第三章 嘗ての古巣での邂逅

第44話 突然の刺客です

 自分で休みを取ったのに、いざその日が来ると何をすることも思い浮かばず無意味に一日を過ごしてしまうことはないだろうか。

 普段が忙しければ忙しい程、いざ休みになると一日では何をするにも時間が足りない。結局何をするのも面倒になり、とりあえず疲れをとる為にだらだら過ごして一日が終わり、こんなことならちゃんと休みの計画を立てておけばよかったと後悔するのだ。

 そしてその後悔は再びやってくる忙しさの中に融けて消え、次の休みに再登場する。以下、このループは悲しい事に延々と繰り返されるのである。


「で、ノノカちゃんも後輩も先輩もいないから暇して手伝えることないか探しに来たってかい? ヴァル坊、そりゃ病気だよ。病人に仕事はあげられないねぇ」

「健康診断では問題ないっすよ? ……いや冗談です。冗談ですから無言で首を横に振って駄目だコイツみたいな顔しないでください」


 休みの日も食堂にいたタマエさんに一応聞いてみたが、やはり休みの日は流石に仕事はないらしい。そのタマエさんも恐らくもうそろそろ帰る気だったに違いない。それが証拠に本日の厨房は料理班の姦しい話声が聞こえず、タマエさんもいつもの割烹着を着ていない。


 クリフィア討伐から飛んで帰ってきた騎士団を待っていたのは、討伐依頼の続きがないことを理由とした数日の休暇だった。

 いくら忙しい王立外来危険種対策騎士団と言えど、仕事がない時はある。

 特に本格的な寒波が到来する年末年始は寒さを嫌ったオークが冬眠に入ったり普通に凍え死んだりするので、他の季節に比べて討伐依頼が少ない。むしろ餌を蓄えるために活発に動く秋のオークが一番厄介だったりする。


 つまり、王都でも寒さがキツくなった現在は全国的にオークの動きは沈静化しているのだ。その分冬の遠征は穴持たずオークとか出てくるし凍える可能性があるので辛い戦いになるのだが。ともかくそう言う訳で、ワーカーホリック認定を受けた俺は暇をしていた。

 すっかり公僕精神が板についた俺に対し、タマエさんは呆れ顔だ。

 当然だろう。正直俺も自分にちょっと呆れてる。人生に華がねぇ。


「たまの休みなんだから何かすることあるだろう? あの酔っ払いじゃないけどいい娘探してナンパするとかさぁ……ごめん、自分で言っておいてなんだけどそれはないね」

「否定はしませんけどね」


 町中に出てナンパとか全くガラじゃないし、万一そんな噂が友達に知れたら恥ずかしいなんてものじゃない。というか普通に仲間内でイジり倒されそうだ。仮に成功しても月に数度しか会えない関係になると思われるので遅かれ早かれフラれるだろう。俺に恋の季節は当分こなそうだ。


 次に実家に帰ったときに両親に嫁さん作れと言われる未来が見えて辛い。今はそんなことしてる余裕がないと言って誤魔化してるが、そもそも現在の激務の中で余裕ができる日は永遠に来ない気がするのは俺の気のせいか?


「若過ぎる騎士ってのも考えモンだねぇ。他の騎士団は任務の傍らで女を作れるけど、あんたらはそうはいかない。団内恋愛は許可されてるけどヴァル坊は有名になり過ぎて相手がねぇ……まぁせっかくの休みなんだし、買い物でもして来なよ」

「うす。すんません、休みの日までこんなしょうもない話に乗ってもらっちゃって……」

「やめな。アンタみたいな坊主に謝られる程頼りない大人になった覚えはないよ!」


 そう言い放つタマエさんの声に押されて咄嗟に頭を下げそうになり、それじゃまた怒られると思いなおして言葉を飲み込む。うちの母親とはタイプが違うけど、こういうときの豪快さはなんというか、オカン気質だ。だからこその三大母神なのだが。


 ともかく、そういう訳でケツを叩かれた俺はぶらぶらと王都に繰り出した。

 何をするにせよ、散歩で気が紛れることもあるだろう。

 セドナじゃないが、屋台で食べ歩きでもしよう。




 ◇ ◆




 さて、凄い人にはオーラを感じるという理論があるのだが、その理屈によるとどうやら俺は王国ナンバーワンなのに凄くないらしい。それが証拠に俺が町をブラブラしていても「あれってヴァルナじゃね?」と言う人は意外に少ない。

 まぁ御前試合は特権階級でもない限り間近では見られないし、そもそも王立外来危険種対策騎士団は王都にいる期間が極端に短いので顔が割れていない部分が大きいのだが。散歩の度に周囲に人だかりができるのは嫌だが、こうも通行人Aとして溶け込めるのもちょっと悲しい。


 周囲が俺に向ける目はせいぜいが「あ、剣もってるから騎士なんだ? ふーん」程度。

 この王都では休暇中の騎士がウロついてるなど珍しくもない。というか現に同じ騎士団で休暇を謳歌してる先輩を何人か見かけている。ナンパに失敗して一人寂しく茶を啜っているのもいたけど。


(しかしどうするかな……靴だの服だのは足りてるし、アクセサリなんぞ持ってても使わないし、本も今騎士団にある分で大丈夫だし……)


 色々と考えるが、小腹満たしに食べ物を買う以外に何もすることが思いつかない。

 はて、何をしたものか。アストラエは基本的に海にいるし、セドナは仕事に忙しいだろうし、他に会いたい人がいないし、実家に帰るほどの暇もなさそうだし。

 休暇ということになってはいるがこの騎士団には都内休暇と申請休暇があり、今回のこれは討伐依頼が出てき次第すぐに中止になる都内休暇。王都の外に足を運ぶことは出来ない。


(こうして考えると俺ってどこまでも青春灰色だよな……趣味もなければ一緒に遊ぶ友達も少ないって何なの? 今更作れる友達もいねーし)


 ここまでやることがないといっそ自分の選んだ道そのもの、つまり騎士になるという選択からして間違っていた気がしてくる。王国最強の騎士が人生に後悔って何だよと他人からブーイング受けそうだが、騎士道に人として大切なものを大分捧げてしまった身としては複雑な思いがある。


 と、どうでもいい事ばかりを考えながらフラフラ歩いていると、バシンッ!という何かを叩く音が聞こえた。何事かと思って顔を上げてみた俺は、すぐに音の正体に見当がついた。


「昔の癖で士官学校まで来ちまってたのか……となると、今のは誰かが剣の練習してるんだな。今日は休みの筈だが、自主練習か。俺もやったな~」 


 士官を育てる為の広い敷地と豊富な人材、そしてこの国で最も格式が高い事をアピールするような立派な作りの大きな校舎。掲げられた旗には国旗たる無数の星に囲まれた獅子の絵が揺れている。

 獅子は王家、周りの星は点在する島国や様々な場所から集った人や文化を表してると座学で習った。あの旗を見る度に「ああ、俺は本当に国に仕える人間となったんだ」と身が引き締まったのを覚えている。


「丁度いい暇つぶしにはなるか。来年度に顔合わせるかもしれないから確認にもなるし。失礼するよー」


 卒業してそろそろ二年、ちょっくら未来の後輩の顔を見るのもいいかもしれない。

 騎士が遊びに来てるのも見たことがあるし、入る分には問題ないだろう。

 特に何も考えず、俺は士官学校の門をくぐって中に入った。


 この場所に抱くイメージはガラリと変ってしまったが、場所そのものは何年経っても変化しない。今でも間取りやどの部屋になんの教室があるか克明に思い出せる。

 今は枯葉だらけだが、春になれば校内の桜が一斉に花開き、遅れて毛虫が大発生するのだ。セドナが急いで走ってるときに一匹踏みつぶしてパニックになったのはいい思い出である。……碌な思い出じゃねえ。本人に伝えたらきっと顔を真っ赤にして忘れるよう叫ぶに違いない。今度会ったら試してみよう。


(一昨年まではあいつらと一緒にここで――時間が経つのは早いというが、こうして見るとまるで昨日を思い出してるような不思議な感覚だ)


 たった一年、されど一年。

 短いようで長いような士官学校の生活を思い出す道を歩いて剣術訓練場に向かう。

 確かあの曲がり角を曲がった先にあった筈。消灯時間に間に合うギリギリまであそこで木刀を振り続けては怒った教官に部屋に帰れと怒鳴られたものだ。あそこには教室以上の思い出が詰まっている。


「さて、誰が訓練してるのか――」


 過去に想いを馳せながら曲がり角を曲がった俺の眼に飛び込んできたのは、猛烈な速度で飛来した木刀の切っ先だった。


「って危ねぇッ!?」


 咄嗟に切っ先を掴み取って顔面激突の悲劇を防ぐが、もし防ぎ損ねたら額が割れて血を流してもおかしくはない威力。まさか俺を目障りに思ったミスター陰湿野郎のクシューが暗殺の為に士官学校に刺客を送り込んでいたのか!?


 噂程度ではあるが、特権階級の間では稀にそういうこともあるらしい。何よりこちらに向かって疾走してくる足音がはっきり聞こえる。だとしたらこの木刀は目眩まし、次に致命の一撃が来る!


 戦わなければ――そう考えた瞬間、かちり、と頭の中で何かが切り替わる。

 俺は木刀を掴んだまま自然と手が剣の柄を握った。


「来るなら来い――但し、腕の一、二本は覚悟してもらう」

「ごめんなさい手が滑って木刀……どひぇぇぇぇーーーーッ!? ごめんなさい待ってくださいワザとじゃないんです命だけはっ!! 命だけは何卒っ!!」

「……あれ?」


 想像と違った展開にあれ?と思って木刀を顔からどけてちゃんと前を見ると、そこには顔面蒼白で涙を流して震えながら俺の脚に縋りつく一人の女の子の姿があった。


 まるでたった今殺し屋に死刑宣告をされたような絶望の表情をして謝り倒す少女に、俺は自分がとんでもなくアホな勘違いをした事に気付いて死にたくなった。

 暗殺計画とか目眩ましの次に致命の一撃とか、よく考えたらイタい妄想レベルの話であって現実にこんなところで起こる訳がないじゃないか。俺の馬鹿、アホ、発想力がいつまでも少年。いい加減大人になりなさい。


「お願いです騎士様!! 家族だけは殺さないでぇ!! というか私も殺さないでぇ!!」

「あぁ、うん。俺の勘違いだったからいいよ。殺さないって」

「うえぇぇぇぇぇん!! もうおしまいよぉ!! 騎士になる為に一杯勉強して田舎からここまでやってきたのに同級生には蔑ろにされるし先生からは剣の才能がないって見切りを付けられるし来週が試験なのにまだ奥義のひとつも覚えきれてないしぃぃ~~~~!! いっそ殺して!! この駄目な私を殺してくださいぃぃぃ~~~~ッ!!!」

「さっきと主張が逆転しとるッ!?」


 結局俺は、その女の子が泣いたり自虐したりするのを慰めるのに数時間を要した。

 というか、さっき剣を握った俺は腰を抜かす程怖かったんだろうか。どうやら俺は有名人のオーラではなく人殺しのオーラなら出せるらしい。


 言わずもがな、そんなモン使えても全く以って嬉しくないのだが。

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