第16話 新しすぎて分かりません


 戦闘集団を率いるのに必要なものは数多存在する。

 

 まずは「何のために何と戦うのか」という集団の行動理念や目的。

 次に集団を構成し、志を共にしてくれる人員。

 優秀な指導者――民からの信頼――活動可能な環境と後ろ盾。


 そして、金。全面的に金。いっそ上記の条件を全て覆す程に金だ。


 元々兵士とはより良い装備を整えられる者が武勲を立てやすく、そして武器は決して安くない。

 つまり金に余裕のある者だけが潤沢な装備を整えられるため、強い戦士はその多くが特権階級になっていった……という国もあるらしい。


 対してこの国の騎士団は国からの資金、及び特権階級の自腹と資金援助で成り立っている。

 つまり何が言いたいかと言うと……。


「予算も削られ! 給料も削られ! 獣臭いとかカビ臭いとかの誹謗中傷で援助してくれる良識者も削られている我々にとって! 金策になりうる『撮影機キャメラ』の購入は急務であるッ!!」

「バッカお前アレ超高いんだぞ!? 王都に一軒屋建つんだぞ!? なにより誰がそんな金出すんだよッ!! ンなもん買って何の金策に使えるってんだよ!」

「馬鹿野郎ぉぉぉーーーーッ!!」

「ブフゥォッ!?」


 騎道車内でこっそり行われていた騎士団道具作成班の副長が、班長にグーパンチで張り倒される。事件が会議室で起きている稀有な例であるが、この騎士団では日常茶飯事なので驚くには値しない。


 今日は、ヴァルナと違う班の日常に焦点を当ててみるものとする。


「い、いきなり何をするか、アキナ班長!!」

「馬鹿野郎をブン殴って何が悪りぃ!!」


 その人物――お洒落のおの字もないざんばら頭の女騎士、アキナ班長は男勝りな啖呵で副長を部屋の隅まで追い詰める。詰め寄られた副長のザトーもそれなりに体格のいい男なのだが、いかんせん彼は顎が角ばった顔のゴツさに反してデスクワークが多いので実戦に弱い。

 ちなみに二人は同期であり、この光景も百回以上繰り返された『お約束』である。


「いいかザトーッ! 時代はキャメラだ! 写真なんだよ! 今の王都じゃ家族の写真を撮影して肖像画代わりにするのが大流行なんだッ! ほれ、この伝報でもヴァルナから家族の写真をロケットに入れるのが流行してるって書いてあるだろ!!」

「よく見ろ、下に『ただし上流階級、それも商家が多い』って書いてあんだろ! 眼球が希望に満ち溢れすぎだお前は!!」

「馬鹿野郎マークトゥゥーーーッ!!」

「ゴベェッ!?」


 ……このやり取りで大体の二人の上下関係が見て取れる。

 なお、「そんなんだから結婚できないんだよ!」などとうっかり漏らそうものなら彼女のデンプシーロールから繰り出される強烈な左右のブローが待っている。アキナ班長は剣の才能も槍の才能もないが、素手の格闘戦ならばタマエ料理長に次ぐ騎士団ナンバーツーである。なお、力自慢故に武器は斧が主であり、彼女のかち割りはオークを両断して大量出血させるため回収班泣かせの戦士である。

 余談だが、素手ナンバー三はヴァルナで、ヴァルナ以降は料理班の乙女たちが名を連ねている。

 それでいいのか男衆、とは言うなかれ。女性は強い生き物なのである。


「いちいち俺の顔を殴るなッ! ……ったく、それで?お前はそのキャメラをどう使って何する気なんだ?」

「聞きたいか? 聞かないと分からないとは察しが悪りぃな~!!」

(くっ……お、落ち着け俺……俺は大人だ分別ある大人なんだ。激情のままに暴力に訴えるどっかの蛮人とは違うんだ……)


 横暴で口の悪いアキナのあんまりな物言いにザトーのこめかみがヒクつくが、彼女より自分の方が大人だからと必死で自分に言い聞かせて深呼吸する。苦労人にありがちな行動である。

 彼としては非常に腹立たしいことに、アキナの発想力と商才は騎士団内で五指に入る。

 そう、既にこの辺の上下関係は決まっているのである。

 余計に逆らうだけ無駄というものだ。


「……あい分かった。浅学な俺に仔細をお聞かせ願おうか」


 もったいぶった彼女の言葉に耳を傾けると、彼女は自慢げにニマーっと笑った。


「ふん、しょうがない。想像力に乏しいザトーの為に先見の明と希望に溢れたこのオレのパァーッフェクトな計画を聞かせてやろう! それは……!」

「それは……!?」

「特定の人間がいろんな場所で色んなことをしているシーンをキャメラで切り取って我らが王立外来種対策騎士団の活動と勇ましさを伝える革命的発想……『写真集』ダァッ!!」

「なッ……」


 その言葉に、ザトーの脳に電撃的衝撃が奔った――。


「………………んだそれ?」


 ――ように見えて気のせいだった。


「馬鹿野郎マークトゥリィィーーッ!!」

「ソボグッ!? な、殴るのはよせと言って……うっご、鼻が曲がる……!」

「クッソォォーーッ!! まだこのオレの発想に世界は追いついていないのかッ!!」

「お前の発想が先人達の綺麗なレールに乗らなすぎなだけだよッ!!」


 まだ写真の存在さえ身近でないこの世界でいきなり写真集などと言われても、この世界の大抵の人間は首を傾げるだろう。なにせこの世界は写真を大量に印刷する技術どころか、効率的な活版印刷がやっと根付いてきたぐらいの技術レベルである。そんな中で個人レベルでしか浸透していない写真を全面に押し出した写真メインの本など前代未聞だ。


 頭を掻きむしって地団太を踏むアキナと俺っ子系暴力女の猛攻で顔面がボコボコなザトー。

 これもまた道具作成班の会議の日常である。

 なお、一応この二人のほかに書記が一名いたりするのだが……。


「くぴー……すぴゅー……ぷくー……」


 この二人の喧騒などわれ関せずとばかりに鼻ちょうちんを振ら下げた爆睡青年のトマは、寝ながら手元の紙にペンを走らせていた。話を要約して書き写している訳ではなく、さっきからの口喧嘩を含めて鼓膜で拾った音を自動的に文字に出力しているだけである。

 これは半仕事モードであり、完全仕事睡眠モードならば要約どころか寝ながら計算だって出来る。ちなみに絵も上手いので図や説明挿絵も描けたりする。


 寝てるくせに働くが、寝ているがゆえに働ける内容が限定的。

 トマという男は若くて優秀なのに居眠りばかりという奇妙なポンコツだった。

 これもまた、道具作成班のいつもの日常である。




 道具作成班は、騎士団内でも特に手先が器用な人間がたった六人で回している超少数精鋭班である。これは他の戦闘班の構成人員の三分の一以下であり、ほぼ戦闘に参加することがない代わりに忙しい時は二徹が普通という随一の不健康集団だ。


 その任務は読んで名の通り道具作成。

 オーク退治はその地形によって求められる道具が変化するため、道具作成班は作戦立案と同時に地形を調べて現地調達可能な道具と予め所持している道具を組み合わせる。そのまんま使う道具もあれば、現地にある道具を利用して作る場合もあり、特に数が必要な際にはほぼ不眠不休で動き回る。


 基本的に工作班と共同で事に当たることが多い彼らは罠や道具の作成が終わると暇になって金策について考え始めるため、別名金策班とも呼ばれている。勝手にやってるだけなら捕らぬ狸の皮算用で終わるのだが、金策の練りが良かったらルガー団長に採用されてボーナスが出るので彼らは割と真剣だ。


 そんな道具作成班は現在、班長、副長、残り一名が不在のため残り三人でダラっとしていた。

 男と言うより女と言うよりマスコットみたいな三頭身フォルムの赤髪三人衆は「キジーム」という種族の出身で、みんな顔がゆるくて一見では性別が分からない種族だ。

 王国より南の島国に住んでおり、これでもかというくらい争いに向かないことで有名である。種族の特徴は普通の人間よりちょっとだけ短命で、ついでに手先が器用なことぐらい。


「オークのはく製は売れたねー」

「好事家に売れたねー」

「一時の流行で終わったけどねー」

「オークの牙の装飾品も売れたねー」

「好事家にも平民にも売れたねー」

「流行は去ったけどまだ売れてるもんねー」


 三人は同じ声、同じトーン、同じポーズでのんびりした会話をしている。

 そのシュールな光景もさることながら、三人とも顔がゆるめで声もゆるめなものだから、うっかりこの部屋に入った人間は恐らくモチベーションや戦意といった起伏のある感情をぺっちゃんこにされる事だろう。ある意味恐怖の脱力部屋である。


 彼らはトロイヤ、リベリヤ、オスマン。三つ子の三兄弟だ。

 性別はいまいち判然としないが多分男なので男で登録されている。

 その昔、三人で士官学校の入学試験を受けた際に残り二人は成績下位で落ちたのに試験官がどの顔がどの名前か見分けることが出来なかったためにヤケクソで三人とも通したという嘘のようで本当の伝説を残している。


 そんなんでいいのか騎士団と思ったかもしれないが、この話を聞いたルガー団長が「団員増えてお得じゃん?」と嬉々として話を押し通したらしい。結果としてその年は定員オーバーの七人同時入団となったりした。色々と伝説の三兄弟である。

 なお、この伝説以降の試験では士官学校の入学試験で試験番号の配布が徹底されることになったらしい。そんなこんなで士官学校の歴史を地味に変えた三人は、どこまでもマイペースである。


「班長は写真で一冊本を作るんだってー」

「えー、どーゆーことー?」

「わかんなーい」

「班長の考えることは分かんないねー」

「そもそも写真ってどーゆー原理なのー?」

「研究院の人なら知ってるんじゃなーい?」

「こういうの知ってるのって言ったらライくんだよねー?」

「ライくんって今どこにいるのー?」

「ヴァルナくんたちと一緒に王都じゃなーい?」

「そっかー。もう御前試合の時期だねー」

「いつ帰ってくるのー?」

「明日帰ってくるはずだよー」

「じゃあ明日聞きにいこっかー」

「明日聞きに行こうねー」

「原理分かったら作ってみようよー」

「えー、作るのー?」

「買ったら高いよー?」

「それもそっかー」

「材料手に入るかなー?」

「班長に相談しよっかー」

「班長の会議まだ終わんないなー」


 ……なお、かつて道具作成班の手伝いで彼らと一緒に行動したヴァルナはのちにこんな言葉を残している。


『あの三兄弟と一緒にいると、もどかしさで頭がおかしくなりそうになる』


 マイペースなのだ。

 会話が途切れないのだ。

 作業中はコンビネーション抜群で手早いが、会話は常にあの調子なのだ。


 実のところ、上司たちもあの三人と一緒にいるのは嫌らしく、指示を飛ばすとき以外は余り近づこうとしなかったりする。逆に仕事のし過ぎで頭がおかしくなった人は三人の会話に参加させられて脳が蕩けて眠くなるまで付き合わされるのが騎士団のしきたりになっている。


 外のメンバーが山で後始末に追われている中、王立外来種対策騎士団道具作成班は会議も休憩もカオスだった。

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