第32話 SS:癒されたくて癒したいです

 王立魔法研究院に所属する学者は、騎士団以上に個性的だ。


 例えばノノカは自然環境や生物学に特化しているが、フィールドワークを好むあまり教え子は殆どおらず、彼女の研究室は同好の士が数名で固まって研究をしている。彼女が騎士団に四六時中同行出来るのは、彼女以外にも環境学などを教えられる人間がいるからだ。


 逆に、代えが利かない人材は気軽に研究室を空けることは出来ない。

 例えば騎士団で使役されるファミリヤも元を辿ればたった一人の魔法使いが契約した存在だというのは騎士団内でも有名な話だ。その学者は根っからのインドア派であり、しかも猛烈に人を選ぶ為にこれまでなかなか協力を得られなかったという経歴がある。


 ファミリヤは王国にとって革新的な技術だ。是非とも導入したい。

 しかし『彼女』は役人や騎士団がどんなに説得しても応じなかった。

 理由はたった一つ。王国がファミリヤを奴隷か道具のように使い捨てるのではないかという危惧があったからだ。


 最終的に彼女は「ファミリヤ使いとなる人間の人事権を完全に自分に一任する」という破格の条件を飲ませることで、王国の要求に応じた。これが僅か1年前の出来事である。


 で、肝心の任命方法なのだが……彼女は非常にアバウトな手を取った。

 聖騎士団含む全騎士団を整列させた場で、彼女は五羽のファミリヤたる鳥を放った。そして、そのファミリヤが止まり木の如く近づいた人物をゆっくり見渡した。


 肩に止まられて驚きを隠せない人間、咄嗟に振り払ってしまった人間、悲鳴を上げる人間、キレッキレのスウェーで回避した人間……そして、最後の一人が彼女の目に留まった。


「……あのー、頭が重いので退いてくれないっすか?」

『ヤダ。ココ、トクトーセキ』

「さ、さよか……フンはしないでくれよ?」

『マァ、レディーニムカッテオ下品! 失礼シチャウワ、フンッ!』

「めっちゃ饒舌に喋った!? さっきの片言っぽいのは何だったんだ!?」


 そこには、頭頂部を大きなインコに占拠されて困り顔の青年――新人の平民騎士キャリバンの姿があった。彼はファミリヤを邪険にするでもなく、媚びるでもなく、自然体で受け入れていた。


「……貴方を、教え子にする」


 この年、彼女はキャリバンを王国のファミリヤ使い一号として一か月の集中講義を行った。




 ◇ ◆




 人生初のオーク以外の魔物との接触――しかもこちらに懐いてくるような存在と出会うとは、案外自分は稀有な時代にこの騎士団に入ったのかもしれない、とキャリバンは思う。その上ヴィーラは大陸でもそうそうお目にかかれないというのだから驚きだ。


 同時に、急いであの魔物を親元に戻した方がいいとも思う。

 あまり人間に慣れ過ぎた動物は自然界に馴染めなくなるという。それは魔物でも同様であり、テイムドモンスターは元の群れには戻れないのだそうだ。大体、あの子を騎士団で世話するとなればそれに見合ったメリットが必要であり、それがなければ世話をしきれずあの子の行き場がなくなる可能性があった。


 午後から再び見張りに駆り出されるキャリバンは、なるべく早めにヴィーラと会話を成立させてあの子の住処を見つけたい。そのために考えたのがファミリヤと魔法道具を用いた野生生物との会話法だ。


「ええと、先生に貰った道具は……あったあった!」


 自室の引き出しの二重底を開いたキャリバンは、そこに保存した本と魔法道具を取り出す。僅か一か月とはいえ付きっ切りで講義を最後まで真面目に受けたからと餞別にプレゼントされたそれは、非常に貴重なミスリル銀を用いた魔法道具である。


 買えばキャリバンの給料が十年分は吹っ飛ぶトンでもない貴重品なために大切に保管してあったが、まさか実際に使うときが来るとは思わなかった。キャリバンは記憶を頼りに本のページをぱらぱらとめくり、この魔法道具を用いた動物との会話を読む。


「――『共鳴のリング』を対象に装備させ、『契約のリング』を装備した人間がファミリヤを通して術式を発動させることで、対象に一時的にファミリヤ契約に近い知能と発声機能を与える。魔法の力って地味にすげぇな」


 キャリバン自身は魔法を使えないが、リング等の魔法道具には周囲の環境から微弱な魔力を吸収する機能がある。これを応用すれば疑似的に魔法を扱うことも出来る。ただし、正確には魔法を使うようファミリヤに指示を出すことが出来るというのが本当の所だが。


「すっげー貴重品だから野生生物に持ち逃げされたらシャレにならんと思って使わなかったけど、ヴィーラなら逃げる心配もないから大丈夫だろ」


 そう、この魔法は便利に見えて実は非常に扱いが難しい。

 なにせ飼い犬の類ならまだしも使いたい相手は野生の存在だ。

 喋れるようになったとしてもファミリヤ程の理性を得られる訳ではないので、野生動物に使うと魔法発動に驚いて野山に逃走するという悲劇が起きうる。

 勿論貴重なリングは持ち逃げ。

 ハイリスクローリターンという一番駄目なパターンだ。


「とはいえ実践するのは初めてなんだよなぁ……と、いかんいかん。不安は動物に伝播する。すぅー……俺は出来る、問題はない!」


 一度大きく息を吸い込み、自己暗示のように気合を入れる。

 正直任務の疲れがない訳ではないが、任務そっちのけで他人の力を借りる訳にはいかない以上、限られた休憩時間で速やかに終わらせなければいけない。キャリバンは足早に浄化場に向かった。


 浄化場のヴィーラがいた場所を見ると、いつのまにかヴィーラは鍋ではなく大きな桶にランクアップした居場所の中で寝息を立てていた。


「みゅう……みゅう……」


 ヴィーラ近くには料理班の女の子や道具作成班の……まるで見分けがつかない三兄弟の誰か1人、そして何故かくたびれている整備士のライが集まっている。皆ヴィーラのあどけない寝姿に癒されているようだ。


(か、かわいい……!! 人魚さんって昔は憧れたけど、この子の可愛さはある意味人魚以上のインパクトだわ……!!)

(ああ、心が浄化されていく……浄化ついでに鼻から愛が垂れそう……人魚と言うより、これはもはや天使……!!)

(試作撮影機の被写体としては申し分ないねー)

(……そうですね)

(でも呼吸分だけブレが起きるかもねー)

(……そうですね)

(もっとバシっと一瞬で撮影したいねー)

(……そうですね)


 三兄弟の誰か分からない人の囁きに返事をするライだが、その表情にはまったく生気が感じられない。どうやら精神をすり減らし過ぎてヴィーラの癒しを糧に辛うじて意識を保っているようだ。何があったのかはよく分からないが、きっと三兄弟のせいなのだろう。

 さっきからヴィーラに向けられている黒い箱が何なのか気になるが、聞くとライの二の舞になりそうなのであえて触れないのが騎士団の流儀だ。


「あ、キャリバンくん戻ってきたんですね?」


 少し離れたソファに寝そべって本を読んでいたノノカさんが小声で話しかけてきた。


「はい、ノノカさん。でも会話するのはもう少し後にしようと思うっす」

「うふふ、優しいですね? あの子、さっきご飯をあげたので暫く起きませんよ?」

「ちなみに何食べたんです?」

「釣り用のワームです。ヴィーラは何でも食べる雑食なので」


 あの顔でミミズみたいなの食べたんだ……とちょっと夢が崩れた気分になるが、元々魔物なんだからそんなものだろう。ノノカさんは読んでいた本をキャリバンに手渡してきた。取りあえず開いていたページに目を通す。


「ええと……ヴィーラは限られた環境でしか住めない代わりにとても少食で、動かずにいれば虫一匹で一か月分の栄養を得ることが出来ます……これはヴィーラの生態について?」

「そーです。ここまで詳しく載っている本はなかなかありませんよ? さ、続きを読んで」

「あ、はい」


 何故急に?と疑問に思いはしたが、年上な上に三大母神であるノノカさんの勧めとなると断れない。言われるがままにそのままヴィーラの生態を読み進めていくと、ある項目に辿り着く。


「その容姿の美しさ故に乱獲され売買されたヴィーラだが、その多くが飼い主の知識不足から劣悪な環境で飼育され、その寿命を縮めている……保護を訴える声もあるが、魔物であることを理由に王侯貴族やギルドはヴィーラの捕獲を正当化し、野生のヴィーラは……絶滅寸前と思われる……?」


 その一文が、何故かキャリバンには非常に悍ましい文章に思えた。

 あの可愛らしく人懐っこい魔物が、この世界から消滅しようとしている。

 本に沁み込んだインクの文様が、まるで呪いの言葉のように圧し掛かる。


 ノノカさんがこちらを真剣なまなざしで覗き込んできた。


「キャリバンくん。もしもあの子の住処だった場所が本当に汚染や外敵等の理由でヴィーラの住みづらい環境になっているのだとしたら、恐らくあの子はもう二度と仲間と合流できません」

「……そんなことは、まだ分からないじゃないっすか」

「そうですね、確認しない事には分かりません。ですがもしもあの子が住処を追われた後に親とはぐれたのなら……あの子は独りぼっちです。きっと、一生……もしそうなったら、キャリバンくんはどうします?」


 どうする――か。

 最初に出会った時、ヴィーラは警戒心からかキャリバンに水を吹き付けてきた。

 きっとあれは不安で胸がいっぱいいっぱいで、得体の知れない存在から身を護る為に祈るような気持ちで発射したのだろう。


 しかし、水を喰らってひっくり返った俺は何とか立ち上がり、取りあえずファミリヤの鋭い爪で掴まれたあの子を開放して一度抱き寄せた。するとあの子は借りてきた猫のように大人しくなった。そして、鍋に綺麗な水を張ってその中に入れたとき、初めて笑ったのだ。

 敵じゃないのだと。甘えてもいいのだと。

 もう不安に思わなくていいのだと。

 あの笑顔は、きっとそういう意味だった。


 種族は違えど、子供は子供。

 もしも孤独の辛さを人間で埋めることが出来るのならば――。


「……ヴィーラって少食なんすね。激しい運動がなければ虫一匹で一か月分の栄養? 凄いな、これなら食費は俺の小遣いで全然賄えそうじゃないっすか。これ本当に色々載ってるっすねー……いやー参考になる」

「……キャリバンくんは優しいねー。あの子が気に入っただけのことはあるよ。ふふふ、じっくり読んでね?流石にノノカ一人でお世話するのは大変だもの♪」


 その後、キャリバンはヴィーラが約一時間に目を覚ますまで本を熟読し、ヴィーラが快適に過ごす為の環境や健康管理についての情報を頭に叩き込んだ。


 町で、騎道車内で、現場である断崖とは関係のない場所で、着実に事態は進行していく。

 違う思惑、違う方向に進んでいるように見えるそれぞれの思惑。

 しかし、実際には世の中に何も相互的関係性がないものなどない。


 全ては、一つながりの世界の中で起きている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る