第33話 SS:情報も積もれば意味を成します

「ふみゅう……?」

「お? ようやくお目覚めか」


 ヴィーラに関する資料に没頭していたキャリバンがその声に反応して顔を上げると、丁度目覚めたヴィーラが伸びと共にあくびをしてる所だった。既に見物人たちはいなくなり、ヴィーラの周囲にはキャリバンとノノカの二人しかいない。

 ヴィーラはきょろきょろと周囲を見渡し、微かに俯き、そしてこちらの存在を確認すると「みゅーん!」と挨拶をするように鳴き声を上げた。


「では、そろそろやりましょーかキャリバンくん……未来を賭けた、魔物との対話を!」

「俺達の英断が未来を救うと信じて! ……って何やらすんですかノノカさん? 別にそんなに凝ったことする訳じゃないっすからね?」

「分かってますよぅ。ノノカだって畑は違えど魔法を齧ってますからね!」


 ちなみにファミリヤ魔法は現存する魔法の中でもかなりの難関らしく、ノノカさんの頭脳を以てしてもちょっと手が出せない代物らしい。道理でファミリヤ契約が出来る魔法使いが国内に一人しかいない訳だと変に納得してしまった。


 それはさておき、さっそくリングだ。

 共鳴のリングを取り出したキャリバンは、ヴィーラに近づく。


「いいか、ヴィーラ? 今からお前とお喋りする為にこのリングを渡すぞ。丁度お前の腕に嵌ると思うから大人しくしてるんだぞ」

「みゅん!? みゅーん……」


 こちらの言葉が伝わっているかは果てしなく微妙だが、ヴィーラは指輪に視線が釘付けだ。初めて見る物体が物珍しいのか、それとも光物が好きなのか、かなり気になっているご様子だ。


「どうしたんすかね? そんなにリングが珍しいのかな……」

「食べ物と勘違いしている訳ではないと思いますし、気にせず続けたらどうですか?」

「それもそうっすね。それじゃ、いくぞー!」

「みゅー……みゅん!?」

 

 ヴィーラの左手を持ち上げて、リングをするりと通す。

 あとは後ろに控えているファミリヤを通して魔法を使えばリングは自動的に対象に相応しいサイズに収縮し、会話が可能になる――筈だったのだが。


「みゅ、みゅ~~~ん!! みゅぅぅ~~ん!!」

「うおっ!? なんだ、嫌なのか!?」


 突如顔を赤くしたヴィーラが激しく動揺して暴れだす。

 元の体が小さいので暴れても大したことはないのだが、嫌がっているといいよりは訳も分からずあたふたしているように思える。その証拠にリングから手を抜こうとするそぶりはない。

 少し迷うが、そんなにパニックになるとはリングに何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。そう考えたキャリバンはいったんヴィーラの手からリングを抜こうとするが、今度はそれに反応したヴィーラがリングを渡すまいと必死に抵抗してきた。


「みゅんみゅんみゅんみゅ~~~~~~んッ!?」

「ええ!? リングを外すのも嫌なのか!?」

「みゅ~~~~……みゅんッ!!」

「どぶはぁッ!? 本日二回目ッ!?」


 どっちやねんと混乱している隙を突いて、再び特大の水の塊を吹き付けられたキャリバンはあっさりと後方にひっくり返った。今更ながら、ヴィーラはあの小さな体のどこにこれほどの水を溜めこんでいるのだろうか。

 体を起こすと、こちらを見下ろすヴィーラはご立腹なのか腰に手を当てて頬を膨らませている。一瞬水の追撃かと思ったが、単に空気で膨らんでいるだけらしい。


「みゅん! みゅーん! ……みゅーん!」

「いててて……え? 何? 一度寄越したプレゼントをレディ目の前で取り上げるのはどういう了見だって? いや、だって嫌がってんのかと思って……」

「みゅ~~~~ん!! みゅん!!」

「えぇ……まぁ気に入ってくれてたワケね? 悪かったよ、取り上げようとして。でも後で返してね? それ、大切なものなんだ」

「みゅぅぅぅ~~~ん? みゅーん!」

「そ、それはちょっと困るなぁ。代わりに何か用意するから、それと交換じゃ駄目?」


 結婚指輪など比じゃないほどの高価アイテムをネコババしようとは想像以上に豪快な少女である。尤も本人は金銭的な価値を見出した訳ではないらしいが、詳しいことは良く分からない。

 説得に協力してもらえないだろうか、と思って後ろを振り返ると、ノノカとファミリヤが目を丸くしてこちらを見つめていた。


「き、キャリバンくん……いつのまにヴィーラと契約したんですか!? しかも性別まで分かるなんて!! ヴィーラは子供の頃は性別が判別できないことで有名なのに!!」

『オイラ、魔法発動サセテナイ!ナノニ会話成立、ナンデ!?』

「え? ええと……あれ?」

「みゅーん?」


 ヴィーラと同時に二人で首を傾げ、そういえばなんでみゅんみゅん言っているだけのヴィーラの事がこんなに分かるのだろうかと首をかしげて彼女を見やる。すると、先ほど嵌めたリングが小さく輝き、いつの間にやらヴィーラの腕にぴったりのサイズに変形していた。


 その光景が意味することは一つ。

 魔法がすでに発動された、という端的な事実である。


「……な、な、な、何だとぉぉぉーーーーーッ!?」


 ――念のために説明するが、指輪の魔法を発動させるにはファミリヤを通すしかない。


 しかし、実はキャリバンには一つだけ見落としがあった。そしてその見落としは、彼にファミリアの何たるかを教えた人物が「この国にはオーク以外に魔物がいないから省いていいか」と教えないままでいた事実が深く関係していたのだが……。


「どどどどこで間違えた!? というかこれ本当にどうなってるんだ!? 魔法が上手くいった場合、ファミリヤに通訳してもらうことになるって師匠(せんせい)が! あれ!? まさかの記憶間違い!?」

「みゅーん!みゅーん!」

「ちょっとノノカには分かりませんねー。でも一応コミュニケーション取れてるんですしイイんじゃないですか?」

『結果オーライ! ケセラセラー!』


 結局、ヴィーラとキャリバンの間で魔法が成立した理由は不明のまま話は進むこととなった。


「みゅみゅん、みゅーん」

「そ、そうなんだ……まぁしょうがないな」

「みゅーんみゅーん、みゅーんみゅ~ん♪」

「はぁ……それはぜひ一度ごちそうになりたくなるね」

「みゅぅん……みゅぅぅーん。みゅう……」

「……っ!!」

「みゅーん! みゅんみゅ~~ん!! ……みゅぅーん」

「……それで親元をはぐれてしまったんだね」

「みゅぅぅ~~~~ん! みゅんみゅん……みゅ、みゅぅぅぅんっ!!」

「いや、その節はホントごめんね。よく言い聞かせておくから……」


 一通りヴィーラの話を聞いて状況を把握したキャリバンが後ろを向き、沈痛な面持ちで口を開く。


「……いま聞いた通りっす」

「いや説明してくださいよ!? どう聞いてもヴィーラちゃんがみゅんみゅん言ってたのにキャリバン君が一人で頷いてたことしか伝わりませんから!」

『ツマリ、ドーユーコトダッテバヨ! 鳥ニモワカル言葉デハナセ!』

「あ、そっか二人には分からないのか……ええと、ちょっと待ってくだいっす!」


 先ほどの話を反芻するようにぶつぶつと何かを呟いたキャリバンは、話の整理がついたのかたどたどしく喋りだした。彼がしっかりしてくれないと壮大に何も始まらないという自覚があるのだろうか。


「ええと、まず私はヴィーラなんて名前じゃないよと」

「はぁ、それは種族じゃなくて個体名の話ですね?」

「はい。でも、会ったばかりの人に自分の名前を教えていいのか分からないから、今は名乗るのに抵抗があると。それで俺はしょうがないねって返事したんっす」

「うんうん、あの短い言葉の中にそんなメッセージが込められていたことにノノカちゃん驚愕です……」


 みゅみゅん、みゅーんでそこまで伝わるファミリヤ魔法って凄い。などと関係ない事を考えつつ、ノノカは先を促した。


「それでそれで?」

「ええと……彼女の故郷は天井に穴が空いた洞窟の中で、そこは湧き水が綺麗で日が差す部分に堆積した土や埃で丘になっていると。そこに生えているフルーツがとっても美味しいからいいだろ羨ましいだろ、と。そこで俺も一度食べてみたいなぁと返事した訳っす」

「うんうん、ビックリするほど話が脱線して未だに本題に辿り着かないことにノノカちゃん戦慄です……」


 このヴィーラは見た目もさることながら実は滅茶苦茶暢気な個体なのではないだろうか。とはいえ、住んでいた場所は日の光が差すらしい。さらっと重要な情報が飛び出たので無駄ではないと考えることにする。

 しかし、関係のない話はそこまでだった。

 

「それでヴィーラたちは平和に暮らしてたんっすけど、ある日住処に敵がやってきたそうっす」

「どんな敵ですか?」

「ええっと……こう、頭から垂れ耳が生えてて、二本足で立ってて、緑色で薄気味悪くて、目つきが悪くて牙が突き出て鼻がデカくてへちゃむくれで品性を期待するのが絶望的なまでに知能が低そうで生きてて恥ずかしくないのか問いただしたくなるほど醜悪な生物だったそうです」

「わーお、止まらない辛辣な悪口にノノカちゃん思わず冷や汗が出ちゃったなぁ……ホントにそう言ってるの?」

「……大分マイルドで短めに再翻訳したっす」

「目の前で無残に崩れるヴィーラ性格像にノノカちゃんショーックッ!?」

『ツーカ、ソレッテオークジャネ?』


 ヴィーラの止まらない毒舌っぷりにもショックを覚えたノノカだが、ファミリヤが言うように敵の特徴が限りなくオークに近い。というか、この大陸内でそんな生物はオークしかいない。どうやら彼女もあの忌々しい生物のせいで割を食っている不運な生物の一員らしい。ようこそオーク被害者の会へ、である。


「ヴィーラ達は数が多くて体が丈夫なオークを追い払えず、仕方なく湧き水が通る二つの道のひとつを使って一時的に避難したらしいっす。でも……その途中でオークがヴィーラを捕まえようと水に飛び込んできて、パニックになった彼女は皆とは別方向の道に逃げてしまったと……そして我武者羅に進むうちにいつの間にか川の付近に出てたそうです」

「そう、ですか……」


 オーク襲撃の被害がこんなところにまで及んでいる事にはショックを受けたが、話を聞いた限りではヴィーラの群れはまだ生きて近くにいると思われる。一先ず彼女を親元に返すのを諦めるのは早そうだ。


「……で、オークの糞尿のせいで水が段々汚れてきて引き返すことも出来なくなったヴィーラは意を決して川に飛び出し、魚につつかれワニに追い回され散々な目に遭った挙句にファミリヤに捕獲されて騎士団まで連行された、と。そういう顛末ですね」

「みゅ~~ん!!」

「は、波乱万丈でしたね……?」


 ものすごく恨めし気にファミリヤを睨み付けて唸るヴィーラに、ノノカは咄嗟にそんな陳腐な言葉しか出てこなかった。ヴィーラとは皆がこんな感じの性格なのだろうか。温厚で大人しい魔物のイメージがノノカの頭の中で次第に瓦解してく。

 いやしかし、気のせいか非常に重要な話がポンポン出てきていないだろうか。

 主に、現在の騎士団に任務に密接に関わりそうなオークに関して。


「つまり、あれですか? もしかして彼女の故郷って人里からは発見できない秘境の地で、そこが占拠されてるってことですよね?」

「そうなりますね。ちなみに場所はこの付近で間違いないみたいです」

「オークっていうのは群れだったんですか?」

「みゅ~~~ん」

「沢山いたそうっす。醜すぎて地獄だったって言ってます」

「……もしかして、騎士団が探してるオークコロニーの場所ってヴィーラちゃん達の故郷の事なのでは? それだけ周囲の目がない場所だっていうんならもう条件としてはバッチリだと思うんですけど?」


 しばし、沈黙。

 やがてその推測をやっと理解したキャリバンの目が見開かれる。


「……ヴィーラちゃんの故郷がオークの居場所でもある!?」

「そうですよ!! つまり任務遂行がそのまんまヴィーラちゃん達の為になる! 彼女の協力で居場所が特定できたとしたらもう完璧な展開じゃないですか!」

『大発見ダ、オ手柄ダ!!』

「みゅ? ……みゅ~~ん♪」


 何に対して盛り上がっているのかイマイチついていけていないヴィーラは、なんとなく周囲が盛り上がっていることを察したのか楽しそうに鳴き声を上げた。


 こうして、思わぬところで一匹の魔物と騎士団の任務が重なった。

 世の中、危険はそこかしこに潜んでいるが、同じくらい希望も潜んでいるものである。

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