第5話 魔法で敵は倒せません

 魔法と言えば、昔話や英雄譚でたびたび現れて美人の魔法使いやら聖職者やらがものすごい奇跡を起こす神秘的な御業だ。精霊と話したり、傷を癒したり、普通では絶対にできないことをちちんぷいぷいとやってのける。

 時には悪い魔法使いもいるが、それでも人は超常の力に憧れるものである。


 というわけで、アホの俺は幼少期から「一度は魔法を使ってみたい」という願いから木の枝を片手に呪文を唱える練習をしていた。一応この世界に魔法は実在していたし、やり方は分からないが念じ続ければいつかはファイヤーくらい放てるものと信じていた。

 子供の妄信は時々無理があるものだが、そもそも無理がある事に気付けないのが子供なのである。


 そんな俺の儚い夢は、幸いにも騎士団を本気で目指す前に崩れ去った。

 図書館で魔法関連の本を調べてみたら、「魔法には特別な素養が必要なんだけど、うちの王国には昔から素養のある人がいないぜ!」と衝撃の事実が書いてあったからだ。


 海外からの移住者なら可能性があると思った俺はダッシュで家に帰って自分の家系図を調べてみたが、我が家は先祖代々この国の平民だった。俺は人知れず家の保管庫で咽び泣いた。

 未だかつて、こんな古びた羊皮紙一枚がこんなにも恨めしいと思えたことがあったろうか。紙切れ一枚でこうも人を悲しい思いにさせるとは、血の宿命とは業の深い代物だ。



 しかし、魔法の素養がないからといって魔法と関りがないのかと言われれば、国としての答えはノーだ。むしろ王国は魔法に対して前々から強い興味を持っており、百年ほど前から始まった積極外交政策によって魔法の利便性や経済との関りを調査するうちにその機運は更に高まった。


 そして更に時は流れ、海外との国交が活発化して少しずつ魔法使いの国民が増え始めたのを見計らったかのように王国は王立魔法研究院を設立。海外からも人材を集め、様々な視点から魔法の利用方法を研究しようとしたのだが……ここで少し、予想外の事態が起きた。


 我が王国には昔から魔法使いもいなければ魔法技術も存在しない。つまりゼロからのスタートだ。

 故に、王国はとにかく魔法使いの人材が一人でも多く欲しいので魔法使いの移住者を結構な好待遇で迎え入れる姿勢をした。


 結果――アクの強い変人魔法使いが王立魔法研究院に大挙して押し寄せたのである。


 魔法使いは研究者の側面を持つ。そして研究には金がかかる。

 金を出す側としては一定の成果が欲しいから出すわけで、その成果さえ出せそうにない妙ちくりんな研究者には目もくれないのが世の常というもの。つまり、そんな世間や学界から白眼視されているような人や人格に癖がありまくる魔法使いが、このほっぺたが落ちそうなほど美味しい話に餓えたオオカミの群れの如く食らいついたのだ。


 向こうからすればこの王国は本当の本当にまっさらな研究環境で、学院の上層部席が全部空白になっている。つまりこの席に座れば周囲からあざけりを受けたり金の無駄遣いだと後ろ指を差されたりすることなく自分のやりたい研究に没頭できるという寸法だ。


 しかしこれは明らかに質の低下が不安になる状況である。

 海外の魔法研究者は以外にも飽和状態にあるらしく、迎え入れても真面目に研究してくれるか――或いは危ない研究を始めないか怪しい連中がごまんといる状態で、全員迎え入れるなど狂気の沙汰だ。


 だがこの王国、転んでもただでは起きない。

 すぐに頭を切り替えた国王はその魔法使いたちのそれぞれの得意分野と専門分野を申告してもらい、それらを大臣たちと共に精査しまくり、国外の魔法有識者と共にダメそうな人間を弾きに弾いて良さげな魔法使いを抽出した。


 結果、有能なのに別の学者にハメられて学会を追放された人や、人格にこそ難があるものの天才的な頭脳を持つ人、注目されるべき発明をしているのにプレゼンテーションがへたくそな人など様々な分野の魔法使いを王立魔法研究院に入るだけ入れて、更に駆け出し魔法使いや希望者をその部下として配分し、やっとこの王国は魔法研究に漕ぎ出すことが出来るようになった。


 さて、そんなインテリ揃いの研究院と騎士団がどんな関係にあるかというと、実はかなり親密な関係にある。

 それもその筈、騎士団は魔法の恩恵である『治癒魔法』や『魔導機関』などをいち早く受け取っており、研究院側も騎士団を「実戦的な魔法経験を積める場所」、「試作品や試作技術の提供先兼テスター」として認識している。

 事実、王立外来危険種対策騎士団にも魔導機関の整備士、治癒士が数名所属して今日も頑張っている。記憶が正しければ騎士団と研究員者の恋なんてのも割かしよくあることらしい。




 そして――王立魔法研究院には我が騎士団と特に関係の深い研究者がいる。


「ヴァルナくぅ~~~~ん!! キミは本当にスバラシイ騎士だっ!! これだけ損傷の少ない形でオークの群れのボスを仕留めてくるなんてぇ……はぅあ~♪ 貴重なサンプルが手に入ってノノカちゃんはもう感激ですっ!!」

「はいはいわかったわかった」


 オークの死体を格納、研究、解剖、浄化するための一連の設備が搭載された研究用大型騎道車――通称『浄化場』に入った俺を待っていたのは、上げ底五十センチの摩訶不思議な靴を履いた幼女の熱い抱擁だった。間一髪でおでこを掴んだのでその小さな手は俺に届かず空を切っているが。


 さて、俺はこの栗色の髪をおさげにした眼鏡で小柄な女の子――ノノカを幼女と称したが、それは正確な情報ではない。どの辺が正確ではないかというと、主に「幼女」の部分がである。


「むぅー、このホトバシル愛を受け止めきれんと申すかー! せっかくヴァルナくんを抱っこするためにこのソコアゲール靴を開発したのにこの子ども扱いにノノカは異議を申し立てます! 騎士団は年功序列! 年上には巻かれるべきですっ!」

「見た目ガキですもん、ノノカさん」

「でもホラ、おっぱいはその辺の子よりあるよ?」

「見せんでいい見せんでいい!」


 ダボダボの白衣の隙間から覗く、ただの幼女ではありえないサイズの揺れる果実。そして年上という発言。ここから逆算するに――この人は俺より年上なのだ、恐ろしいことに。


 なんでもこの人は生まれつき体は大きくならないけど頭はよくなる不思議な種族――ルヴォクル族の出身らしく、成長してもちっちゃいままなのである。実年齢はよく知らないが、最低でも御年十七歳の俺の二倍近い年齢を重ねているようだ。見た目幼女なのにな。


「……むぅー。まだヴァルナくんはデレてくれないんだね。他の新人くんたちはみんなデレデレしてくれるのに! まぁそれはそれでいいんだけど、オークの件については本当にありがとね! これでオークの新たなる生態を調べられるぞぉ~~♪ さっ、解剖解剖!!」


 にぱっと眩しい笑みを送ったノノカさんは上げ底靴を器用に履きこなして『浄化場』内部の解剖室へメスなどの解剖道具を運んでいく。あの外見で解剖好きというのもアレだが、彼女の可愛らしい笑みは癒しになると評判である。


 ついでに時折任務で成果が上がったときに「えらいゾっ♪」といいながら背伸びして頭をなでてくる姿に危険な扉を開くダメ人間も複数名。彼女もまた騎士団三大母神の一人という訳だ。一人目と比べてタイプが違いすぎるけど。


 さて、学者としての彼女についても触れておこう。


 彼女は元々自然環境や農業を専門とする研究者であり、魔法による植物成長や土壌の改良を目的とした研究を行っている。

 野生生物の解剖が好きなのは、生態系の頂点にいる動物の食べるものを調べることで生物同士の関係性を調べられるからだそうだ。オークに限らず魚、鳥、果ては虫まで解剖する彼女の熱意はかなりのもの。女の子なのに平気なんだろうかとも思ったが、彼女の学者歴は少なく見積もっても十年以上なので単に慣れたのかもしれない。


 そういえば一度動物のモツや脳を素手で握ったまま「これ調理してー♪」と食堂にやってきて周囲が悲鳴を上げたことがあったな。タマエさんだけ「あら美味しそうなモン持ってるわね!」と調理する気満々だったけど。

 なんなんだこの女衆強すぎ騎士団。カカア騎士団に改名するか?

 ……いや、ノノカさんは結婚してないんだったか。

 年齢だけは割といい年だと思うのだが、同種族で結婚とか考えなかったのだろうか。


「ん? どしたのヴァルナくん? 解剖手伝ってくれるの? 解剖デートだねっ! 一昔前に解剖学界隈で流行ってたやつ!!」

「そんな台詞が出てくる時点でノノカさんって女捨ててますよね。というかそもそも恋人とかできたことあるんですか」

「いたよ? 地元に」

「いたんだ!? 物好きが!?」

「こらぁ! 大失礼な本音漏れてるよ!?」


 予想外だ。いやでも、もしかしたら幼稚園児とかの頃にいた仲良しの子を恋人と言い張っている感じかもしれない。そんな大失礼なことを考えていた俺の思考は、続く言葉で不意に停止した。


「でもこの王国に引っ越すから一緒に行こって言ったらムリって言われたから………置いてきちゃった」


 あの明るさだけが取り柄みたいにいつも笑顔なノノカさんの顔が、少しだけ儚げに見えた。

 なんとなく、ばつが悪い気分にさせられる。良くないことを聞いたかもしれない。

 話を切り上げた方がいいか、と思っていると、意外にもノノカさんは自ら恋人話を続けた。


「ルヴォクル族ってこんな見た目だからあんまり年齢差ってなくて、一通り人生を謳歌してから結婚とかの適齢期が来るの。だからノノカくらいの年齢だと結構恋愛の練習感覚で付き合うことも多くて……だ、だからぜ~んぜん気にしてなんかないんだけどねっ! ホントに……ホントに、気にしてないよ……」

「……ノノカさん」

「まぁ恋人と研究なら研究の方が大事だって思ったのはノノカだし? 国に残らないかって言ってきたあの人をフったのもノノカだもん。だいたいあの人はちょっと子供っぽすぎてノノカの好みには合わないって前から思って――」

「ノノカさん、解剖に必要な道具ってこれで全部ですか?」

「――え?」


 俺はノノカさんの運ぼうとしてた道具の入ったケースを抱え、解剖室を顎で指した。


「なーんか今のノノカさんは無理してるっぽいですから。間違って自分の手を解剖したりしないように解剖デート付き合いますよ」

「い……いいの? よく分からない白い膜とか黄色いツブツブとか紫色のデロデロとか胃液で半分解けた動物とか出てくるよ? 初心者がやったらごはん戻しちゃうことだって……」

「生憎とオークのモツは見慣れてます。それにあなたに元気がないと他の団員も心配する。大丈夫、ノノカさんは魅力的な女性ですよ」

「……………っ!!!」


 ノノカさんはしばしポカンとした後、顔を真っ赤にしてうつむいたまま「……ありがと」と呟いた。

 ただでさえ元気だけが取り柄な人だ。それがしょぼくれていたらこっちも調子が狂ってくる。

 それに彼女の小さな手を見ると本当に怪我をしてしまいそうで心配だった。

 あっちがこちらを子ども扱いしたくなるように、俺もどうやらこの人を甘やかしてしまう性分なのかもしれない。


 その後、俺は元気を取り戻したノノカさんと共に自分が殺したオークの解剖に付き合った。

 こんなデートが流行したなんて、学者共の青春は灰色なのだろうか。とはいえ……。


「なるほど、ここに腱があって、筋肉の継ぎ目はここを刺せばいいのか。意外と参考になるかも………あ、ノノカさん。オークの前胃の隅っこに変なしこりがありますよ?」

「どれどれ……うひょー! 見てくださいヴァルナくんっ! 胃袋の中に木の根っこが入ってますよ!? オークは雑食だって聞いていましたが木の根っこって!! いったい何のためにこんなもの食べたんでしょー! 空腹のせい? 根っこの成分に何か秘密が? それとも群れのボスの習性に関係が!? このナゾを解明したらまたオークの謎の中枢に一歩近づくぅ~~~っ!!」


 ……存外、普通に楽しめてしまった俺ってなんなんだろう。

 ノノカの魔法によって血液が綺麗に抜かれ、腐らないよう不思議なヴェールに包まれたオークの死体を前に、俺たちはたっぷり三時間も解剖を続けた。

 これだけ胃をバラしても臭い一つしないなんて魔法の加護って素晴らしい。

 絵本に載ってたのに比べて圧倒的にみみっちいけど。


 我々豚狩り騎士団が目の当たりにする魔法なんて、だいたいこんなレベルである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る