第30話 危機的状況を逆転です

「そうですか。ナギがうちの部下と……」

「いいんですか、放っておいて?」


 リッキー町長が心配するのも分からないではないが、その話を聞いたガーモンは別段不安は覚えなかった。少々真面目すぎるきらいがあるものの、ヴァルナは融通の利く逞しい青年だ。嫌われてばかりの自分と違ってナギとも上手く付き合えるだろう。


「ヴァルナくんなら問題ないでしょう。それに彼は副団長の直接命令で動いていますので、私の手の及ぶところではありません」

「任務ですか? 一体なんの?」

「自警団と騎士団の微妙な関係を取り持つ任務、らしいです」


 話を聞いたリッキー町長は、少し困った顔をする。


「その……君が説得するという訳にはいかんのかね? いくらナギがあんな態度だからって今は町の非常時なのだし、君の言葉ならナギ以外の人はある程度納得して……」

「それはナギの仕事ですよ。あの子の言う事ではないですが、私は留守が長すぎる。それに、民兵団の皆さんは私ではなく団長のナギの指示を仰ぐ筈です。ナギもきっと状況は理解している……あの子がこちらの話を突っぱねる以上、意図があるんでしょう」

「弟を過大評価しすぎだ。まったく、君のそういうところは昔から全く変わらんな。関係が拗れてきたのは騎士団所属になってからか……」


 槍を振るい、武を以て王国に仕えることは、ガーモンの夢だった。

 家族と別れるのはもちろん心苦しかったし、祖父母が亡くなって二人だけだった兄弟の別れとなったことは未だに思う所がある。しかし、ナギの周囲には頼れる大人もいたし、祖父母の残したお金と家もある。親の葬式に顔すら見せなかったあの両親も金だけは送って寄越してきたので最悪の事態は起きなかっただろう。


(騎士になるって言った時は、あいつ「置いて行くな」って聞かなくて随分モメたっけ。あの時もリッキーさんは仲裁してくれたな……)


 弟を独りにする事は悩んだが、士官学校に入っている間ずっとナギを王都で養うのは金銭的に不可能だった。両親の仕送りを借金のつもりで借りなければナギ自身どうなっていたか分からない。士官学校は最低限勉強と生活に必要なものは提供するが、元が特権階級優先の機関なので細かい部分には金がかかる。


 顔も思い出したくないほど嫌いなのに寄越す手紙には「愛している」などと浮ついた言葉を使う両親の金に手を出したと弟が知ったら何と言うだろう、と思う。尤も、借りた分の金は給金で全部埋めて元に戻したのだが。

 

(あの二人がいない分、俺は家族としてナギの望むことをやってきた。反応は……微妙だったけど)


 ナギはガーモンが騎士になって以降、お土産やお金にまったく興味を示さなくなった。そういう成長を遂げているのだろうとガーモンは思った。昔のようにはしゃぐ時期を通り越してしまったのだろうと。

 だから、一緒にいるより適度に距離を取る接し方は増えていった。


(あんなに嫌そうな顔するんなら、もう一人前だから兄貴面するなって事なのかもな……)


 突き放されるのは少し寂しいが、ナギが一緒にいるのが嫌だと言うなら離れる。

 語らえないのは寂しいが、ナギが騎士団の話をもう聞きたくないと言ったら止める。

 相手が嫌がる事をしない、なんてのは人間の基本的ルールだ。


 そんなガーモンの様子を見て、リッキーは寂しそうな顔をした。

 子供のころから姉弟を知っているが故の、親心にも似た感傷だ。


「変ったよ、君は。目上の人の前で『私』なんていうようになったし、弟と喧嘩もしないし面白いことがなくともやけにニコニコする。棘がなくなったと言えば聞こえはいいが、なんというか……君は都会の大人になってしまった」

「それが成長するということではないのですか? きっとナギもそうです。互いの為になる関係が一番いいし、たとえ向こうが嫌いになっても私はナギのことを想っています」

「それは本当にいい事かね? 昔のように喧嘩でもして本音を全部ぶちまけてしまうことは、出来るうちにやった方がいい。年を食ってから喧嘩をやると失うものが多いものだよ」

「あんまり弟の事に余計な口を出したくないんですが……リッキーさんの言葉ですし、胸に留めておきます」


 にこりと笑顔で礼をしたガーモンは、騎士団からの報告書をデスクに残して騎道車へと戻っていく。

 そこまでナギも子供ではないだろうけど、と考えながら。


 ガーモンの背中を眺める市長の表情は、愁いを隠せていなかった。


(君は自覚がないのかもしれないが、ガーモン君。君のその姿勢は、他ならぬ君の両親と……君が嫌いだと言っていた両親によく似ているんだよ?)


 結局言い出せなかったその言葉を飲み込んで、リッキーは大きなため息をついた。兄弟の擦れ違い、オーク捜索の難航、採石場閉鎖によって膨らんでいく赤字。ここ最近は碌なニュースがない。


「全部とは言わないが、少しくらいは問題を解決してくれ。ガーモン君の部下さん……」


 最早誰でもいいからこの閉塞した状況を打破して欲しい。

 そんな無責任な願いを、リッキーは人知れず兄弟の間に挟まれた騎士に向けていた。




 ◇ ◆




 実は騎道車でちょっとした騒ぎが起きていたその頃――そうとは知らぬ俺はナギと共に昨日に結んだ約束を基に町の調査を続けていた。


「……なぁヴァルナ。昨日話し合った件だけどよ、本当にやんのか?」

「しなきゃお前ら兄弟の関係はずっとこのままだぞ。物別れになるにせよ仲直りするにせよ、先輩の本音を引き出すには今しかないと俺は思うね」

「お前も大胆なことを……まぁいい。どっちにしろ俺達でオーク討伐の糸口を掴まないと絵に描いた餅に終わる話だものな」


 二人の利害――すなわち問題解決の為に協力するという意見は一致した。

 あくまでナギが俺個人へ協力するという形ならば自警団の剣呑も少しは落ち着くし、マシな捜査が出来る。それに町内で人数が必要になったときにナギの下に指示が下れば、問題解決後も「俺たちが解決したようなものだ!」と威張るだけの大義名分は出来る。

 ……なんかこういう言い方をすると動物に餌付けしてるみたいで嫌だな。こういう匙加減は俺みたいな下っ端ではなくもっと偉い人がするものだ。別名を衆愚政治パンとサーカスと言う気もするが、今は考えまい。


「この辺にはそれらしいものは無しか……」


 周囲を見回すが、特に目立つ異常は見受けられない。気になったものを偶にナギに聞いたりするが、町の生活臭を知れるぐらいの成果しかなかった。地味で成果のない作業に退屈と焦りがあるのか、ナギはどこか落ち着きがない。


「なぁ、ヴァルナ。お前が素人じゃないのは分かってるし頼りにしてるがよぉ、本当に町の中にオークが使う通路なんてあんのか?」

「俺も出来れば別の可能性であってほしいが、そもそも判断材料が碌にない。別の可能性を見出そうにも手がかりがないとな……少なくともオークが畑と町の間の空間に一度現れたのは確かなんだ。そこを手掛かりに調べながら推測するしかない」


 ナギからすれば意味を感じられない行動かもしれないが、やっぱり騎士は足が基本だ。こういう地道な努力によって謎が解決することもあるし、七割方意味がない時もある。じゃあ駄目じゃんと思うかもしれないが、だからといって3割程度の糸口を無視して通ることが出来ないのが捜査の辛い所だ。


 一応、俺も通路以外の可能性も考えた。

 例えばオークが驚異の跳躍力で家の屋根を伝って移動するという方法――しかしこれでは結局オークが包囲網を潜り抜けて町に入ってきていることになるし、体重二百キロを超えるオークが屋根の上を移動したら流石に住民が気付くということでこの線はなくなった。

 

「町中や畑は監視してなかったのか?」

「巡回はやっていない。クリフィア民兵団はトラブルがあった時だけ動く。町の出入り口は押さえてたが……一言に畑といってもそれなりの広さがあるから全部は無理だ。自警団の人数は十七人しかいない。断崖の監視と町の出入り口の監視、ついでに交代の人員と町内トラブルに備えた人間を鑑みれば……」

「人数が足りない、と」

「騎士団と違ってな。被害の出た北方面に出ると踏んでそちらになんとか人を回してたんだが、今回は裏を突かれちまった」


 ナギは悔しそうに後ろ頭をガリガリひっかく。

 騎士団的にオーク関連の事件では多数の同僚で隙がないように固めるのが常だが、考えてみればクリフィア民兵団はそれほど大きくもない町の、腕っぷし自慢人の寄せ集めだ。大規模な活動は出来ないのも無理はない。


「監視に使っている人数を削って別の場所に回すことも考えたが……夜中にオークに襲われたら訓練を受けてない一人二人の人間なんていいカモだ」

「確かにな。連中は夜目が利くし、兵士級でなくとも素手で人間を殺すだけの力はある」


 ナギはやはり馬鹿じゃない。少なくともオークそのものの持つ戦闘力の分析はよくできているらしい。騎士団でもオーク出没の可能性がある場所には絶対に騎士を一人では行かせない。これだけ要領が良ければ騎士団でもやっていけそうだが、多分断られるだろう。

 さて、そうなると話は絞られてくるわけで……。


「騎士団が町中を監視することは可能か?」

「……やっぱ、そういう話になるよな」


 自警団ではどうにも死人が出そうで不安しかないが、こういった現場に慣れた我等騎士団ならオークを必ず見つける自信がある。問題は、それに自警団と町の人がどんな顔をするかだ。


「兄貴の手は借りねぇ! ……ていう俺の意地だけが問題なら折れても良かったんだがな。団長としてそれには頷けない」


 威勢のいいセリフもそこそこに、ナギは真面目な顔になる。

 ナギが頷けない理由には、なんとなく察しがついていた。

 あの騎士団に敵対心とライバル心を剥き出しにしていた連中が、それを大人しく受け入れるかどうかを想像すると答えはおのずと出る。


「自警団内部の反発、或いは暴走……か?」

「何でも察しちまうんだな、お前。そう、自警団の半数以上が騎士団を当てにしてもいなければ信用もしていない。実際、自警団の監視場所は騎士団の監視場所と殆ど被ってる。これじゃオークをというより騎士団を見張ってるようなもんだ」


 一番厄介な問題がこれだ。人は理屈ではなく感情で動きがちなので、最適の方法をとっても妨害されることがある。監視に向かわせている自警団を呼び戻すことは容易でも、呼び戻した団員が理由を聞いて納得してくれるかが問題なのだ。

 ロック先輩が語ったあの思い出したくもない悲惨な結末の再現が起きるかもしれないと思うと、本当にげんなりする。人間の死体を扱うのは御免だ。


「騎士団を町中に入れれば結果の如何に拘らず反発は必至、最悪コントロール不能になってオークに無謀な攻撃を仕掛け……」

「それ以上は言うなッ!」


 突如ナギが大声を上げる。正直ちょっとびっくりしたが、間違ってもそういう事を考えたくないというナギの責任感の強さがひしひしと伝わってくる。まったく、こんだけのプレッシャーに耐えているというのにガーモン先輩にはあの態度だから困ったものだ。


(信頼しているとか言う割には自分から距離取ってる節もあるし、先輩も何考えてるんだか……)


 昨日話し合いをしたとき、正直この兄弟のねじれはどっちもどっちだと思った。しかしこうしてナギと一緒にいると、どうにもガーモン先輩は放任主義というか、良くも悪くも弟に対して無責任に思える。あの人、いい人ではあるけど変な所で自分本位だからなぁ。自覚ないのが性質悪いわ。

 という訳でちょっと痛い目に遭ってもらってズレを解消しようという計画を立てたわけだが、さてはて。出来れば先輩が少しでも引っかかりやすい餌が欲しいのだが――と考えながら歩いていると、後ろから「おわっ!!」という間抜けな悲鳴が聞こえた。どこの間抜けかと思ったら自警団団長の間抜けだった……とか口に出したらナギにぶん殴られるだろう。お口チャックだ。


「うおっと!? ……またかよ。ったく、誰だか知らねえがこんな悪戯しやがって」


 ナギがふらつきながら忌々し気に足元のデカい石を爪先で軽く蹴った。どうにも道の端に堂々と置いているのを見損ねて躓いてしまったらしい。横の水路がぽっかり空いていることから、この水路の蓋だったんだろう。


 にしても、デカい。漆喰セメントを一切使わない一枚岩の蓋らしいが、そんな石を水路の上にズラっと敷き詰めるとは、流石は石の町だ。

 そんなノンキな事を考え――俺はふと水路に眼をやった。

 巨大な農業用水路ほどではないが、生活用水路としては随分と幅が広く、深い。


「子供が落っこちたらどうするんだっての! 迷惑な悪戯だぜ!」

「確かにこれはなー。流れはそこまで速くないけど子供が落ちたら出るのに一苦労だろうな。でも夏とかはこの中に入って秘密通路の探検ごっことか出来そう」

「発想が子供だなオイ……」

「童心を忘れたらガーモン先輩みたいな大人になるぞ」

「微妙に本当っぽいのが腹立たしいな!? というかお前は兄貴の悪口言っちゃ駄目だろ!」


 「やっぱりお前がわかんねー!」と頭を抱えるナギはまるで騎士団入りたてでアクの強すぎる周囲との人間関係に困っていた頃の俺を想起させ、なんとなく生暖かい視線を浴びせたくなった。


(というか、マジで人が通るぐらいなら楽勝な大きさだな……ガキの頃の俺が見たら本当に通路としてこの水路の果てまで探索しそうだ)


 アホだった頃の俺なら間違いなくやるはずである。そして低体温症になりかけながら救助される姿が目に浮かぶ。俺のアホ歴史が増えないでよかったと思う反面、その分別のアホ歴史を補充しているからプラスマイナスゼロの気もするが。

 こんな通路を通る奴なんてよほど体力に自慢があって頭のデキがイマイチな奴ぐらい。すなわちオークぐらいである。


(……ん? オーク、なら、マジでやるかも……? というか、通路として使えて、しかも蓋が空かない分には殆ど中が見えない……!?)


 頭の中で、かちりと何かがかみ合った。


「おいナギ、『また』ってのは? 前にもこんな風に水路の蓋が外されてたのか?」

「ああ、昨日水路に落ちたって言ったの覚えてるか?その時もこうして石蓋がどかされてて――? ヴァルナ?」


 俺は靴を脱ぎ、ズボンをたくし上げて水路に入る。足に刺すような冷たさが沁みて長靴を持ってこなかったことを後悔するが、すぐ調べれば問題ない。


「水深は二十㎝程度……流れはそこまで速くない。高さ一メートル半、横幅は一メートル程度。かがむか匍匐前進で行けるな。ナギ、この蓋はどれぐらい重いんだ?」

「え? ああ、百キロくらいあるかもな。なにせ蓋を開けるには大の大人二人がかりだし、外す為には小さい隙間に鉄の棒を突っ込んでテコの原理で持ち上げなきゃならん。尤も、開けることはまずないが」

「つまり人間がやろうとすればこの悪戯には最低二人は人間が必要な訳だ」

「……言われてみれば、そうだな」


 ナギもこの状況が異常であることを悟ったらしい。どこの馬鹿がこの忙しい時にそんな無駄に体力を使う上に意味のない悪戯をするのだという話だ。逆説的に、この蓋が開いたのは実は悪戯ではないという説が浮上する。


「ある程度成長したオークが水路の中から押し上げれば、案外あっさり開くかもな」

「……は? お前一体何を――」

「だから、オークがこの水路を伝って町に侵入して来たってんなら出る為に蓋をどけるんじゃないかって話だよ」


 百キロ程度ならオークが持ち上げる分には余裕過ぎてあくびが出るレベルだ。オスのオークならある程度成長していれば成人でなくてもいける。そしてオークはその蓋を元の位置に戻すなどという馬鹿丁寧な礼儀は持っていない筈だ。

 やっと見つけた――あの忌々しい豚共の侵入経路を。


「やることが増えた! ナギ、この水路についての資料か、それがなければ作った人間の話を聞くぞ! 水路周辺の住民にも聞き込みだ! それと、いつからどこで水路の蓋が開いていたのか目撃証言も探る! まだ推測の域を出ないが……もしかしたら、もしかするぞ!?」


 王立外来危険種対策騎士団は、狩ると決めたオークは必ず、確実に狩り尽くす。

 今回もまた、連中は俺達の目から逃げおおせることに失敗したらしい。

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