第28話 現場は語ります

 町に戻ってすぐにナギを探した俺は、そこで気になる話を聞いた。

 昨日の晩から早朝にかけての間に畑が荒らされたらしい。

 それも、何故かジャガイモを重点的に。

 気になってその話を突っ込んで聞いてみると、もう酒場で俺が自警団と飲み交わしたことが伝わっていたのかすんなり教えてくれた。


 この近所の農作物はまだ土壌改良できた範囲が狭い為にそれほど多くの種類を扱ってはおらず、栄養価が高くて過酷な土地でも育つ豆などの穀物が中心らしい。そしてその中で今回、豆は申し訳程度にしか触れられず、ジャガイモが重点的に持っていかれたそうだ。

 

 現場の痕跡からして犯人はオークで間違いない、とのこと。オークは持って帰る餌は大きいものを選ぶ傾向にあるから、豆は腹の足しに齧る程度で終わったのだろう。


 既に騎士団も現場の視察に向かったらしいことを聞いた俺は、話をしてくれた人に畑の場所を聞き、急いでそちらに向かった。どうにも騎士団と自警団が揉めそうな気がして心配になったからだ。そして、俺の予想はこういうときに限って嫌味なまでに的中する。


「――だから余所者なんて当てにならないって言ったんだ! 見てみろ、お前らが来たのにオークの被害が出た! 市民の生活を護る騎士団が聞いて呆れるぜ!!」


 現場に着いた頃には、既に現場の怒りのボルテージはかなり高まっていた。

 しかもそれに応対している騎士側の顔を見て、俺は神を呪いたくなった。

 そいつは、俺の考えうる限り騎士団にいる人間の中で一番他人の神経を逆なでしそうな男――そう、ヤガラ記録官だったのだ。俺がシャワーを浴びている間に騎士団の人間と一緒にここに来ていたとは予想外だった。


「アンタたちイイトコの騎士たちには分かんねぇだろうがよぉ、ここの畑は俺たちが長年かけてようやくまともに草が生える所まで持ってきて、毎日汗水垂らして食い物作ってきた畑なんだよ!! この一回の被害で当分野菜が取れなくなるってのがどれだけの被害なのか分かってねーだろ!!」

「……オーク被害に関しては外来危険種対策法に基づいて相応の補償金が支払われます。損害についてはそれを充てさせていただきますが? どうせこの町は果物類や野菜、穀物の多くを他所の町に頼っているのに対し、町内自給率はせいぜいが30%程度。多少収穫がふいになっても然程支障はないでしょう」

「こ、この……っ!!」


 口論する相手――自警団の顔ぶれも混ざっている――は顔が真っ赤なのに対し、ヤガラは普段の人を小馬鹿にした態度ではなく極めて事務的な顔だ。どちらにしろ相手の神経を逆なでするのが腹立たしい所だが。


 オークを退治するのも死体を処理するのも騎士団の仕事だが、法に基づいて金銭的被害を補てんするのは王国の仕事だ。ただ、通常の場合被害額は騎士団の仕事が終わってから纏めて行う。

 今回ヤガラが態々出てきているのは勤労の精神に目覚めた……のではなく、勿論騎士団に対する嫌がらせである。ああしてトラブルが起きそう、かつ自分に命の危機が無さそうな『程よい修羅場』の空気を嗅ぎつけて態と事態を悪化させ、騎士の評価を落とすタイミングを狙っているのだ。ロック先輩はあと2リットル多くヤガラにムカデ酒を飲ませるべきだったと素直に思う。


 案の定、相手は激昂した。


「30%だがなんだか知らねえが、俺達がゼロから伸ばした貴重な食糧だ!! 金で買う食料では代えられねぇ努力の結晶だ!! 後で金払えば何でもいいって訳じゃねえんだよッ!!」

「我々は我々の仕事をするだけです。後から何の文句を言おうと時間が過去に戻る訳ではないのですから、せめて事態終息の為に我々の邪魔だけはしないで貰いたいのですがねぇ……」

「クソがっ!! 結局騎士団ってのはそういう奴な訳だなっ!!」


 ヤガラの言っていることは正論だが、正論だけで納得できない思いが人にはある。もちろんそれを知ってて喋っているのがヤガラという男。彼の後ろに着いて来ていた先輩方のストレスが加速度的に蓄積する前に、俺にやれることはやっておこう。


「そいつ騎士団じゃなくて役人ですよ。それはそれとして失礼しまーす」

「あ、ヴァルナじゃねえか。仕事ご苦労! 他の連中はともかくお前は通っていいぜ! 団長からのお達しだからな!」

「せっかくなんで見ていきますねー」

「居酒屋の常連さんみたいにするっと抜けていった!?」

「うおぉぉぉぉぉい!? たった一晩で地元に馴染みすぎだろヴァルナ!?」


 いや、正直すんなり行き過ぎて俺自身が戸惑っているレベルです先輩。

 しかしこれは好都合だ。俺が現場にすんなり入れるなら、他の騎士団方がゾロゾロ畑に入る必要もなくなり、ヤガラも騎道車に戻らざるを得なくなるだろう。厄介者がいなくなって現場も調べられると万々歳だ。


「という訳でここは俺が受け持つので帰っていいですよ、ヤガラ記録官殿。先輩方もお疲れさまで~す」

「ういーっすお疲れ~! 後で報告書上げろよ~?」

「ま、末端騎士がこの私に指示……!? ぐっ、耐えるのですヤガラ! あの男は下賤の者ですが敵に回すとちと厄介……! ええい、帰ります!! こんな土臭い場所に入れば私の高貴なる靴に汚泥が付着してしまいますしねっ!!」


 見事に180度ターンを決めた記録官は肩を怒らせつつ心も怒らせながら帰っていく。

 ヤガラは俺に嫌味や挑発は平気で行うが、それは俺がちょっとやそっとじゃキレないという一種の信用を置いているからだ。だから分が悪いと思うと意外にあっさり引き下がる。何故なら、俺が不祥事を起こすことで起きるゴタゴタが自分にも良くない影響を与えることを彼は知っているのだ。


 他の騎士達は「ザマーねぇの」とか「面倒くさいおっさんだ」などと小声で好き勝手なことを言いながら引き返していく。今まで激しいぶつかり合いをしていた相手があっさり戻っていく様子を見て、自警団メンバーが俺を変な目で見つめてくる。


「……王国最強騎士スゲーな。なんだっけ、海外の書物にあったミット・コウ・モーンみたいだったぞ」

「何だその個性大爆発な名前? よく分からんが多分違うと思うぞ。あの嫌味ヒゲオヤジは騎士団の人間じゃないから色々事情があるんだろうよ」


 ともあれ、思わぬところでさっそく昨晩の影響がいい形に響いてくれたのは僥倖だった。

 そう思いながら実際に畑に入ると、一部が重点的に荒らされた悲惨な現状が眼に映った。

 地面には既に人によって多くのくぼみが出来ているが、平均体重二百キロのオークが残した足跡はくっきりとその場に押し込まれていた。


「お、これが足跡だな。サイズからして成人には届いていない。『兵士』タイプじゃなくてもっと下っ端か? 足跡がやけに少ない所を見ると数はそれほどいないな。精々二匹って所だ」


 時たまオークはどいつもこいつも棍棒を振っているというイメージを持たれるが、武器を持つオークは群れでも戦闘を生業にする成人オークだけだ。まだ体の成長しきらないオークは武器を持たず、戦いにも参加せずに餌を集めて回る。

 つまり、この畑に現れたのはそういう単独行動の多い下っ端オークという訳だ。

 俺の独り言に後ろからついてきた自警団の男が驚く。


「足跡だけでそんなに分かるのか?」

「伊達にオークと百年も戦ってないのさ、騎士団はな」

「……さっきの騎士に怒鳴った内容、気にしてたり?」

「しないよ。騎士団にいれば謂れのない誹謗中傷はキリがないからみんな慣れてる。謝罪はなくていいが、遊んでる訳じゃないことだけ分かってくれ」

「……分かったよ」


 ばつが悪そうに目を逸らす男を尻目に周囲を確認する。

 凡そ話で聞いた通り、豆は踏みつぶされた分と少々齧られた分を抜けば大した被害はない。対照的にじゃがいも畑は徹底的に掘り返されており、子芋も殆ど残っていないという有様だ。他に何か痕跡がないかぐるりと畑を回る内に、俺はある事に気付いた。


「柵は壊されてない……町の外周から侵入した形跡はない。そして足跡は、町側から入って町側に消えている……?」

「……なんだと? おい、それはどういう意味だ?」

「……畑は町とほぼ地続きだし、断崖の側から来たんなら見張りが気付く筈だ。つまりオークは町中に突然現れ、そして町中に消えたことになる」

「そんな馬鹿な! おいヴァルナ、いくらお前が団長の認めた男だからってそいつは流石に無理のあるジョークだぞ!!」


 言われなくともそんなことは分かっている。

 ワープの魔法でも使わない限り、そんな移動ルートを使えば必ず人間に発見される。

 しかし、現に畑内の足跡はオークが町の側から入り、町の側に出たことを示している。


「……どういうことだ。この町にはオーク専用の秘密通路でもあるってのかよ?」


 手がかりを得る筈が、とんでもない謎だけが残ってしまう。

 クリフィアのオーク調査は、更なる難航の様相を呈していた。




 ◇ ◆




 一方、朝から水路に足を突っ込んでしまった不運なナギは、ぶつくさ文句を言いながら畑に向かっていた。


「本当に誰が外したんだよあの水路の蓋……滅茶苦茶重くて戻すのに苦労したんだぞ……」


 これからオークに荒らされた畑の様子を見なければならないというのに、既に無駄な体力を使い、無駄な傷を負ったナギの気分は非常に暗い。とぼとぼ歩いていると、現場に到着した。既に事が起きてからそれなりに時間が経っているためか、野次馬も殆どいない。


 きょろきょろと周囲を見渡すと、そこに覚えのある帯刀した男がいた。

 一瞬で騎士と分かり、勝手に畑に入り込んでいることに怒りを覚える。

 大方オーク被害の話を聞いて調べに来たのだろう。


 クリフィアの町の人々が必死で耕した畑に我が物顔で入り込んだ男にケチのひとつでもつけてやろうと大股でその場に近づくが、よく見ればその男はナギも知っている男だった。近くに自警団の部下もついている。


「ヴァルナ……お前もここに来てたのか」

「ん、ナギか。おはようさん。どうしたんだその足?」

「考え事してたら水路に落ちた。今日は厄日だよ」


 今日はとことんやる気が空回る日だ。

 ヴァルナだとわかっていたら無駄に怒らずに済んだのに。 

 勝手にくたびれていると、部下が困ったような顔でにじり寄ってきた。


「団長、聞いてくれよ! ヴァルナの奴変なことを言うんだ。オークが町から現れて町の方に消えてるって!」

「はぁ? 町をオークが闊歩してるってのか? どんな突拍子もない理論だよそりゃ?」

「突拍子もなくない。現場の痕跡がそれを示してんだよ」

 

 部下からもそれを指摘されていたのか、ヴァルナはウンザリしたように畑の外に出て地面に指で何やら書き出す。何をしているのかと思って覗き込むと、それは簡略化された町の周辺の地図だった。


「オークが実際に目撃されてる断崖は町の南だ。こちら側は現在自警団、騎士団の二重体勢で監視されている。いくら夜でもこの二つの集団に気付かれずに町に侵入するのは無理だ」

「……それは、確かに」

「川から入ろうにも入口はないし、騎士団も川の監視はしている。あの断崖から直接降りて移動できない以上、オークは何らかの隠し通路を使っていると考えるしかない。とすると、その隠し通路の入り口が町にある可能性は否めないんだ」

「馬鹿言うなよ! この街には縦穴も横穴もねえ!! 大体、オークがトンネル掘るってのかよ!!」

「まぁ、確かに脱獄トンネルよろしく計画的に堀ったとは俺も思わないが……偶然そういう場所が存在するかもしれない」

「……お前、俺達を馬鹿にしてんのか? そんなもんがあったら、ここに暮らしてる俺らがとっくに見つけてらぁッ!!」


 そんな場所があるなら地元の人間が見逃すはずがない。

 そこで暮らし、そこで営み、そこに立っている人間が気付かない訳がない。

 余所者の人間に「お前は無知だ」と根拠もなく告げられるような不快感を、流石のナギも隠せなかった。その態度に、ヴァルナは間髪入れずに反論した。


「逆に言うぞ。お前ら――オークを馬鹿にし過ぎだ」


 俺も団員も、一瞬その言葉に気圧された。

 「騎士団を」ではない、「オークを」だった。

 その言葉を放った時のヴァルナの声は、驚くほど冷たかった。


「オークは人間の道具も利用するし、地形を利用した奇襲なんて当たり前に仕掛けてくる。コロニーは必ず便利の良い天然の要塞や基地を利用するし、ないなら作ることもある。環境適応能力も高いし知能も生命力もその辺の生物とは比べ物にならん。調べれば調べる程、驚くほどに効率化された集団なんだ」


 一息置いて、ヴァルナは貫くような真っすぐな視線でナギを見る。


「いいか、『オークは人間の想像なんて当然のように超えてくる』。人間の見つけられない隙を突かれて何度も死人を出してきた……俺の偉大なる先輩方が残した教訓だ」


 ナギは、その言葉に騎士団の英知と重みを感じずにはいられなかった。

 それと同時に、ナギはこうも感じた。


『こいつと協力すれば、謎が解けるかもしれない』


 新人とはいえ彼のオークに対する造詣は自警団より遥かに深いだろう。騎士団の連中に手柄をやるような真似はしたくないが、仕事に対してどこまでも真摯なヴァルナになら手柄をくれてやってもいいし、自警団の連中もある程度納得してくれるだろう。

 自警団が面目を保ちつつ事態の収束を図るには、目の前のこの男が必要だ。


 ナギは黙ってヴァルナの言葉を吟味し、自分の心と相談し、そして――ヴァルナに協力を求めることを決断した。

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