第40話 掟破りの地元方式です

 祭りとは、参加する側からすれば参加しているときが一番楽しい。

 しかし、祭りを開催する側は準備している時が一番楽しいものだ。


「復讐の時だ……血潮の宴だぁ……」

「へ、へへ……ころ、こ、殺してやる……オークは根絶やしだァ!!」

「神の創った世界には無駄がない……うん、そうだね。でも僕は違うと思う。そう、一つだけ……たった一つだけ……豚の亜人だけは必要ないと思うんだぁ。ね、君もそう思うだろぉ?」


 先輩方の殺気が高まりすぎて世間様に見せられない顔になっている。

 涎を垂らし、目は充血し、怨嗟の多分に入り混じった吐息を吐く姿は悪鬼の如く。

 従来の偵察が通じず四苦八苦させられた挙句にまったく別のルートからオークコロニーの詳細が判明したことで、行き場のない感情が全部オークへの殺意に注がれているらしい。

 そしてあの三人組の一番端の人は相変わらず壁と会話している。


「騎士ヴァルナ。前々から思っていましたが、端っこのあれは本当に精神的に問題ないのですか? このヤガラ、うっかり善意で精神疾患を理由に騎士を辞めさせた方がいいのか悩んでしまいましたが」

「大丈夫です記録官殿。時々あの人の部屋ではポルターガイスト現象が起きたり彼を襲ったオークが突然金縛りになる事がある程度なので任務に支障はありません」

「えっ……ちょ、えっ?」


 そんなどうでもいいことはさておいて、オーク討伐対策会議である。

 偵察が大幅に遅れた為に、今回の会議では準備の日時を大幅に短縮できる内容が望ましい。そんな都合の良い方法があった試しがほぼ皆無なのだが。多分見つからなければ俺が一人で吶喊である。俺は鉄砲玉か。やるけど。

 目の前ではローニー副団長が会議室の前で色々と報告している。


「結局の所、やはりあの断崖にある縦穴の中にオークは住んでいたようです。幸か不幸か規模は小さいようですね。というか、小規模なコロニーだからこそあそこに住み着いてしまったのでしょう。町から強奪する分でギリギリ食べていける規模です」

「つまり穴に火炎瓶を投げ込んで殲滅ですね!! 断崖の中の動物も住んでない洞窟なんか汚染されても問題ないでしょ!!」

「絶対に、絶対に、ぜーったいに駄目です。セネガくん説明を」


 口は悪いし性格も悪いが仕事は時と場合によっては真面目にしてやらんでもないというスタンスを通すセネガ先輩が図を持ってきて説明を開始する。


「騎士ヴァルナとノノカ女史主導のヴィーラ生息地調査によって、オークの居場所は洞窟直下に存在する水源地であることが判明しました。この水源は町の水源と直結しており、このルートを用いてオークは町の水路から直接町中に侵入していた、と。これは自警団が騎士ヴァルナと共に確認していますので確定ですね」

「つまり何で駄目なんだ!?」

「洞窟内でオークが死亡すると高確率でクリフィアの生活水が汚染されます。既にオークの排泄物でちょっと汚染されてますが、面白いので……もとい、知らない方がいい事もあるし今すぐ健康に支障はないということで黙っています」

「うわぁ、確かにある意味知らせない方がよさそう……」


 豚畜生の排泄物成分込みの水を飲んでいたなどと知れればトラウマ間違いなし。ナギや民兵団副団長は知ってしまった反動でここ最近瓶に入った飲み物しか口にできないでいるのだから間違いない。


 オークの移動経路の話に戻るが、喧嘩が終わった日の夜に自警団と一緒に夜の張り込みを行った結果、結局俺の推論は正しかったことが確認された。つまり、オークの出入りが目撃されたのだ。人間の臭いを警戒しないのは元々ここに多くの人間が住んでいることを知っているからだろう。

 自警団の反発心に関しては、俺と一緒に一応色々と吹っ切れたナギが連中を説得したのと、王国から正式に任務協力の感謝状と金一封を用意するという方向で納得してもらうことになった。後は、まぁ、言葉巧みに「これは騎士団には絶対に出来ない任務だぜ」とか適当に煽ててその気にさせたのもあるけど。


「それにしても、あのみゅんみゅん生命体を偶然捕獲できたのは色々と奇跡だったな、キャリバン」

「俺じゃなくてファミリヤが捕まえたんっすけどね……というかみゅんみゅん生命体って。ヴィーラですよ、ヴィーラ。まぁあの子のおかげでオークの逃げ場を潰す策も出来ましたし、後はオークを追い出してヴィーラの故郷を取り戻すだけっす!」

(気のせいか目標変ってるっつーか、みゅんみゅんに魅了されてないかコイツ?)


 今日の午前に行われた調査で俺は初めてオーク以外の魔物を見たわけだが、みゅんみゅん(勝手に名付けた)はオークと同じ魔物の分類にされているとは思えない程可愛らしい面をしていた。


 実は初めて見たとき、御伽噺に登場する人魚みたいで割と感動した。

 これだよこういう魔物と出会ったりしたかったんだよ俺は、という思いだ。

 アホだった頃の俺は人魚と出会うことが夢のひとつだったので、本物でないにしろ限りなく近い生物と国内で出会えたというのは騎士団に入って嬉しかったことベストワンに入るかもしれない。

 ……え? 最強騎士の称号や他の思い出? 格下げだ格下げ。


 なお、ヴィーラと俺を会わせる前に「先輩、オーク以外の魔物に憎しみとかないっすよね?」とか「俺、信じてますから!」とかキャリバンがしつこく聞いてきたんだがあいつは人の事を何だと思ってるんだ。

 魔物殺害用の人型決戦兵器じゃないんだぞ俺は。


 で、みゅんみゅんの証言によると断崖の中は上に昇るか水中にある二つの通路の計三つの移動手段しかなく、しかもそのうち一つはずっと地下に向かっているので実質行き止まりらしい。

 俺にはみゅんみゅん言ってるだけにしか聞こえなかったが、キャリバンには聞こえているらしい。おのれ、後輩の癖に御伽噺っぽいことしやがって。俺も一度は動物と会話したい。


 と、馬鹿な事を考えている間に会議は佳境を迎えていた。


「攻め落とそう! 水路を封鎖して囲めば連中に逃げ場はない!」

「天然要塞に籠城してるオークをまっとうに攻めてちゃ何日かかるか分からない。しかも矢が大量に必要になる。やるとしても最終手段だ」

「洞窟内の水路を封鎖して水位を上昇させ、一時的に水没させるのはどうですか?」

「無理ではないが、町の水路から逆算した湧水量を考えると攻め落とすより時間がかかるので却下だ。どちらにしろ水路の封鎖は行うがね」

「補給線を断つにしても、あいつら追い詰めすぎると共食いするから長期戦になるなぁ」

「馬鹿、共食いしたら水源に血が落ちてどっちにしろアウトだ!」

「オークを外におびき出さないと話になりませんね」


 次から次へと意見が出ては素早く取捨選択されていく。

 流石はその道のプロの集まりといった所だが、まだ決定打がない。


「穴から追い出すってんなら常套手段は煙で燻すことだけど、水源に火を投げ込んでも消火されて意味ないよな。そもそもどうやって投げ込むのか手段が……」

「あのー、水源内の自然環境も調べたいので、あんまり手荒な真似しちゃうとノノカもヴィーラちゃんも泣いちゃうゾ……?」

「あちゃー、その問題もありましたねー」


 ちなみに騎士団内では魔物の都合なんかどうでもいいだろ、と主張する輩もいたが、料理班と道具作成班の総スカンを喰らって現在は沈黙している。

 料理班曰く、「あんな可愛い子を見捨てる奴は討伐対象にする」。

 道具作成班曰く、「写真撮って売りまくったら絶対儲かるから生かそう」。

 安定の道具作成班、もとい金策班である。言い出しっぺのアキナ班長が料理班と良識派に白い目で見られたのは言うまでもない。流石は女子力ゼロの女である。

 そんな中、一人の男が立ち上がる。


「物を投げ込む手段なら、あります。何かオークが苦手とし、なおかつ環境に影響のないものを投げ込むというのはどうでしょう?」


 そう、弟にハメられ、部下にもハメられ、もう何も怖いものはないとばかりに晴れやかな顔をした悲劇のガーモン先輩である。昨日の治療で体もすっかり治った先輩はもはや無敵モードと言わんばかりにいつもとオーラが違った。


「……ガーモン班長! 投げ込む手段があるというのは本当ですか!?」

「ええ。実はクリフィアに投石機があるのです。確か町の開拓期に石の運搬手段として使われたものでして、今でも町長が定期的に手入れをしているのでまだ使えるかと」


 凄い、凄いぞ先輩。地元民であることを活かした知識は伊達ではない。

 あの崖に接近できない最大の理由である「オークからの投石」が届かず、かつあの断崖の上にある入り口に物を放り込めるだけの飛距離を出せるであろう投石機を使えば何でも投げ込み放題だ。

 流石に岩をぶち込む訳にはいかないが、きっと先輩には何を放り込むのかまで思い至っているに違いない。俺は固唾を飲んで先輩の次の言葉を待った。


「で、具体的には何を投げ込むんだ!?」

「決まっています。もちろん――」


 先輩は清々しい笑顔できっぱりと断言した。


「オークの天敵たるヴァルナくんを投擲しましょう!」

「却下ぁぁぁぁーーーーッ!!」


 それは普通に死ぬと思います。いや、いっそ死ねと言っているのか?

 どうやら先輩は昨日のことを滅茶苦茶根に持っていたようである。

 さっき感じた凄いオーラは、俺を殺す算段を立てたからだったらしい。


「行けますよね、ヴァルナくん?」

「無理に決まってるでしょ!!俺を殺す気ですか、そうなんですね!?」

「ガーモン班長がご乱心めされた! 誰か鎮静剤を持ってこい!」

「はははは、ガーモン君もそんなジョークを言うんだな……ん? あれ? なんでそんなに目が本気なんですか? ……いやダメですよ、副団長としてヴァルナくん投射は許可できませんからね?」

「ちっ」

「舌打ち!? 一体ヴァルナくんとの間に何があったんですか!?」


 結局、ノノカさん主導でオークが嫌がりヴィーラは大丈夫な臭いを作って投げ込み、断崖から降りてきたオークを狩るという事で計画は決定した。


 なお……。


「ヴィーラちゃん、この臭いはどうですか?」

「みゅ、みゅぅぅぅ~~~んッ!?」

「あ、駄目ですか……じゃあこっちは」

「みゅう゛んッ!? っ……!!」

「……ふーむ、Cグループは全部駄目、と……じゃあ次はDグループです! あと十五個嗅いだら終わりですよー♪」

「…………みゅぅん」

「ノノカさん、ヴィーラちゃんが『貴方は鬼か』と言ってるっすよ……?」


 作戦の裏に、ヴィーラの平気な臭いを調べるために実験に付き合わされたみゅんみゅんの犠牲があったことを知る者は、少ない。

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