第38話 SS:騒動の裏を覗きます

 これはヴァルナの喧嘩計画の裏で起きたほんの小さな人々の接触を追った物語――。





「ヴィーラの住処がそのまんまオークの巣となっている可能性が高い……っと」


 報告書を書き上げて一度ノノカに推敲してもらおうと戻ってきたベビオンは、そこで耳にした驚愕の追加情報を書き込んで報告書を締めくくった。そのまんま提出しようかと一瞬悩んだが一応別の人にも書類を確認してもらおうと走ったのが珍しく功を奏した。

 なお、奏さなかったパターンとしては「そんな当たり前のこと確認するために逐一来るんじゃねえ忙しいんだよ!」と言った具合に先輩に怒鳴られることが挙げられる。


 そんな事を言われても入団1年目のこちらは何をするにも不安だらけだというのに、先輩方は容赦がない。ヴァルナ先輩はキレたりはしないし面倒見は良いが、あれは去年の入団者五人のうち四人が去ってしまって寂しいせいだというのは本当なのだろうか。

 ……いいや、きっと嘘に違いない。


「あんなにノノカさんに可愛がってもらっておいて寂しいとか、それは許されざる傲慢だろ! ……でも本当に優秀な人なんだよなぁ、悔しい事に。俺もあんな風になりたかったんだけどなー!!」


 難関の士官学校入学試験を突破し、並みいる特権階級連中を押しのけてトップクラスの成績で合格。去年の段階で様々な班を回された挙句、「どこでも活躍できる」という判定を押されるなどその才能は止まる事を知らない。

 団長にも気に入られ、去年は最後に残った新人として先輩方に色々な知識と技術を叩き込まれ、タマエ料理長に気に入られている為に自然と料理班全体にも高評価。今回など単独任務に就くという猛烈な特別扱いだ。

 ぶっちゃけ隣にいるロック先輩より遥かに騎士の貫禄がある。

 ……ロック先輩が駄目すぎて相対的にそう見えるだけかもしれないが。


「いやしかし、今回ばっかりは俺が勝たせてもらいますよ……騎道車に戻ってきてない先輩はヴィーラちゃんの存在を知りませんからね。ヒーローになるのは俺!! ……じゃなくて主にキャリバンな気もするが、とにかく脚光を浴びるのはあんたじゃない!! ノノカ様にナデナデしてもらうのはこの俺だぁぁぁーーーーッ!!」


 自分の部屋で勝手に盛り上がるベビオンの独り言も止まる事を知らないが、とにかく少しでも偉大な先輩に勝ってノノカに注目されたい彼は猛烈に盛り上がっていた。

 書類を纏めて封筒に入れ、意気揚々と騎道車の外に出る。


 騎道車は複数あり、食堂のある車、資料室のある車などそれぞれに違う設備が入っている。設備以外はほとんどが騎士の部屋として使われており、副団長の部屋がある騎道車はベビオンの部屋がある車とは別の車なのだ。


 その移動のさなか。


「あ、あの……」

「ん?」


 ベビオンは、出会った。

 出会ってしまった。

 八の字眉がとってもキュートな、可憐なる少女に。


(ぐはぁぁぁぁぁっ!! この胸を貫く情熱的に荒れ狂う律動はぁッ!! 幼女力3000……4000……いや、まさか10000クラスだとぉッ!! こんな辺境の町でS級の魅力を放つ高位幼女体を発見するなんてぇ……!! しかも、声をかけてきた!! この俺に声をかけてきた!! これはつまり運命の女神がもっと俺にモテろとささやいているすなわち天啓ッ!!)


 ――この間実に0,1秒の思考である。


 幼女――それはベビオンにとっては世界のなによりも守るべき対象。

 幼女の前では一部の隙も無い紳士であれという鉄の不文律を抱かせた存在。

 それがどんな身分で何の目的を持った幼女であれ、ベビオンは絶対的に幼女を優先するし、そのために自らの命を捧げても構わないと思っている。


 故に、ベビオンはなんの迷いもなくその少女に膝をついて優しい声色で話しかけた。


「私はベビオン。一介の騎士をしている。お嬢さんの名前を聞かせてくれないか?」

「……私、バウム。町に、住んでる……」

「美しい響きの良い名前だね。それでミス・バウム? ここに来たということは、もしや王立外来危険種対策騎士団に入用かな? 必要ならば、いつでも騎士団の力を貸してあげるよ?」


 独断で騎士団を動かす宣言をする新米騎士。勿論大問題である。

 なお、ベビオンはその必要があると思えば本気でローニー副団長の所に直訴し人員を掻き集める所存である。上手くいくかは別問題だが。

 ベビオンの顔を見た少女は、最初は少し警戒していたが、やがておずおずと一つの封筒を差し出した。


「これ……ノノカって人に急いで渡してって」

「これを……? そうか、分かった。私が責任をもってノノカ様に届けよう」


 受け取った封筒はそれなりに大きく、そしてロウで封をしてある。

 無条件で受け取ったベビオンだが、ふと思う。

 この封筒は一体誰からのものなのだろうか?

 ノノカに書類を届けることはよくある。

 しかしそれは騎士団内の話であって、初めて来た村の人が突然名指しでノノカを指名して手紙でもない大きな封筒を渡しに来るというのは考え難い事だ。

 聞くべきか、聞かぬべきか――そう悩んだ刹那、答えはバウムの口からあっさり告げられる。


「ヴァルナにお願いって頼まれたから……町の被害に関わる大切なものだけど、私を信じるって言ってくれたから……だから、絶対届けてね?」

「……ッッ!!!」


 そう言い残し、バウムは足早にその場を去っていった。

 その場に取り残されたベビオンは、しばし間を置いて膝から崩れ落ちる。


「単独任務の合間に、あんな可愛い子供を口説き落として……しかも話の流れからして封筒の中身はオークに関する報告書!? 畜生、畜生ッ!! こんなのあんまりだろ……俺がどんなに頑張ってもあの人は全てに於いて俺の上を行くのかッ!? ちくしょぉぉぉーーーーーーッ!!!」


 まるですべてを失った哀しき男のように空を仰いで慟哭する彼の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちていた。自分が幼女の為の努力をしているうちに別の幼女と仲良くなるという屈辱的なまでの差は、ベビオンの心に奈落のような風穴を空けた。


 それは騎士として、幼女を愛する者としての、明確な敗北だった。


「おい、ベビオンがなんか崩れ落ちて泣いてるぞ」

「ノノカさんにフラれたんじゃね?あいつも飽きねえなー……」


 ――客観的に見て彼が唯の馬鹿であることは、言うまでもない。




 ◇ ◆




 三日目の夜――騎士団にとって早ければもう現場の下見を済ませ、オーク掃討のための準備を開始していてもいい頃合いだ。ところが未だに騎士団は巣があるっぽい場所を見つけているのと、そこの内部が確認できないことの二つしか把握していない。


 偵察の間では町への襲撃ルートが不明なことから、あのオークのいる断崖は実は巣の入り口のひとつに過ぎないのではないかという疑惑さえ浮かんでいる。


 しかし、そんな中でも副団長を務めるローニー副団長は慌てず騒がず自室兼執務室で静かに己の仕事を遂行していた。この状況下にあってこの冷静さ、流石は副団長にして現場責任者。特権階級身分の器の大きさを伺わせる。


「……明日で四日目、仮に明日作戦が纏まったとしても準備に最低二日、事後処理に最低二日経過観察を入れれば合計十日……ははははは団長には一週間以内に片づけて別命あるまで待機って言われてるのにもう駄目だなこれは、うん駄目だ。やっぱりねぇ、諦めるのって肝心だよね。この遅れは確実に有給を以てして埋め合わされるだろうね。ははは……ごめんマキ、また帰れそうにないよ。ごめんリベリー、日曜に一緒に遊ぶ約束、もう守れそうにない……!!」


 ――訂正、やっぱり駄目なようである。


 戦場で家族の名前をどうこうという話は余りにも有名だが、彼の場合は全力でそれと趣が異なる。どちらかというと仕事に忙殺される悲しいパパさんの悲痛な叫びの集合体である。

 鬼のような忙しさのなかで生きるローニーは王立外来危険種対策騎士団のナンバーツーだ。故にデスクワークにも忙殺されるし、地位の高さに比例した責任を負う。出世すればするほど自由時間が融けて消えてゆくこんな世の中では息子との約束を守ることすら満足にできない。


 これはローニーが悪いのでもひげジジイことルガー団長が悪いのでもなく、この騎士団に過剰なまでに注がれる仕事量が悪いわけで、結論としてオークが悪い。ついでにローニーを嵌めて下に落とした聖騎士団の人間にも責任の一端があるが、それはともかくとして。

 ともかく、ローニーの精神は割と限界だった。

 医務室にいる三大母神のお姉さん系から胃薬を貰ったりして誤魔化しているが、最近のローニーは夜にまったく眠れていない程切羽詰まっている。仕事が遅れると給料以外にも沢山の厄介事が湧いて出るのだ。


「――随分苦しんでいますね」

「うおわぁッ!? ……あ、ああ。セネガくんか。心臓に悪いから音もなく部屋に入ってくるのはやめてくれたまえよ、ホントに」

「あら、これは失礼。ノックを忘れておりました」


 わざとらしく背後のドアをノックするセネガに、ローニーは溜め気を吐いた。

 セネガは以前は特権階級だっただけあって他の団員より書類仕事ができる為、ローニーのサポートに回ってもらうことが多い女性だ。しかし彼女はどこか人より歪んだ性格をしているため、態と気配を消して部屋に入ったりとローニーを無駄に驚かせる真似をする。


(直属の上司なンジャさんもセネガくんにはちょっと甘い所があるからなぁ。女の子というのは本当に扱いが難しい。料理班の子たちはあんなに素直なのに……と、イカンイカン)


 セネガが部屋に来たということは、なにか報告があるという事である。


「それで、どうしました?」

「良い報告と悪い報告が二つずつありますが」

「悪い方で」

「定番かつありきたりな選択ですね。いえ、だからどうという訳ではありませんが」


 セネガが眼鏡をくいっと上げるが、仕草に意味はなく言ってみただけだろう。

 彼女はそれとなく意味ありげな態度を取りつつ実は何の意図もないことが多い。女性の心は難解だが、彼女の心はどちらかというと不可解である。


「では悪い方を。一つ、騎士ヴァルナは今日の報告をサボるそうです」

「そうか、分かった。今日は帰ってこれないんだね」


 セネガは敢えて悪意ある改変を行っているが、ローニーの知る限りヴァルナは任務に対して真面目すぎる男だ。報告がないのは正直不安なのだが、まぁ訳があるのだろう。

 こちらのリアクションが薄いことに「この手はもう通じないか……」とセネガが呟く。もちろんこちらにギリギリで聞こえる音量である。以前はこの手の悪戯に引っかかって混乱させられたが、慣れた今となってはさらっと聞き流すことが出来る。


「で、次の報告は? ロックくんが飲み過ぎてまた倒れたとか、アキナくんが暴れすぎてザトーくんが怪我をしたとかかな?」

「いえ、大したことではありません。町の付近の川でオークと別種の魔物が捕獲されただけです」

「ぶっふぅぅぅーーーーッ!!」

「ふっ……予想通りのリアクションをいただきました」

「人で遊ばないでくれ!! それよりも、オーク以外の魔物って一体どういう!! しかも捕獲されたなんて私の所には何の報告も入っていませんが!?」


 どうやら最初のひとつで敷居を下げさせたうえで二射目を全力投射する戦法だったらしいことを悟りつつ、その二射目の威力のドでかさに大ダメージを受ける。オーク以外の魔物という時点で国家レベルのニュースなのに、何故目撃報告より先に捕獲報告が上がるのだ。


「上司に確認をしてから捕獲するでしょう、普通は!!」

「その水棲魔物は非常に弱っちく、キャリバンの管理していたファミリヤが面白半分で捕獲できるほど小さかったそうです。現在はノノカ女史の指導の下、安全に管理されています。詳しい報告は後程別の者が」

「あ、ああそう……本当に大丈夫なんだね?」

「報告ではそのようになっております」


 果てしなく不安なのは何故だろう。あの小さな学者は一般人と大きく感覚がズレているため、安全の尺度もズレていないか心配だ。


「はぁ、もうドっと疲れましたよ……良い方の報告をお願いします」

「その魔物が住処としていた場所がどうやらオークの住処となっている可能性が高いので、明日からその線で調査を行うとのことです」

「な、なんだって!? 運命の神はまだ私を見放していないのか……!!」


 これまでの疲れが吹き飛ぶ嬉しいニュースにローニーは思わず机に手を叩きつけて立ち上がる。手の痛みを忘れる程に貴重な、やっと暗雲立ち込める調査状況に差した光明だった。

 偶然捕獲された魔物の住処が偶然オークに占拠されている。

 こんな運命の悪戯を用意した神に、感謝の言葉をいくら送っても送り足りない。

 しかも、いいニュースはもう一つあるのだ。


「それともう一つのいい報告ですが、騎士ヴァルナがオークが町に出没するときに使用している侵入ルートが特定できそうなので明日の朝一に報告書を上げるとのことです」 

「なんと!! どうしてそれを早く言わな……というか最初の悪いニュースは要らなかったではないですか!! 何でわざわざ言わなくてもいいニュースを水増ししたんですか!?」

「その反応が見たかったので♪」

「愉快犯!? お願いだから私の胃と血圧の為にやめてくださいッ!!」


 にこっと見せるその美しい笑顔が全然嬉しくないローニー副団長であった。

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