第17話 ここが皆の戦場です

 騎士には戻るべき戦場がある。


 騎士とは生粋の戦士であり、その力の在処はやはり戦いの場にこそある。

 そこに戦うべき敵がいて、守るべき人間がいる。

 ならば戦う役割を引き受けるのは騎士しかいない。

 様々な想いを背負い、決して振り返らず、騎士は戦場へ赴く。


 時には大切な人と別れ、時には故郷から遠く離れ、或いは異郷の地に骨を埋める覚悟を強いられても、騎士は使命の為に前へ進むだろう。家族とも恋人とも傍にいたいが、敢えて離れる選択をするのも騎士の宿命だろう。


 アホの俺はそんな孤高のイメージに憧れ、幼少期に家族に黙って家出したことがある。

 しかし、さしものアホも流石に街を離れて迷子になったら「俺はどこに旅立とうとしてんの? というか旅立つ理由全然なくない?」という当たり前の発想に至る訳で、近くを通りすがった馬車に乗せてもらって街まで引き返した。


 ……なお、実はその馬車は王都行きとは反対方向に進んでいて二、三日ほど大冒険する羽目に陥ったのは余談である。最終的に怒る親父と泣くおふくろに両手を掴まれドナドナと家に連行されたのはいい思い出だ。もちろん辱めとばかりに連行される姿を晒して近所の皆さんに盛大に爆笑された。

 『あの頃は可愛かったのにねぇ』と近所のおばさんに未だにネタにされるので、なるべく忘れて貰いたい過去である。




 とまぁ過去の話は置いておく。

 俺たちは現代を生きる存在なのだから、前だけ見てればいいのである。


「という訳で、勝ってきました」


 あんまり苦労した覚えがないというかむしろ翌日のほぼ徹夜が辛かったけど、御前試合は見事に優勝した訳だから、みんな俺の活躍を喜ぶと同時に戦場への帰還を歓迎してくれるだろう……などと思った奴は発想が凡人であると言わざるを得ない。

 この騎士団がそんなに無難な対応を取るとかありえない。


「そんなお使いでパン買ってきたよー的なノリで優勝もぎ取って来るヴァルナくんはね、オジサン病気だと思うよぉ。賭けに勝ったからイイけどねぇ♪」

「先輩病気なんですか!? どどどどどどどこどこどこが!! は、早くお医者さんに掛かった方がいいですよぉ!!」

「そんなことよりヴァルナ!! 撮影機が写真集で金策だから金貸せやぁッ!!」

「カツアゲじゃねーか!! ちゃんと事情を説明しろ! そして後輩にたかるな!!」

「だから班長ー」

「買うより作ろうよー」

「ライくん撮影機の原理教えてー」

「ヴァルナくん頼んでた本買ってきてくれましたぁ!? 早く早くっ! 早く出してっ! ノノカが七年待った『ふんたぁクン奮闘記』の二十一巻っ!」

「俺達が苦労している間にハデに活躍してモテやがって……殴らせろオラァッ!!」

「女紹介しろオラァッ!!」

「酒奢れオラァッ!!」

「あ、いまヴァルナに喧嘩売った奴とタカった奴は後でタマエ料理長から粛清のゴハン抜き決定~~!!」

「ついカッとなってやっただけで今は反省しています。許して」

「心神喪失状態だったので説明責任なしと主張します。許して」

「右の奴に脅されて加担せざるを得なかっただけです。許して」

「貴方の右にあるのは人じゃなくて壁なんですがねぇ……本気で言っているなら貴方こそ心神喪失というか、仕事のしすぎで幻聴聞こえてるんじゃないですか?」

「………………ああそうか、みんなには見えないんだったね」

「えっ……ちょ、えっ?」


 ホラ見たことか。どいつこもこいつも好きなことしか喋りやがらねぇ。

 言わずもがな、この展開は去年に優勝した時に経験済みである。

 というよりおめでとうの言葉すらないので心なしか去年より待遇が悪化してる気がする。


「感謝の念が少ないのは何でですかねぇ……」

彼奴等きゃつらは勝利の価値を見失いし者……其の様、親鳥に餌をねだる雛の如くなり……」


 と、何言ってんだコイツ的な分かりにくい喋り方をしているのは遊撃班のンジャ先輩。


 ンジャ先輩は壮齢を少し過ぎた割と高齢な男性騎士である。

 褐色の肌と鋭い眼光、そして年齢を重ねて尚引き締まった肉体は『古強者』という言葉がよく似合う。

 元は海外の戦闘部族の出身で、その腕前から教官役としてルガー団長に騎士団に誘われたらしい。三十代くらいまでは御前試合で副将や大将に何度も抜擢され、体力的な問題で第一線を退いた今でも若い連中に戦闘技術を叩き込んでいる。


 が、彼の言葉遣いは独特過ぎて時々何言ってるのか本当に分からない時がある。

 そんな時はよく一緒にいる女性騎士のセネガ先輩が分かりやすくかみ砕いて翻訳してくれるのだが……まぁ、このセネガ先輩がまたクセが強い。


「『勝ちは別の人が取ってくるのが当たり前と考えているせいで勝利の有難みをいうものを忘れてしまったドクズどもめ地獄に堕ちろ』……と申しています」

「其れ程までに悪辣な意図は込めて居らぬ也」


 大の大人もたじろぐ鋭い眼光で睨まれるセネガ先輩だが、どこ吹く風とばかりにそっぽを向いて悪びれもしない。若手だったらぶん殴られるが、フェミニストのンジャ先輩は女性に手を出さない。ンジャ先輩の故郷ではどんな理由があれ女性に手をあげる行為は男として一番みっともないんだそうだ。

 つけ込まれてるけどいいの? とも思うが、現状維持してるしいいんだろう。


 セネガ先輩は妙齢の美女で眼鏡が似合う知的な女性だが、性格の悪さで全部台無しなので彼氏はいない。

 彼女は所謂『島流し組』だ。元は特権階級だったが、降格と同時に特権階級の地位も奪われたために上にも戻れないので現在はほぼ平民騎士みたいなものである。島流しになった理由は知らないが、ほぼ確実にあの性格のせいである。


「相変わらず仲がいいですね。今のところ貴方がたからも感謝の言葉受け取ってないんですけど……」

「む……若き猛者達よ、汝らの凱歌に拍と賞賛を」

「『おててパチパチして褒めてあげまちゅよ~』……と申しております」

「其れ程までに悪辣な意図は込めて居らぬ。再三言わす事無かれ。大体お主は常に周囲に協調せずに……」

「周囲のしゃべり方に未だに合わせられない貴方に言われたくありません」

「吾の事より己の婿の貰い手の事を考えよ。嫁入り前の女子がそのような醜言を……!!」

「なっ!? 何故この私が単なる同僚に過ぎない貴方にそのようなことを心配されなければ……!!」

 

 流石のセネガ先輩も婚期の話には敏感なのか、急に顔を真っ赤にして反論し始めた。が、話がヒートアップしてこっちの事を忘れているようなので早々に退散させてもらった。

 まったく、反抗期の娘と説教臭い父親みたいである。




 面倒くさい先輩たちを振り切り、面倒くさくない後輩たちとついでに荷物持ちのライを引き連れ、俺は浄化場に向かった。特に理由はないが、浄化場はノノカ目当てに若い衆が用事もなく出入りするので若い衆のテリトリーみたいになっている。

 ついでにノノカは若い女性と話が合うので男だけの場所では断じてない。 


「これが例のブツです」

「うむ、確かに受け取りましたよっ! んふふはひひ~……学院の同僚から新刊が出ると聞いた時には危うく夢を見ているのかと勘違いして学院塔のてっぺんから飛び降りかけた程に待ち望んだ『ふんたぁクン奮闘記』!! 態々ノノカのために買ってきてくれるなんて愛してますよヴァルナくん!!」

「はいはい愛してる愛してる」


 ノノカの愛の告白が綿菓子レベルで甘くて軽い。

 彼女が割とよく口にするジョークの類である。

 しかし、何故かこの綿菓子ジョークを他の団員は聞いたことがないらしい。


(……ねぇキャリバンくん。ヴァルナ先輩ってもしかして超朴念仁だったりするんじゃ?)

(いや、ノノカさんがそこまで本気でガッついて来ないから敢えてスルーしてるんだと思うぞ)

(でもノノカさんって絶対先輩の事狙ってますよね?)

(う~ん、俺も詳しくは知らないんだけど、好きだけど恋には消極的なのかね?)


 後輩たちがなにやらヒソヒソ話をしているが、俺の聴力をナメ過ぎである。

 ノノカさんは内心元カレを引きずってるから恋する気にならないだけだろう。


 それにしてもベビオン辺りは一回くらい綿菓子ジョークを聞いたことありそうなものだが、尋ねたら親の仇を見るような目つきで顔面に唾を吐きかけられた。流石に腹が立ったので腹パンからのリバーブローを左右六発かまして沈めてやったが。まったく、人に唾を吐きかけるなど士道不覚悟な男である。


「あぁ、それであの日はベビオン君が来なかったんですねぇ。まぁ居ないなら居ないでそんなに困らないし、トーゼンの報いだと思いますけど」

「ノノカさんって本人がいないのをいいことに結構ヒドイこと平気で言いますよね……」

「本人が聞いたら間違いなく心が再起不能になるレベルだぞ……」

「本当の事を教えたら可愛そうですし、みんなで夢を見せてあげようねっ♪」

((うわぁ……))


 天使の笑顔で悪魔のささやきを発するノノカに後輩ーズが軽く引いている。

 しかしノノカは年齢的にもれっきとした大人の女であることを忘れてはならない。男性と交際した経験もあるそうだし、一方的な好意に靡くほど安い女じゃないんだろう。


 ちなみに二十四時間ノノカさんLOVEのベビオンは現在自主訓練中である。

 訓練の理由はオーク狩りの上手い男が好きというノノカの好みに近づくためだ。

 がんばれベビオン、負けるなベビオン。

 俺が拳を作って近づくと血相を変えて後ずさるあたり、まだまだ修行不足だけど。


 と――浄化場入口のドアから数名の足音が近づき、俺は振り返った。


「お邪魔するよ。やっぱりここにいたね、騎士ヴァルナ」

「あ、副団長に料理長。それに整備班やら酔っ払いのオッサンやら……」

「ヒュウ♪ ここ最近加速度的に悪くなる扱いにオニイサンちょっと泣きそう♪」

「自業自得だろうがい、このロクデナシの酔っぱらい!」

「ちょっとー! こっちは荷物抱えてんだから早くどいてよねー!」


 後方から料理班の副長が非難がましい声が響き、入り口で立ち往生していた連中が退く。奥からやってきた面子が抱えているのは大きなバスケットやお皿、テーブルやイスだ。目の前で並べられていくそれをよく見れば、普段より一回り凝った料理たち。


「え、なんすかこれ? パーティでもやるの?」

「やるんだよ、パーティを。副長権限とポケットマネーで用意させてもらった。ささ、こっちの椅子に座ってくれ」


 他の椅子より微妙にいい座布団が敷かれた椅子に案内された俺は、目の前に並べられていくテーブルや料理を呆然と見ていた。もしかして俺、誰かの誕生日でも忘れてたんだろうか。もしやこの席はアレか。唯一この中で誕生日の事を忘れていた癖に厚遇されて逆に恥をかかせるという高度な精神攻撃なのだろうか。

 いや、冷静になるんだ俺。別の先輩方ならともかくローニー副団長がそんな陰湿過ぎる嫌がらせをする訳がない。人類の優しさを信じるんだ。


「それで、結局これは何のパーティなんですか?」

「決まってるだろう? それは……」


 いつの間にかその場の全員が席について盃を掲げ、笑顔で俺の方を向く。

 代表という扱いなのか、ローニー副団長が普段は出さない大声で宣言する。


「これより、ヴァルナくんおかえりパーティを行います!! おかえり、我らの戦場へ!!」

「「「おかえり!」」」

「おかえりなさい、先輩!!」

「いやぁ、先輩がいないもんだから結構作業効率落ちてるんすよ?」

「ぶっちゃけ御前試合で勝ったことよりそっちの方が気になるもんな、俺ら!」


 ファミリヤから報告は受けているが、多分一番難航したのは洞窟内の探索だろう。どこから不意打ちを受けるともしれない場所は特に注意が必要なのでよく駆り出される。

 しかし、仕事の話は長く続かず、他の皆からは頼りにしてるだのなんだのと好き勝手な激励が飛んできた。


「酔いどれ共を全員連れてくると面倒だから、ヴァル坊を祝うのは酒で悪酔いしないのと若いのを中心にしようって話になってね。あっちはあっちで別のメンバーと酒盛りしてるはずだよ!」

「という訳で、この時の為に取っておいたヤガラ記録官のワイン開けちゃうぞぉ♪ ……え、ヤガラはどこって? さぁ、治療室で寝てるんじゃなぁい?」

「ホラホラ、音頭を取って、ヴァルナくん♪」


 ロック先輩が俺の盃にワインを注ぎ、ノノカが急かす。

 二人とも俺の事を歓迎しているが、一部の連中は既に料理と酒にしか目が向いていない。

 わいのわいのと騒ぐ周囲を呆然と見つめていた俺だが、不意に腹の奥がうずうずして笑いが零れた。

 しっくりこなかったものが、収まる場所に収まった気がする。


 そうだ、御前試合など面倒だと自分で言っていたではないか。

 俺は首狩りヴァルナ。居場所は首を狩るオークのいる場所だ。

 ならば確かに、「おめでとう」の言葉よりは「おかえり」の方が相応しい。


「騎士ヴァルナ、ただいま帰還した。さて、それじゃ………乾杯っ!!」

「「「「カンパーーーイッ!!」」」」


 ただいま、泥臭くて喧しい俺の戦場――と、俺は心の奥で諸手を挙げた。

 余談だが、その日の料理は王都の高級料理にも劣らぬ美味であった。

 やっぱりここが、俺の居場所だ。

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