第29話 安易に頼るのは危険です

 仕事というのは、一見して然程重要ではないものであってもミスは許されない。


 例えば俺が一人でオークの出現した現場を確認した場合、現場報告を伝言ゲーム形式で報告することは許されない。何故なら現場をその眼で見たのがひとりだけなので、現場について質問された時に答えられる人間が一人しかいないからだ。

 ナギたち自警団にオークを甘く見過ぎないように釘を刺した俺は、後で再び合流する約束をしてその場を後にすることにした。


「……ってなわけで、面倒だがもう一回騎士団の方に戻らなきゃいけなくなった。簡易だが報告書も書かなきゃならんしな。後でまた話出来るか?」

「自警団にはない苦労もあるんだな……分かった、昼過ぎにマスターの店の前で待ち合わせしよう。あんまり長く待たせるなよヴァルナ? お前には話したいことがあるからな」


 ナギは俺の提案をあっさり受け入れてくれた。

 幸いなことにナギは俺の言い分にある程度納得してくれたらしい。

 

「奇遇だな、俺もナギには聞きたいことがあるんだ。報告終わったら飯でも食いながら話そう」

「仕事頑張って来いよー!」


 ああいう人当たりのいいところは、ある意味ガーモン先輩に似ているかもしれない。

 それにしても話というのは何だろうか。出来れば「この問題から手を引け」なんて無理な事を言い出さなければ助かるのだが、周囲の顔色如何ではそういった要求もありうる。

 見た所、ナギはその責任感の強さも兄譲りだ。

 でなければ下っ端の為に弁当など持っていくものか。


(同族嫌悪……とは違うんだろうが、出来ればこの任務が終わるまでにこの兄弟にも仲良くなって欲しいもんだ)


 現場の状況を一通りメモした安いペンと手帳を仕舞い、本日二度目のねぐらに歩を進める。

 行ったり来たりと忙しいが、こればっかりは今の俺にしか出来ない仕事でもある。


(………丁度いいからノノカさんに顔見せするか。昨日のことを根に持ってるかもしれんし、今は暇だろうから浄化場で報告書を書こう)


 ノノカさんはガキじゃあないが、それでも立派な気まぐれ乙女だ。

 約束をほっぽりだしたとふくれっ面で怒られたら後が大変なのである。




 ◇ ◆




「ノノカとの約束をほっぽりだして町で一晩飲み明かしたわるーいわるーいヴァルナくん? 反省してますか?」

「海より深く反省してます、お姫様」


 案の定怒ってた。乙女の約束を破った男の罪は重いのだ。

 とはいえ、「ぷんすか!」程度の可愛い怒りなのでご機嫌を取れば大丈夫だろう。

 現在俺はノノカさんを肩車しながら椅子に座って報告書を書くという罰ゲームを受けている。これが余裕に見えて意外と苦戦する。なにせ動作予測のつかない人間を肩に乗せたまま文字をブレさせず報告書を仕上げなけれないけないのだから。


 これで受けているのがベビオンなら至福のひと時だろうが、彼がこの罰ゲームを受ける日はなんとなく来ない気がするのは俺だけだろうか。余計な事を考えていると、小さな手で俺の頭を掴むノノカさんが動き始めた。


「反省の色が薄いですよ! このっ、このっ!」

「うわっと!? ちょっとノノカさん、揺らすのはいいですけど目を塞ぐのは反則ですよ!?」

「ふんだ! この浄化場はノノカの根城! ここではノノカの決定が法律なのですっ!」

「独裁政権だ! 革命してやる!」

「ウフフ……ノノカを転覆させて屈服させる気なの? 大胆不敵な作戦ね……♪」


 なんとなく響きがエロいのは俺の思春期がまだ終わっていないからなのだろうか。

 後頭部から圧し掛かる柔らかい重みと耳元の囁きが、ノノカさんを無駄に色っぽくさせる。

 しかしノノカさんの動きが止まった今がチャンス。一気に報告書を書き上げる。


「……よっし、報告書終わり! さあ、これで罰ゲームは終了です!」

「えー、今盛り上がってきた所だったのにぃ! もう、ヴァルナくんはこういう時は空気が読めないんだから!」


 書類が書き終わるまでの罰ゲームだったのでノノカさんは大人しく俺の方から降りる。

 意地になって本気妨害したりしない辺り、彼女も仕事の邪魔がしたい訳ではないことが分かる。この適度な距離感を理解してほどよい駄々で済ませてくれるノノカさんはやっぱり大人の女だ。


 俺から降りたノノカさんは今度は相変わらずのソコアゲール靴を器用に履きこなして俺の反対側の席に着き、じぃっと俺を見つめてくる。その目線が意味するのは恐らく――今度こそ約束を履行せよ、という事だろう。


「じゃ、今度はギルド制がこの国で上手くいかない理由をヴァルナせんせぇに教えてもらおうかなー?」


 ずいぶん年上の生徒ですね、とか先生はどっちかというとノノカさんでは、とかありきたりな発想を口にしてはいけない。前にそれを言ったら不機嫌になって罰ゲームを二つほど追加されたし。乙女の心の機微は本当によく分からないものだ。


「勉強熱心な生徒がいて先生は幸せですよー……まぁ、そんなに難しい話じゃないんですがね。それでは授業を始めます。起立! 気を付け! 礼!」

「お願いしまーす!」


 本当にこの人はノリがいいなぁ。頭を下げ過ぎてテーブルに額がゴツンとぶつかって額を抑えているが。……前言撤回、やっぱりこの人は大人っぽくない女だ。涙目でこっちを見るのを止めなさい、自業自得でしょうが。


 ――さて、本題だ。


 この国にはないが、諸外国には『ギルド』という組織が存在する。

 ギルドという組織は大陸において各国の人間たちが魔物に対抗するために創設した国家機関であり、国や民間人から魔物討伐や護衛、犯罪者の摘発等の依頼の受付や仲介を行うのが主な仕事である。


 ギルドが依頼料と共に依頼を受け取り、それをギルドに登録された腕利きの戦士たちに回し、彼らに問題を解決してもらうと依頼料の中から報酬を渡す。効率的に問題を解決でき、世間の治安維持や安全確保にもつながり、大きな組織であるがゆえにネットワークも強固。

 このギルド制があるからこそ、大陸の一般市民は安全に暮らせるのだ。

 ……まぁ、どうしてもお金の問題は付き纏うし、システム的な問題はあるのだが、それはさておく。


「確かにこの国にギルドがあったら騎士団がここまで振り回されないままオークの討伐が出来ますねぇ」

「でしょでしょ? 絶対ギルド制にした方がいいって!」

「ところがどっこい、この王国じゃ色々と事情が違います」


 特筆すべきが、この王国にオーク以外の魔物の存在は確認されていないことがある。

 魔物は基本的に他の魔物との縄張り争いもあって一種だけ蔓延ることは少ないのだが、人間以外の天敵がいないこの王国ではオークは自然生態系の頂点だ。餌も豊富で気候も安定したこの王国だからこそオークはここまで繁殖出来たともいえる。


「この国のオークコロニーの大きさは他国に比べて平均2倍以上の規模です。規模が大きい分大陸より大胆に行動し、人間の管理する場所にずけずけ入り込んできます。海外じゃ血で汚染されても大して困らない場所に押し留められているオークが、この国では汚染されたら困る場所にいるんですよ」

「まぁ、そうですねぇ。大陸だとその毒素を分解する自然サイクルがありますし、そもそもオークの絶対数が少ないですもんねぇ。だからこの国では血まで回収して浄化を行ってる訳ですし」


 実際、まだノウハウがなかった最初期の王立外来危険種対策騎士団ではオークの血を流し過ぎたせいで禿山を作ってしまったという記録も存在する。オークの毒素を自然が浄化しきれなかったのだ。


「つまる所、この国でオークを討伐するには専門知識とそれなりの人員が必要なんですよ。ギルド制だと任務遂行に必要な質を揃えることが絶対条件になるから、『割に合わない仕事』がたくさん出てくる。しかもこの国でギルドのする仕事はオーク狩りオンリーになります。そんな場所で働きたい『腕利き』なんてそういるものではないですよ」


 たとえ金の為であろうとも、ギルドの依頼を受ける人間は立派な戦士だ。只管オークを狩り続けるだけの場所を好き好んで選ぶことはせず、自らの実力に相応しい仕事をしたいというプライドがある。最終的な任務選択の権利が個人にあるギルド制では、この手の依頼はハズレに分類されて誰にも触られない。


「うーん……そうだ! 報酬を釣り上げればいつか誰かが受けるのでは?」

「俺達騎士団でさえ精鋭揃えて100人弱でオーク狩りしてるんですよ? ギルドで100人集めたって報酬目当てで知識の足りない戦士が集まって雑な仕事をするのが目に見えています。オーク壊滅の代償に農地や山が壊滅したら、この国はやっていけません」

「ううー……一度オークを殲滅すれば安泰になるのに、それが出来ないなんてもどかしいですね」

「ですね。本格的な傭兵を雇うという案もあったらしいですが、対外的な問題で却下になったそうです」


 却下の理由は傭兵をオーク殲滅まで雇い続ける依頼料の大きさと、「オークさえ退治しきれずに海外に泣きついた弱小王国」という最悪の体面を回避することの二つ。

 こればっかりは下らないプライド、という言葉で片付ける訳にはいかない。

 騎士団の面子に関わるのはもちろん、最悪外交的な弱みになるのだ。


「ま、そういう訳でギルド制は無理ですね。将来的には騎士団の規模の拡大か他の案を用意しなければいけない訳ですが、その辺の将来像を考えるのはひげジジイの仕事ですから俺らはやることやるしないのです。以上、授業終了!」

「ほえー、ノノカはその辺の事情は専門外なので知りませんでしたよ……また分からないことが会ったら教えてくださいね、せんせぇ!」

「あー、まぁ俺の分かる範囲でお願いします……というか、ベビオンにでも頼めば教えてくれると思いますが?」

「ヴァルナくんに教えてもらうのがいいんですよ♪」


 どちらかというと俺がいいというよりベビオンに習うのが嫌という意味合いが強い気がするが、敢えて口にはしない。言って現実になったらベビオンに憐みの視線を向けない自信がないから。

 報告書を手に取って、俺はノノカさんに手を振って浄化場を後にする。


(オークに襲撃されている地元の人間に協力を得られれば、少なくとも今よりは仕事を効率化出来る。ギルド制よりそっちを進めた方が、俺たちにとっては建設的かな)


 この報告書の情報が指し示す「オークの隠し通路」の発見には、町の人間の協力が必要不可欠だ。そしてそれは、来る当てもなければそもそも当てにできない戦力より何倍も大きな意味を持つ。


 出来る事からコツコツと、やると決めたら徹底的に。

 それが俺達、王立外来危険種対策騎士団のやり方だ。

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