第43話 知らないとは恐ろしい事です

 魔物――より正確には、魔力適応による突然変異種。


 何故魔物が生まれたのか、きっかけは分かっていても詳しい部分は未だに解明されていない。古の魔法使いが神の禁忌に触れたせいで生まれたとか、特殊な環境のなかで突然変異を起こしたとか、魔王的な何かが作ったとか様々な憶測があるが、どれも推測の域を出ていない。

 一応はこれが正解だと一般的に言われているものがあるのだが、根本的に「何が起きたのか」を知る者は、真実を語らずに世を去っていった。


 一般的に魔物と動物の境はイマイチ分かりにくいが、学者の理屈によると基準のひとつとして「明らかに従来の生物には存在しない体内機関、或いは外見的特徴がある」というものがある。

 例えばオークは豚っぽいくせに二足歩行しているので魔物。

 豚は野生だと結構狂暴だが、従来の生物と内も外も変わらないので動物。

 我が王国ではそうでもないが、大陸では魔物と従来の生物が交雑したりして既にその境が不明瞭になりつつあり、「もう全部魔物でいいんじゃないかな」という提唱がされているとか。それでいいのかと思わないでもないが、もしかしたら魔物が全然いないこの王国こそが世界の特異点なのかもしれない。


 ちなみに世界には人類より高度な機能を持つ天界種と魔界種というのもいるらしいが、それはさておき。


「じゃあ何か? つまり、ヴィーラの長はお前にみゅんみゅんと一緒に新しい住処を探せと要求してきた訳か?」

「そーいうことになるっすね。あ、それとこの子の名前はみゅんみゅんじゃなくて……」

「みゅーんッ!! みゅんみゅ~んッ!」

「ええ!? 誰にも本名言うなって!? なんでまた……」

「みゅみゅ……ん」

「うーん……まぁ取りあえず呼び名はヴィーラでもみゅんみゅんでもいいらしいです」


 突然暴れたと思ったら今度はモジモジし始めるみゅんみゅん。

 本名を教えるのが恥ずかしいのだろうか。気持ちは分かる。

 アホな子供だった頃、一時期「威張ァルナ!」とか「欲張ァルナ!」とか名前を使ってイジられたのがイヤで名前を名乗るのが嫌いだった。今はそういう事を言われると「ははは。いっぺん死ぬ?」と聞いて剣の柄を触れば一発だと思う。実践したことないけど。


 現在、みゅんみゅんは浄化場の水槽を色々と調整してヴィーラが住みやすいよう砂とか玩具とかを入れたモノの中にいる。明日には道具作成班の手によって水を自動で入れ替えるシステムも作られる予定らしい。

 ……この水槽、確かノノカさんがオークの死体をホルマリン漬けにするときに使っている奴だったような気がするが、気のせいかもしれないし清潔だから問題ないだろう。


 ともかく、キャリバンとみゅんみゅんに何があったのか話を整理しよう。



 あの後、別れを惜しみ続けて話が終わらない二人に業を煮やした親みゅんみゅんと愉快な仲間たちが湖底から姿を現し、やっと家族は感動の再会を果たした。なお、みゅんみゅん一族は成長するとみゅんみゅん以外も喋れるようになるらしく、普通に人間の言葉でお礼を言われたという。


 しかし、みゅんみゅんに嵌められたリングに気付いた親ヴィーラが色々とキャリバンに質問を始めた辺りで段々雲行きが怪しくなり、王立外来危険種対策騎士団がこの場所の存在を知ったことが判明。そして、一つの問題が浮上した。


 すなわち、今までは見向きもされなかったこの水源が、住民の生活水の重要拠点としてクリフィアの町に認識されてしまったことだ。


 ヴィーラはそれほど強い種族ではないし、環境に依存する存在だ。

 彼らが人里離れた場所に棲むのも、人間や魔物の魔手から逃れるためである。

 故に、こうして人間にそういう場所はある事を一度でも認識されてしまうと非常に危ういことになる。一人二人ならヴィーラの魅了の秘術というのが使えるらしいのだが、それ以上になるともう手に負えない。こうなるとヴィーラは故郷を棄てて別の場所へ移り住まなければいけない。


『――キャリバン。この子を保護し、この場所に引き戻してくれた貴方を見込んでお願いがあります』


 一つ一つの事情を整理し終えたヴィーラの長は、キャリバンにこう切り出した。


 その内容は――騎士としての立場を使い、ヴィーラが居住可能かつ人間の目が届かない新たな居住地をみゅんみゅんと共に探してほしいということだった。


「で、なんでお前がそんな群れの命運を賭けた大役を任された訳?」

「それなんすけど……ヴィーラに渡したリングがあるじゃないですか? あれを通して実は俺とヴィーラはファミリヤ契約っぽいモノを交わしてしまってたみたいなんっすよ」

「は? お前魔力無いから魔法は使え……あ、そうかみゅんみゅんって」

「はい。ヴィーラは魔法が使えちゃうんっすよ」


 キャリバンも俺も浴びせられたみゅんみゅん鉄砲水も魔法の一種。

 そこに人間のマジックアイテムが加われば、契約ぐらい出来るというもの。


「しかも魔力の関係上ヴィーラが主で俺が従者という形っす」

「魔物にテイムされとる!? お前やっぱり魅了されてんじゃねーか!!」

「や、面目次第もございませんっす。実際にはヴィーラの滅茶苦茶な感情と魔力で結ばれた契約なんで組成とか条件とか全然分かんないんっすけど、とにかく俺はヴィーラを護るという形になってるっぽいっす」

「みゅ~ん……♪」


 みゅんみゅんが水槽から身を乗り出して、懐いた猫のようにキャリバンの手に頬ずりしている。どことなく「これでこの人は私の所有物よ!」みたいなニュアンスに見えなくもないが、如何せん見た目が子供なのでお兄ちゃん大好きな妹とかの方がしっくりくる。


「ちなみに重ね掛けでヴィーラ母からも契約結ばされました。といっても、主にヴィーラの存在や居場所をむやみに周囲に漏らさない旨の約束みたいなもんっすけど」

「やられ放題じゃねーか! マジックアイテムって危ねーなオイ!?」

「ハハハ……魔力ない相手に使う事前提のリングっすからね~……」


 自嘲気味に笑うキャリバンがどこか煤けて見える。

 魔物と戦う騎士が魔法をかけられるなど、騎士団では笑い話にもならない。俺達豚狩り騎士団内部のみ爆笑物の笑い話だが。


 しかしそれだけの魔法が使えるんなら人間に捕まらないんじゃないかと思わないでもないが、この手の魔法は恐らく第三者に対して無力っぽいので存外に使い勝手が悪い。だからこそみゅんみゅん母も重ね掛けで少しでも保険を増やしたのだろう。

 俺にその辺の話をぶちまけてしまえるのは、恐らく俺は既にあそこがヴィーラの住処であることを知っているからだ。こういうところにヴィーラ達の魔法の脆弱性が垣間見える。


「ま……どっちにしろ道具作成班はヴィーラで荒稼ぎの皮算用してるし、料理班も魔法とは関係なしにみゅんみゅんにメロメロだ。きちんと報告書を出せば、後は副団長が何とかしてくれるだろ」

「……守れるっすかね、ちゃんと」


 それは約束をか、それともみゅんみゅんそのものをか。

 読心能力を持たぬ俺にその辺は分からないが、先輩として言えることがある。


「心配すんなって。団長がゴネたら俺が話付けるし、他の騎士団や議会がうるさくなったらちょっくらダチに一通文を送るなり何なりしてどーにかしてやるよ」

「……そういえばそうっすね。普段普通に働いてるから違和感なかったけど、先輩って色々と反則技持ってますもんね!」


 一度も使ったことがないが、国王にダイレクトメールを送って議会をひっくり返すアストラエ爆弾という最終兵器が俺にはある。強力すぎて自分を盛大に巻き込むので使うに使えない困った不発弾なのだが。

 嫌だよ俺、この年で政界に行くの。苦労しか見えないもん。

 あと絶対ひげジジイ団長の企みに巻き込まれると思うし。



 ◇ ◆



 一時はどうなる事かと思ったが、今回の討伐も無事に予定通り乗り切ることが出来た。

 尤も、時間短縮の為に戦力を総動員した関係で団員たちの疲労はいつも以上。これで連続任務になれば後に響くのは必然だろう。


「――そういう訳で、俺達は次の任務に行きます。喧嘩は次の休暇が取れたらでいいですね?」

「会うたび喧嘩なんぞやってられるかっつーの。ンな関係なんて疲れるだけだろ! ……あー、次からは兄貴の話、真面目に聞くよ」

「ふふ……いい土産話を厳選しておきましょう」


 出迎えがてらガーモン先輩と俺の前に現れたナギは、照れくさそうに顔を逸らした。

 すっかり仲が改善した二人の姿に一部は驚き、一部は珍しいもんだと呟き、そしてリッキー町長は盛大に安心して胃の辺りをさすっていた。喧嘩の後のナギの治療をしたらしいバウムちゃんは、また喧嘩にならなくて一安心のようだ。


 オーク処理が終了した今、クリフィアはさっそく石材の採掘を再開し、商人の姿もちらほら増え始めている。極め付けとばかりに川に石材運搬用の帆船まで登場し、すっかり騎士団のいない日常に戻りつつある。


 思えばこのクリフィアという街に来てから色々あったもんだ。

 不仲の兄弟、ガーモンとナギの微妙過ぎる関係に始まり、焦りの募るオーク探しにクリフィア民兵団との酒、挙句仲直りの為に半ばノリでやっちまった喧嘩計画。そして断崖の死闘と魔物ヴィーラとの出会い。 


 最終的にクリフィアでは民兵団と騎士団で協力することが出来た。

 これがなければオーク掃討に更なる時間がかかっただろうから、俺のやったことも全く無駄だった訳ではないと思いたい。この経験が今後のオーク討伐に役立つかは果てしなく微妙だが、水路を使った移動というオークの珍行動を見逃すことは今後二度とないだろう。


 一生に一度しか出くわさないようなノウハウを一つ一つ記録してこそ騎士団の活動は効率化される。結局お土産を買う暇は余りなかったが、今回は民兵団の一人から受け取った『幸運のぱぅわぁストーン』とやらを戦利品にしよう。


「おい、ヴァルナ!」


 と、ガーモン先輩と話していたナギがこちらに手招きしていた。

 初めて会った時の喧嘩腰とも違うが、酒場で分かり合った時とも違う、どこか憑き物が落ちたような表情。言いたいことを全部清算した男は、共に戦ったにも拘らず疲労の溜まった俺達騎士団より元気そうだ。


「先輩とはもういいのか?」

「ああ、十分だ。それより……今回のオーク討伐、お前がいなきゃ解決は長引くわ戦闘の参加も許されないわで丸くは収まらなかったと思う。町長の前で言うのもナンだが、クリフィアの町を代表して礼を言わせてくれ……ありがとう」

「どーいたしまして。でも俺もお前さんの好意に大分世話になったし、その辺はおあいこって事にしようや」

「へっ、気取りやがって……なぁヴァルナ、最後に一ついいか?」


 ナギは後ろの団員に合図を送り、木製の槍と木刀――酒場で使ったそれと同じものを持ってこさせた。槍を握ったナギは、木刀を掴んでこちらに投げて渡す。ともすれば、つまりはそういう事か。


「一手でいい、俺ともう一回模擬戦してくれや」

「別にいいけど、急にどうした? バトルの楽しさに目覚めたんか?」

「……オークと戦ってる時のお前の動き、時々目でも追いきれなかった。それで思った。模擬戦でお前は俺に怪我させないよう力をセーブしてたんじゃないかってさ」

「……………」


 それはあるかもしれない、と思う。

 ナギは恐らく俺の顔面や急所に槍が当たっても構わないとばかりに遠慮なしだったが、俺は模擬戦ではいつも後を引く怪我をさせないように所々に加減を入れる。それがナギのいうセーブならば、俺はあの時ナギに本気を出していなかったことになる。


「勝ち負けはどうでもいいんだよ、ヴァルナ。ただよ……俺とお前にどれくらい差があるのか、知りたくなったんだ」

「……約束通り、一手だけだ。本気の奥義をぶつけてやる」

「さんきゅ! さて、じゃあ副長、合図頼んでいいか?」

「やれやれ、また俺か。じゃあ俺が始めと言ったら始め、終わりと言ったら終わりだ」

 

 民兵団の強面副長がやれやれと呟きながら歩み出る。

 念のためにと周囲が十分な距離を取る中、俺は木刀を静かに構えた。

 ナギを思いっきり木刀で殴り飛ばしはしない。

 ただ、全力の一撃を武器に与えて弾き飛ばす。技のキレとしては全力だ。

 使う技は――まぁ、本気と言う以上は最高の技をぶつけるしかないわな。


 ナギがじり、と地面を踏みしめる。

 俺はそれに油断なく構え――戦いのスイッチを入れる。


 戦士としての礼節と矜持の下、一切の邪念なく刃を翳す。

 十二の型・八咫烏は無我の境地にて繰り出す一撃。

 意志は無窮、技は畢竟、行き着く先は勝利のみ。


「では、始めっ!!」


 副団長の声が聞こえた瞬間、俺はボールを放り投げるように自然に、自分の意識を無我という名の極限の世界に滑りこませた。



「――八咫烏」



 最初に俺の声が聞こえ、遅れて木と木がぶつかる音が響き――最後に、木製の槍が真っ二つになって地面に転がる音がした。


 何をどのように繰り出したのか、俺には分からない。無我の境地とは知覚を越えた世界――そこで起きたことは、言葉では説明できないからだ。故にこそ奥義を出したと己の魂が言えば、それは究極の奥義として顕現している。


「な……あ……?」


 見守っていた副長さんが、声にならない声を漏らす。周囲も目の前の光景が理解できないとばかりに呆然とする中、俺は静かに息を吐き出した。相変わらずこの奥義は、使うと息が止まる。


「副長さん、俺はもう一手出したぜ」

「あ、ああ! それまで!!」

「……かぁー。差があるとは思ってたけどここまでかよ! 冗談みたいな力の差だな!」


 ここまで綺麗に負けるといっそ口惜しさも出てこないのか、ナギはどこかおどけたように負けを認めた。ナギにはきっと、この結果が見えていたんだろう。討伐で見せた裏伝四の型を目撃した時点で予想以上の実力差を察していたのかもしれない。


「だが、当面の目標は出来た!! 覚えてろよヴァルナ、俺は負けっぱなしは嫌いなんだ!! いつかお前の全力にすら追いついて見せるぜ!!」

「死ぬほど修練詰めよ? でないと俺のいる場所までは届かねぇぜ」

「上等ぉ!!」


 ナギならいつか、同じ無我の境地に至れるかもしれない。

 そう思いながら、俺はナギに向けて平手を差し出した。

 ナギはそれをハイタッチのようにパシンと叩き、そして改めてがっちりと掴んで握手した。こうしてクリフィア遠征は無事幕を閉じ、一人の友達を得た俺はまたオークを探す旅路へと向かうのであっ――たと終わる前に。


「にしても、下っ端のお前がここまで強いとなるとそれより上の兄貴はどこまで強くなってんだか……」

「……? ナギ、貴方は何を言っているのですか?」

「え、いや……だってヴァルナは兄貴の部下だろ? だったら兄貴の方が強いんだろ?」

「……ナギ、もしやヴァルナくんが何者なのか知らないまま一緒にいたのですか?」

「え? ……えっ?」


 言われてみれば、ナギは『そのこと』を俺に一度も聞かなかった。

 豪胆な奴だからまるで気にしていないのかと思い、俺も何も言わなかったのだが――まさか、この男はバウムちゃんですら気付いていたあのことに全く気付いていなかったのか。なんてこった、自分でいうのは自慢みたいで嫌だが、さすがにそれは鈍いを通り越して世間知らずの領域だ。


「団長、マジで気付いてないんすか? ヴァルナっすよ? あのヴァルナっすよ?」

「え、知らん。何、凄い奴なの?」

「はぁ~~、お前と言う奴は……いくら騎士団が嫌いだからって新聞くらい読みなさい!! いいですか、ナギ! 貴方が下っ端だと甘く見ていたヴァルナくんは、二年連続で国王から最優秀騎士に選ばれた、正真正銘私よりはるかに強い王国最強騎士です!!」

「……ふへ?」


 カラスもアホーと呼ぶに違いないアホ丸出しのポカンとした顔で俺を見たナギは、ガーモン先輩の顔を見て、改めて俺を見て、何故かもう一度先輩の顔を見た。


「これが?」

「そうです」

「マジで?」

「マジです」


 しばしの間を置いて、状況を理解したナギは息を吐き出し、大きく吸い込み、腹の底から声を爆発させた。


「……なぁぁぁんだとぉぉぉぉぉーーーーーーーーーッ!?!?」

「本気で気づいてなかったんかいッ!?」


 色々な意味で、忘れられない遠征となった。

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