第21話 先人の想いは複雑です

 我らが騎士団で最も忙しい班は、実は工作班である。


 工作班は罠の設置場所や有効な罠を見極める無ければならない。

 そのために、オークの行動範囲や巡回ルート、巣の場所を知らなければならない。

 それらの詳細を把握するために、工作班がまず斥候に出なければならない。


 すなわち、オークも地形も全部入念かつ限られた時間内に調査し、速やかにその結果を騎士団に提出しなければならないという非常に重大な役割を担っているのだ。

 

 しかも仕事はそれだけではない。

 設置する罠が足りずに現地で代替品をでっちあげる時は道具作成班と共に細工をしなければならないし、手動で発動する罠などもあるので戦闘に同行することも多いし、極めつけに使用後の道具を回収する際にも回収班への同行が求められるという超ハードワークなのだ。


 そのため、工作班が斥候から戻るまでは作戦会議が開けない。

 とすると、必然的に団員はヒマを持て余すことになる。


 そんなヒマを持て余しまくった俺は、とりあえずガーモン先輩と町長が昔話に花を咲かせる町長の家の近くのベンチで本を読んでいた。


「ノノカさんから借りた『ふんたぁクン奮闘記』……意外と面白いな。あの人がハマるだけのことはあるってことか」


 大陸の方では大人気過ぎて発行部数合計一千万冊を突破しているとかなんとかなこの物語は、病気で療養したり新連載にうつつを抜かしていた原作者のせいで長らく連載が止まっていたらしい。俺が持っているのは若干変色する程度には古いノノカさんのお古である。


 ……ちなみに渡されるときに「ベビオンくんに貸したら変なシミがいっぱい増えて返ってきそうだから見せるのもメっ! だよ?」と言われた。ノノカさんのベビオンへの扱いに果てしない闇を感じざるを得ない。


 閑話休題、本の内容は狩人のふんたぁクンの冒険記である。

 主人公のヘッポコふんたぁクンの考え方の一つ一つがセコくて慎重で人間味に溢れており、更にヘッポコなりに狙ったターゲットを仕留めるまでの綿密な作戦が緻密に書き込まれている。

 木陰に隠れて不意打ちを狙うふんたぁクンの息遣いが聞こえてきそうだ。

 まるで素人だった頃の自分を見ているようで微笑ましい気分になってしまう。

 不意打ちは基本だし、セコくて慎重なこの騎士団はリアルふんたぁクン集団である。


 しかし読書くらい騎道車に戻ってから読めばいいだろうと思うかもしれないが、先輩が残っている手前、後輩がとっとと帰ってしまうのもばつが悪い。

 ガーモン先輩はそういうのを大して気にしないだろうが、一応待っているのだ。

 それに、せっかくだから先輩にこの町を軽く案内してくれるよう頼もうという思いもある。お勧めの土産や特産品の一つくらいは今のうちに聞いておいても悪くないだろう。


(にしても、流石は石の産地。石造りの建物がひしめいてるな。他所じゃ見られない光景だ)


 小説から目を逸らして周囲を見ると、石と漆喰で塗り固められた家屋ばかりが視界に広がる。道路の舗装も見事なものだ。王都の建築に比べると自然の形の石を利用している外見が目立ち、綺麗なシンメトリーとは違った味がある。


 町の淵には防風林らしき針葉樹が植えられている。

 土壌完了で少しずつ植物の育つ範囲を拡大しているらしい。

 その割には範囲が小さく見えるが、それだけ土壌改良という作業には時間がかかるのかもしれない。


 そんな事を考えていると、通路からツカツカと鋭い足音が響く。

 目をやると、そこには変わった槍を抱えた一人の男性がいた。

 武器を持っているという事は、自警団のメンバーだろうか。

 年齢的にはこちらより数歳は上、二十歳くらいに見える。


 はて、誰かに似た顔だが……と感じてその顔を見ていると、目が合った。

 目が合ったら喧嘩の合図! 等と言う世紀末ルールはなく、俺は最低限の礼儀として本を閉じ、立ち上がって挨拶する。


「こんにちは。本日到着した騎士団の者です」


 すると、つかつか歩み寄ってきたその男性は品定めするようにこちらをじろじろ観察し、やがて見下したような笑みで笑った。


「……ふん、貴様のような本を読んでいるナヨナヨした男でも騎士団の人間になれるとは、ずいぶんヌルい集団なのだな。豚狩り騎士団とは」


 残念ながらその本を読んでいるナヨナヨした男が王国騎士団最強である。

 しかし、こんな些細な挑発に引っかかってムキになるようではこの騎士団ではやっていけない。しかも彼の挑発は残念ながらヤガラ記録官の爆発的イライラトークには遠く及ばない低俗なものだ。


 それにしても、俺を一見見てヌルいと言ったその男の体はかなり鍛え込まれている。

 もしかしたら無名の勇者みたいな強い人なのかもしれない。ツバつけとこう。


「騎士団は平民にも入団するための門を開いております。一発入試を突破して、ヌルい仕事で給料もらいませんか?」

「バカなのか貴様? 馬鹿にされている自覚があるか?」

「いや、もしかしたら強者の余裕の可能性もあるので。ちなみに本気で試験を受ける気があるのならうちの団長に話を通すのでサポートしてもらえますよ!」

「そうか分かった。馬鹿なのは貴様の上司の騎士団長だったのだな」

「痛い所を突いてきますね。そうなんです、うちの団長はちょっと脳がイカれてるんです。もうすぐ騎士団を追われるでしょうから幹部席が一つ空いて出世チャンス! やだ、お得!」

「ポジティブか貴様ぁッ!? 少しは騎士団長を敬ってやれ!!」

「騎士団長を敬う……? そんなナヨナヨした態度で騎士が勤まるとでも?」

「えっ、何その下剋上スタイル!? これ俺がおかしいの!?」


 騎士団内ではこれで平常運行である。外でどうかは知らないが。


「あああああああクソっ、何なんだこの騎士! もっとこう、騎士ってのはさぁ!! くっ、俺の思い描いていた展開と違う……ッ!」


 どうやらスカウトは失敗のようだ。残念である。

 しかし、ここに至って俺はその男の顔に見覚えがある理由を特定した。


「あんた、よく見たらガーモン先輩に似てるな。いや待てよ、そういえばさっき……」


 町長と先輩の会話の中で、確か先輩に弟がいるという話があった気がする。


「ちっ、気付きやがったか。そうさ! 俺があのクソ兄貴の弟、あのナギ様だッ!!」

「あのってどの?」

「え? いや、だから兄貴に俺の話聞いてたんじゃないの?」

「いや全然? 名前も今知ったし、先輩に弟がいるのもさっき知ったし」

「な……何ぃぃぃーーーーッ!?」


 弟さんが勝手に驚愕しているが、弟がいるなんて俺は一度も聞いたことがない。

 さっき町長さんと会話してるときに『弟は元気か?』的なことを言っていたときにはじめて聞いた話だ。先輩方は聞いたことがあったかもしれないが、その辺は確認を取らなければ分からない。


「なっ、何故だ兄貴……! 俺は実の弟なんだぞぅ……!?」


 ガーモン先輩を通じて自分の存在が認知されていなかったのが余程悔しかったのか、膝から崩れ落ちるナギ。あのチンピラみたいな煽りを見た後では身内の恥と思われていた可能性がないでもないが、真相は本人に聞いた方がいいだろう。


 結局ナギは、「これで勝ったと思うんじゃねえぞッ!! 覚えてろよぉぉぉーーーーッ!!」と叫びながら走ってその場を後にした。


 直後に家から出てきたガーモン先輩が「今、心なしか弟の声が聞こえたような気がしますが……」と呟いたが、そういえば結局彼は何をしに来たのだろうか。




 ◇ ◆




 ガーモン先輩は弟が来たことを知るや否や足早に去って行ってしまった。

 当てが外れた俺は仕方なくその辺の屋台で「ファラフェル」なる豆のコロッケを買ってつまみながら騎道車に戻る。

 途中で食堂を通りかかると、相変わらず飲んだくれのロック先輩がご機嫌な様子で度数のキツそうな酒の箱を運んでいるのを見かけた。どうやらこの町の酒場でまた買い込んだらしい。


 しかし、これはいい機会だ。

 何気に騎士団内でも指折りの情報通であるロック先輩なら、ガーモン先輩と弟に関する情報を何か知っているかもしれない。弟の話が地雷である可能性もあるので探りを入れておこう。


「……ってなわけで、ガーモン先輩の弟の話。なんか知ってます?」

「ああ、聞いたことはあるねぇ。ほんの二、三回程度だけど」


 年長者のロック先輩が二、三度しか聞いたことがないのならほぼ喋っていないようなものだろう。それと同時に酔っ払いの癖に記憶力は人並み以上あるのが不思議でならない。

 食堂で酒盛りを始めるロック先輩にツマミのファラフェルを提供しつつ、情報を収集する。衣の触感を楽しむようにファラフェルをサクっと頬張った先輩は、それをテキーラで流し込みつつ記憶を掘り出す。


「うん、家族談義か何かの時にポロっとね。才能はあるのに努力が足りないとかなんとか言ってたけど、周囲が盛り上がりすぎて俺しか聞いてなかったんだよねぇ♪」

「ちなみに先輩はどれくらい酒入ってたんですか?」

「ほろ酔いの一歩前かねぇ。あれで酒強いんだわ、あいつ。ヴァルナくんが何を気にしてるかは分かんないけど、別に不仲って風には見えなかったねぇ。単に言う機会がなかっただけじゃないかなぁ?」


 ということは、次に会った時に話を聞いたら教えてくれそうである。


「にしても、あの真面目なガーモンくんの弟君がグレーテルの不良戦士ねぇ。カレは実技も勉強も出来るタイプだったから、偉大な兄に反発したい劣等生の弟って所か? よくある話じゃないの?」

「どうですかね。弟君の肉体は相当鍛え込まれてましたし、劣っているとは限りません」


 俺がスカウトまがいの事をしたのも、本当に実力がありそうだったからだ。

 脚運びにも無駄はなかったし、最低でも遊撃隊の年少組と体力勝負をすれば勝てるかもしれない程度には強そうだった。実際に彼を見ていないロック先輩は適当に「へー」と相槌を打ち、酒を一口飲んでから再び口を開いた。


「オジサンとしてはアレかなぁ、ヴァルナくんを挑発してきた挙句『展開が違う』とか言ってた部分が気になるねぃ。自警団の人間だとしたら後からやってきた騎士団にお門違いな反発心を抱いていてもおかしかぁないだろ?」

「そりゃ、大抵の自警団は騎士の事を快く思ってないから喧嘩売られても不思議には思いませんけど……それをしたら困るのは町の方じゃないですか?」


 騎士団の邪魔をしてオーク討伐が遅れたら、一番困るのは被害が増える現地住民だ。

 同じ現地住民である自警団だってちょっと考えればそれぐらい理解できる筈だ。

 町を守るという自負があっても、戦力的に無理だったから騎士団に助けを求めてきたわけなのだし。

 そんな俺の尤もな疑問に、ロック先輩は大仰に両手を広げて笑った。


「流石未来の副団長は聡明だ! ……しかしながら、下々の人間も聡明だとは限らないのが世の常なんだよねぃ。自警団と市町村代表で意見が割れたまま騎士団に助けを求めるケースってのは、特に昔は珍しくなかったよん♪」

「具体的には?」

「俺が新人の頃に拝聴した話に出てきた馬鹿は……プライド優先での活動妨害をした挙句にオーク用の罠に引っかかって身動き取れず!そのまま人間より先にオークに発見され、翌日に豚の餌になって発見されたってよ♪」

「うっげぇ、最悪っ……!」


 オークが人を殺すのは周知の事実だが、実は稀に殺した人間を喰うこともある。

 今では国民全体がオークの危険性を知っているから人的被害は少ないが、嘗ては不用意にオークを刺激する人もいたらしい。オークに齧られた人間の死骸は、一般人が見たら一昨日の朝飯まで吐き出しそうなぐらい酷い有様になる。俺は当時の資料の上でしか知らないが、絶対にあの文章の通りの死に方はしたくないものだ。


「ちなみにその後の自警団の生き残りの主張曰く、『余所者のお前らが勝手に仕掛けた罠に仲間が引っかかった! 疫病神め、出ていて!!』……ってなもんよ。後の話はヒマになったら資料でも漁ってみな♪」

「嫌ですよ。ったく、守るべき相手も見極められない半人前が武器なんか持つから……」


 騎士としての俺はそう悪態をついてファラフェルを齧った。

 力に伴う責任とは、こと王立外来危険種対策騎士団にとってはプライドより遥かに重要だ。

 人々を救うために誰かに頭を下げて従わなければいけないのなら、頭は下げる。


 頭を下げてでも守らなければいけないものにこそ、本物のプライドは宿っている。

 それは自分の為の行動ではなく、他人に捧げる行動でなければいけないのだ。


 しかし、人間としての俺はその悪態に否定的だった。


 騎士が間に合わないから戦うしかなかったのに、騎士が来たら除け者扱い。

 これまでその場を守ってきたのは自分たちなのに、名誉は全て騎士が搔っ攫ってしまう。

 それでは今まで命懸けでこの土地を守ってきた自分たちの矜持の向かう先は――。


(後で、あのナギって人をちょっと探してみるか)


 オーク殺すマンになるのは別にいいが、そこから人間の感情を切り離すのが正解とは思えない。

 俺は密かに、任務内容に含まれない「サービス残業」をやる事を決意した。

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