第6話 責任はやたらと重大です
オークと言えば昔から冒険物語では悪党の代名詞で、村を襲ったり美しい女性を攫ったりとやりたい放題の野蛮な種族だ。作品によっては食人文化があったり女性を玩具のように弄んだりとシャレにならない凶暴さを有しており、これを倒せるか倒せないか戦士としての格が決まる。
山賊よりも何倍も質が悪く、時折人間のようにずる賢い醜悪な魔物――そんなオークを退治する騎士という仕事が本当にあると知ったとき、アホの俺は幼少期特有の先見の明のなさを発揮して盛り上がった。
なんたって騎士だ。悪人をやっつけて村人から感謝され、町一番の美人から告白されたりするに違いない。英雄譚というのは基本的にそういうものだから、迸る憧れを抑えきれない俺は剣の道に突っ走った。
ところがどっこい、いざ騎士団に入ってみると俺の想像と大分違う現実が待っていた。
オークというのは筋力や反射神経がよく、武器を持っていても苦戦は必至。つまりまともに正面から戦う英雄譚のような戦闘方法は愚の骨頂だったのだ。
騎士は正々堂々勝負するが、動物相手にまで騎士道を持ちだしていたら馬鹿を見ると言わんばかりにオーク狩りの教本はさもしい搦め手のオンパレード。ぶっちゃけ華々しさなどチリ紙一枚分も存在しない汚れ仕事の類である。
俺はここに至ってやっと『豚狩り騎士団』の創立理由の一端を垣間見た。
要するに百年前の騎士共はこの魔物を相手に騎士道を通して正面から挑み、手痛い敗北を喫したのだ。
そして正面から戦うと勝ち目はないけどそれを大っぴらには言えないし、さりとてセコイい戦術など特権階級特有の余計な誇りが許さないから、「騎士のやる仕事ではない」などと言い出したに違いない。
こいつら、国民の安全と我が身可愛さを天秤にかけて後者を取りおった。
しかもそれをひた隠しにして後世に建前だけを刷り込んだのである。
騎士団の知り合い――これは友達二人とは別の、仲が良くも悪くもなかった奴だ――にこっそり騎士団の殉職者名簿を調べてもらったら、オークによる被害が出始めた頃に騎士団に数名の『事故による殉職者』がいた。そして殉職者の遺族の家系は『王立外来危険種対策騎士団』結成の草案を作った人ばかり……ここまで来れば、詳細はさておき何が起きたのかは想像に難くない。
まぁ、過去の話はどうでもいい。俺達騎士団は現実に目の前にいるオークをどうにかしなきゃいけない訳で、華々しくはなくともそれでオーク生息地の人々の安全を守れるのは確かなのだ。今回の仕事もそれが肝要なことである。
名誉も給与も乏しいこの騎士団が持つ唯一の誇りは、人を護れることだけなのだから。
「で、今回のオーク共は洞窟に籠ってる訳か……洞窟の規模は?」
オーク討伐作戦会議でいつも纏め役を務めているローニー副団長が偵察班に目配せする。目線に小さく頷いた偵察班長が報告に為に立ち上がった。
「はっ! どうやらこの洞窟は大昔の火山活動で形成されたものらしく、地元の人間によると内部はかなり複雑な構造になっている模様です。洞窟の穴は人が通れるものでも無数にあり、通れない狭さのものを含めると最早どこまで広がっているのやら。出入り口として使われている穴は調査で四つまで特定しましたが、これまでの目撃証言を考えると更に存在する可能性があります」
「面倒だな。アリの巣のように出入り口が一つだけなら簡単なのだが……こういうのは穴を塞ぎ損ねるとそこから綺麗に逃げちゃうんだよなぁぁ……はぁぁぁぁ……」
報告を聞くや否や、ローニー副団長が洞窟より深そうな溜息を吐き出した。
こけた頬と上質な眼鏡が特徴的な副団長は『豚狩り騎士団』で唯一の貴族身分出身者である。
平民の騎士団である『豚狩り騎士団』になぜ特権階級の人間がいるのかというと、平民が勝手なことをしないようにという監視役、兼島送り先として常に一つだけ存在する幹部の特権階級枠のせいだ。要するに、彼は望んでこんな所にいる訳ではないのである。
何でも彼がこの騎士団に就任したのは十年ほど前。
彼は真面目で真面目で真面目すぎるが故に『聖靴騎士団』の騎士団長に噛みつき、その見せしめにここまで流されてきたそうだ。
たぶん騎士団の政治的腐敗が許せない人だったんだろう。それがこんなところで団長代理の豚狩り指揮をしなければいけないのだから、本当に気の毒な人だ。
彼には家族もいるが、他の騎士団に比べて圧倒的に出張率が高いせいでなかなか会えず、私室に溜まるのは家族の『写真』――魔科学を応用した最新の肖像画らしい――と手紙ばかり。
一度彼に酔った勢いで『君は第二王子と交友があるのだろう!? ならば私をもう一度聖靴騎士団に……いや、むしろ単身赴任しないで済む聖盾騎士団に栄転させ………………すまない、今の言葉は全部忘れてくれ』と言われたことがある身としては、彼の姿を見るだけで切ない気持ちにさせられる。
しかし、実際問題として今回の任務はかなり厄介だ。
今回のオーク討伐は国内東部の山陰の村から要望が出た。
なんでも山でオークの目撃証言が増加し、狩りは出来ないわ山菜が荒らされるわでほとほと困り果てているらしい。更にこの山は上質な香木の産地として知られており、丹精込めて育てた木が出荷できないのでは生活していけないという本当に困窮した状態になっている。
そして実際に現地で調べた結果が、先ほどの広大な洞窟の存在である。
どうやらオークはこの洞窟を利用して山のあちこちに出没しては野生動物や食べられそうな山菜を根こそぎ手に入れているらしく、活動範囲が余りにも広すぎるのだ。
洞窟の中に生活拠点があるのは確かだろうが、これだけ広いとたとえ追い詰められてもこちらの把握していない洞穴から逃げられてしまう。いや、そもそもオークのフットワークに翻弄されて群れの本拠地を突き止めることさえ難しいかもしれない。
「ああ……こんなに時間がかかりそうな任務なのに、この仕事を三日以内に終わらせないと秋季の御前試合参加に間に合わないなんて……不条理にも程があるでしょう!」
「うーん、ホントこの辺の事情はウチら不利ですよね。あっちは御前試合参加者は早くから王都入りして入念な練習できるのに、こちらは試合に参加できるレベルの強者を抜きにオーク討伐なんて出来ないですから」
遊撃班長のガーモン先輩がテーブルに肘をつきながらウンザリしたような表情でぼやく。
オーク討伐は基本的にこすい手を使うとは言うものの、状況次第では真っ向から叩き潰さなければいけないケースなんてザラにある。そのため全騎士団内で『豚狩り騎士団』だけは、御前試合参加者抜きで任務を遂行するとハイリスクなのである。
このリスクを避ける手段を必ず講じよ、とはルガー団長の決定事項だ。
――死人が出る可能性は最小限に減らす。
――我々は王国の消耗品になり果てることだけはあってはならない。
――それが王立外来危険種対策騎士団の唯一の意地である。
それは騎士団全体の共通意識だ。
平民騎士という甘い蜜につられて過酷な労働を強いられるのでは、特権階級連中のいい操り人形で終わってしまう。なればこそ、俺達騎士団はなんと呼ばれようとも自分たちの意地を張り通す必要があるのだ。
……しかし、ルガー団長という人はこんな格好いい言葉を放った後に必ずオチを用意している。
そのオチが、次の内容である。
――その意地を張り通すために、御前試合で勝つのは当たり前だよな。
――ほら、ワシら全騎士団で一番の実戦経験積んでいる訳だし。
――ココ絶対譲っちゃダメだから。御前試合では絶対最強布陣だよ、絶対。
――あ、言っとくけどリスクを減らすのとリターンを増やすのは両立させないとダメね。
要するに、御前試合では勝率を最大確率にするが、そのせいでオーク狩り部隊の戦力ダウンという事態は許さないので御前試合までには必ず仕事を完遂させて帰って来なさい、ということだ。
……実に無茶苦茶なことをのたまうひげジジイである。
「去年はヤバかったね。試合に間に合ったはいいもののメンバーが全員疲労困憊で試合どころじゃなかったし」
「どうやって試合優勝したんだっけぇ? 俺もう記憶トんじゃったんだけどぉ?」
「ええとねぇ、先鋒のヴァルナくんが鬼神の如く暴れ回って全騎士団を五タテしたんだよね、確か」
「入団一年目で生き急ぎすぎだろヴァルナくぅん……なに? 伝説作るの好きなワケぇ?」
「俺の通った後が勝手に伝説になっただけでしょ、面倒くさい」
ロック先輩を筆頭に周囲から畏敬の念が注がれるが、俺だって勝てると思わなかったくらいヒドイ戦いだった。思い出すのも恐ろしい思い出である。
誰が入団一年目から五大騎士団の頂点が相対する御前試合の参加枠五名に選出されると想像できるだろうか。しかもコンディションボロボロの息絶え絶えで。その上さらに一日で試合を全部終わらせる総当たりバトルなので先鋒は最低でも四回は戦わなければならないと知ったときの気分ときたら、奈落に突き落とされるかのようだった。
「言っとくけど、あんときは俺、騎士団皆殺しにする気で行きましたから。国王陛下に賛辞をいただきましたけど、ダチと王妃様が若干ヒいていらっしゃいましたから。去年と同じ条件でやるのは二度と御免ですからね!」
俺とてもう諦めて倒れたかったのだが、御前試合は王宮の人間全員を始めとして王国兵士全員、国内特権階級全員、士官学校生、騎士の家族までもが見に来る大注目イベントである。天才剣士として注目されてたせいで周囲の期待値もやばかったし、何より俺が無様な試合結果を出すと俺より更に体にガタの来ている先輩方にキラーパスする結果になる。そんなことしたら後で俺が殺されかねない。
試合開始と同時に、俺はオーク殺すマンから騎士殺すマンにモードチェンジして……ふと我に返ると目の前に王国最強聖靴騎士団長が白目で横たわってたんだ。全然覚えてないけど俺が一撃で倒したらしい。
なお、俺の血走った目に流石の周囲も危険を感じたのか、御前試合終了後に参加メンバーには三日間の休暇が与えられた。俺は全てを忘れるかの如く安物のベッドの上で泥のように眠った。
あんな思いをするのは一度で十分であると俺は思うが、それでも最悪の場合はもう一度命じなければならないのがローニー副団長の務めである。
「君には、君には本当に苦労ばかりかけるよ……でも、最悪もう一回やってもらうッ!! ごめんなぁ、ダメな上司でゴメンなぁ……!」
「お、落ち着いてください副団長! ヴァルナだって別に責めてる訳じゃないんですから、ね!?」
「ほれヴァルナ! お前もなんか気の利いた事言え!! でないとこの人また奥さんと子供の名前呟きながら懺悔タイムに入るぞ!!」
「わ、分かりましたよ……んん、こほん。ローニー副団長ッ!!」
しょうがなしに俺は大声を張り上げて副団長の名前を呼んだ。
既に涙を流す副団長がはっと顔を上げて俺の方を見る。こんなにやつれた騎士は副団長ぐらいだろう。団長が内地で書類仕事に追われているせいで実働部隊の最高責任者になっている副団長は、家族に会う暇もなくこの騎士団で一番忙しい。
出世の道も事実上絶たれてても家族を守る為にもがく彼と、まだ何も抱えていない若造の自分。
ともすれば、俺が副団長に差し出せるものは若さぐらいのものである。
剣を掲げて騎士の礼に倣い、俺は宣言する。
「騎士ヴァルナ――副団長のご命令とあらば、王立外来危険種対策騎士団の名に懸けて! 伝説の一つや二つ、この手で創り出して見せましょうッ!!」
「ヴァ……ヴァルナ゛ぐう゛う゛うううううううううううんっ!!!!」
副団長は涙と鼻水を噴出しながら俺に抱き着き、その後十数分に亘って咽び泣き続けた。
副団長を笑う人間は、その場には一人もいなかった。
というか、主に迷惑かける側なのでたぶん罪悪感に駆られていたんだと思うが。
美談も裏をめくるとただのコメディーである。
なお、オーク掃討作戦に関してはノノカさんから作戦提起があり、新開発の「対魔物毒団子」をありったけ山に設置することでなんとか掃討の目途がついた。
ただ、この作戦は短期間で片が付く代わりに大きな弊害と代償を生み出すことになるのだが……その話を俺が聞くのは、御前試合が終了して職場に戻ってからのことになるのであった。
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