第41話 最後は結局突撃です

 オークとの戦いは山間が殆どであるが故に、遮蔽物のない平地での戦いというのは殆どない。そして今回オークの住む断崖の周辺はほぼ平地であるため、このまま正面切って戦えば不利。

 かといって、オークの投石が降り注ぐ場所で土嚢を積んだり堀を作る暇などある訳もない。


 で、結論。


「オークが嫌いな臭いを投石機で放り込み、耐えかねて出てきたオークに更に催涙爆竹を投擲して目を潰し、槍部隊で殺す。そういう作戦になった」

「臭いから逃げてきた相手に更に追い打ち目潰しをしてから殺すのか……騎士として間違ってないか、それ?」


 作戦内容にナギがドン引きしている。模範的なリアクションだと言っておこう。

 だが、一般人視点から見ればそうであったとして、卑怯だろうが外道だろうが死人を出さずに勝つのが全てだと思っている我等騎士団のメンタリティに隙はない。

 ナギを諭すように、隣で槍を持ったガーモン先輩が声をかける。


「綺麗事だけで騎士団は回りません。それより、催涙爆竹の煙を吸い込まないように気を付けなさい」

「わぁってるよ……」

「今回は特例で参加許可が下りましたが、前に出過ぎないように気を付けなさい」

「わぁってるってば……」

「ハンケチは持ちましたね? おやつは三百ステーラまでですよ?」

「遠足かっ!? 変な茶々を入れるんじゃねーよっ!!」

「だって初陣でしょ? 初陣の兵士というのは誰だって緊張するもので……」

「初陣じゃねーし! 一回戦ったことあるし! 一人で仕留めたし!」

「へー……何ですってぇ!? 聞いてませんよそんな話は!? なぜ今まで言わなかっ……はっ!? まさか以前の休暇の時に意味ありげに言いかけた話はそれですか!?」

「げへへへ、あの時しつこく聞かなかった兄貴の落ち度だぜぇ!!」


 見事な兄弟漫才を繰り広げるガーモン・ナギ兄弟。略してガーナギ。どことなく業界用語っぽいこの二人が俺と共に断崖の近くの場所に並んでいるのには理由がある。実は、ナギも俺とガーモン先輩のフォロー付きで一緒にオーク討伐に参加することになったのだ。


 団長のナギが前線に出て、投石機の扱いもクリフィア民兵団の人間がやっている。

 要するに、騎士団も民兵団を頼りにしてますよというアピールみたいなものだ。


 一見して唯の接待に見えるが、投石機の扱いを熟知しているのは年に何度か試射をしていた民兵団のメンバーだけなので割と合理的な判断である。ナギの参加も、長物の扱いに長けた人間が少数だったので普通に嬉しいことではある。


 なお、これは俺とガーモン先輩が皆の前でナギに頼み、彼がそれを町の為にと承諾する形をとった。ナギが町の為なら我が身を危険に晒す姿勢を示し、あれほど仲の悪かった兄の提案を受け入れる。この光景を見た民兵団の態度の変化は、いい意味で劇的だった。


 自分のリーダーが町の為なら私情を捨てて手を取り合おうと言ったのだ。今まで町の為と言いつつも実際には感情が優先してしまっていたことに気付いた民兵団の年配組が折れ、これによって独断専行の線が何とか切れた。


 今更ながら思うのだが、ナギ本人は「個人的な感情を抜きにすれば頭を下げる」という旨をほざいていたものの、多分あの夕日をバックにした殴り合いがなければあそこまで真摯な面をして協力要請を受けられなかっただろう。

 それはガーモン先輩も同じことで、きっとアレがなければいつも弟に見せる無難な笑顔のせいで不信感を増させたかもしれない。


(滅茶苦茶な真似をやっちまったけど、やっただけの価値はあったか……?)


 以前と同じようにガーモンにナギが反発する構図は変わっていないが、言葉に含まれる険や棘は感じられない。どうやらこれが兄弟の正しい在り方のようだ。


「あ? おい、なに人を見て笑ってんだよ?」

「いや、似たもの兄弟だなぁとか思って……悪い、作戦を前にちょっと気を抜きすぎた」

「まったく、緊張感が足りませんよヴァルナくん? 毅然となさい、毅然と」

「人の事言えねーだろアンタもっ!!」


 ばしっとナギのツッコミがガーモンに命中するが、少し経つと全員無言になった。

 もちろん、俺たち以外の配置についたメンバーも全員そうだ。


 既にオークの嫌いな臭いを沁み込ませた臭い玉は投擲準備が整っている。試射も済ませたしブツも詰め込んだし、配置も済ませて任務開始は秒読み段階と言ってもいい。今回は規模が小さいとはいえオークの捨て身の攻撃を受けるのだ、あまり緩くても困る。


 臭い玉は直接内部に投げ込まず、穴の上空で丁度爆発するよう火薬と導火線を仕込んでいる。槍隊の後ろには辛子などの香辛料をたっぷり使った催涙爆竹を投擲する係の人間が今か今かとオークが来るのを待ち望んでいる。


 不思議な高揚感が全身を包み、俺は槍隊の中で唯一所持を許されたいつもの剣の柄を握り締めながら断崖を見上げる。

 これから命の奪い合いをするというのに、その瞬間が待ち遠しくて堪らない――そんな感覚があるのは、俺が無意識に戦いを望んでいるからなのだろうか。それとも、戦いの先にあるものに期待を膨らませているのか。


(まぁ、オークを退治できるのが喜ばしい事に変わりは無し。ならば俺はいつも通り剣を振るい、獲物を狩りつくすだけよ)


 俺達は豚狩り騎士団で、俺は首狩りヴァルナだ。

 オークがいれば撃滅し、いなければ探し出して撃滅する。

 今日も今日とて安月給で、王国に蔓延る邪魔者の首を狩る。



 やがて、けたたましい鳴き声を上げる九官鳥のファミリヤが断崖上空を旋回し――それが、開戦の合図だった。



『時刻、ヒトヨンマルマル!! 作戦決行!! ケッコォォォーーーウッ!!』



 クリフィア断崖オーク掃討作戦――『オペレーション・キラービー』、発動。




 ◇ ◆




 作戦は、予定通り投石機による臭気の爆弾の発射によって始まった。


「風向きよし! 角度固定!」

「この距離だとあんまり風向き関係ないし、角度は何時間も前から固定してるけどね」

「漢の浪漫を少しは解さんかぁッ!!」

「はいはい……臭気弾装填、点火! 発射五秒前!! ……三! ……二! ……一!」

「臭気弾、ぇぇーーーッ!!」


 これがやりたかったが為だけに全く投石機を飛ばしたことがない癖に投石機の前に立っていた民兵団の先輩のドヤ顔に軽い殺意を覚えつつ、下っ端団員はレバーを引く。不気味なほどゆったりと降りるおもりの重量を乗せ、ノノカさん謹製の臭気弾が宙を舞う。

 ゆっくりと空を駆けのぼった臭気弾は、小さな火花を散らしながら放物線を描き――断崖頂上の穴付近でバァンッ!! と破裂した。


「目標に命中! ……したのか? ここからだと狙い通りの位置に入ったのか分からんな」

「入る前に爆発する作戦なんですよ。もう帰ってください」

『第一段階成功! 総員、戦闘態勢! 催涙爆竹ヨォォ~~~イッ!!』

「命中したか! よし、次弾装填!!」

「いや、次弾とかないですから帰ってください」

「オークが来るぞ! 念のために投石機は撤収だ、撤収~~!!」


 クリフィア民兵団投石班、出番終了。現場に居座ろうとしていた先輩もろとも投石機は騎士団回収班によって速やかに戦場から運び出された。

 それを遠目に見送った俺は、ふと連行される男に見覚えがある事に気付く。


「……あいつ、よく見たら酒場で俺の使う木刀に唾付けた奴じゃね? ほら、あのすげえアホな人」

「あのアホめ……民兵団のいい恥さらしじゃねえか! 除名されてぇのか!?」

「アホの事は後になさい! オークが動きましたよ!!」


 さらっと酷いガーモン先輩の言葉にはっとして断崖の頂上を見ると、時間差で襲ってきた臭気でパニックになるオークに混ざって崖からわらわらとオークが湧き出ていた。その数およそ20。恐らく兵士級はあれで打ち止めだろう。

 強烈な悪臭に耐え切れずに出てきたオークたちの動きは精細を欠き、一部は新鮮な酸素を求めるあまりに足場のないエリアに飛び出して落下する。


「ブギャアアアアアアア!? ……ブギッ!!」

「ブッギ、ブッギ……!? ピギィィィィィッ!!」


 不意の落下でも空中で体勢を立て直し、四つん這いの体勢でズシンッ! と着地。これがあるからオークは高低差のある場所でも躊躇いなく行動が出来る。断崖の高さはゆうに五十メートル近くあるというのに、まだ戦闘可能だというのだからその骨肉の頑強さは呆れる他ない。


 全てのオークは降りてきていないが、臭気が余程堪えたのか殆どの兵士級オークが断崖の下へと降りてくる。その瞬間、タイミングを見計らったローニー副団長が声を張り上げた。


「今だ!! 催涙爆竹点火、各自投擲ッ!!」

「槍隊は煙吸い込まねぇように気ぃ付けろよ、ほうれッ!!」


 海外の魔物狩りの本を参考に道具作成班が作り出した催涙爆竹が投擲され、パパパパパパパパパンッ!! と小気味よく破裂して赤い噴煙を立ち上らせる。噴煙の正体はたっぷりの香辛料……は高額なので、代価でノノカさん持参の低コストで刺激的な薬品が入っているらしい。


 その効果は――これまた絶大だった。


「ブギャアアアアア!? ブグシュッ、ブガ……ブグシュッ!?」

「ガボッ、ブグッ!? ビギィアアアアアアアアッ!?」


 断崖から落下したオークたちが次々に催涙爆竹の煙を浴びて醜い悲鳴を上げる。

 顔面を押さえてのた打ち回る様は放っておいたらこのまま死ぬのではないかと思える程で、新たに上方から降りてきた成人未満のオークたちも煙に煽られて落下する。今度は目や喉の痛みの余り受け身も取れずに鈍い音を立てて地面に落ちる者も続出する。


 さて、後は――。


「オークが煙を突っ切って出てくるぞ!! 目も鼻も潰れたオークだ!! 焦らず近づけず各個撃破しろ!!」

「各員奮起せよ!! 構え、迎撃ッ!!」

「ブギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 煙を突っ切り、残された唯一無事な耳を頼りにオークが吶喊してくる。

 材料を調達できなかったのか、大半が武器を持たずに素手だ。

 ――手に武器を持たないオークはリーチに劣るが、四足歩行が出来るようになるため俊敏性が上がる。油断すれば骨の数本など簡単に折られてしまう、どうあがいても危険な存在だ。


 では、敵が四足歩行で突っ込んできたときに俺はどうやって首を狩ればいいのか。

 答えは……オークに対して真上に剣を振り上げて、こうだ。


裏伝りでん第四の型――『角鴟みみずく』」

「ブギャアア、ア……?」


 次の瞬間、俺は突進するオークの真横から剣を振り下ろす。

 前のめりに突撃していたオークの首は真横から見れば驚くほど無防備だった。

 すとん、とオークの首が大地に落ちて転がる。

 残された首なし死体から血が派手に流れ落ちるが、今回は平地での乱闘なので回収用の旗を立てる必要がない。


「……うし、久々に使ったが鈍ってはないな」


 王国攻性抜剣術には様々な理由から十二つの奥義に含まれない『裏伝』と呼ばれる技術がある。今のはその一つ、角鴟という移動技術だ。特殊な足捌きを用いて体勢を変えないまま瞬時に相手の横に回り込むため、敵から見ればいきなり視界から消えるように見える。


 今回これを使用したのは、槍を使わない俺が確実にオークの首を落とす為。

 素人の頃は相手の意表を突くことが主の技だと思っていたが、実際にはこうして都合の良い角度から攻撃する奥義なのだと思い知らされる。

 ……ぶっちゃけ習得は最終奥義を除く十一の表奥義のどれより難しかったが。失敗すると物凄い速度で地面にビターン! と叩きつけられて凄まじく痛くて恥ずかしいのだ。


 既に俺が動き出すと同時に断崖を囲んだ騎士たちは次々にオークとの戦闘に突入し、確実に仕留めていた。確実に手足を傷つけて転倒させ、その瞬間に槍で喉笛や心臓などの急所を確実について仕留め、すぐさま周囲を警戒。


 作業的だが、堅実で確実な狩りの手法だ。

 パニックになったオークの相手も慣れたもので、あっという間にオークは目減りしていった。その中でも一際目立っているのは、ナギとガーモン先輩のコンビだ。


「ナギ、止めを!!」

「合点!! 往生しなッ!!」

「ブギャアアアアアアアアアアアッ!?」


 ガーモン先輩が流れるような動きで見事にオークの体勢を崩すと同時に、引かれ合うように滑りこんできたナギが確実に止めを刺す。この単純な動きを極限まで効率化した動きが、二人の周囲にオークの死体を量産していく。


「……たまの槍術訓練ぐらいしかコミュニケーション取れてなかったくせに、まるで十数年連れ添ったようなコンビネーション見せつけてくれるぜ……」


 どうやら彼らが繰り返した手加減だらけの接待試合は、個人の成長に意味はなくとも連携には大いに効果があったらしい。互いに互いの領分を知り尽くしたと言わんばかりに互いの動きを阻害しない戦いは、まるで二人でダンスを踊っているようだ。


「俺はワンマンプレーばっかだからああいうのは出来ない――なッとぉ!!」

「ブギェッ!??」


 四足ではなく二足で近づいてきたオークの首を振り向きざまに斬った俺は、ふと断崖の方を見てある事に気付く。成人オークは一通り仕留めたにも拘わらず、子供オークとメスオークは下の惨状に気付いてまだ断崖の上に留まっているようだ。


「催涙爆竹の煙はもう収まったな。投石をしてくる気配もなし……奇襲には、悪くないかな? ――先輩! 俺は断崖の上のオークを仕留めてきます!! あそこに居座られたら話が終わらない!!」

「はいッ! 行ってき……って駄目ですけどぉ!? 足場の悪い場所で乱戦なんかして君が落ちたらどうするんですか!!」

「駄目だ兄貴、ヴァルナの奴もう断崖に向かってるぞ!!」

「暴走特急ですか君は!? 嗚呼、ロック先輩ってよくヴァルナ君を御せてましたね!?」


 御してません、あっさりオーケーサイン出しただけです。

 などと内心で考えながら、オークが下りてきたルートを頼りに岩を蹴って断崖を登っていく。厳しい場所は剣を口に咥えて腕力を頼りにクライミングし、1分程度で頂上に辿り着くと同時に上に待ち構えていた子オークの踏みつけが襲うが、足の角度に合わせて剣の刃を添える。


「ピキィィイイイ!?」


 俺を蹴落とす為の全身全霊の踏みつけであったのが災いし、足が刃の上で綺麗に裂けながら滑ってオークは崖の下に転落する。少々返り血を浴びたが気にせず転がるように断崖の上に上ると、跳ねるように立ち上がって疾走。怯むオークに剣を振るう。


「おぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

「ギキャアアアアアアッ!?」


 雄叫びを上げながら正面のオークの首を撥ね、返す刃で踏み込んでその後ろのオークを斬り、断崖の上を疾走して片っ端からオークを絶命させてゆく。戦うには早すぎるオークもそうでないオークも平等に殺し、崖から突き落とす。


 残忍だろうか荒々しかろうが、命の奪い合いに容赦はない。

 最後の一匹となったオーク――群れのボスが棍棒を振るのをしゃがんで躱す。

 上方の空気を根こそぎ吹き飛ばすような風圧が消えるのを待たず、血塗れの剣を滑らせる。


「お前で最後だッ! 『軽鴨』ッ!」

「ガッ……!?」


 居合にも似た速度の斬撃がひゅごっ、とオークの首に吸い込まれ、厳つい面が宙を舞った。

 だが、その瞬間に失態に気付いた俺はミスを挽回するために体を強引に回転させる。ぎゅりり、と軸足が独楽のように地面を抉り、勢いをつけた回し蹴りが首のないオークの体を弾き飛ばした。

 更にもう一回転してもう一つ――先程飛ばして自由落下するオークの首を剣の腹で弾き飛ばした俺は、回転を止めてふぅ、と一息つく。


「……この竪穴洞窟の中に体や首を落とすわけにはいかねぇからな」


 みゅんみゅんの故郷にして町の水源が汚染されないように全てのオークの首を崖の外に弾き出した俺は、溜息を吐いて崖の下を見下ろす。もう生きているオークは見当たらない。同時に上方をかく乱と伝令を兼ねて飛び回っていたファミリヤが翼をはためかせて近くに降りてきた。


『ヴァルナ! ヴァルナ! 今ノガ最後ノ一匹ダ!』

「おう、ファミリヤか。これで終わりってことは……オーク殲滅完了だな!」

『殲滅完了!! 任務成功!! セイコ~~~~~ウッ!!』


 首のないオークの死体が数多転がる断崖の頂上から、ファミリヤの勝利宣告が響き渡った。

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