第13話 人間は知恵で戦います
人生を変えるほど鮮烈な出会いは、この世界に存在する。
それは職業であり、景色であり、文化であり、そして人でもある。
特に人に対する憧れは誰にでもある。子供が大人の体や行動・精神的な在り方に衝撃を受けることもあれば、同世代の人間が持つ全く新しい魅力に惹かれることもあるだろう。きっかけは何であろうと、それは間違いなく人生に一度しかない運命的な瞬間なのだ。
そして運命の瞬間が意味を持つかどうかは、衝撃を受けた本人の行動に掛かっている。
あの勇ましき姿、流れるような剣術。
放つ覇気の鋭さと、人間離れした技の冴え。
何よりも印象的だったのが、御前試合という誰もが緊張する局面にてまったくその重圧を意に介さない威風堂々とした態度。まるでこの命を懸けない半端な戦いを唾棄し、本物の戦場へ赴くことばかりを考えているような姿。
それはまさしく、『求道者』。
剣に生き、剣に死ぬる者。
ああ、この観客の中の何人がそれに気づいているのだろう。
彼はこの場において、その瞳に国王の機嫌も名誉も何も映してはいない。
あるのはただ純粋な――とてもとても純粋な――。
もしも我儘が許されるのならば、迷いなく望む。
――彼と同じ境地で、彼と同じ目線で、この世界を生きたい。
「――今、なんと言った?」
士官学校教官を務めるロッソは、己が教え子の発言に我が耳を疑った。
「わたくしの着任先が『王立外来危険種対策騎士団』になるよう議会に口利きをしてもらえませんか、と申しました……理解しまして?」
「意味が分からん! なぜ豚狩り騎士団に行きたいなどと言い出すのだ!!」
「あら、それは正確な名称ではありません。正しくは『王立外来危険種対策騎士団』でありますよ?」
「そんなことは分かっている!! だから、何故、平民と島流しにされた騎士の漂着先である彼の騎士団に行きたがるのかと聞いている!!」
突然かつ意味不明の要求に、ロッソは思わず自分のデスクに拳を叩きつけた。
飲みかけの紅茶のカップがかちゃりと音を立て、零れそうなほどに中身が波打つ。
豚狩り騎士団に行きつく人間など最初から決まっている。特権階級でない存在と、恥ずべき特権階級の人間だ。そして彼女はそのどちらとも対極に位置する高貴な存在だった。
「お前は公爵家の人間だぞ!! 成績も剣術、学問ともに一位と文句なしの首席! 士官学校でも稀に見る程に優秀な学徒なのだ!! 五大騎士団のうち他の聖騎士団にならどこへでも捻じ込めるが、よりにもよって豚狩り騎士団だと!? 貴重な人材をみすみすドブに落とすような決断、下して誰が納得する!? 議会はもとより俺とて納得できるものか!!」
「あら、酷い事をおっしゃりますね。『王立外来危険種対策騎士団』は今や我らが王国の安定性を維持するために欠かせない重要な位置にありますのよ?」
さも心外だと言わんばかりに、その生徒は手で口元を覆う。
しかし、根底にある意識が微塵も揺らぐ気配がない。
「生態系において目立った競争相手のいないオークの繁殖力は文字通り爆発的です。民への被害も安くはありませんし、時には死人が出ることも珍しくはありません。農作物、林業、牧畜など多岐に亘って存在する平民たちの産業を荒らすオークに勇猛果敢に立ち向かう彼の騎士団の活躍は目覚ましく――」
「そんな事は知っている!! そも、オークを狩るために連中のような平民を受け入れて騎士団までこしらえたのだ!! 我々のような特権階級が然るべき姿である為に!!」
「その結果、我が国で最も実戦経験を積む機会が多い騎士団は王立外来危険種対策騎士団となっております。平民から最も支持されているのも彼の騎士団ですし、近年は御前試合にて『聖靴騎士団』を打ち破り最強の騎士団に上り詰めた、極めて優秀な集団ですわ。精進を続ける身としても、外面的な部分としても、十分に魅力的な着任先だと愚考致しますが?」
「ぐぅっ……!!」
ロッソは苦し気に唸った。先程から矢継ぎ早に提示される情報は事実だった。
悔しいことだが、特に『首狩り』が登場してからの豚狩り騎士団の人気は鰻登りだ。
騎士団にも実戦経験の質や量にはばらつきがある。
周辺海域を守り海賊と戦闘することもある『聖艇騎士団』はそれなりに場数を踏むが、飛空艇や輸入されたテイムドワイバーンで空賊や飛行する外来危険種に立ち向かう『聖天騎士団』は少数精鋭で済む程度に出撃が少ない。
『聖靴騎士団』は建前上「有事の際に矢面に立つ国の顔」ということになっているが、緊急時以外に出撃がないのでボンボンな御曹司が雁首をそろえて暇を持て余しているのが現状だし、『聖盾騎士団』は王都周辺の治安維持が仕事なため、他の騎士団とは実戦の意味合いが大分ズレている。
その点、常に敵が存在する『王立外来危険種対策騎士団』の仕事量と実益は一番目立つ。
王国において目立つという事は、そこに国としての治世の良し悪しが垣間見えるという事。特権階級がどんなに豚狩り騎士団を罵っても、この騎士団が人気であることは事実なのだ。
「だ、だからと言ってお前がそこに行って耐えられるのか!? 碌に休みもなく森をサルのように駆けまわり、泥に塗れて風呂にも入らず、醜悪な豚の怪物相手に延々と戦い続けるだけの騎士団だぞ!! 出世などない。一度入ればあの忌々しいルガーにいいように利用され続けるだけだ!!」
「その物言い、まるで他の騎士団は大した苦労もなくぬくぬくと過ごしているように聞こえますわね?だとすれば、やはりわたくしの求める戦場は王立外来種対策騎士団を除いて他にありませんわ」
くすくすと上品に笑ったその生徒は――次の瞬間、獲物を見つけた蛇のように恐ろしい眼光をロッソに向けた。
「わたくし、騎士たるものは常に
「なっ……!! じ、冗談はそこまでに――」
「この瞳が、冗談を言う人間の瞳に見えてかしら?」
その威圧感は、以前に偶然はぐれオークに遭遇して襲われた際の恐怖さえ塗り潰す程に凄まじい。鋭く光る眼光が、長く剣士をしてきた筈のロッソの体を硬直させる。
間違いない。彼女は本気でやるつもりだ。
もしも彼女が暴れた場合、いくら公爵家と言えど程度によっては彼女は間違いなく豚狩り騎士団送りになる。そうなれば騎士団と議会には公爵家からの圧力がかかり、その重圧は逃げ場を探して任命責任という管を通り、最終的には自分の首を飛ばすだろう。
要するに、今、ロッソは自分の教え子に言葉のギロチンを突き付けられているのだ。
「教官? わたくしの『お願い』――聞いてくださる?」
余りにも恐ろしく、そして余りにも妖艶なその問いに、五十年も我儘な士官たちを叱り飛ばしてきた筈のロッソはプライドをかなぐり捨てて頷いた。
◇ ◆
「……うっ?」
何だろう、心なしか良くない存在に目をつけられた気がする。
俺は騎士物語は好きだがホラーはあんまり好きではないのだ。
子供の頃に幽霊話を読んだせいで一人が無性に怖くなり、暫く母親の付き添いなしでトイレに行けなかった時期がある。今になって思えばそんなにホイホイ幽霊が出る訳ないのに、昔の俺は何をあんなに怖がっていたのだろうか。恥ずかしいより先に不思議に思う。
「どーかしましたか、ヴァルナさん?」
「いや、なんか背筋がゾクっと……風邪か? おかしいな、休んで疲れは取った筈なんだけど」
「いきなり休みを取ると意外に生活リズムが崩れますもんね。念のため今日は早めに寝た方がいいんじゃないですか?」
「そうするか……明日から仕事なのに体調崩すなんてシャレにもならん」
騎士は体が資本。ライの言う通り、今日は早めに床に就こう。
王都での貴重な休暇日の最終期日――級友と親交を温めたり子供たちに囲まれたり両親に美味い物食わせたり、たまの休みに出来ることは粗方やり終えた俺は、ライと共に王都の本屋に向かっていた。
「王国最強剣士が風邪に負けたとあってはいい笑いものですもんね! 主に性根が残飯並に腐ったヤガラのクソ野郎あたり!」
「当人がいないのをいいことに全力罵倒だなお前……暴走族だった頃の闇が垣間見えてるぞ」
ライは俺達騎士団と違って魔法研究院の所属だが、研究院も広義では王国の下部組織だ。
王国直属の記録官にヘタなことを言えば巡り巡って自分の首を絞めるハメに陥る。
だが、ヤガラ記録官は任務の為に未だ山奥の騎士団メンバーにネチネチ嫌味を言ってるだろうから今だけはあのトンガリひげオヤジの悪口を言い放題だ。短期間とはいえ、あの鬱陶しい男の事をまったく気にしなくてよいのは休暇以上の価値があるのかもしれない。
どちらにせよヤガラの任期はあと数か月程度なので短い付き合いになる筈なのだが。
「ま、何はともあれ本だ本。いい本が入荷してるといいんだがな」
「絶対にありますよ。なにせ王都の本屋『ラジエーラ』は学者御用達ですからね。国内外の本がザックザク! いっそ大陸の方の本屋より品揃えが良いくらいですよ?」
品揃えが良いのはうれしいが、屋台といい図書館といいこの国はよその国から色々と買いすぎじゃないだろうか。海外から物が流入しすぎると国内経済が云々とセドナが言っていた気がする。
ただ、輸入ばっかりしている割にこの王国の経済は意外と凄いらしい。
大陸の方では戦争と魔物の大発生・民主主義の台頭による革命など様々な動乱に喘いでいるが、この島国の王国はそのどれの被害も受けずに平和過ぎるほど平和な歴史を刻み続けている。
林業も農業も畜産業も常に安定した輸出量を保っているので海外からの信頼が厚く、積極外交の成果なのか加工業も活発。特に観光業と漁業は海外と比べても突出している。
ついでにいうと未開拓の島がいくらかあるので難民受け入れと避暑地開発がてら現在開拓中。
はっきり言わせてもらうと、この国は実は滅茶苦茶金持ちの国なのだ。
という訳で……本屋タイムに突入だ。ちょっとした図書館のような蔵書量を誇る『ラジエーラ』に入るなり、俺たちは魔物関係の蔵書コーナーに一直線に向かい、新作を漁りだす。
「お、『小鬼討伐戦記』の続編だ。うちの王国まで海を渡ってくるとは思えんが、たまにオーク狩りの参考になる内容があるからなぁ……ええと、保存用に一冊、資料用に一冊、休憩室用に二冊っと」
「こっち見てくださいよヴァルナさん、『実録! こうしてコボルドは国を滅ぼした』ですって。国の対応のマズさを当時の王国議員が暴露した本みたいです。コボルドってオークとかに比べて滅茶苦茶知能高いらしいですね」
「ああ、そうだな。ノノカさん曰く、技術力は準人間クラスで、船を造って王国に渡って来てもおかしくないらしいぞ。まったく厄介な……そいつも一応買っておこう」
我が王国は確かに繁栄しているが、それは王国中に蔓延るオークを俺たちが狩り続けているからである。そしてオークは馬鹿だが学習能力があるため、その行動は年々俺たちの予想の少し先を行くことも多くなってきている。
それを埋めるには、我々より長く魔物と戦ってきた国外の先人たちから知恵を借りるしかない。
「へー、矢に毒か……扱いが怖いが、使いこなせれば確かに有効な手だわな」
「こっちはワイヤートラップの新作ですよ。トロール用の戦略ですけど、オーク相手でもイケるんじゃないですかね?」
「待て、それよりもっと面白いのがある。東方原産のスパイスを利用した強烈な催涙弾だとよ。こいつは鼻が利くオークにはキツそうだぞ?」
「……ブービートラップと併用して連中をパニックにしてやれそうですね」
「いいアイデアだ、ライ。お前もだんだんとウチの騎士団に染まってきたな?」
「へへへ……そりゃこの騎士団にいれば自然と、ねぇ?」
悪い笑みを浮かべるライに、俺もつられてにやっと笑う。
俺たちの中で一番ホットな話題はオークを如何に効率よく殺すかだ。
恐らくウチの出向している魔法研究院の人間は、よその騎士団よりオーク狩りに詳しくなっている。
トロルもコボルドもミノタウロスも殺し方はたっぷり研究してある……見ていろ、王国に仇名す害獣どもめ! ここが貴様らの地獄だ!! ククク……クハァーッハッハッハッハッハッハ!! と心の中で高笑いしながら、俺たちは魔物対策の資料を大量に買い漁ったのであった。
(なにあの人たち怖い……)
(あれ、豚狩り騎士団のヴァルナじゃないか?)
(『首狩り』の名前通り、私生活でもオーク殺ししか考えてないんだな……)
(相手を殺すことでしか自らの存在意義を確かめられないのかしら……)
本屋のどこかからヒソヒソと何やら話し声が聞こえるが、俺はやっと任務に戻れると心のどこかで浮かれていたので、あまり耳は傾けていなかった。
明日から任務復帰。俺達のライフワークであるオーク掃討の日々が待っている。
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