第39話 楽がいい事とは限りません
計画前日――昼の会合。
「兄貴と殴り合え」
「唐突にバイオレンス!?」
俺は大分気が立っていた。
物分かりが悪くない筈の兄とその弟の捻じれた関係があんまりにももどかしかったからだ。
ナギの言い分曰く――町に碌に帰ってこずにへらへら笑って金と物だけ送ってくるガーモン先輩の姿が幼い頃の両親と被って許せず、更にそれに自覚がない先輩が許せず、それを怒っている自分に気づいてくれない先輩も許せない。要約すると……半ば逆恨みである。
その事に自覚はあるけどそれを素直に言いたくない、ということらしい。
要するに、ナギがさっさと素直になるかガーモン先輩がそのことに気づいて向き合えば兄弟喧嘩は一応の決着を見せると。
しかし、自分が悪い自覚がないでもないナギは自分なりに兄に思いを伝えようと何度か挑んだのだが……。
『すまない。もう戻らなければ騎士団の任務に間に合わないんだ』
『また次に休暇が取れた時でいいか?』
『お前が王都に来るか?なんてな、ははは』
間の悪いことに三連続でこんな感じだったので、とうとうナギは全力で意地を張ることを決定。子供っぽいナギもナギだが、ガーモン先輩にも割と責任があるように聞こえる。というか、あの人忙しさを理由にちょっと弟から逃げてないだろうか。あっちもあっちで嫌われる原因に自覚はあるのかもしれない。
ナギとは逆に、自覚があるのに一歩を踏み出せず身を引いていることがすれ違いの原因だろう。
「うん、やっぱり殴り合え」
「だから何でだよ!?」
「何言ってんだ。夕日を背に殴り合って自分たちの気持ちを確かめ合う。古来より伝わる伝統的な相互理解の方法だ。二人とも面倒なわだかまりを拳に乗せてぶつけ合え!」
断じてこの二人のごちゃごちゃした感情に腹が立って二人とも痛い目にあった方がいいと思ったからではない。断じて違うからな。そもそも自警団が騎士団嫌いを正当化する理由の源泉が兄弟喧嘩で調査にも支障が出たことに業を煮やして罰を与えたいわけでもない。決して逆恨みではないぞ。
ただ、入団当初から世話になった立派な先輩が弟相手に情けない関係になっているというのは素直に腹が立つ。ガーモン先輩、あんた何をヘタレてんだ。弟相手にガツンと喧嘩や言い争いの一つぐらいしろよ、という偏見的要求である。
「そもそも古典的すぎるだろ! あのクソ兄貴が素直に俺の要求に応じて殴り合いすると思うか!? 明日に響くから無理とか後でしてやるとか色々言い訳して逃げ出すに決まってる!!」
「んん、それはそうだな……」
もともと家族を故郷に置いてでも騎士になろうとした御仁だ。
責任ある班長の身でもあるし、私情で活動に支障を来すリスクは犯すまい。
かといって任務終了後に結果する機会があるかといえば、絶対ない。
「まずいな、オーク討伐後なら乗る可能性はあるけど……日数が押してるから多分殲滅が終わったら即移動だ。殴り合う時間がない!」
仮に明日オーク偵察が終わったとしても、既に通常のオーク討伐の日数予定をオーバーした今回の討伐から鑑みるに一日の余裕もないだろう。通常討伐ならそれでも一日くらいは体を休める余裕があるが、今回はないので討伐終了と同時に即移動だ。
……というか、これ以上日数が伸びたら来年の休暇が消し飛ぶんじゃないか? だとするとやばい、来年は地獄が待っている。一刻も早くオークに単独奇襲を仕掛けなければ……じゃなくて、何とかする方法はないか?
「……オークコロニーが発見された場合、作戦立案と用意に最短で二日かかる。その間、オーク戦の矢面に立つ遊撃班はミスがないようにコンディションを整えるのが最優先課題だ。骨でも折れない限り、喧嘩しても支障がない」
「お、おい? 無理なら俺も諦め……」
「しかしこれ以上引き延ばしになると騎士団として最悪。喧嘩で一日休むと仮定すると周囲にかける負担が半端じゃないし不平も出る。喧嘩するならオークの侵入ルートが確定してからじゃないと駄目だな。つまり喧嘩を売るための条件は、俺たちがオークの巣と移動ルートを確定させること……移動ルートが分かれば逆算して巣の位置は特定できる」
「うおーい!? これは俺と兄貴の問題だから、喧嘩の話よりオークの話を……」
「ガーモン先輩が確実に乗り、あの温厚な人が逃げられないくらいの『動機』もいるな。上手いこと口車に乗せるか、いっそケレン味の利いたド派手な設定でいくか」
こうして、俺自身を餌に先輩をおびき出してキレさせる為の計画の骨子が出来上がっていった。
繰り返す。これは正当な理由があるのであって、決してこの傍迷惑な兄弟がさわやかエンドで終わったら「じゃあ何で今までいがみ合ってたんだよ!」という突っ込みを入れずにはいられなくなるからとかそういう理由ではない。二人のうじうじ根性が気に入らないから気合を入れてやろうという訳でもない。
「お前もしかして当人の俺以上にこの話にノリノリだろ!? いや俺的にはお膳立てしてくれるんなら嬉しいけどさ!? そこまでするぐらいなら殴り合い以外の方法もあるんじゃねーの!?」
「いいや、殴り合いがいい。関係が改善するにせよ決別するにせよ、戦士なら戦士らしく武で決着をつけるべきだ!」
これは騎士団の未来と兄弟の将来を賭けた、非常に重要な作戦である。
こうして計画は進み――。
「報告書書き終わったらこれをノノカさんに届けたいんだが、昼に戻ってない方が誘拐にリアリティが出るな……よし、別の人に渡してきてもらおう。確実にノノカさんに届くようにするにはキャリバンかカルメか、後はベビオン辺りに渡したいな。浄化場は関係者以外立ち入り禁止だし」
「俺が持っていこうか?その辺の騎士捕まえてその三人を呼び出してもらって……」
「いや、お前は計画のために事前準備をみっちりしてもらう。そうだな、ベビオンが一番出入りが多いからバウムちゃんで釣ろう。バウム特別団員、君に任務を与える!」
「らじゃー! でも、……何でわたし?」
「ベビオンは女の子にやさしい男だからさ」
書類は彼女の手にわたり――。
「フムフム。つまりガーモンくんをそれっぽく誘導して、それに乗って現場に向かったらすかさず書類を提出しておくと。昼に顔を出さないと思ったら、ヴァルナくんも悪い子ですね~」
「これ下手したら減給モノの悪戯っすよ、先輩……」
「しかし発覚しなければ減給はありませんし? 家族関係の改善の為にとお願いされたら断れませんよねぇ♪ とすると、副団長の手伝いをしてるセネガちゃんを通して情報の遮断を図りますか! キャリバンくんもヴィーラちゃんもこのことはシィー……だよっ!」
「はーい」
「みゅーん?」
若干の悪意を交えつつ――。
「ほう、騎士団にあるまじき不堅実で不誠実で粗雑な計画ですね。しかも副団長の腹心の部下を勝手に自称するこの私にそれを黙っていろと?面白そうなのでいいですよ」
「いいんだ! さっすがセネガちゃん! 今度お礼に王都で新しく開いたドンドルマっていうアイスの店に連れてってあげますよ!」
「すみません、私ドンドルマは名前の響きが好きになれないので別の店でお願いします」
「えー、美味しいのにー! じゃあさじゃあさ、魔物の内臓各種を扱う焼き肉店の予約取ってるんだけど……」
「それいいですね。行きましょう!」
(何の話をしてるのか気になってたら唐突なゲテモノに全部思考を持っていかれた……!!)
(分からん……そんな店を知ってるノノカさんもだが、セネガさんのアリナシの境界が分からん……!!)
そして、計画は見事に成功したのである。
なお、この計画の誤算はバウムちゃんが「それっぽい色つけてあげるね?」と絵の具やクレヨンでぺたぺた色付けした部分が本当にリアルな暴行後に見えたことぐらいだ。酒場の喧嘩で見慣れているということらしいが、彼女には何かしらの新しい才能が眠っている気がする。
「………これが事件のあらましです、先輩」
「絶対に許しませんよ! 一生かけて恨みますからねッ!!」
くわっと目を見開いて恨めし気に叫ぶガーモン先輩。
常に冷静沈着なこの人もこんな顔するんだなぁと思うが、直後に先輩の顔の手当てをしていた我が騎士団の三大母神ことフィーレス先生がきゅっと眉を顰める。
「こら、動くとお手当てできないでしょ! もう、呆れた! この忙しい時に弟と大喧嘩してボロボロになるなんて! 貴方も大人なら騙されてることに気付きなさいよ!」
フィーレス先生は所謂『
ノノカさんと違って教授ランクの人ではなく、たまたま高名な治癒師が王国にいたから弟子入りに来た留学生らしい。なお、笑顔よりむしろ怒っているときの顔の方が可愛いと評判だったりする。
「うぐぐぐぐ……だってあんな姿見たら誰だって!!」
「馬鹿ね、ヴァルナはタマエさんに師事した王国護身蹴拳術の達人よ? 貴方じゃあるまいし素人が背後で変な行動を取ったら逆に気付いて回し蹴りK.O.よ」
「そんなの分からないじゃないですか! ……いだだっ!」
「ほら動かない。治癒布が剥がれるでしょ?」
治療用の特殊な布をぺたぺたとガーモンに張りながら呆れるフィーレス先生に、渋々といった表情で先輩が大人しくなる。年齢ではガーモン先輩の方が一回り上だが、治癒師という重要な役職についているフィーレス先生は騎士にとって逆らえない存在だ。
時たま逆に罵ってほしいと要求する馬鹿はいるが、そういう奴は全員先生の常備するシビレ吹き矢で倒されて後輩に治療室の外に放り出されるのが慣例になっている。
ちなみに先生は俺と一緒にタマエさん主催料理班強制参加の『王国護身蹴拳術習得・強化合宿』に参加した、言わば同門の弟子なのでちょっと優しくしてくれる。周囲からすると優しいフィーレス先生も可愛いということで、要するにフィーレス先生は可愛いのだと語っていた。ちょっと脳が駄目になっているのかもしれない。
「そもそもノノカちゃんが脅迫文を騎士団全体に先に伝えてない時点で100%罠じゃないの。あの子は武器振り回すしか能がない貴方より遥かに頭いいし、私よりヴァルナくんのこと信頼してるんだから。何だったら自分で武装して助けに行くわよ」
「……なんとなく俺の脳内に『ノノカのおもちゃをかえせー!』って言いながら相手をぽかぽかするノノカさんの姿が浮かびました」
「甘いですね先輩。俺の脳内には大量のメスを投擲してナギを串刺しにして高笑いする惨殺天使ノノカさんが浮かびましたが」
「どっちも割とありそうなのは気のせいかしら……?」
確かにどっちが現実でもそんなに違和感は感じないが、後者だと死人が出るのでやはりノノカさんを味方に取り込んだのは正解だったと思う。
閑話休題。
無駄な話が続く間にガーモン先輩の全身が治癒布でびっしり覆われる。
特に顔は鼻の穴以外ほぼ全体が覆われており、ミイラ男の亜種みたいになっている。
別に包帯を巻くのが苦手なドジっこがやるアレではなく、顔が重点的にボコボコだからそうなっているだけだ。貼り終えたことを確認したフィーレス先生は水晶がはめ込まれたシャープな杖を取り出し、ガーモン先輩に突き付ける。
「それじゃ行くわよー……んー、こほん! ……根源たる霊素よ! 古き盟約に従い、彼の者に癒しの循環を――『
魔法の名前を告げると共に杖の先端の水晶がぼんやり光り、それが治癒布に移っていく。
治癒布には古代文字のような印が描かれており、あれが魔導媒体となるらしい。次々に媒体となった文字が光り、隣の文字へとどんどん光が伝播し、いつしか先輩の体そのものを包み込む。
全身に変な光る文様を浮かべたその姿は、何というべきか……。
「端から見ると邪神教のご神体みたいですね」
「ふぇ!? ふぉんふぁふぉふぉふぃふぁっへふんふぇふは!?」
「はいはい何言ってるか知らないけど喋らない! 治癒布剥がれたらそこだけ治らないわよ!」
詠唱をして術の名前でシメるという非常に魔法らしい治癒魔法だが、矢張りというか他の魔法と同じで使い勝手が良くない。魔法の習得は魔術師の間では中くらいの難易度らしいが、とにかく魔力を通す媒体が不可欠で、媒体なしで治療するのは先生曰く「一枚の白紙を虫眼鏡の収束光で全部焼くようなもの」らしい。
しかも媒体も質の良いものを使わないといけないらしく、先輩が全身に張っている布もかなり高価な霊薬の原料となる草を加工したもので一枚一万ステーラするのだとか。まぁそれ自体は一度買えば何度も使えるので必要経費だ。どちらかというと問題は別の所にある。
「フィーレス先輩! 例のアレもってきましたよー!」
同じ治癒師の後輩の青年が治癒室の奥から何やら大きなものを持ってくる。
それは奇妙な形をしたオブジェで、椅子とテーブルを融合させた不思議な形状をしていた。
フィーレス先生は待ってましたと言わんばかりにその椅子に座り、肘かけ付近にある用途不明の大きな溝に杖を持った手を固定し、もう片方の手でテーブル部分に格納された本を読み始めた。もう治癒相手のガーモン先輩には目もくれない。テーブルの端には複数の砂時計がセットされており、そのうちの一つがさらさらと砂を落としている。
何とも言えない光景から目を逸らし、後輩治癒師さんに声をかける。
「いつ見ても凄い形状ですね、フィーレス先生考案の『ずぼら治癒セット』……治癒の間ずっと同じ体勢で相手に杖を向けていなければならないという面倒と退屈を解決するために道具作成班に作らせたんでしたっけ?」
「ええ、傷の治療時間に合わせた砂時計をセットできる上に、最近は飲み物設置用の溝まで追加されました。見た目は少々間抜けですが、あれは革命的な発明だと思いますね」
「ラクチンラクチン♪ あ、治癒にもうちょっとかかりそうだしヴァルナくんは先に部屋に戻っておいたら? 明日忙しいんでしょ?」
『ずぼら治癒セット』で体を固定して楽そうなフィーレス先生だが、逆に下手に動けば治癒布が剥がれてしまうガーモン先輩は邪神像状態のまま全く動けない。寝そべると魔力の回りが悪くなるため体も起こさなければならず、喧嘩の疲労と眠気から若干ゆらゆらしている。
(治療の光景としてどこか決定的に間違っているのは気のせいだろうか……?)
「ちょっと貴方、変に動くと治癒が長引くからジッとしてなさい! 男の子でしょ!」
「ふぉうふぁふぃっふぇふぉ……」
「五月蠅い、四の五の言わない! 今ちょっと本が面白い展開になってきてるから黙って!」
「ふぃふぉい……」
なお、この椅子は密かにヒゲじじい指導の下に量産計画が進められているらしい。
『すぼら治癒セット』が世界に出回る日も遠くない。
ただ、なんとなくこれが世界に出回ったら人類は駄目な方に一歩傾くと思う。
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