第15話 作戦はある意味失敗です

 人間の数だけ個性がある。


 常識だの共通認識だのと普通だのと自称一般人は語るが、実際の価値観は人によってまちまちだ。時にはその辺の人とかけ離れた思考を持っている人もいるし、そんな人が実は賢人や逸材であったりもする。


 そういう意味では、この『王立外来危険種対策騎士団』には逸材だらけになるという考え方も出来るかもしれない……と、新人騎士カルメは思う。


「いいですかぁ、みなさん? この毒団子作戦の事後処理はヒッジョーに気を使ってください!」


 騎士団会議室で底上げ靴を器用に履きこなしながら黒板に資料を張り付ける学者――ノノカさんの横には、執事のように控える騎士ベビオンがいる。メンバーはみな個性的だが、彼は恐らく新人世代の騎士で一番変わっている男だ。


「ベビオンくん、三番と四番の資料!」

「はっ、ここに!!」

「ベビオンくん、マグネット取って!」

「はっ、ここに!!」

(完全に助手と化している……)


 ベビオンは日焼けしたワイルドそうな青年だ。

 頭も剣の腕もあまりよくはないが、情に厚く、情に脆い。

 つまり、ちょっと騙されやすく頼りない所はあるけれど、とてもいい人なのだ。


(イジメられたりして辛かったら俺にも相談してくれよ! なーんていう人だったのになぁ……)

「ベビオンくん! ……えらいゾっ♪」

「はっ! 有り難き幸せぇッ! その言葉一つで俺はあと百年戦えますッ!」


 ノノカさんの頭なでなでに心底幸せそうなほっこり顔で応える青年。

 あのまま撫で続けたら鼻血を流しそうな勢いを感じる。

 正直に言って……申し訳ないが、ヒく。


 なんでも彼はとある理由から小さな女の子しか愛することが出来なくなったらしい。

 そしてノノカさんは『ごーほーろり』かつ『どすとらいく』……とのこと。

 未だ女性を好きになったことがないカルメとしては理解に苦しむ感覚なのだが、彼のそれは子供を愛くるしく感じる生物的本能から逸脱している気がしないでもない。でなければ騎士としての職務そっちのけであんなにも忠実にノノカさんに付き従わない。


 ……尤も当のノノカさんはそんな彼を体のいい雑用扱いしていたりするが。

 哀れベビオン。彼女のタイプはオーク狩りが上手な男という厳しい条件が待っている。そして既に条件を満たして彼女とデートまでした猛者が一人……とまぁそれはさておき。


「えー……まずこの対魔物毒団子なんですけど、予め説明したとおりこの団子は体内に蓄積した毒が一定を越えると急激な中毒症状を起こし、内臓器官を機能不全に追い込みます」

「改めて見てもえげつないな……即効性の猛毒にしなかったのはオークコロニーを中枢から破壊する為って話でしたよね?」

「しかしそれなら注意することなどないのでは……? 毒は少し取り込んだ程度では健康に害はないという話だし、毒を溜めたオークの死体も我々が回収したんだ。洞窟内を探索しても内部のオークはとっくに統率を失っていたから狩るのに問題はなかったぞ。万事解決ではないのか?」

「問題はありますぅー! そんなに簡単に済む話じゃないんですぅー!」


 ぷう、と頬を膨らませて怒るノノカさんに周囲がなごみつつも押し黙る。

 彼女は子供っぽいし可愛らしいが、この騎士団でも指折りに博識なブレインの一人だ。

 場が静まったことを確認すると、ノノカさんは腰に手を当てて学校の先生のように教鞭を張り付けられた資料にぺしぺしと当てた。


「一応ものすごーく自然に気を使って毒団子は毒性の低下に努めましたけど、それでも毒は毒! むしろ毒性の低いものの方が後々厄介な事になったりするのです!」

「と、いいますと?」

「仮に今回設置した毒団子をそのまま山に放置したとします! すると自然に団子は土に交じり、植物がその栄養を毒ごと吸収します!」

「まさか、草が枯れちゃう!? それとも草が毒草に変化を!?」

「枯れませんし、変化しません。あくまでこの段階ではちょっとした毒素を吸収しただけの普通の草です。でも、そうして毒を溜めた植物を食べる草食動物は――」


 張り付けられた資料では、草に含まれる毒の粒が動物に入り、より多くの毒物がお腹の中に集まっている。毒を吸い込んだ毒を定期的に食べた分だけ毒の量が増えている、ということらしい。


「――このように、動物の体内に貯め込んだ毒の量は更に濃くなってしまいます」

「糞尿と共に自然と外に出てしまうのでは?」


 他の団員が疑問を口にするが、ノノカさん首を横に振った。


「今回の毒は内臓なんかに蓄積して、外に出にくいタイプなんです。糞尿で出てしまう毒だと出る前に効果が表れてしまいますし、逆に効果が出ない上に蓄積もないのでは意味もありません。今回の時間差殲滅作戦が成立しなくなっちゃいます」

「確かに。時間差で効くからこそオークに警戒されずに毒団子を食べてもらうことが出来たからね」


 作戦の説明を予め受けていたローニー副団長はうんうんと頷く。

 恐らくこれから話す内容に関しても既に本人から聞いているのだろう。

 細身の体と頼りなさげな顔をしているが、こういう時はなんとなく心強い。


「さて問題ですカルメくん!!」

「ひゃわっ!? ぼ、ぼぼぼボクですか!?」


 突然ビシッと向けられた丸っこい人差し指に僕は思わず仰け反った。

 僕は元々引っ込み思案で臆病なタイプなので、たとえ相手がノノカさんでも大仰に驚いてしまう。周囲の生ぬるい目線に晒された僕は、咳払いをしてなんとか平静を取り戻した。


「な、なんでしょうか……?」

「もしこの草食動物を、もっと大きな肉食動物が食べたとしたら……この毒、どうなります?」

「え、えと……そ、草食動物の毒が肉食動物に移る?」

「二匹も三匹も食べたら?」

「二匹三匹分の毒を溜めこんで……あっ、もしかして中毒症状を!?」

「う~ん、さすがカルメくん! 期待通りの察しの良さだね!!」

「し、心臓に悪いのでビックリさせるのはやめてくださいよぅ……」


 ぐっと親指を立ててウィンクしたノノカさんだが、こちとらあの一瞬で蚊の心臓がバクバク音を立てているのだ。なるべくヴァルナ先輩のように優しくしてほしい、と密かに思う。


「ヒック、相変わらずカルメはヴァルナの奴がいねえとダメみてーだなぁ~……そういう依存はあんまりよくないぜ、ヴァルナにとってもな♪」

「ロック先輩のお酒への依存が治ったら考えます。ホラ、人のふり見て……って言うでしょ?」

「……なんか俺に対して風当り強くないかぁい?」


 ついつい売り言葉に買い言葉で反論してしまう。

 正直、ロック先輩は酒臭いしヴァルナ先輩に迷惑かけてるしあんまり好きではない。まったく、先輩もなんでこんな酒飲みとよく一緒に行動しているんだか。斬ればいいのに。


 しかしそんなやり取りをしていると会議が滞る訳で……案の定、ノノカさんが手を打ってきた。


「うぅぅ、説明中なのにノノカの話を邪魔する人がいるぅ……ちらっ」

「はっ、ノノカ様が悲しんでいる……!! 騎士ロック!! 貴様ぁ、それ以上騎士カルメに余計な茶々を入れるでないわッ!!」

「あれぇ!? こういうのって両成敗が相場なんじゃないの!? というか俺ってキミより遥かに先輩なのに『貴様』って!? 本格的に俺に対する風当たり強くない!?」


 閑話休題。


「――こうして強い生物から順に毒が集まって死んでいく、という事態が起きるんだよ。こういうのを生物濃縮って言うの」

「フーム……時にノノカさん。それってもしかして人間にも……?」

「当然、あるよ。それに毒が浸透して地下水に混ざったりってことも怖いよね。洞窟の中って地下水と繋がってることが往々にしてあるもん。オークの糞尿がそこから地下に流れてたら、井戸水から毒が出るかもしれないからね。だからウンと考えて使う毒の種類と量を考えなきゃならなくて……もう二度とやりたくないの」

「ふむ……要するに、この作戦は現地住民の住む環境を破壊するリスクが高すぎるので多用は厳禁、と」


 ローニー副団長の一言にノノカさんが深く頷く。

 自然学者だからこそ、自然に人工的な薬剤を持ち込むことに抵抗があるのかもしれない。

 やはりノノカさんは優しい。この騎士団の三大母神の一人は伊達ではない。

 更に、もう一人の母神からも援護射撃が入った。


「あの毒団子を作るのに、アタシは金輪際協力しないからね」

「た、タマエ料理長……」

「料理は殺しの道具じゃない。ウチの料理班にもこれ以上毒殺の仕方なんて教えさせる気はない。ついでに言うと、あの団子を作るのだってタダじゃないんだ。アレを作ったせいで余裕があった筈のツナギ食材と肉がごっそりなくなったよ」

「今は前回の遠征で捕まえたシカの干し肉とかで誤魔化してまーす!」


 タマエさんの隣にいた料理班副長のスージーが弾ける笑顔で寂しい懐事情を暴露する。オークが食べようとする団子という条件を満たすのにそれなりの労力と資源が消費されたようで、騎士団の食糧事情は水面下でかなり困窮していたらしい。


「更に言うともう一つ懸念があるんですケドね……」

「え、まだあるんですか!?」

「はい、あるんですよ……『耐毒オーク』出現の可能性が」


 ノノカさんの馬鹿でも分かる『耐毒オーク』出現メカニズム講座によると……毒を盛られたオークコロニーの生き残りが別のオークのメスと交雑した場合、毒に耐性を持ったオークが少しずつ増えていく可能性があるんだとか。

 もちろんはぐれオークが別のオークコロニーに受け入れられ、ヒエラルキー上位に食い込む確率は高くはないだろう。しかし、オークはごく一部で同じ人型の別種と交雑種を作ることが稀にあるらしいので油断は出来ない。要するに、念には念を入れてこの山のはぐれオークは虱潰しに叩かねばならないということだ。


「……話は分かりました。それではこの作戦は今後、余程の非常事態でない限り使用しない方針にします。イヤな言い方ですが、完全封印するというのは上の人間として出来かねます。リスクは高くとも人死には出したくありません」

「い~んじゃないの~? 要するに同じ作戦を使わなきゃならん状況に再度陥らなければ問題ないワケじゃん?」

「おや、毎日酒に溺れる下劣な平民の騎士ロックもたまには知性の欠片くらいはある台詞を吐くのですねぇ」

「おお、いたんですかヤガラ記録官殿ぉ!」

「さっきからいたわ、この酔いどれが!!」

「そうだ、今晩一献どうですかなぁ? 秘蔵のアレを奢りますぞぉ?」

「秘蔵……酒……一献……うっ、頭が……っ!」

「まぁヒゲは放っておいて、ロック先輩のいう事も尤もじゃないですかね?」

「だな。要は俺らの手際と努力、そして作戦次第よ!」


 何故か苦悶の表情で頭を押さえるヤガラ記録官を尻目に、騎士団の団員たちが次々に拳を上げて誓いを立てていく。

 勇ましく、逞しく、そして常に前向きに進む。

 一つの作戦が駄目なら次の作戦と、状況と環境に応じて柔軟に対応する。

 堅苦しい騎士の規律ではなく、飽く迄も民の実益の為にオーク達戦い続ける。


 それが、僕たち王立外来危険種対策騎士団だ。


「より安全に、より低コストで、より環境にやさしくオークを撃滅するぞー!!」

「「「応ッ!! 我らが誇りとその名にかけてッ!!」」」


 僕も皆に合わせて腕を振り上げる。

 その誓いにノノカさんとタマエさんも嬉しそうだ。

 こうして騎士団の新たな行動が追加されたのであった。

 ただ、少しだけ寂しいのは……。


「ヴァルナ先輩たちが一緒に誓えないのがちょっと残念かな……」

「心配すんなよカルメ! 今日の事は俺がファミリヤで文章送っておくからさ! そんで改めて全員で誓いたてようぜ!」

「え、本当!? それもいい……ね……」


 その声に振り返った僕を待っていたのは、同期の騎士キャリバン……の腕から超至近距離で僕の顔を見つめる大きなフクロウの眼光だった。


「……わっひゃあああああああああああああっ!? とととと鳥ぃ!! 鳥近いぃぃぃっ!!」

「お前……本当ヴァルナ先輩がいないと臆病だよな。女の子みたいな悲鳴あげちゃってさ」

『何モシテイナイトイウノニ……傷付クワァ……』

「だってぇぇぇぇえ!! だってヴァルナ先輩がいればいつだって守ってくれるんだものぉぉぉぉっ!!」

「お前はお姫様か何かかよっ!?」


 キャリバンのツッコミを否定したいけれど、女々しい自分を鑑みると否定出来ない自分がいるのがツラいのであった。



 騎士カルメ――ヴァルナに守ってもらわないと安心できない半人前騎士。

 そんな彼にも凄いところはあるのだが……ヴァルナが近くにいないと発揮できないのが玉に瑕である。

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