最強剣士、最底辺騎士団で奮戦中 ~オークを地の果てまで追い詰めて絶対に始末するだけの簡単?なお仕事です~

空戦型ヰ号機

第一章 そろそろ入団3年目

第1話 物語の始まりです

 騎士――と言えば、ゴツイ鎧を着こんで上品なマントをはためかせ、自慢の直剣をこれ見よがしに帯剣した凄い戦士。どこぞの洞穴にドラゴン退治に赴いたり、パッカラパッカラと馬の蹄を響かせて凱旋したり、領民たちに優しくて周囲から尊敬の念を集める。

 ……長いから要約すると、少年の憧れる職業No.1って感じの役職だ。


 というわけで、アホの俺は幼少期から馬鹿真面目に騎士を目指す熱血少年として士官学校に突入した。むろん簡単ではなかった。類は友を呼ぶとばかりに似たようなことを考えた国中のアホが集まっているのだから当たり前だ。

 俺の親が金持ちか騎士だったら特待生として簡単な入試で入れるのだが、平民身分である俺にそんなコネもカネもある訳がない。毎年数千人にも及ぶ士官学校受験生を押しのけに押しのけて学問、実技、面接の三つの選考で絞りに絞られ五人にまで狭められた枠にその身を捻じ込むのはまさに至難の業だった。


 なお、当時の俺はたぶんそこで熱血を使い果たしてしまった気がする。アホは計画性がないのだ。

 ちなみに士官学校は入れば国の騎士団直通の代わりに年度枠二〇人で、一五枠まで特待生で埋められるという素晴らしい格差社会となっている。金持ちと特権階級は滅べ。


 ――話が逸れたが、ともかく俺はその辺から「なんか俺の目指してる騎士と違うな」ってことを肌で感じ始めていた。同じ日に士官学校の門を叩いた人間の内十一人に家柄自慢をひたすら聞かされ、うち五名ほどに厭味ったらしく付きまとわれ、二名に悪と腐敗の道に引きずり込まれかけ、四名ほどは下賤の者めと言わんばかりにシカトを決め込まれ、まともに交友があったのが2人だけという悲惨な学校生活だった。


 ちなみにその二人というのが国王陛下の次男坊と学院一番の美女な富豪の娘。

 おかげで周囲からの嫉妬の眼が凄まじかった。お前らコネ作りとか逆玉の輿とかいろいろ言ってるけど、お前らが俺と仲良くなろうとせずに突っぱね続けた結果なんですけど? しかも二人とも天然だから自分たちのせいで俺が白眼視されてるのに気づいてねーし。これだからボンボンは。許すけど。


 で、なんやかんやありつつ卒業し、なんやかんやありつつ親友と「未来の騎士団は俺達が引っ張る!」とノリで変な誓いを立てたが、現実問題として入学の時点でこれだけ格差がある騎士団だ。平民出身の俺が出世コースに乗る訳もない。


 第二王子は島国である王国の対外的防衛を担う聖艇騎士団へ。

 富豪令嬢は王都を守護する聖盾騎士団へ。

 そして俺は、別に聖なるところではない場所へ――。


「ヴァルナー! そっちにでっかいの行ったぞー!!」

「はーい。騎士ヴァルナ、とっかんしまぁーす……」


 服を脱ぎ捨てたいほど鬱陶しい湿気の漂う森の中、先輩の声が木霊する。泥と枯葉に塗れたまま待機させられていた俺は、唯一騎士らしいと言える愛剣を地面から引き抜き、地面を蹴って疾走した。俺が騎士らしからぬ恰好でいることも先輩にいい加減な返事を返していることも色々と理由や経緯というものがあるのだが、それはさておいて。


 ズンッ、ズンッ! と地面を揺らして邁進する異形の化け物の影を俺の視界に捉える。


「プギャアアアアアアアアアアアッ!!」


 目線の先にいるのは、大男より更に一回り大きい小山のような緑色の巨体。

 なんか全体的に肌にいぼのようなものがボツボツしてて毛が殆どなく、顔面は岩か何かで殴り潰されたように鼻と顎がひしゃげて怒り狂った豚のような形相をしている。その巨大な体躯に似合った大きな棍棒には赤黒い液体が染み込んで、背筋に悪寒が走るような斑模様が浮かび上がっている。


 忌々しい。あと意外と体臭がそれほどきつくないのが逆に腹立たしい。

 体臭がキツければもっと早く発見できるものを、何故そんな無駄なところだけ綺麗好きなんだ。

 いや、体臭がキツいとそれはそれで嫌すぎるのだが。


 奴の名はオーク。

 今のところ、この王国で一番凶暴で粗野で粗暴で原始的な亜人型生物である。

 動物以上人間以下という非情に絶妙な面倒くささを内包した外来種の魔物だ。


 その外見はブタの亜人をなるだけ醜悪に改造したように汚らしい姿をしており、放っておくと人や馬を殺すわ農作物を強奪するわ人を殺したり女を攫ったりするわ無駄に繁殖力が高いわで本当の本当に碌でもない存在である。勝手に増える全自動対人嫌がらせ装置である。


 そんなはた迷惑な存在を放置する訳にもいかず、現在オーク達は大絶賛討伐され中。

 俺に向かってくるのは仲間をやられて逃亡中の群れのボスだ。突然の人間の奇襲に大分参っているのか、その潰れたような顔面にはいつもの精気漲る闘争心が感じられない。


 戦う意志が弱ければ負けるのが世の常。ならば勝つのは俺である。


 国王陛下から賜った大事な愛剣を腰だめに深く構え、俺は疾走の加速を殺さぬまま放たれた矢のように白刃を煌かせた。


「王国攻性抜剣術三の型――飛燕ッ!!」

「ブッ……ギャアアアアアアアオオオオオオオオオッ!?!?」


 瞬間、オークの腹が横一線に切り裂かれて、耳を劈く悲鳴が森に響き渡った。

 加速の力をそのままに瞬間的に相手の間合いに踏み込み、相手の反撃を許さず擦れ違い様に横薙ぎに切り裂く。三の型『飛燕』は王国攻性抜剣術で最も使い勝手のいい必殺技だ。

 俺は飛燕が決まったのを確認すると同時に反転し、腹の出血で死ぬ前に更に確実に殺すために体を独楽のように回転させてもう一撃を叩き込む。さっさとくたばりなさい。


「七の型――荒鷹ッ!!」

「ギャッ……!?」


 美しい半円を描くような横薙ぎの斬撃がオークの首に吸い込まれ、音もなく首が宙を舞った。

 頭が無くなって発声できなくなったオークは血飛沫を撒き散らしながら完全に絶命する。

 生命力旺盛なオークは腹を切り裂いた程度では意外と死なないので、首を撥ねるまでは安心できない。


 こちらの仕事が終わったのを確認するように先程声をかけてきた中年の先輩がふらふらと歩み寄る。

 ケガをしているとかではなく、昨日の酒が抜けてなくていまだに酔っぱらっているのである。

 なんという不謹慎騎士。こんなのとチーム行動しなければならない俺を誰か労わってほしい。


「おう~い、ヴァ~ルナ君っ! この森なんだか地面がスポンジみたいで面白いねぇ~!」

「だから昨日の夜に酒はほどほどにしとけって言ったのに……そのうちマジでオークにバックアタックかまされて任務中に死にますよ、ロック先輩?」

「ヒュウ♪ 流石は未来の豚狩り騎士団長殿だねぇ! 剣の切れ味も言葉の切れ味もバツグンだ。オニイサン頼もしい後輩の存在に目頭が熱くなっちゃうなぁ!」


 こんなのが先輩だと思うと目頭が熱くなる、悪い方の意味で。

 しかし、今回の討伐目標は一通り退治し終えて今のが最後の一体の筈だ。これで暫くは忌々しいオークの顔を見なくて済む。3週間ぶりに王都に凱旋できそうである。

 もっとも、オーク狩りは難易度が高いわりに手柄としては過小評価されてたりするが。


 『豚狩り騎士団』。それが俺の所属する王立外来危険種対策騎士団の蔑称だ。


「豚狩り騎士団……百年前に大陸で大発生した魔物の一部が王国に流れ着き、野生化。こいつを駆逐しようとしたところ、高貴なお身分の騎士様たちは『そんな下賤な仕事が出来るか!』と全力拒否! 困り果てた王国が騎士の門を例外的に広く開いて作り上げた平民出身の騎士で結成されたのがこの騎士団……確かに出世しても自慢にならんかもしれんが、ヴァルナくんが期待されてんのはマジなのよ?」

「そりゃどういうマジなんですかね……」

「君、来年度から副団長に格上げだってよ」

「は? えっ……本気で言ってます?」

「これが大マジなんだわ。入団二年目で副団長なんて歴代最速だ。団長のテコ入れで、ね」


 寝耳に水な情報に思わず聞き返すと、ロック先輩の顔が急にマジになる。

 この男、酔っ払いモードと真面目モードを自由に使い分けることが出来る便利な体質なのである。

 おかげで酔っ払いのフォローをしたのに俺が騒ぎを起こしたみたいな空気にされ続けて幾星霜。

 思い返すと余計に腹が立つ。いつか絶対仕返ししてやる。


 閑話休題。

 豚狩り騎士団は国民からはまぁまぁ愛されているが、王立騎士団の中では一番新参で下世話で下っ端で身分の低い軽んじられた存在として認識されている。そんな騎士団の団長を務めるのだから並の面の皮の厚さでは勤まらない訳で、二代目騎士団長に当たるルガー団長の胡散臭さとひげの長さは半端ではない。


 そんな人がいきなり俺を副団長にすると言い出したという事は、絶対によからぬことを企んでいるという事だ。


「何企んでんだあのひげジジイ。耄碌しましたかね?」

「耄碌したせいで引退考えてんだろうよ~♪」

「……それはそれでありそうな話ですね。きっとあのジジイの頭の中では自分が引退するまでにやるべき計画が年月日単位で刻まれてますよ」


 あの老獪なルガー団長の事だ。それぐらいは絶対にやっている。

 普段は愉快なおじいちゃん面をしているが、実際のところは建前と実情の使い分けに秀で過ぎた口の巧さでどんどん他人を自分の計画に組み込んでいく。今回も彼の判断の裏には壮大な絵図が描かれているに違いない。


「んだろぉ~? でもいくら豚狩り騎士団でも出世はめでたいことだぞぉ。親父とおふくろに美味い飯を食わせられるし、なにより出世した平民騎士は美人にモテる。貴族より手が出しやすいからな!」

「まぁ家族に良い思いさせられるってのは同意しますけど……」

「と、言う訳で王都に帰ったら一緒に女口説きに行こうぜぇ! 俺のナンパテクを見せてやんよ! しっかり学んで女をオトす参考にしろよぉ~?」


  未だに恋愛遍歴連戦連敗のモテないおっさんが何を言っているんだか。

 そんなことをぼんやり思いながら、俺は地面に寝かせていた黄色い旗を地面に突き立てる。

 これは後で騎士団の死体回収班が目印にするための旗である。オークの血は基本的に有毒なので、殺したら殺した場所の土ごと死体を運んで浄化場に送らなければならないのだ。死んでもなお面倒くさい魔物である。


 そしてこの面倒くさいけれど必要な仕事をやるのが、俺達『豚狩り騎士団』だ。


「俺は女をオトすよりオークの首を沢山落としたいです」

「やだこの後輩怖い……」


 今の俺はオーク殺すマン。

 オークは視界に入ったら殺すべし。

 入らなかったら探し出して殺すべし。

 殺しきれなかったら死ぬまで殺すべし。

 今日も今日とて安月給で、御国の敵を撃滅するのである。

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