第4話 苦労の割に安月給です

 騎士と言えば名誉な役職で、それゆえ当然に相応な給金が出る。

 もしこの国に外敵が現れれば騎士は真っ先に矢面に立ち、国に仇なす敵を打ち払うだろう。国内に悪しきものが現れた時も同様だ。そして何よりその立ち振る舞いは国に仕える覚悟と気品を持った忠の模範。そんな騎士に王国は報いるものを出さなければならない。


 という訳でアホの俺は捕らぬ狸の皮算用に目を輝かせていた。

 近所にひいじいちゃんが騎士だったという家があったのだが、その家はなんとそのひいじいちゃんの代で稼いだお金で立てた屋敷に未だに暮らしているほど金がある。しかもその金を元手に商売を始めたらしく、今では地元地域の地主になっている程だ。


 ……念のため言っておくが、学校で友達だった富豪の娘がそこの家の出身だったとか、子供の頃に実は会っていたとか、そんなベッタベタな展開はない。第一あの家の跡取りは息子だし、士官学校入学適正年齢にも二年ほど達していない。


 さて、話は逸れたが俺は騎士になって初の給金の金額を見て「ん?」と首を傾げた。


 なんか、想像していたより桁が一つほど少ないのである。

 確かに普通に稼いでいくのに比べればそれなりの好待遇なのだが、あくまでそれなり。

 この金額のペースで稼いでも屋敷が建つかはかなり怪しい。


 出世してない新米だからだろうか、とその時は思った。

 同じ騎士でも仕事量や年功序列、手柄の数で給金は増減する。

 念のためロック先輩の給与明細を盗み見ると俺と似たり寄ったりであり、知っての通りアル中でダメ人間の先輩の給料が良い方の筈がない。

だったらこれから給料が順当に上がっていくのだろうと暢気に考えていた。


 その暢気が続かなくなったのは騎士団に入団して四か月後の事――それぞれエリートコースまっしぐらに進んでいった友達二名と偶然休暇日が被って一緒に食事をした際だった。

 バリバリの上流階級な二人が集合場所に選んだのが高級レストランで、そのメニュー表を見た俺がぽつりと漏らした言葉がなければ暫く事態は発覚しなかったのだろう。


『いや、急なことでちょっと安めのレストランしか取れなかったんだ。すまないね』

『いいのよ別に! ここに三人揃うことが嬉しいんだから――』

『ここのレストランの一番高いコース料理、俺の初任給と殆ど同額だな』

『え?』

『え?』

『……ん?』


 友達二名の纏うほんわか空気が一変するのを、俺は肌で感じ取った。


『……えっと、ヴァルナくん? そのジョークはちょっと無理あるんじゃないかな?』

『ははは、そうだぞヴァルナ。騎士の初任給があればこの店の最高級料理を一日三食いただいても余裕でお釣りが来る筈………………え、本当に?』

『………………俺の給与明細には月三十万ステーラって書いてあるが』

『け、ケタ一つ数え間違えてるってことは?』

『それは……ない、ようだな。今、僕が確認した。確かに月三十万ステーラだ』

『……え、お前ら十倍貰ってるの?』

『………………』

『………………』

『………あの、もしかして今日このレストランで注文してある料理食べたら、俺の財布吹っ飛ぶ?』

『僭越ながら今日の食事代は僕が払わせてもらう。この店を予約した主催者なのだからこのくらいは当然だよな?』

『私は自分の分は自分で出すね。あとヴァルナくんの分は私も半分出すよ……友達だもんね?』

『何故だろう、その優しさが心を抉る……!』


 周囲を漂う居た堪れない空気と、二人からひしひし感じる憐憫の情。

 露骨な給料の差のあまりに差し出された残酷なる憐みの手を、俺は取らざるを得なかった。

 そう、この二人の金銭感覚からすればこの店は上流階級の中では安い方の店なのだ。


 そして俺は二人と同じ騎士になったにもかかわらず、懐事情が余りにも心許なかった。


 ――その後すぐに知ったことだが、王立外来危険種対策騎士団は役割の重要性と難易度の高さの割には回される予算が圧倒的に少なく、給金を削ってでも装備を整えないと死人が出るから低賃金にせざるを得なかったらしい。

 他の騎士団なんか実戦なんて碌にせずに訓練でいい汗かいているだけなのに、この国は俺達を何だと思っているのだろう……貴族連中はサルか何かと勘違いしていそうですごく嫌だ。


 その日、俺は給料の生存と引き換えに何か大切なものを失い、高級料理店が嫌いになった。

 ついでに言うと、店の料理が人生で食べたことがない程美味しくて、余計に惨めだった。




 そんな惨めな思い出を忘れさせてくれるのが、『豚狩り騎士団』三大母神の一人であるタマエ料理長の食事である。


「食ってるかい、ヴァル坊? お前さんは若いんだからしっかり食って精をつけな!」

「食ってますよタマエさん。むしろこんな美味いメシは食わない方が大損でしょ。それと、いいかげん『坊』はカンベンしてくれませんか? 後輩に示しがつかんのですが……」

「ヴァル坊はヴァル坊さね! だいたいアンタなんてアタシの娘と殆ど変わらん年してんだ。子供みたいなもんさ!」

「その割には後輩どもには坊つけないじゃないっすか……」

「あんなの坊にも入らないよ。小娘小童で十分!」


 釈然としないものを感じないでもないが、エネルギッシュなタマエさんの笑顔を見るとどうにも母親を思い出して反論の言葉が引っ込んでしまう。流石は三大母神。そのオカンオーラに押し切られた俺は再度クリームシチューを口に含んだ。

 野菜ダシとクリームの甘味にキノコの風味とチーズなどの塩味が絶妙にマッチして、口の中が蕩けていく。更にクリームシチューと相性抜群なバゲットを齧ると、ザクッと小気味のよい音を立てて芳醇な香ばしさが押し寄せる。

 お世辞抜きに、疲れと空腹が吹き飛ぶたまらない美味さだ。


「この料理が毎日食べられることだけがこの騎士団の利点ですよ、ホントに」

「あたぼうよ! なんたってココはこのタマエ様が取り仕切る厨房なんだからね!」


 自慢げな顔で見得を切る料理長に周囲が盛り上がる。


「よっ、王国一の料理人! あんたと結婚した旦那がこの料理を食えないことが不憫だぜ!」

「ほんっとタマエさんは料理の事なら何でも出来るよね!」

「こんなに美味くて低予算とか反則級だよなぁ♪ あ、おかわり頂戴?」

「あいよっ!」


 四十歳で娘さんもいるタマエ料理長はかつて宮廷料理人だった天才的料理人であり、低予算過ぎてかなり安物になってしまっている食材を見事に調理して振る舞っている。オーク狩りで野戦続きな団員達の五臓六腑に染み渡るこの料理を創造するタマエ料理長の実質的な発言力は騎士団内限定で団長権限を上回る。


 なお、備蓄は基本的に足りないのが常習化しているので、料理班は行先の村で野菜の余りを分けてもらったり山菜狩りに行ったり暇な騎士を引き連れて釣りや動物狩りに行ったりとあの手この手で食料を収集している。この人を含む料理班のサバイバビリティの高さには本当に驚かされた。


 もしも豚狩り騎士団を潰したいのならばタマエ料理長を攫うだけで事足りる。

 ――ただし、王国護身蹴拳術の免許皆伝でイノシシさえ素手で仕留めるこの人を本当に攫えるのであれば、だが。


(ロック先輩とか多分剣持っててもこの人に負けるよな。ある意味騎士団最強じゃね?)


 内心そう思ったが、こういうジョークを口にするとへそを曲げられる可能性があるので言わぬが華。口に出しかけた言葉を綺麗に畳んで心の棚に仕舞い込んだ俺は、胃袋を満たす暖かい料理をかっ喰らった。


 うむ、母さんのシチューより美味い。




 ◇ ◆




 タマエは騎士団のメンバーの中でも、特にヴァルナによく話しかける。


 それは確かに彼が娘程の年齢であるのも要因だったが、タマエにはそれよりも気にかかる理由があった。それは、彼女から見てヴァルナがどこか危うい存在に思えたからだ。


 騎士ヴァルナ――通称『首狩りヴァルナ』。

 王国攻性抜剣術に存在する十二の型を最年少でマスターし、士官学校の成績を堂々の剣術一位で卒業した剣の鬼才。その目つきは鋭く、どこか抜き身の刃のような印象を与える風貌だった。


 彼の二つ名の由来は、その恐ろしいまでの戦闘スタイルだ。

 彼はオークを相手に正面から立ち向かい、必ず首を跳ね飛ばすのである。


 確かに生命力の高いオークを確実に殺すには首を撥ねるのが一番だが、それを実戦で行うのは困難を極める。野生の反射神経を持ったオークの戦闘能力は非常に高く、不意打ちか罠でしか安全に倒せないのだ。それに首を撥ねると言ってもオークの皮膚は分厚く、更に内部には骨だってある。首撥ねは理論上の最良ではあっても実戦でやるのは困難だった。


 しかし、ヴァルナは首を狩るという方法を教えられて以来、神懸かり的な剣術センスを発揮してオーク狩りで完璧にオークの首を撥ね続けている。それは時に初撃で致命傷を与えていた時でも行われる。

 いくらオーク相手に油断が出来ないからと言って、これまで通算五十にものぼるオークの首を正確に撥ね続ける戦い方はいっそ殺害への執着を感じさせた。


 機械のように首を狩り続ける処刑人――その噂は、今や別の騎士団にまで轟いている。


 その強さが、彼の冷たさを余計に際立たせる。


 普段から周囲を威圧するような目をしているせいか交友関係は狭く、学生時代の友人は本人曰くたったの二人。周囲はこの天才剣士を歓迎していが、その距離感はどこか一線を引いたものだ。本人もそれを気にする様子はなく、淡々と毎日を送っている。まるでその方が都合が良いかのように、だ。


 ヴァルナに積極的に話しかけているのなんてお調子者のロックを含む数名程度しかいない。

 それに彼は時折物言いが物騒で、腐敗した貴族や特権階級の人間に対する侮蔑の目はまるで処刑する相手を見定めているかのように冷たい。

 ルガ―団長は何かと目をかけているようだが、その期待と勝手な計画が彼の重荷にならない保証はどこにもない。


 何故若くしてそこまで強いのか。

 何故周囲を寄せ付けようとしないのか。

 何故戦いにのめり込み、首を狩る事に執着するのか。

 何故騎士団の腐敗した部分に敵意と殺意を剝き出しにするのか。


 周囲の憶測は様々だ。

 曰く、貴族に奉公に出した姉を殺されたとか――。

 貴族にハメられて没落した一族の末裔だとか――。

 王国内でも謎の多い『処刑人の血族』の一人ではないか――。


 もちろん全てなんの根拠もない与太話だ。

 ただ、まるで生き急ぐかのように張り詰めた彼の姿を見ると、それがまったくの虚偽だとは思えない。


 タマエは、その張り詰めた彼の心がいずれ切れてしまうことだけが心配だった。


(結構可愛いところはあるのにねぇ……)


 タマエの目線の先には、幸せそうにシチューを頬張るヴァルナの姿。

 普段の剣呑な雰囲気からは想像できないほどにあどけなく、坊や呼ばわりすると照れくさそうに目を背ける。そんな年相応の姿をもっと見せていけば、彼の心の奥底にある暗く冷たくほだされた感情を解き放てるだろうに。



 ……なお、件の騎士は別に何一つ後ろ暗い過去など持たない割と楽観的な性格であり、周囲が自分を物騒な存在だと思っていることにちっとも気付いていないのであった。

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