第31話 SS(サイドストーリー):新鮮でピチピチです
クリフィア到着から数えて三日目の朝。
ナギとガーモンが盛り上がっているその頃、騎士団内部には微かな焦りが見え始めていた。
現場に到着してから三日間、騎士団は可能な限り効率的に周辺の捜索、監視を行ってオークの居場所を突き止めようと努力した。しかし、今のところその成果は巣の場所どころか行動ルートさえ突き止められていないのが現状だ。
オーク掃討計画を練るのに長時間かけたことはあっても、三日かけてオークの巣すら見つけられていないというのは騎士団でも稀なことだ。任務効率の関係上、これ以上何も分からない状況が続くのは非常にまずい。最悪の場合はオーク掃討を諦めて撤退と言う屈辱的な展開も見えてくる。
そんな中、ファミリヤによる偵察がほとんど意味を成してない為に一時休憩を命じられたキャリバンは食堂で項垂れていた。
「大変そうだな、キャリバン。コーヒー飲むか?」
「んあ……あれ、ベビオンじゃねえか。ノノカさんの所にいないなんて珍しいな?」
「流石に四六時中いる訳じゃねえっつーの! 昨日の夜から偵察に駆り出されて夜勤明けなんだぞ、俺は?」
そう言いながら両手に持ったカップを片方突き出すベビオンに、キャリバンは「さんきゅ」と感謝して受け取る。香ばしい匂いに少しだけ沈んだ心が落ち着いた。
ベビオンは回収班――主にオーク掃討任務の後に忙しくなる班なのだが、今回の状況に困り果てたローニー副団長の指示で現在は偵察に駆り出されている。それが証拠にベビオンの目元には深い隈がくっきりと浮かんでいる。
「……っていうかお前徹夜明けってことはこれから寝るんだろ? コーヒーなんか飲んだら眠れなくなるんじゃねえの?」
「俺のは水だからいいんだよ。コーヒーはお前が飲むと思って淹れてもらったの」
「ベビオン、お前って性癖さえなければ悲しいくらいにいいヤツだな……」
「褒めてんのか貶してんのかどっちだコラァっ!?」
ベビオンという男はノノカや幼女にこそダメ人間であるものの、それさえなければ立派な人格者である。顔立ちも男らしく、平民騎士の中でもムードメーカー的な役割を果たしているきらいがあった。もっともヴァルナに対してはライバル心と恐怖心を同時に抱いているなど捻じれた部分はあるのだが。
「しかしアレだね、その調子だとベビオンの方では手がかりなしか……」
「ああ、サッパリだ。ワニの顔を二度ほど見ただけでオークのオの字も出やしない。やっぱりあるのかねぇ、隠し通路」
「あると考えれば色々と納得はいくよな」
隠し通路――ヴァルナからの報告でその可能性が示唆されたオークの移動ルートだ。この話はまだ副団長、班長ランクとヴァルナに親しい人間しか知らないことだが、そのようなルートがあってもおかしくはないとキャリバンは考えていた。
「これだけ地上を探しても見つからないし、包囲網を突破して何度も町に現れてるんだ。可能性は断然あるな」
「とはいえ、この町にオークが出入りできるトンネル……そんなの人間が協力して掘ってない限り無理じゃねえかな? 地元民が意図的に情報を隠してる?」
「それは流石に考えすぎだろ。あんだけ被害を
騎士団を陥れる為、というのはありえなくはないが、現在進行形で大損失を受けているのは産業が停止しているクリフィアの方である。そこまで捨て身の嫌がらせをするほどこの町の連中が馬鹿だとは考え難い。
「何にせよ、町の調査はヴァルナ先輩に任せるしかねえか。ヤガラの野郎が町の人を煽ったせいで、今気兼ねなく町を調べられるのはあの人だけになっちまったからなぁ」
ヴァルナは既に自警団のメンバーと共に町中の調査に入っている。
もっと人数を動員した方がいいのではという意見も上がったが、先述の通りヤガラがやらかしたのと元々自警団が騎士団を快く思っていないことが相まって余計な揉め事が起こることが予想された。
「あ、それでちょっと気になる事があるんだけど……ガーモン先輩ってこの町の出身なんだろ? だからあの人も調査に出ると思ってたんだけど、なんでそうなってないんだ?」
「何か弟さんと猛烈に折り合いが悪いので有名らしくてさ。しかもその弟さんがヴァルナ先輩と一緒に行動してるから、ちょっと協力は難しいみたいだ」
「はぁ~、上手くいかない世の中にトホホだぜ」
「任務長引いた分だけ休暇減らされるのは嫌だし、なんとかしてくれ先輩……」
『他人マカセ! 他人マカセ!』
「みゅーん!! みゅぅぅ~ん!!」
困ったときの先輩頼みが出たキャリバンを咎めるようにファミリヤのインコと謎の生物がキャリバンの耳元で叫ぶ。ファミリヤ達はキャリバンに懐いているため、時たまこうして彼の元に自主的にやってくるのだ。
……いや、少し待て。謎の生物ってなんだ?
一瞬普通にその生物の存在を受け入れかけたキャリバンははっとしてファミリヤの声がした方を向く。するとそこには、彼の想像を少々超えた光景が広がっていた。
「みゅぅ~ん……」
そこにはファミリヤのインコに端っこを咥えられた、ぬいぐるみのように可愛らしいミニ人魚のような生物が恨めし気な目でキャリバンを見ていた。キャリバンと目が合ったことを確認した謎の生物は、次の瞬間ぷくぅ、と頬を膨らませ――特大の水の塊を彼の顔面にぶちまけた。
「みゅんっ!!」
「どぶはぁッ!?」
突然の放水をまともに浴びたキャリバンは後ろにあった椅子とテーブルごと後方に吹き飛ばされ、視界に火花が散るほど強かに後頭部を床に打ち付けた。
◇ ◆
ファミリヤ曰く、「川にいたから連れてきた」らしい謎の生物。
食堂を水浸しにして料理班の怒りを買うかと思いきや、女性陣からは「ヤダ、可愛い~!」と大好評でまな板の上で捌かれる事態は回避したが、連れてきたファミリヤもこいつの正体を知らないという。
その正体を探るにはやはり専門家の意見が必要だと思ったキャリバン達は、この騎士団唯一の学者であるノノカさんを頼りに浄化場へと向かった。
ノノカさんのリアクションは、キャリバン達の想像を大きく上回るものだった。
「スッゴい!! スゴいスゴいスゴいスゴ~~~~~いっ!! ヴィーラですよこの子!! あのっ、有名なっ、ヴィーラですよっ!!」
「……ノノカさんがこんなにハシャぐなんて、お前実は凄い生物だったんだな」
「みゅーん♪」
食堂から一つ借りてきた鍋に張られた水の上で、ミニ人魚改めヴィーラはどこか満足そうに可愛らしい鳴き声を上げた。
キャリバンは改めてこのヴィーラという生物を見る。
麺のようにつるんとした水色の髪の毛。人間における耳の部分には垂れ下がった半透明のヒレのようなものがヒラヒラ動く。その全身は上半身が人型、下半身が魚。ただしよくイラストで見る人魚と違って下半身部分に鱗はなく、どちらかというと前に図鑑で見たイルカという生物に近い気がする。
人に近い顔立ちと子供らしい丸みを帯びた顔に加えて犬や猫のようにどこか人を和ませる大きなくりくりした瞳は、とても魔物扱いする気分にはなれない。ぬいぐるみだと言われれば納得してしまいそうになる程度には、このヴィーラという生物は愛嬌があった。
そんなヴィーラを、両目をキラキラ輝かせたノノカさんは食い入るように見つめている。
「本当、この目でナマのヴィーラを見られるなんてとんでもなく貴重な事なんですよ!? ヴィーラは綺麗な湧き水の付近にしか生息していない神秘の魔物! このコがいることがイコール自然界で最高に水質がいいことの証なので、学者の間では水の妖精とも呼ばれているんです!! しかもこの子は滅多に人前に姿を現さない幼生体っ! 学会で発表したいほど超超超ちょ~~~激レアですっ!!」
ヴァルナが綺麗なオークの死体を持ってきたときだってここまで喜ばないほどに狂喜乱舞するノノカさんに若干気圧されるが、それより今の言葉に気になる所があった。
「この子、魔物なんすか?」
「ええ! ですが基本的に人里の近くには住んでないですし、余程余計な事をしない限り人に危害を加えたりはしない温厚な種ですよ? 危険性の少なさと容姿の美しさからモンスターコレクターの間では億クラスの値段がつく程ですしっ!」
「そうっすか……よかった」
キャリバン達は王立外来危険種対策騎士団だ。そして外来危険種とは基本的に人に害をなす魔物の事を指し示す。よってヴィーラが危険種であるならば、キャリバンは任務遂行の為に剣を握らなければいけなくなる。
しかし、いくらオーク殺しをしているキャリバンでもこんなに可愛らしい生物を手にかけるのは流石に良心の呵責がある。目の前で小首をかしげるヴィーラを殺すような事にならなくて本当に良かったと、胸をなでおろす。ベビオンも同じ思いがあったのか、少しほっとした表情をしている。
「国内の魔物ならば我らが狩る理由もないか。今まで王国が未確認だっただけで元々生息していた魔物なのでしょうか、ノノカ様?」
「んん、まぁそういう事でしょうねぇ。この王国も結構広いですし、もしかしたら他にも希少種が隠れているかもしれません!!」
「しかしノノカ様。この近辺の川はそんなに水質が良いのでしょうか? だとしたら近隣住民もこのヴィーラを見つけてちょっとした騒ぎが起きそうなものですが……」
「ンなワケないじゃないですか。ヴィーラは水の流れが少ない湖や地下洞窟なんかが主な生息区域ですよ? 自ら人前に姿を現す種じゃありません! きっとこの土地の近くにヴィーラが住めるほど綺麗な湖があるんですよっ!」
「――じゃあなんでこの子は川にいたんっすかね?」
ヴィーラの顎を指で撫でてみながら、キャリバンは疑問を投げかける。
「流れの穏やかで水が綺麗な場所に棲んでるんっしょ? だったら水に流されて川に来るってのは変じゃないっすか?」
「む、キャリバンくんいいところに目をつけましたね……確かにその通りです。しかもヴィーラは群れで行動する生物で、幼生のヴィーラは特に外敵に襲われないよう成体のヴィーラが守るものです。きっと外敵に襲われたか、水が汚染されて元の場所にいられなくなって親元をはぐれた子でしょうねぇ……」
ノノカさんの視線の先にはキャリバンの指を心地よさそうに受け入れて目を細めるヴィーラ。
「お前、もしかして寂しかったのか……?」
「みゅ~ん……みゅ?」
見知らぬ人間にここまで体を触らせることを許すという事は、それだけ心細かったのかもしれない。親元からはぐれて住みづらい川にいなければならなかったと考えると、可哀そうだと思うのは人情だろう。出来れば代わりの住処を見つけるか、元の場所に戻してあげたい。
「幸い浄化場の浄水機能でつくった水はヴィーラが住める程度には綺麗なので、暫くここに置いておきましょう。ワニも住んでる川に戻すのはかわいそうです。ノノカとしてももうちょっとこのコを見ていたいですしね?」
「みゅー……けぷっ!」
突然、鍋の外に身を乗り出したヴィーラが何かを吐き出した。
ノノカさんがそれを見つめ、指でつついたり臭いを嗅いだりして正体を確かめる。ああいうものに躊躇いなく素手で触れるのは、やはり彼女がそういう生業なのだという事を再確認させられる。
「何を吐き出したんすか?」
「あー、これは川にいるうちに飲み込んでしまった不純物ですねー。人間で言う痰(たん)みたいなものです。成体ならともかく幼生体のこの子にはツライものがあったんでしょう。よしよし、嫌な気分になったら全部ペッしていいからねー♪」
「みゅーん♪」
「ノノカ様。このヴィーラの件は不肖ながらこのベビオンが副団長に伝えておきます。無論、この子を悲しませない方向性で!」
「ではこの件の報告はベビオンくんに一任します! ……任せたゾッ♪」
「ははぁッ!! 身命を賭して遂行いたしますッ!!」
ノノカさんの激励とも取れる言葉を受けたベビオンのだらしない顔さえなければ完璧だったのだが、まぁそれは大した問題ではない。幸いヴィーラは人を必要以上に警戒する様子はないし、生態を知るノノカがいれば衰弱することはないだろう。
そう思いながら、キャリバンはふとあることを思いつく。
(みゅーんしか喋れないってのは不便だなぁ……そうだ、この子と会話とか出来ないかな?使い魔のリングには確か使い魔契約以外にも色々使い方があるって『師匠』が言ってたし――)
自らにファミリアの何たるかを叩き込んでくれたあの魔法使いの話を思い出しながら、キャリバンは渡された本やリングを確認しに自室へと戻っていく。
――このファミリヤ使い特有の思い付きが思わぬ結果を招くのは、これから少し後の出来事になる。
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