え、だって背中に付いてこいって言うから……おんぶするって事かなぁと思って後ろから抱き着いてます」
俺の首に手を回してぷらーんとぶら下がるアマルちゃん。きっと周囲から見れば非常にシュールである。あとアマルちゃん半端なく軽いね。ちゃんとご飯食べてるんだろうか。騎士団に入ったらタマエさんに毎日大盛ごはんよそわれそうだ。
しかしこの調子だとアマルちゃんは実技より勉強の方がヤバイんじゃないだろうか。ある種おバカ特有の愛嬌はないでもないが、可愛いだけじゃ許してもらえないのが世の常というもの。誰か彼女に文化レベルの底上げを図ってもらいたいものだ。
「ちょーっと君は言葉通りに物事を受け止めすぎるきらいがあるねぇ……」
「ふええっ!? センパイ私のことキライなんですか!?」
「いや『きらい』ってそっちのきらいじゃないから!?」
もしかしなくても、どうやら俺は非常に厄介な後輩を捕まえてしまったらしい。
まぁ、未来への投資もしくはセドナ二号だと思って諦めよう。なんとなく本人が聞いたら「わたしを厄介な女みたいに言うのやめてよ!!」とか涙目で言いそうだけど。
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