第14話 新人の朝は早いです

 誰しも孤独なまま生きていくことは出来ない。


 人は必ずどこかで他人と繋がっている。たとえそれがあまりに希薄で気付けないものであったとしても、それは確かに存在するのだ。故に人はどんなに孤独を求めていても生きようとする以上は人と関わらなければならないし、その繋がりは強まっていけば友情や愛、絆を育む何物にも代えがたい力になる。


 たとえ遠く離れていても、人と人の繋がりは容易には途切れない。

 とはいえ、見えない物を疑ってしまうのも人の性。

 大丈夫だとは思っていても、遠くの相手が何をしているのかが無性に気になる時もある。



 という訳で、時はヴァルナが御前試合を終えた翌日に当たる日に遡る。

 王立外来危険種対策騎士団は、ヴァルナがおらずとも毎日活動を続けており、その日も騎士団の日常は変わることなく営まれていた。


「お、来たか来たかファミリヤが!」


 朝早くから野営の離れで待機していた男――騎士キャリバンは空の彼方から近づく派手な色の鳥を目敏く発見し、手に持っていたモーニングコーヒーをテーブルに置いた。


 遠くから風に乗って羽ばたく鳥を迎え入れるように、キャリバンは左腕を掲げる。

 その手には鹿の革で作ったユガケという手袋が装備されている。

 鳥はそのユガケにホバリングしながらゆっくり着地し、鉤爪でしっかり足を固定した。

 キャリバンはその労を労わるように首筋を撫で、足に引っ掛けてあった筒から王都より飛ばされた伝報の紙を取り出す。


「偉い偉い。さてと、王都からの伝報は確かに預かったよ! たっぷり休んでから王都に帰りな?」

『リョーカイっ!』


 鳥は返事を返すや否や、予め用意してある鳥の休憩小屋に向かって羽ばたいていった。 


「さてはて、先輩の活躍やいかに! 食堂に戻って内容を改めるとしますか!」


 毎朝届く伝報を一番に確認し、騎士団の前線司令官に届ける。

 それがキャリバンの日課であり、与えられた任務でもあった。


 キャリバンは王立外来危険種対策騎士団の若き騎士であり、ファミリヤ使いだ。

 『首狩り』の名を轟かせるヴァルナの一年後輩にあたる平民騎士である。


 魔法契約動物――『ファミリヤ』。

 それは簡単に言うと、魔法を用いて頭の悪い小動物に賢くなる力を与える代わりに、こっちのいう事を素直に聞いてくれるよう洗脳することで生まれた馬での伝令に替わる情報伝達手段である。

 主に人間の言葉を喋れるオウムやインコが好んでファミリヤにされ、伝令代わりに空を飛ばされるのである。伝書バトの強化版みたいなものだ。

 これがあれば斥候が間に合わなくても鳥が迅速に情報を伝達してくれる。


 ちなみに魔法契約を交わした動物は生物としての能力が全体的に向上するので、オウムやインコでも鷹と喧嘩できるだけの力を得るんだとか。他にも色々詳しい話は聞いた気がするが、キャリバンはあまり覚えていない。ちなみに王都から来た先程の鳥は九官鳥である。


「しかしファミリヤ使いってのも慣れるものだな。魔法使いしかファミリヤに指示は出せないのかと思いきや、この『使い魔の指輪』があれば俺みたいな魔法の素養がない人間でも指示を飛ばせるってんだから」


 右手の中指に嵌めた簡素な指輪を見つめてキャリバンは一人ごちる。

 ファミリヤはそれを施した魔術師の命令しか聞かないが、その魔術師の力を分けたこの指輪があれば魔法の素養がない人間でもファミリヤと意思疎通が可能だ。

 平民ではファミリヤなどほとんど知られていない為に未知との遭遇が不安だったが、今ではすっかりファミリヤのいる生活に慣れてしまっている。また、知能を得たことでファミリヤにも個性が発生し、命令を飛ばすのはキャリバンしか出来ずとも、強制力を伴わない指示はある程度の信頼関係があれば可能だった。


 手際よくユガケを外したキャリバンはテーブルに置いてあったカップを拾い、懐に伝報を収めたまま陽気な足取りでその場を後にした。

 尊敬する先輩が活躍したかどうかを問えば、きっと活躍したに決まっている。

 その結果が読めていても、やはり確かな形で確かめた方が嬉しくなるものだ。



 ◇ ◆



 数日前にローニー副団長が発動させた「対魔物毒団子作戦」により、山陰のオーク討伐は目覚ましい戦果を挙げた。


 きわめて長期化すると予想されていたオーク討伐だが、研究者ノノカの用意した毒団子の効果は僅か三日で効果を現す。山中に泡を吹いて死んだオークが多数発見され始めたのだ。死因が毒団子であることは明らかだった。

 雑食で凶暴なオークは捕まえた餌の一部をその場で食べ、体に異常がなければ自らの巣に持って帰る。

 もしこの段階でキノコや毒虫を食べて死んだ場合、オークはそれに毒がある事を学習する。つまりは毒見だ。そして安全だと判断した食べ物は群れのボスと子供を産むメスのオークに優先的に与えられ、残りのお残しはオークコロニーのカースト順に分配される。

 オークの繁殖ペースは早いため、餌を取りに行く兵士が数匹死のうが後続は次々に生まれていく。この要領でオークは食べられるものとそうでないものを素早く判別し、食料を貪欲に食らいつくすのだ。


 ノノカの考案した毒団子はこの特性を利用した遅効性の毒だった。

 ある一定以上体に溜め込むと突然異常を来し、死ぬ。

 つまり毒見の段階では異常が分からないのだ。


 設置した団子を食べて平気だったオークはこれを巣に持って帰り、群れで重要な存在に優先的に与え、この三日目にしてついに異常を来したといったところか。オークは仲間意識が強い反面、死体を弔うような文化はないので死体は巣の外に放り出す。

 今のところ確認できているオークの死体はそのほとんどがメス、子供、そして高カーストの大きなオークばかり。オークの群れはボスが死んでも代わりがいるが、メスのオークと子供が潰えるとコロニーは崩壊する。後は混乱ではぐれオークになった連中を掃討することでこの土地での仕事は終わりである。


 しかし、世の中すべてがすべて上手くいくことはそうそうないものだ。それは物理的な問題でもあり、精神的な問題でもある。


「いい気分じゃないねぇ。食べ物に毒なんて話はさ」

「あ、料理長もそう思います?」

「あたぼうよ! 料理ってのは生き物を殺す為にあるんじゃないんだよ? いくら相手が野生生物だからって、丹精込めて作った代物に混ぜモンなんて台所の女神にバチが当たるってもんだよ!!」


 団員の朝食作りに大鍋を掻き混ぜるタマエは不機嫌そうに料理班に怒鳴った。

 作戦決行以来、彼女の機嫌はやや斜め下方向に推移している。

 料理人は料理を以ってもてなすことが本懐だ。毒料理など以ての外である。


「あたしの気分を悪くさせる作戦を取るたぁいい度胸だ……覚えておいでよ!」

「それって命令を出したローニーさんにですか? それとも発案したノノカさんに……」

「二人を急かしたルガーのヒゲじじいに決まってんだろう!!」

「ですよね~! だいたいあのヒゲのせいですよね~!」


 ローニーは副団長としてそれを選ぶしかないし、ノノカは味方に犠牲を出さない為に方法があるなら提案せざるを得ない。つまり悪いのはナマズみたいなヒゲしたルガー団長である。オークを殺すための毒団子を作らされた本人がそうだと言うのだから、これは料理班の総意である。

 と、そこに伝報を携えたキャリバンが戻ってきた。


「おや、キャリバンの小僧。今日も早いねぇアンタは。伝報どうだい? ヴァル坊たちは元気だって?」

「そいつを口で言っちゃあ面白くないと思ってまだ確認してないっすよ、タマエ料理長。コーヒーもう一杯貰えます?」

「丁度いい、粗方作り終えたところだ。コーヒーだけでなく朝飯食っていきな!」


 キャリバンの元にあっという間に朝食の乗った盆が用意され、ついでに持っていたカップにたんぽぽとドングリで作られた低予算ブレンドコーヒーが注がれる。

 この国ではコーヒー豆は100%輸入品だ。豆を買う金なんてある訳がない。


「さてと、どれどれ……うおっ、一面ウチの優勝とヴァルナ先輩の記事でいっぱいですね! 今年は『剣神』の剣をへし折って一撃勝利! 『強さの求道者ヴァルナ、『剣神』眼中になし』ですって!!」

「今年も暴れたねぇ、あの子は。ま、クシューの奴は気にくわないからもっとボコボコでもいいんだけど」


 後ろから伝報を覗き込む料理長がしみじみと呟く。


「今頃あの子、王都でゆっくり休めてるかねぇ……無理する子だから心配だよ」

「あはは、なんか言ってることがお母さんみたいっすよ料理長?」

「この騎士団でメシ食ってる奴はみんなアタシの子供みたいなモンさ」

「流石は三大母神……懐がデカイっすね。でも先輩はなんだかんだで任務外はのんびりしてますし、大丈夫だと思いますけどね」


 ちなみにこの頃ヴァルナは親友二人と共に訓練場で爆睡しているところを発見され、王室の客間のベッドで泥のように眠っていたりする。

 二人の予測は両方とも正解と言えなくもない。


「食い終わったらローニー副団長に吉報を届けてくるとしますか」

「その前に腹を空かせて起きてくる他の連中にも見せてやりなよ。ロックの馬鹿なんぞ三か月前からトトカルチョでウチの優勝に張っているから今頃結果を知りたくってウズウズしてるよ。本当ロクデナシだねぇあの男は……ろくでなしロックだよ」

「いやまったく。この前も後方待機だからって酔っぱらって周りに迷惑を……っと、他の連中が起きて来たみたいっすね」


 遠くから近づく足音に気付いて二人が顔を上げると、丁度朝食を取りに来た騎士の第一弾が到着したところだった。


「おはようございます! ゴハンの準備できてますか料理長!」

「おうキャリバン! 伝報見せろや!」

「御前試合の結果どうだった!? 勝った!? 勝ったろ!? つまり今晩は祝杯だろ!?」

「てめーは酒が飲みたいだけだろうがッ! 俺は酒だけじゃなくて財産かかってんだぞ!?」

「ばぁか、てめーの財産はいっつも酒代に全部消えてんだろうが!」

「そんな事より結果よ結果!お給料が上がるかどうかがこっちには死活問題なんだから!!」

「あっ、あのっ!! その……ヴァルナ先輩はお怪我とかしてませんか!? 僕はそれだけが心配で……!」


 あっという間に人で埋め尽くされた食堂では御前試合の結果を求める連中の声で埋め尽くされ、自慢げに伝報の内容を読み上げる男とその言葉を聞く男、耳に心地よい結果を肴にいつも以上に美味な飯を喰らう騎士たちの喧騒に包まれる。


 ここは王国最前線、『王立外来危険種対策騎士団』。

 騎士団の名に似つかわしくない平民食堂のような賑やかさの中に、この集団の強さがある。


(さーて、夜の伝報には何が載ってんのかな? 毎日毎日これが一番の楽しみだよな!)


 少なくともキャリバンは、この賑やかさに一枚買うことが出来るこのファミリヤ使いというポジションをそれなりに気に入っている。

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