第2話 殺せばいい訳ではありません
騎士は民や仲間の危機に颯爽と駆けつける。
弱きを助け、強きを挫く。無秩序に力を振るう悪党を成敗し、民の暮らしを守ることに騎士の本質があるとする考え方だ。まさに正義の味方と形容するに相応しい立場と言えるだろう。
アホの俺はこの正義の味方に憧れて、いじめっ子を撃退したり獣を追い払ったりしようと考えた。しかし、幸いかつ残念なことに幼少期の俺の周囲には人が良すぎてこっちが心配になるような連中ばかりだったので普通に生きるしかなかった。
子供心ながら「正義とは悪がいないと成立しない」という哲学的な答えを導き出した俺は、騎士団に入るまでこの行き場のない正義の心を胸の奥にしまっておくしかなかった。
だが実際に戦いに出てみると、俺たちの闘いに正義があるのか甚だ疑問なわけで。
「ブギャアアアアアアアアアッ!!」
「ピギイイイイイイイイイイッ!!」
森の奥で群れていたオークたちの一部が徒党を組んで直進している。
あれは人間を襲いに行っているのではなく、コロニー(巣のようなもの)が奇襲を受けて壊滅状態だから逃げてきただけだ。ボスのオークは一匹だけ別の所に誘導された挙句に俺に殺されたので統率は余り取れていないが、それでも恐慌状態のオークの集団はかなり凶暴なのでむしろ普段より危険だ。
ただし、その動きはやはり単調になりがちであり、現にオークたちは自分たちの移動ルートが誘導されていることに気付いていない。狩りの時は意外と賢いオークもこうなっては形無しだ。
「三……二……一……よぅし、行けヴァルナ!!」
「了解、追撃を開始します」
横で双眼鏡を片手にオークの進行速度を確かめていたロック先輩の合図とともに、俺は音もなく木陰から森の獣道に躍り出た。
しかしながら、これから連中を一人でざっくばらんにザックリバッサリ切り捨てるのかと言うとそうでもなく、単なる後詰でしかない。というのも……。
「ブギャアア……ビギイイイイイイイイイッ!!?」
突如、オークの群れの先頭にいたオークが地面に吸い込まれて見えなくなった。続いて全力疾走していたオークたちが止まろうとするが、地面に散らばる腐葉土のせいで止まり切れずに次々消えていく。最後尾にいたオークだけが辛うじて踏みとどまったのだが、生憎とそんな頑張りを見せても意味はない。
「ブ、ブギッ……!!」
「お前も落ちんか面倒くさい」
背後を取った俺の剣が瞬時にオークの脚の腱を切り裂き、同時に全体重をかけてその背中を蹴り飛ばす。普通なら人間の二倍以上の体重があるオークに生身での攻撃など無謀の類だが、これだけ決まった奇襲ならばこけさせるぐらいは容易い。
「ブギョエエエエエエエエエッ!?」
こうして最後の一匹も地上から消え去った。
というか、巨大落とし穴という「地中」……二度と這い上がれない地獄への旅路へと去っていった。
騎士が落とし穴を使うなんて物語では聞いたこともないのだが、この騎士団では伝統的な戦法らしい。ちなみに落とし穴の中には竹槍がびっしりと……入っている訳ではなく、ただ単に深い穴である。騎士団随一の穴掘り男であるホベルト先輩が事前に空けておいた五メートルの大穴だ。
なお、ここに誘導するために他の獣道に臭い袋を設置したり木を切り倒したり別の罠を設置したりといろんな誘導を仕掛けている。
穴の中からはプギプギと喧しい鳴き声が聞こえてくる。
現在下はオークでスシ詰め状態。オークの跳躍力は結構あるが、一番上に落ちた奴の脚の腱が切れているので脱出は無理そうだ。そうでなくとも態勢を立て直して出た所を俺が待ち伏せするので無駄な足掻きなのだが。
「おう、綺麗に落ちたねぃ。そんじゃま、埋めますか」
「ですね。サボらずちゃんと埋めてくださいよ?」
「信用ないねぇ。心配せんでも埋め損なうようなこたぁしないよ」
「貴方はそれで俺が埋め終わるまでジィっと横で見てるだけの可能性ありますからね」
「やるってば。埋め損なって出てこられても困るしねぇ」
俺はロック先輩と一緒に大型土掻きを抱え、落とし穴の近くに積まれていた土をえっさほいさと落とし穴に放り込む。中から悲惨な悲鳴が聞こえるが、血に毒があるオークは剣で殺すと後が面倒なので窒息死させてしまうのが一番いい。血を出しているのは一匹だけなので回収する土は少なく済むだろう。
この作業をやる度に俺は何か大切なものを土と一緒に捨てている気がするのは気のせいか。
もうお気づきかもしれないが、オーク相手に正面から挑むような作戦はこの騎士団では極端に少ない。というか、ほぼない。基本的には落とし穴にハメたりバリケードで足を止めて矢で射貫いたり火と煙で燻したりとかそんなのばっかである。
「しっかしヴァルナくんは便利だねぃ。この作戦、本当ならオークの危険性を考慮して最低四人は参加する内容なのに、ヴァルナくんがいれば二人で済むんだから。ヴァルナ様様だよ」
「俺としては首を狩っちまった方が楽なんですけどね。後片付けを抜きにすれば」
「なにそれこわい……作戦の安全度が通用しないってのも考え物だぜぇ?」
こうして俺たちは十数分ほどかけて落とし穴を粗方埋め、回収班の目印である黄色い旗を立ててその場を後にした。
森の中ではあちこちでオーク狩りに様々な罠が設置されている。
オークはたとえ一匹だけでも取り逃がすと後が怖い。
ヤケになって近隣の村でも襲われてしまうと甚大な被害が出かねない。
かといって真正面から戦うと味方に死人が出かねない。
そんな状況下でギリギリを攻め続けるのがこの王立外来危険種対策騎士団だ。
と――移動のさなか、近くから気配を感じた俺はロック先輩を手で制した。
視界が悪いがあのシルエットの大きさは、恐らく――。
「……どした?」
「向こうの草むら、オークが三匹います」
「本当かよ……こっちの道は第七班が罠を設置してた筈だが、抜けられたかなぁ……? マズイ、あの進行方向だと設置した罠を潜って逃げちまうぞ」
双眼鏡でオークを確認したロック先輩が厄介そうに顔を顰めた。
豚狩り騎士団と揶揄される俺達だが、その分豚を狩る事に関しては専門家だ。
しかし、いくら専門といってもこの周辺はオークが縄張りにする土地。バレないように罠を設置したつもりでも、冷静さを残したオークならその微かな違和感に気付いて罠を回避する可能性はある。
罠で倒せないし、後方の包囲網も完全ではない。
ともすれば、やる事は決まりだ。
俺は剣を構えて木陰からオークとの距離を目測で測った。
計3匹、直線距離で四〇メートル、足場よし、視界悪し……奇襲には悪くない条件だ。
「狩ってきます。放置すると後が怖い」
「本当はオークに奇襲する際は最低でも同数揃えるのがセオリーなんだけど、まーヴァルナくんなら楽勝か。よぅし、狩ろうか!」
その言葉を聞くや否や、俺は地面を蹴り飛ばすように疾走した。
視界の悪さが助けになってオークは俺の存在に気付いていない。
奇襲の初撃で首を飛ばし、続く一太刀でもう一つの首を飛ばし、あとの一匹は正面から殺す。
走り際に拾った木の枝を放り、瞬時に木を挟んだ反対方向に走り込む。
投げ飛ばされた木の枝が地面に当たったことに3匹のオークの視線が集まったその瞬間を捉え、俺は振りかぶった刃を虚空に解き放った。
「七の型――荒鷹」
跳躍しながら体を回転させ、独楽の速度で刃をオークの首に叩き込む。
ひゅごっ、と刃が煌き、最後尾にいたオークの首が宙を舞った。
「ブギャッ!?」
「ブギィイイイイッ!!」
「喧しいぞ。一の型、軽鴨ッ!!」
首を飛ばして三匹のオークの中央に着地した俺は、突然の奇襲に動揺したオークの隙をついて鞭のようにしなる斬撃を飛ばす。『軽鴨』は速度に特化した刃だが、使いようによっては恐ろしい切れ味とリーチで相手を一方的に攻撃できる。不意の一撃を受けたオークの首が落ちた。
奇襲の成功はここまで。瞬間、背後の気配に反応して撥ねるように横っ飛びで躱すと、先ほどまで自分のいた場所に殺人的な威力の棍棒が叩き込まれた。既に奇襲の優位性はまったくない。
「ブギャアアアアアアアアアッ!!」
オークの棍棒は固く、重く、リーチが長く、そして獣張りに速いオークの反射神経で繰り出される。
巨体では小回りが利かないなどという話は幻想であり、オークは手堅い。
だがそれは、要するに俺がもっと速ければいいだけだ。
腰だめに構えた剣を相手に一直線に向け、俺は片手で剣の柄に手のひらをそっと添えた。
オークが手堅く戦っているとしても、手に握る棍棒は所詮一本。
盾も持たずに間合いに入った敵を堅実に叩くだけの戦法など恐るるに足らない。
オークが怒り狂ったように棍棒を横に振るのを避け、縦に振るのを避け、そして苛立ったように大きな一撃を叩き込もうとした刹那――俺の脚が地面を抉らんばかりに踏みつけ、爆発的な速度で体を押し出した。
「六の型、紅雀――抉れろ」
至極単純にオークが棍棒を振り下ろすより速い速度で、俺は手に持った剣をオークの心臓に向かって突き出した。剣を扱う技において最も単純で、かつ最も殺傷力の高い雀の刺突は、一撃でオークの心臓を破壊し、体を貫通した。
「ブ、ギ……ガッ……」
「掃討完了。先輩、旗をください」
「はいはい。まったく危なっかしい上におっかないね、ヴァルナくんの戦いはさ。そいつ、首狩らなくていいの?」
「心臓に剣喰らってるんですから十分即死でしょ。死んでさえいればいいんですよ、俺は」
全身に血液を送り込む中枢を破壊されてまともに動くことも出来ないオークから剣を引き抜いた俺は、後からのんびりやってきた先輩から旗を受け取って地面に突き刺した。
達成感はあんまりない。むしろ心臓と首を斬ったせいでオークの出血量が多く、後で回収班に謝んないとなぁ、という反省さえ浮かんでくる。オークの血の毒素を全部回収すると、ときどきオークの体より土の量の方が多かったりするのだ。
オークを一匹殺すたびに仲間への申し訳なさが浮かんでくるとは恐ろしい職場である。
剣の強さで損をするこんな世の中に世知辛さを感じずにはいられない俺であった。
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