第18話 誰かの為に強くなります
たった一人で大軍と戦うのは確かに浪漫かもしれない。
しかし現実的に見れば、一人より仲間がいる方が心強いに決まっている。
人間とはそもそも集団で生きてきた存在だ。
集団で助け合い、農耕や狩猟をし、足りないものを補い合う。
仲間・家族・隣人という繋がりをひたすらに鍛え続けてきた先に今の人間がいる。
要するになにが言いたいのかと言うと――集団でやるべきことを一人でやれちゃう人間はこの世界では割を食う運命にあるのである。
御前試合から帰還した俺をさっそく待っていたのは、2人編成でのオークが住んでいた洞穴調査だった。大抵の場合はロック先輩とツーマンセルが多いのだが、今回は新人にも経験を積ませるためと後輩のカルメが選抜されている。
オークに限らず魔物の類が住む洞窟というのは奇襲や待ち伏せのリスクが極めて高いが、既にオークコロニーが崩壊して数日が経った上に前二日で殆どのオークを掃討し終えているので敵との遭遇があるかどうかも怪しい。
「貧乏くじ引かせて悪いな、カルメ。洞窟内での活動は最低でも4人編成だからな」
「いえ、先輩の背中が守れるんなら僕はどこだって、何人だっていいんです」
まるで気にした様子もなく、カルメが健気に微笑む。
これでこいつが女だったら間違いなくいい女ってやつな気がする。
しかしカルメよ、お前はどれだけ顔が中性的で良妻オーラを出しても男だ。
彼がもうちょっと男らしくなることを願って、少し小話を聞かせよう。
「知ってるかカルメ。一昔前の騎士団は女人禁制だったんだぞ」
「え?ええっと、それはまぁ知ってますけど。今でも女人騎士は待遇がイマイチだっていうのは時々耳にしますし……」
「しかし騎士は若い人間がなるもんだ。今はまだしも数十年前まで騎士団は全面的に女人禁制。恋愛らしいことが出来る奴なんて婚約者持ちぐらいのもの。年頃の男たちは行き場のないフラストレーションを溜めていった。そして……事件が起きた」
「じ、事件……!!」
ごくり、と緊張した面持ちのカルメが唾を飲み込む。
……その表情が余計に女性っぽいのは何故だ。
「その事件とは……!」
「その事件とは……!!」
「……男同士でまぐわい始めたんだよ」
「まっ……まぐわうって、つまりその――お、お付き合いですか!? 男同士で!?」
カルメが顔を紅くしたり青ざめたり目を白黒させたり両手をバタバタさせたりする。その姿はどこか恥じらう乙女のようで男らしさが欠片も感じられない。
下ネタかと思いきや結構本当の話である。ウチはともかく他所の騎士団でもたまにある。もちろん外国でもだ。同性愛という文化は思いのほか歴史が深いらしい。
「ダメですよ男同士なんてフケツです!! 不純です!! 非生産的です!!」
分かったからイヤイヤと真っ赤な顔を手で覆いながら振るんじゃない。
というか何故赤い。一体何色の想像をしている。
もしかしたらこの後輩は俺の想像以上にムッツリなのかもしれない。
「現在では禁制は解除され、騎士団内での同性愛も禁止となっている。しかしそれでもここは男だらけの空間。誰がいつ禁断の扉を開けてもおかしくはないし、一度愛とやらに目覚めたら止まれないのが人間だ。そしてそんな連中にとって……カルメみたいな男らしさに欠ける存在は、どう映るのだろうな……?」
「ぴゃああああああああああああああっ!? だだだ駄目です駄目です駄目ですよ先輩!! そんな先輩と僕がそんなのは駄目です間違ってます!! 間違って……間違ってるのにぃ……っ!」
「――っておい! なぜそこで俺とお前を勝手にくっつけようとする!?」
どうしてその禁断の発想に至った。そしてなぜ涙目になりつつも赤らんだ頬で微妙に迎え入れる準備をしている。何故桜色のみずみずしい唇を強調している。
というかこいつ肌の艶しかり唇しかり、女より女らしくないか。
少なくとも道具制作班のアキナ班長と並べたらこっちが勝ちそうだ。
「でも……でも僕、先輩になら……!」
「やめろッ!!! 俺をめくるめく同性愛の世界に引きずり込もうとするなッ!!」
「ええッ!? ち、違うんですか!? ホントに!? はぁぁぁぁ……二人きりになった途端にあんな話をするものですからてっきり……あ、うん。ホッとしました……」
段々尻すぼみになっていったカルメは羞恥でリンゴのように真っ赤になった顔を落とす。そういう光景を見ると逆にもっとイジって見たくなるのは気のせいか。恥じらいがあるのは悪い事ではないが、騎士たるものもう少し正々堂々とした方がいい。
「あのな、カルメ……俺が言いたかったのは普段の立ち振舞いの話だ。お前はちょっと騎士として女々しすぎるぞ。もっと堂々と立ち振る舞わなければ、これからよその騎士と共に事に当たる際に下に見られてしまうし、付け入られる隙にもなる」
「はい……」
「同性愛の話にしたって、お前の態度がこのままならそういう局面に陥ってもおかしく無いんだぞ? 言っては何だがお前は女みたいにきれいな体つきをしているからな」
「え……ほ、ホントですか? 僕、きれいですか?」
「……何故そこでテレる?」
「ご、ごめんなさい!! ぼ、僕のそういうヘラヘラした所が駄目なんですよね……うぅ、周りには前々からお前に騎士は無理だとは言われてましたけど、でも……僕、頑張ります。頑張りますから、見捨てないでくださぁいっ!!」
「お、おう。まぁ分かればいいと思うぞ」
その光景は別れ話を切り出されて必死に泣きつく女性に見えなくもない。
無意識にやってるんだろうが本当にやめてくれ、誰かに見られたらシャレにならない。
任務中に何やってんだろうか、俺たちは。一応周囲の警戒は怠っていないが、もっと気を引き締めないと危険だ。
と――噂をすれば影とばかりに前方の小さな横穴に微かな気配を感じる。
背後にハンドサインを送るとカルメはすぐさま戦闘態勢に入った。
思春期の女の子みたいな所があるカルメだが、剣は駄目でも得意分野は極めて優秀である。これで背後の守りはよし。後は敵の存在を確かめるだけだ。
暗闇を照らす松明を片手に、俺も静かに剣を抜く。
(さて、何がいるのか。呼吸音は小さいし足音も……とすればオークではなく迷い込んだ野生動物の可能性もあるが、どうかねぇ)
オークの場合、息を殺して待ち伏せしている可能性がある。狩人としての本能か、それとも火を起こす知恵があるが故か、本当に松明の灯りでは見えないギリギリの位置で待ち伏せを仕掛けてくるのだ。
逆に言えばこういう時、オークは光に照らされれば必ず行動を起こす。
自分の位置を悟られるのが嫌で逃走するか、待ち伏せを諦めて相手を襲撃するかだ。
俺は外で拾った松ぼっくりの先端に火をつけ、それを横穴に放り込んだ。
割と長く、そしてよく燃える松ぼっくりによって横穴が光で照らされる。
小石や小枝に並ぶ騎士団の味方、松ぼっくり。ノーコストで燃料に使える秋の救世主だ。季節的にはそろそろ冬だが。
この光に驚いたのか、気配の主が横穴から飛び出してきた。
「ピキィィィッ!?」
「こいつは、子供のオークか」
出てきたのは背丈が一メートルにも届かない小柄なオークだった。
ずいぶん体が細く、オーク特有の逞しさがない。顔立ちもまだ幼いように見える。
察するに、他の子オークより弱かったために餌を積極的に与えられなかったんだろう。自然界の子育てではよくある事だ。それが転じて幸いとなすのは珍しいとも思うが。
しかし、その命運はたった今尽きた。
ボッ、と空を切る音と共に、オークの脳天に矢が突き刺さる。
「グギッ、ギ………?」
幼さの残るオークが驚愕に目を見開き、びくびくと痙攣しながらゆっくりと倒れ伏した。
脳を破壊されての即死。かつ、頭蓋を貫通せず綺麗に刺さった為に出血も少ない。後片付けの事も考えれば理想の殺し方――しかも移動するオークを狙いすましての一射。
「お見事」
「この程度、イノシシの眼を穿つことに比べれば児戯ですよ」
人が変わったように冷静な言葉で、クロスボウを構えた姿勢のままカルメが呟く。
カルメは幼い頃より父に連れられてよく狩りをしていたらしく、その弓の腕前は神懸かった命中精度を誇る……のだが。
「これで俺が隣にいない時も同じくらいの命中精度なら有難いんだがな」
「はうっ……す、すみません」
はうってお前、乙女か。体は男でも心は乙女なのか。
父に褒められたい一心で業を鍛えた為か、褒めて欲しい人が近くにいないと集中力を発揮できない。それが彼の最大の欠点である。ちなみに現在の騎士団で褒められたいのは俺かローニー副団長くらいしかいない模様。
もし特定人物がいない状態で弓矢を持たせたりすると、緊張でブレブレになった矢が魔蝎の如くうねって明後日の方向に飛ぶらしい。なんともピーキーな才能である。
「まぁいい。血が零れると厄介だから、この場で袋に詰めてしまおう」
「は、はい! すぐに用意します!」
防水仕様の二重袋に死体を放り込むことで、有毒な血液が地面に沁みるのを防ぐ。
そして袋に入ったオークの死体は後で回収され、改めて担架で運ばれる。
こうして環境を汚さないようにするのも立派な職務なのだ。
袋に詰める途中、ごろんと首が動いてその濁った眼がカルメを見た。
カルメはそれを見て微かに顔を顰めたが、ゆっくりその瞳を下ろして袋に詰め込んだ。
「先輩」
「なんだ」
「僕たちにオークを殺す権利はあるんでしょうか……」
その言葉に、俺の手も止まる。
魔物も生き物だ。この世にいる限り、当然生きようとするだろう。
それを支配しようと考える人間が本来はおかしいんだろう。
俺達人間は特別で、オークのような言葉の通じない亜人種は敵。
王国聖教をはじめとした隣国の宗教では、そう教えられることもある。
しかし、そもそも命に優劣をつけていいのかと、カルメは悩んでいるのだろう。
「オークの子供だって生きるために必死でここまで足掻いてきたのに、僕はそれを見るなりすぐに射抜きました。でもこのオークの亡骸を見ると、そんな僕が血も涙もない存在であるような気がして……」
「正しくはないな」
「……やっぱり、先輩もそう思い――」
「でも間違ってもない」
弱気な声を出すカルメの言葉を遮り、俺はそう断言した。
「忘れるなよカルメ。俺たちは騎士で、王立外来危険種対策騎士団だ。王国という縄張りを護る為に、王国で死傷者を出し土地を荒らす外来危険種を追い返すのが仕事だ。俺たちの半端な仕事が力のない平民を傷つけたら、俺はその人に謝っても謝り切れん」
「先輩………」
「俺達は、俺達がいないと困る人の為に剣を掲げた騎士だ。誰のための刃かを忘れるなよ?」
「そう、ですね。やらなきゃ別の誰かが傷つくだけなんだ……よぉし!!」
バシンッ! と両手で自分の頬を叩いたカルメは、それ以降いつも以上に勇ましく任務をこなした。俺のつたない激励は彼の心に響いたらしい。世話の焼ける後輩だが、そんな後輩の為にも真剣にならなければいけないのが先輩という立場なのだろう。
いずれは班長格になるであろう彼の成長が、今から楽しみである。
ところで、俺には一つ気になる事があった。
(カルメって水浴びや大風呂には絶対に皆とは参加しないし、人の前では絶対に服を脱がないよな………あれ、あいつ男だよな? ……本当に男なんだよな? あれ? もしかして根本的な勘違いしてる……?)
――この謎が想像以上に尾を引くことになるのを、この時の俺はまだ知る由もなかったのであった。
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