第34話 見つけたもん勝ちです

 すべての出来事には、必ず発生する理由が存在する。

 しかし、その理由の多くは日常生活を送る人間にとって余りにも些末な出来事であるため、その一つ一つを究明しようとする者はいない。こうして世の中には誰も見向きもしないが故に明かされないまま埋もれてゆく真実が数多く存在する。

 そして、時にその埋もれた真実は思わぬ過去を芋づる式に引きずり出させる。


 『ナギの指示で』急遽呼び出された数人のクリフィア民兵団の面々は、指示に従って自らの仕事を終えて副団長に報告していた。


「聞き込み終わったぞ。何人かだが、最近夜中に水路で水音がしたってよ。ただ、ここの水路はたまに魚が登ったりしてるから別段気にはしなかったみたいだぜ?」


 団長に頼まれたとはいえ、内容は日常的に起こりうる些細な報告だ。

 報告する本人もこの聞き込みに何の意味があるのか不思議そうな表情をしている。

 他の面々も同じ感覚のようで、調べはしたがその行為に何の意味があるのか理解できかねるようだ。


「水路の蓋なんだが、俺も確か魚が盗まれた日に蓋が開いてる水路を見かけたぞ。誰の悪戯かと戻しておいたが、後になって周りに聞いてみたらその後にも何度かあったみたいだ。取りあえず団長が戻したのも含めて五回は蓋が開けられてる」

「ついでに苦情も入った。隣のおばちゃんが最近貯水層の水が時々臭いってよ」

「こっちは商品の紛失だ。大通りに並べる予定で家の前に置いておいた豆の袋がパクられたって八百屋のおやっさんが喚いてた。ブツが無くなったのは昨日から今朝にかけての間だ」

「……そりゃおやっさんが不用心過ぎるんじゃねえか?」

「この小さい町で盗みをする奴なんて余所者以外はいねぇからなぁ。おやっさん、犯人とっつかまえて三枚におろしてやるって台所で包丁研いでるぜ」


 言われてみればどこからともなくしゃーこ、しゃーこと規則的な音が聞こえてくる。

 八百屋のおやっさんは町の有名人で、町では手に入らない野菜を仕入れて売っている年季の入った商人だ。その性格はステレオタイプの頑固者で、やると言い出したら周囲の話を聞いてくれない。


「……おやっさんに殺されたら可哀そうだから、泥棒は俺らで捕まえるか」

「……だな」


 ちなみに、言うまでもなくクリフィアの砥石は国内有数の高級品なので包丁はさぞよく斬れるだろう。


「しかし副団長。この聞き込みに何の意味があるんだ?」

「さあな。あの二人に聞いてくれ」


 いいようにこき使われているのは同じだと言わんばかりに肩をすくめた副団長は、ヴァルナとナギが調べものをしている町長宅二階を顎で指した。




 町長宅の書斎――もとい、この町の公文書の類が保存されている倉庫で、俺はナギと一緒に調べものをしていた。


「まさか町の建設計画が町長の家に残ってたとはな。大都市以外だと残ってなかったり、そもそも計画書なしで作ったりしてるから」

「町がデカくなった時に記念館をつくろうって計画があったらしくてな。町の歴史になるモンは町長が全部保管してんだよ」


 平民の治める町では珍しいので個人的には非常にありがたい話だ。

 癪な話だが、特権階級連中はこういった資料を保管する意味や価値をよく理解している。貴族とは元来王家の命で土地を治める存在だから記録は責務だし、商人は帳簿や契約書を大事にする。その理屈を知らない平民が治める土地や古くからの集落では、この手の資料は曖昧な人間の記憶から探る羽目に陥る。


「リッキー町長に感謝だな。ええっと水路の計画……これか?」

「それは二十年前の補修計画の奴だ。最初の設計はその隣じゃねえか?」

「こっちか……マジかよ、町の建設とほぼ同時進行で作ったのか!? 百年以上前の話じゃねえか!! こりゃ作った人を探すのは無理だな……」


 保存状態はいいが、さすがに百年以上も放置されただけあってそれなりに変色している計画書を掴み、俺は本棚の近くのテーブルにそれを広げる。建設に必要な資材、建設理由、必要人員と予定表、関係のない部分を次々にめくり飛ばした俺は、やっとお目当てのページを発見した。


「これだ。水路の水の出どころ。コイツが気になってた」

「俺はてっきり川からそのまま引いてるもんだと思ってたんだが……天然の水脈を利用してたのか。道理で大雨が降ってもあまり濁らない訳だ」


 興味本位でナギが覗き込むそのページには、天然の湧水が作った小川を利用した水路を作る計画が示されている。

 まず一つの大きな水路を作って足場を固め、そこから飲料用と生活排水用に二つずつ水路を分ける。計四本の水路のうちの二つが大通りを左右に流れていたものであり、飲料用は住宅地の小さな通路の下を通って貯水槽と呼ばれる水深の深いエリアに繋がり、そしてそこから漏れる余分な水が生活排水用の水路と繋がって川に落ちる。

 貯水槽は水の量が減るとため池代わりになるようだ。

 増水の可能性があるため排水路は大きめに作られたらしい。

 以上が水路の基本設計である。


「成程なぁ。この湧き水があったからこそ町をここに設計すると決めたって訳か。うーん、この町に住んでるのに知らなかったぜ。昔の人って賢いなぁ」


 感心したようにまじまじと設計図を見るナギだが、ついでに言わせてもらうならばこの水路を作る為に使われた石の量と加工技術も凄まじい。これだけ大規模な水路を漆喰セメントの類なしで完成させるこの技術力、下手したら建設業界に波紋を呼ぶかもしれない。


 が、肝心の部分はそっちじゃない。源泉の方が一番の問題だ。

 俺の予想が正しければ――ここが突破口になるはずだ。

 

「源泉は付近の断崖から流れており、これを利用することとする。これに際して水源の調査を試みるが、余りに深く水深も増すために断念。ただし、深さや距離、方角から逆算するに……」


 俺はその資料に載っている地図の横に騎士団が作った周辺地図を置き、町から水源へと同時に指でなぞる。指は全く同時に、同じ動きで、とある一か所でぴたりと止まる。


「水は町の北にある断崖の方角から流れているものと思われる、ね」

「……おいヴァルナ、ここって!!」

「ああ、どうもそうらしいな。後は聞き込みの結果が芳しければ完璧だ!」


 資料の地図に示されたその場所は、現在オークの群れがいると思われる断崖と寸分の狂いもなく重なっていた。


 しかし、ナギもまさか自分が毎日通っている町の水路に危険が潜んでいるとは想像だにしなかっただろう。料理班が悪魔と恐れる『黒き閃光G』という六足歩行昆虫を彷彿とさせる。一匹見たら三十匹いると思わせるところまで似通っているのが気持ち悪い所だ。


「断崖から直で生活圏に……そんなの見張りで防げる訳ねーじゃねぇか! ふざけんなよあの豚共!?」

「言ったろ、オークなめんなって。連中も人間の目は気にするからな……はぐれならともかく集団のオークは意外にこそこそするんだよ」


 確かオークが占拠する断崖には頂上から下に続く縦穴があるという話だ。それと今回の情報を繋げると、恐らくその縦穴は地下の湧き水とそれが流れる水路に繋がっていることになる。

 オークは故意か偶然かその事を知り、水路という人間の見張りがない安全なルートを通って夜な夜な町に侵入していたのだ。まだ証拠はないので断言には至らないが、もうそれしか考えられない。


「でもよ、この水路って奥に行けば行くほど水深が深くなってるみたいだしオークは溺れちまうんじゃねえの?」

「あんまし知られてないけど、オークって陸上生物の癖にかなり泳げるんだぜ。とある船で見世物にされてたメスオークのフェロモンを頼りに大陸から島へ渡ったオークがいるなんて話もあるくらいだ」

「海を横断したのか!? あいつらハイスペック過ぎるだろ……」


 水棲の魔物には流石に負けるが、息継ぎなしで20分も続くと言われる潜水能力と体躯に似合わぬ泳ぎっぷりはコボルドやトロールにはない特徴だ。そもそも連中が泳ぎ下手なら今頃王国にオークは上陸していない。

 ……オークがいなければ平民騎士団は結成されず、俺は騎士になってないというのが個人的には非常に複雑な気分だが。そうなったら今頃元最強のクシューが未だに幅を利かせていただろう。


「でもよぉ、そうなるとなんで今まで人間に被害が出なかったんだ? 寝てる人間なんて恰好の餌食じゃねえか?」

「それは俺も気になった。無抵抗の動物なんて格好の餌食だ」


 オークは餌を手に入れる為に外敵を殺すことを躊躇う種族じゃないし、場合によっては人間を餌にしてしまう。また、理由は定かではないが時々若い女性を攫うこともあるらしい。ナギの言う通り寝ている人間など恰好のカモだ。

 それについては詳しく調べないと分からないが、予想くらいなら俺でもできる。

 これでもノノカさんのオーク系トークを一番聞いているので騎士団内ではオーク博士寄りの騎士である自負がある俺の名推理によると、理由はこうだ。


「流石のオークも寒中水泳は体力的にキツかったんじゃないか? 元々寒い場所に棲む魔物じゃないし、帰りのこともあるし、人間に目を付けられたら袋叩きにされる上にせっかくの侵入ルートが露呈するからな」

「オークってそういう事まで気にするのか!?」

「気にするんだなぁ幸か不幸か。ホンット面倒臭い奴等だよ」


 ついでに言うと町に来たのは未成熟なオークだし、行きも帰りも道が狭いので大きなものを持ち帰れないという制約もあったのかもしれない。まぁ、今は関係のない話なのでこの考えは保留だ。

 先ほど自警団副団長が伝えてくれた報告をメモした俺は、その情報を基に自前の地図に書き込みを加えていく。


「水路の蓋が空いてた場所がここで、日にちは……っと。で、畑が荒らされた日と魚がなくなった日を並べて……よし、やっぱりな」

「被害があった日の近くで水路の蓋が空いてる……マジかよ、俺疑いもせずに蓋しちゃったよ! あれオークの尻ぬぐいだったの!?」

「まーそういうのは特に意識せずに戻しちゃうからしょうがないな」


 俺も騎道車内部のパイプから白い煙が漏れてたら特に気にせず補修テープで塞いでしまうことがある。後でライに「塞いでくれたのはいいけどなんでそれを早く言わないんですかぁッ!!」と滅茶苦茶怒られたのは苦い思い出だ。だって騎道車ってそれ自体が試作品だから、そういうこともあるかって納得しちゃったんだもの。


「あれ、でも今日蓋が空いてた場所は何の被害も受けてない……?」

「ここ……八百屋のおやっさんの家の真ん前だな。おやっさん確か豆の袋がパクられたって……まさかそれか?」

「おお、流石地元人! 成程、そういうことなら辻褄が合うな!」

「へへっ、俺も少しは役に立つんだぜ?」


 この辺は地元の人間でない俺には分からない点なので非常に有り難い。

 貯水槽の臭いというのが正直オークのせいなのかよく分からないが、これでオークが水路を利用しているという線はかなり濃厚になってきた。ここまで条件が揃っていれば、報告書に書けるだけの信憑性はある。


「よし、後は書類を書き上げるか。ナギ、このことはまだ自警団や町長さんに伝えてくれるなよ?」

「ああ、勿論分かってるよ。話し合いの通りにやるんだろ? 俺も腹決めるさ……」


 この時――俺は、ナギがこっそり荒縄を隠し持って俺の後ろに立っていることに気付けなかった。


(……を騙しているようで悪いが、私情の為にお前を利用させて貰う。精々自分の運の悪さを呪ってくれよ)


 この見逃しを、俺は後に後悔することになる。




 いや、別に最終的にはさして問題なかった訳なので、あくまでささやかな、そして若干のコミュニケーションの噛み合いの悪さが生んだ誤解的な後悔なのだが。

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